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第105話 呪われた力


「ふふーん」

 機嫌よく笑うアルマにアラキアも自然と笑顔になる。

「あまりはしゃぎすぎないでよね、アルマ」

「大丈夫だよー。……限度はわきまえて……ふぅ」

 息を吐き出すと体を背もたれに預ける。

「言ってるそばから……。まったく。もう戻る?」

「えぇ! もうちょっと! あとちょっとだけー!」

「もうちょっとだけだからね」

「やったぁ……」

「……」

 自室に戻ったはいいが。まだ歩ける状態ではない。そんな中いつまでも部屋に閉じこもっているのも体に悪いと、散歩に出てはどうかと提案されたのだ。

 ただし本部を囲む緑地まで。無理はしない、そしてさせないこと。監視付きで何かあったらすぐに戻ること。と、きつく言い聞かされようやく外に出ることを許可された。

「すこし休もうか」

 市街地と緑地を隔てる幅の広い水路はまるで川か湖のような扱いになっており、水路沿いにはところどころウッドデッキが組まれ憩いの場となっている。

 しかし、わざわざ休暇に整備されているとはいえ林道を歩き回る人は少なく人通りもまばらだ。

 これはアルマのために選んだ場所でもある。

 クレアレアによる治癒術により軽い怪我はすぐに治る。病気でも治療に長期間かかる場合は地球に戻るという選択肢もあり、実際数こそ少ないが送り返された例はある。

 設計の段階で大旅団の艦内は全てバリアフリーで作ることが決定していた。実際そのようにつくられており、移動自体は全く問題はない。

 だが、大旅団内で車いすを見かけるのは医療部内くらいなのだ。

 人とすれ違い注目を集めてしまうのは彼女にとってストレスになりかねない。それで体調を崩されたら元も子もない。

 車いすを止めると、すぐ横にあったベンチに腰掛ける。

「静かでいいね」

「……うん。……でも、ここよりもっと静かな場所をボク、知ってるよ」

「どこ?」

「惑星リエースの森林エリアヴァーホルツの北のほうに大きな木があるの知ってる? 遺跡と湖の近くなんだけどさ」

「ああ、あのひと際目立つ木だよね」

「そこがね、とても静かでいいんだ。トルムアもラークも近寄らなくて、とてもいい休憩ポイントだよ」

「へぇ。じゃあ、今度一緒に行こうな」

「……一緒に?」

 不思議そうな顔をした彼女に、そうだろ、と返す。

「だってアルマだって、戦闘部なんだから降下許可はあるはずだろ」

「でも……」

「何か月先でも何年先でも待つよ。大丈夫だって。落ちた筋肉くらいすぐつくよ。……身体は元にだいぶ戻ったしさ」

「そうだといいなぁ。……いつまでも、低い視点のままじゃ面白くないし。あ、でも歩けないのも肉体だからじゃないかな、って思うんだけど」

「え?」

「……クレアレアを完全展開したら怒られるよね」

「あー……」

 つまり、魂の姿でなら肉体の衰えは関係ないだろう、ということらしい。

(今の彼女にとって肉体はただの枷なのか……)

 しかし、肉体の不調が魂に影響することもあることを考えれば無理はさせられない。

 それはアルマも分かっているらしく、冗談だよ、と苦笑する。

「さすがに、ボクもそこまではやらないよ。……君も、ボクをまた迎えに来れるほど体調万全ってわけじゃないでしょ?」

「ははっ、やっぱり隠し事はできないな。普通に生活する分には問題ないんだけど、クレアレアを使うと疲れちゃってさ。……任務に出ない理由にしちゃってる」

「ボクと一緒にいてくれるために?」

「そうだね。まだ、どこか恐いんだよ。またアルマに置いていかれちゃうんじゃないかって」

「……大丈夫だよ。それは君が一番分かってるでしょ。ボクに約束してくれた。もう絶対手を離さないって。一緒にいてくれるって。しかも、……分かる?」

「……ああ。クレアレアの不思議な流れがある。僕とアルマの間に。……どこにいるかはっきりわかるし、なんとなくだけど考えもわかる。アストレもこれには気が付いていないらしい。恐らくだけど、これも書の力なんだろうな。……いや、呪いか」



 呪い。

 そう言うアラキアに私は書を具現化させる。

 《アトミアの書》。

 白い表紙のこの本は、多くの奇跡をもたらしてくれた。これがなかったら、今私はここにはいない。

 ずっと、あの黄昏の世界で独りぼっちのままだった。

 いや、それさえなかったかもしれない。

(……呪いとは)

 一体何なのだろう。

 今の自分たちにはメリットしかない。

 死者の国へ足を踏み入れられないというのならば、仮にまた『死んで』も魂が行き着くのはあの黄昏の海岸。どちらが生き残っていて且つ肉体が無事ならば戻ってこれる可能性は十分にある。

 どちらも死んでもきっと道を覚えてしまった自分たちなら共に戻ってこれてしまうだろう。

 不老不死。

 確かに周りの人は自分たちを置いて去ってしまう。

 それはとても悲しいが、少なくとも独りぼっちにはならない。

 心配なのは書の力も存在も知らない人たちからの反応だが、最悪それも回避できる方法はある。

(……そういえば)

 トガは《使徒》は呪われた者だと言っていた。

 その呪いと《アトミアの書》の呪いは同じものなのだろうか。

 しかし、それでは《使徒》は継承者であることになってしまい、アルティレナスの器や《使徒》の定義と相違が出てきてしまう。

「……考えてもしょうがないよ」

 右手を伸ばしてアラキアの手に重ねる。

「だって、ボクらは選択しちゃったんだから。あとは滅びの未来っていうのを全力で回避するだけ。そうでしょ?」

「そうだな」




「……ご心配おかけしました」

 総司令室。アラキアと共に集った面々に頭を下げる。

 かなり時間がかかってしまったが、なんとか復帰できる程度まで回復し約束通り、何があったのか話す時が来たのだ。

 総司令はもちろん光騎士、アストレ、ラースといつものメンバーが勢ぞろいしている。それに加えて今日は弥田と片山の姿もある。

「あー、よかったぁー! もう、心配したんだから!」

 顔を上げた瞬間顔に柔らかいものがあたり腕が体にまわされ絞められる。

「もうー! 元気になってくれてよかった!」

「んー! んんー!」

 顔が押し付けられて息ができない。回された腕もさすが外国人というべきか。かなりの強さで抱き着いて、いやむしろ身長差も相まって絞めてあげてきている。

 必死にユニータの腕を叩いて伝える。

「んんー!」

「ユニータさん! ストップ! ストップ!」

 最終的にアラキアに助けを求め事なきを得たが、息が整うまでしばらく時間がかかった。

「……さて」

 静まりかえった場に結城の声が響く。

「何があったのか、話してくれるかね?」

「はい」



「……と、いうわけです」

 アラキアが一連の流れを語り終える。

「つまり、死んだ、というのは紛れもない事実で……?」

「……うん、そうだよ結城さん」

「しかしそんな方法を、アラキア君、君は……」

「それについては結城、私が彼に教えたのだ……すまない……。どうしても見て見ぬふりをすることができなかった。禁忌であることは知っていた。末路も」

 ラースは申し訳なさそうに結城に頭を下げる。

 それに対し結城は腕を組んで目を閉じる。

(……そりゃ怒られる、よね)

 自分たちはしてはならないことをした。

 失敗していれば自分たちどころか、大旅団、地球さえ危険にさらすことを。

「……」

 今から計画から外されてコールドスリープさせられてもしょうがない。それどころか、処罰を受けても。

 アラキアと二人、寄り添って静かに結城の言葉を待っていた。

「……君たちは……何ということを」

「……ごめん……なさい」

「すみませんでした」

「何を、謝ることがあるのだね?」

「へ?」

「え?」

 開いた結城の瞳には強く、そして面白がるような光が浮かんでいた。

「君たちは私と共に戦ってくれる決意をしてくれた。戻ってきてくれた。とても喜ばしいことだ。……そして、汚灰はいを止めた暁に起こるであろう問題の解決策となりうる」

「……へ?」

 しかし、と結城は続ける。

「皆を危険にさらしたことは事実。処罰は受けてもらわんとな」

「総司令……!」

 前に出たカストを手で制すると結城は続ける。

 続いての言葉は誰がどう聞いても棒読みと言ってよかった。わざとらしい調子で結城は言う。

「しかし困ったな。今回の事例に当てはまる規則などないからな。ここは私の権限で決めさせてもらおうか」

「……!」

 口元が明らかに笑っている。

 さすがの私でも結城が楽しんでいることが分かった。そして、彼ならば。

「今後も光騎士こうきしとして問題の解決に努めること。そして」

 結城は指をたてる。

「大旅団の大芝居で表舞台に立ってもらおう」

「……大芝居?」

「ああ。汚灰はいの元凶はアルティレナス。神だ。……そんな大旅団員でも信じられぬおとぎ話のような事実を地球に戻り公表したところで、誰が信じるというのだね? クレアレアの存在を信じさせるのでさえ大変だった。……挙句の果て、クレアレアを扱うことができる我々こそ汚灰はいの元凶ではないかと言われてしまうだろう。どちらも性質は似通っており、実際に使役できる者でなければその違いなど分かりはしない。人は目に見えぬものはいつしか忘れさる」

 それならば、と結城は笑う。

「目に見える証として、神を示そうではないか」

「!?」

 誰かが言った。

 宗教は人の心を操るうえで最大のツールである。古代人が宗教によって滅びたように。そして現代の地球でも見られるように。

 今度は私たちがその原理を利用するまで。

 結城が示したのは、《継承者》というイスクを超えた強大な力を持つ者を証として立て、宗教のような一種の共通認識を人々に植え付けようというものだった。

 その証役を私たちがすること。それが今回の処罰だと。

「……しかし」

「我々は何も嘘は言わない。無論、強制選択の時のように力でねじ伏せることもしないさ。……ただ、このような『力』と『存在』があるのだと教えるだけ。そう、ただそれだけだ。クレアレアは使い方さえ間違えなければ地球のあらゆる技術を進化させるだろう」

 そうは言っても、人である私たちを誰が信じるというのだろうか。

 しかも私に至っては外見は完璧に子供。アラキアだって大学生だ。

 説得するにしても私は人前に出て話すこと自体あまり得意ではない。

「……アルマ」

「……君の言いたいことは分かるよ」

 そうして表舞台で存在を明かしておけば、不老不死。そう見える私たちを恐れる人間は出てくるだろうが異様に思う人は少なくなるだろう。何故、というものがはっきりしているのだから。

「アルマ君、アラキア君、無論君たち自身をそのまま出すわけではない。表向きはただの大旅団出身の大学生として過ごせるよう調節はする。普通の人間として、ね。そして将来のことも。言ってしまえば、イスクの仮面と同じだ。君たちと関連付けず、あくまでこのような存在がいるということを示す」

「……?」

「……そうだな。……《継承者》という存在を持ち上げクレアレアというものを確固としたものにする。大旅団の象徴。だが、名も本来の姿も隠し通そう。……まさに、神、と似通った者というように。崇拝や信仰の対象ではなく1つの指針を示す者。導く者。どうかね? 事実、君たちにはクレアレアに関しては我々をはるかに上回る知識があるのではないかね?」

「!」

「その反応、当たっていたようだ。クレアレアの象徴。大旅団の象徴。存在の証」

「……」

「……すまないが、頼んだ」

 私たちは、頷くことしかできなかった。

 いざとなったら、私たちが止める。

 今を生きる人が再び理を超えた力を渇望し、絶望の存在を生み出さないために、私たちは。

 この力を振るう。

 そうして私とアラキアはあることをした。



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