第106話 秘匿交信
あの話はまだ秘めておくことになっている。
私とアラキアがしばらく姿を見せなかったことも任務の一環として周知させるよう片山達が動いてくれたようだった。車いすだったのはその途中で負傷したことにするらしい。
しかし。
「おーい、アルマー! アラキアー!」
背後からかかった声は懐かしい。
「カイ? ああ、クレアも?」
「よう、すっげぇ久しぶりだな! ん?」
「な、なに?」
まじまじと顔を見られ思わず後ろに下がりそうになるが、背後にはアラキアがいて下がることはできず。
ああ、と手を打ったカイは首を傾げる。
「お前、前あった時よりやつれてねぇか?」
「何言ってるんですか、カイさん! 失礼ですよ!」
横からクレアに横っ面を引っ叩かれたカイだが、何事もなかったかのように続ける。
「だってよ、明らかにや……」
「だから、失礼ですっ!」
バチーン、というまるでゲーム内のエフェクトのような音がフロアに響く。
「いった!?」
「女の子に対するデリカシーがないっていつもいつも言ってるじゃないですか!」
「だってよ、クレア」
「だって!? この前も私に太ったなどと!」
「あれは事実だろ!?」
「誰がケーキブッフェに誘ったと言うんですか!?」
もう一度クレアの手がカイの頬を打つ。しかも今度は若干握られていた。
そのやり取りに呆然としていると異なる理由で顔を真っ赤にした二人に頭を下げられる。
「……いきなりすみません、お二人とも」
「クレア……事実は事実……痛っ!?」
「失礼です」
ここ数か月の間に何があったのだろうか。その疑問は、それはそれで、に続いた次のカイの一言で解決した。
「お前らも付き合えばいいのによ。お似合いじゃねぇの?」
「へ?」
「え?」
お前ら『も』。
と、言うことは。
「……クレアとカイ……付き合ってるの?」
「あ、言えてなかったな。おう、そうだぜ!」
「へぇ……おめでと……」
そんな返事を返してると後ろから引き寄せられる。
「まったく。それならそうと早く言ってくれたらいいのにさ。……僕の彼女に近づくからてっきりナンパ魔かと思っちゃっただろ」
「あ、アラキア!?」
「そんなに顔、真っ赤にしなくてもいいでしょ、アルマ。その通りなんだからさ」
(コイツ……!)
楽しんでやがる。
私はもちろん、カイとクレアがどんな反応するのかを楽しんで観察してる。こういうときだけ参謀の性が見え隠れするのは。
今まで人前で公言されたことはない。一緒にいてくれると言われ距離こそ近くなったが、好きだと言われたのはあの黄昏の海岸でだけ。彼女だと紹介されたことはない。
(……)
何の言葉も浮かんでこない。
反論の必要はない。だが。
「い、いつからだよ!?」
「おめでとうございます」
少なくとも目の前の二人に反応は返さなくてはならない。
「……」
「アルマー? おーい?」
(何を……言ったら……。どう、返せば……)
そのまま彼らの相手はアラキアに任せることにした。
「ばーか!」
半泣きの顔を見られないようにアラキアの背中に顔をうずめ、拳でその背を叩く。
「卑怯だよー! ボクが耐性なんかないの知ってるくせに!」
「へぇ。そうだっけ?」
「むうぅぅぅ!」
「ははは」
「ボクも君のことからかいたい!」
「どうからかってくれるのかな? アルマにできる?」
「くっ……!」
顔を見なくてもどんな表情をしているかなんて簡単に分かる。
「……馬鹿」
クロノスの柄を握る。
深呼吸すると周りに広がる森を見渡した。
惑星リエース、森林エリア。
よくやく任務に復帰できることになり、久々に土を踏みしめた。
私がいなかった間も《使徒》の捜索やラークの殲滅、調査は行っていたらしいが《使徒》は誰1人姿を見せず、ラークの出現頻度も種類も変わらず。調査の進展と言えば、詳細な地図の作製ができていた程度。
ほぼ変わりはなかった。
それでもかなり空気が変わったように感じる。
惑星リエースはほかの惑星に比べて元々汚染度が低いはずなのだが、前に訪れた時と比べても明らかに感じる汚灰の力が強くなっている。
《アトミアの書》のおかげでその違いはよりはっきり分かる。
クレアレアの流れが意識せずとも分かるのだ。それは汚灰も同様だ。管制側が検出できない段階でもどこに出現するかが分かる。
完全に形を成さないうちに宙を私の剣が裂き、アラキアの銃弾が穿つ。
『……はぁ』
耳に取り付けた通信機からため息が聞こえてくる。
『私の仕事がありませんね』
「ごめん、ビルギット」
『謝ることはありません。ですが、大丈夫ですか? 今日は慣らし程度で帰還するようにとの指令ですが』
「結城さんから……?」
『総司令からの命令ですが、アストレ医師の意見も同じようです。ですから早めに帰ってきてくださいね』
「……了解」
返事をするとアラキアの側による。
アラキアも同じ通信を聞いていたようで頷き返される。
「アルマ……疲れてない……?」
「大丈夫だよ!」
羽を広げて飛び上がるとアラキアの目線とほぼ同じ高さになるようにあわせる。久しぶりに飛んだ。そんなに高くないのに新鮮な気分だ。
「ねぇ、アラキア。一緒に飛ぼうよ」
「飛ぶ……? え、ああ、まあ、いいよ? あ、でもちゃんと教えてよ?」
「もちろんだよ」
ふわりと地面に降り立つ。後からついてきたアラキアも若干ふらつきながらも着地する。
「飛ぶのって結構楽しいんだね」
「みえない景色が見えるから、いいでしょ?」
「ああ、そうだな」
予想以上に飛ぶのに夢中になっていたらしく空は茜色に染まっている。帰ったらアストレに小言を言われそうだ。
トルムアやラークも現れず、心なしか空気も澄んでいる気がする。
「あ」
ふいにアラキアが声をあげる。
「ここってさ、前にアルマが言ってた木の近くじゃないかな?」
「ああ……」
言われてみればそうだ。無意識のうちに向かっていたらしい。
湖で反射した夕日がまぶしい。
「……」
湖面をのぞき込むと自分が見つめ返してきた。
まるで、あの海岸で見た光景のようだ。思わず隣にいたアラキアにすり寄る。
何も言わずに背に回された腕に目を閉じる。
「……?」
(風が、とまった?)
いや、目を閉じているのに相変わらず見えるのは夕日に照らされた湖だ。
前の私なら間違いなくパニックを起こしていた。
今は大丈夫だ。アラキアの存在を感じれるから。
ゆっくりと振り返るとそこに立っていたのは。
「……トガ」
ヤツは静かにたたずんでいた。
いつもより目深にフードをかぶり顔を隠しているがはっきりとヤツなのだと分かる。仮面をつけていないらしい。
前にもこんなことがあった。
しかし、今回分かったことがある。
これはクロノスの力を借りているが、純粋にその力のみを使ったものではない。未来を視ているわけではない。
うっすらと感じる力のつながり。それをクロノスの空間の力で補強し、私とヤツだけの精神世界を作り出している。
「……ボクになんの用? 何を、伝えたいの?」
私の問いに対してトガはゆっくりと口を開く。
「……貴様も、思い知っただろう。力の恐ろしさを。……誤った使い方をすればその身を滅ぼす力。世界を亡ぼす力」
「ああ」
「それでもなおもその力を振るい続けるか」
「……汚灰を滅するために必要なものならば。そしてボクにその力があるのならば。何より、ボクにはアラキアがいる。ボクはもう、一人じゃない」
私の言葉にヤツが顔をしかめたのがはっきりと伝わってくる。
「その想いが破滅を呼び寄せる。……貴様も見ただろう。滅びの未来を。……そしてその身で感じたはずだ」
「でも、ボクは今ここにいる。死んだけれど、死んでない」
「……貴様がどうあがこうとも、結末は変わらん」
「……結末?」
「滅びの未来。……アラキアと共にあの場所に来い。貴様に見せてやる」
風に弄ばれた毛先が視界の端でなびく。
背に感じるのはあたたかな体温だ。
「……」
その手が移動して頭を撫でられる。
「……一緒に怒られようか」
「え?」
「トガ、だろ? アルマぼぉっとしてたからさ。きっとそうだろうなってさ。言っただろ。なんとなく分かるって。それにお前分かりやすいし」
「……ありがと」




