第107話 仮面の下
本当は107話と108話は一つながりだったけど、あまりにも長くなりすぎるから切りました
森の中に点在する白い遺跡群。
初めてトガと出会った場所であり、数か月前双子と戦った場所でもある。
あの時のことを思い出すと既に治っているはずの左胸の傷が痛み魂が傷ついたあの苦しみを思い出してしまう。
手をつないだまま地面に降り立つ。
「……来たか」
仮面の代わりにフードを目深にかぶったヤツ。
その顔はまったく見えない。
「次に会ったときは必ず殺す。……そう、確かに私は言ったが。……はぁ。もう一度だけ、貴様と話してみようかと思ってしまった」
「理由もなくあんたが心を変えるとは思わないな。どういうことだ、トガ」
「結末は変わらずとも、過程は変わった」
そう言ってヤツが指さしたのは私だった。
トガはそのまま続ける。
「貴様は……この場で死ぬはずだった」
「!」
間違いなくこの前のことを言っている。
アラキアから聞いた話では私から汚灰を浄化し魂を癒すすべを教えてくれたのはトガだったという。先ほどのやり取りからその前後に何か物騒な会話があったのは確実だが。
しかし、ここで死ぬはずだったというのはどういうことだろうか。
確かにヤツが手を貸してくれなければここで、それも完全展開した姿のまま死んでいただろう。そうなればすべてクレアレアに霧散し肉体さえ残らなかったはずだ。
それこそ、私が視た未来でもあった。
いくら魂を迎えに来てくれても肉体がないのでは戻ってくることはできなかった。それを回避した、ということなのだろうか。
「……何が、言いたい?」
「……《継承者》。アルティレナスの器に適合する《使徒》。呪われた者。そして、《継承者》の眷属。……それほどの適合性があるのならば……肉体など不要だ」
「……え?」
「クレアレアで肉体を代用できる者が生きる上で、この世に存在するうえで、肉体など不要だと言っている。……この、私のように!」
フードの影の中で赤い瞳が怪しい光を放つ。
口元に皮肉な笑みを浮かべたトガは言う。
「『アルマ』はそこで死んだ。だが、彼女は《継承者》だった。故に、生きる上で肉体は不要。黄昏の海岸から、……彼女は一人で戻った。彼まで死んでしまう危機に。彼の呼び声に応えて。……クレアレアはどこにでもある。肉体という入れ物は容易に作れる。そして、彼女は再び生者となった」
「……それは」
私はここでは死んでいない。
大旅団のアルクスで、死んだのだ。
苦しかったが、ずっとそばには彼がいてくれた。最期だと力を振り絞って言葉を伝えた時、感じたのは恐怖ではなく安堵だった。
そして、彼は私を追って黄昏の海岸まで来てくれた。
私は独りぼっちではなかった。
肉体も、ある。
「どういうことなんだ……。お前は……何を……語って」
「……」
押し黙ったトガはフードへ両手をかける。
「……っ!」
留め具が外され、目深にかぶっていたフードが地面にパサリと落ちる。
肩ほどまでの蒼い髪やエルフ耳は今までも見たことはある。仮面の隙間から、その血のように赤い瞳も。
だが、その顔立ちまでは。
ただただその顔を凝視する。
鏡に映したようにそっくりな、その顔を。
「……」
背後にいるはずのアラキアから動揺は伝わってこない。
(知っていた……?)
「……アラキア?」
「……すまない、アルマ。僕はヤツの顔を見たことがある。だが……なあ、トガ。お前のその顔は模倣なのか? それとも、本物なのか?」
「おもしろいことを聞く。この、《アトミアの書》は模倣などすぐに見抜く。これで答えになっただろう?」
「……」
ヤツは『私』だと言っている。
だが、私はヤツではないし《使徒》でもない。
私の動揺を見透かし、トガは笑う。
「はっきり言ってやろう。私はアルマ……一ノ瀬紫苑、そう、貴様だ。……滅びの未来を迎えた、……貴様の成れの果て。それが私だ」
「な……」
「……だからこそ、すべてを知っている。どこで何が起き、誰が死に誰がどんな行動を起こすのか。そして結末も」
「……じゃあ、大旅団の手助けをしていたのは」
「私は《使徒》だ。だが、普通の《使徒》とは違う。《使徒》とは本来強い願いにクレアレアが応え力を得たもののこと。その願いを本懐という。だが、アルティレナスの影響でその本懐はアルティレナスの復活と生ける者の破壊となってしまった。……だが、私は違う」
黒い手袋をはめた手が握りしめられ震える。
「我が本懐は……貴様を……アラキアを守り抜くことだ。それだけではない。結城、アストレ、カスト……私の辿った滅びの世界では、彼らは……死んだ」
「!」
「結城は私をかばいスペルビアに。アストレは私の取り込んだ汚灰を引き受けて……カストは双子に。……そして……アラキアは……」
トガはぽつり、と呟く。
ヤツとは思えないかすれた小さな声で。
「……私自身が」
「……っ!!」
前に視た未来。
瓦礫の山と化した東京。その中で彼の体を抱えていた『私』。
あれは、『私』が殺した彼だったというのか。そしてその前の時であろう、あの武器を向けあう『私』と彼。
視た未来は全てヤツが言っているものに当てはまる。
「……どうして。……お前が、ボクならば……アラキアは」
「……ああ。……私は、彼と……恋人だった。いや……もっと、ずっと。無事に無事に……地球へと戻れていれば……きっと」
「なら、どうして!?」
彼を傷つけることなど考えられない。たとえ、再び死ぬことになっても。どんな苦しくとも。
彼だけは。
「……私が、彼に……殺されるつもりだった」
「え?」
「……貴様らに……見せてやろう。……その目に焼き付けろ! これが! 貴様が辿ろうとしている末路だ!」
いきなりヤツの手に具現したクロノスに反応することはできなかった。
時をつかさどる蒼き時神。
美しく蒼く輝く刃のから放たれたまばゆい光に顔を手で覆う。
次の瞬間、暗闇に包まれた。耳に残っていたのは時を刻む針の音だった。




