第104話 もう一人の後継者
踏み込んだフロアに満ちた異様なクレアレアの濃度に思わず顔を腕で覆う。
「なんですか、この濃度は!?」
いくら光騎士といえどこの濃度の中では10分ともたないだろう。カストはすでにしびれ始めたソピアーをもつ左手を前に突き出すと遮断膜を展開する。
「異様です。これがこのフロアだけでよかった。……聞こえていますね、結城総司令。至急、このフロアのクレアレア濃度の調節を。我々でも正直言ってこれはきつい」
『了解した、カスト君』
「それよりもカスト、このフロアにはアラキアが居ったはずじゃが」
「ええ、その通りです。ジューク。……はやく彼を退避させないといけません」
「そうじゃな。二手に分かれるとしよう。カストは儂と共にアラキアの元へ。ユニータ、フィデ、そちらはフロアを一周して異常がないか確認せよ」
「了解」
返事を返すなりユニータとフィデはそれぞれの武器を構えて一番近くにあった扉を開き中に入ってゆく。
「では、儂らも行くかの」
「はい」
アラキアのいる霊安室はフロアでも最奥にある。
地下フロアは総じて複雑なつくりをしており奥までたどり着くまで時間がかかる。それまで彼の体がもってくれればいいのだが。
(仮にも光騎士。すぐに毒されるということはないと思いますが)
それでも不安をぬぐい切れず、ジュークの後について走りながらカストは通信機を取り出しある人物を呼び出す。
『はい、こちらア……』
「その文句はいりません。返事も何も。いいですか、よく聞きなさい。予想以上のクレアレア濃度です。今すぐ医療部へ戻り最低限必要だと思われるこの事態に対応できる人員と機器、薬品も持ってあなたも来てください。我々は霊安室へ向かっています。では」
そう言うなり通信を切る。
まだ彼女の死から立ち直れていないとはいえ、彼も医者。
分かっているはずだ。
(曲がりなりにも、私の弟ですし)
角を曲がると目的地の扉が見える。
「儂があけよう。カスト、そちは中へ」
「ええ、わかりました」
先行していたジュークが開けた入り口からためらうことなく中へ入ると奥を見つめる。
「アラキア、無事ですか?」
返事はない。
防音がしっかりしているとはいえ静かすぎる。
廊下は明るかったため、もともと薄暗いこの部屋の中のものはほとんど見えていなかった。
「……」
(すみません、アルマさん。灯りをつけさせていただきますね)
心の中でそう謝るとソピアーを掲げる。杖の先についた宝石が輝き、部屋の中の状態が目に飛び込んでくる。
「っ!?」
何か強い衝撃があったのか、白い安置台には深いヒビが入り床にはその破片が飛び散っている。
そしてその上に寝かせられていたはずの彼女の遺体はない。
「……いったい、どういうことですか」
「カスト、下じゃ」
「え?」
後から入ってきたジュークの指摘通り安置台のもとを見るとそこにはアラキアとアルマの姿があった。
アラキアはアルマの体を抱えるように倒れており、彼女の死に装束の上にはその白に紛れるように白い本が落ちている。
「アラキアさん、聞こえますか」
そばにかがみアラキアの肩を叩く。
息はあるのだから生きてはいる。
「アラキアさん」
「……うーん?」
唸りうっすら目を開いたアラキアに胸をなでおろす。
「よかった。……立てますか?」
「え……? ああ、はい……」
身を起こしたアラキアの動きでその上に重なっていたアルマの体も動きアトミアの書がカストの腕に当たる。瞬間、感じた熱さにカストは思わず声を上げると後ろへ下がった。
「……ああ、すみません」
その様子を見ていたアラキアは本へ手を伸ばすと持ち上げる。そしてしばらく視線を漂わせると、ああ、と声を上げる。
「皆さんにはこの濃度だときついですよね。すみません」
「アラキアよ、一体どういうことじゃ? それより、お前さん……何故、その書を持てるのじゃ? ……いや、そちは本当にアラキアなのか?」
ジュークの指摘にアラキアの瞳を見てからずっと抱いていた違和感の正体がわかりカストはアラキアを凝視する。
以前の彼とは明らかに纏う雰囲気も目つきも違う。
どこか、畏怖さえ感じてしまう。
「ええ、僕は確かにアラキア。六合凪です。……アトミアの書に触れられるのは、僕が彼女と共に《継承者》となったからです」
そう言うとアラキアは抱えていたアルマを揺する。
「ほら、アルマ。起きなよ」
「アラキアさん……」
まさか、彼がそこまで追い詰められていようとは。
一瞬、頭をよぎったのは彼が狂ってしまったのではないか、という疑念だった。
しかし次の瞬間、その疑念は消え去っていた。
腕に抱えられた彼女の長いまつげが震え、焦点が合わないぼんやりとした瞳を見たときには。
「っ!?」
これにはさすがのカストでもすぐに言葉を発することができなかった。
「兄さん、これは一体何が!?」
その声で引き戻されたカストは弟と2人をかわるがわる見る。
「わ……私にも……何が、なんだか。……そ、それよりも……あの2人を」
「2人……? え……?」
絶句した弟の胸倉をひっつかむとカストは叫ぶ。
「いいから、考えるのはあとです! あなたはあなたの仕事をなさいっ!」
「は、はいっ!? え、えっと、その、え!? えっと、まずは……ああ、あやさん、医療部へ戻ってアルクスのチームを至急集めてください。兄さんたちは2人を運ぶのを手伝ってくれますか?」
未だに落ち着かない鼓動に胸に手を当て長々と息を吐く。
「……なにはともあれ、よかったじゃないの」
カルテに何やら書き込みながら語りかけてきた弥田にアストレは笑みを浮かべる。
その視線の先にはベッドに横たわり眠る小さな人影。
そして少し離れたところに新たに設けられたベッドにも。
「……ええ。そうですね。……夢のようですけど」
「おっさんがほっぺたつねってあげようか?」
「遠慮しておきます」
夢でないのは分かっている。
温かな体温と感じた鼓動は嘘ではない。
「……で、どう思うよ?」
「一番考えたくないのは僕の死亡判断が間違っていた、っていうやつだけど」
「そりゃねぇだろうね。おっさんも、ほかの医師も確認したし、何より……あの地下の現象が説明できないからねぇ」
「はい、そうですね。……なんだと考えますか?」
「んなこた言われても、おっさんはただの医療部の医師だしね。先生のほうが幹部陣とは仲いいんじゃないの? そっちのほうが情報ザクザクだしねぇ。……さすがに、今回ばかりはおっさんのツテも役に立たないわよ」
「ですよねぇ」
「ああ、ただね。……アラキアくん、やっぱりなんか雰囲気変わったように感じるよ。アルマちゃんの方は話したことないから分からないけれど」
「アルマ、おはよう」
「……んー」
「ほら、朝だってば」
『……おはよー』
寝ぼけた眼と視線が合い彼女の声が頭に響く。
自発呼吸も意識も戻っているが、弱り切った身体の機能がすべて元に戻ったわけではない。死んでいた体なのだ。だんだんと回復しているだけいいと思う。
「はいはい、おはよう。ほら、起きれる?」
「……」
ぎこちない動作で掛け布団を押しのけると右腕をついて身をおこそうとする。その腕が震えるのを見て手を出しかけるが、鋭い視線に制止される。
衰弱に加えてずっと寝たきりだったため、訓練でつけていた筋肉もかなり落ちてしまっていた。最初は起き上がることすらできず眠っている時間のほうが多かった。
「でき……た……」
「おお。よかったじゃん。今日は起きあがれたってね。でも無理はしないでよね」
意識もしっかりしているとはいえ、まだ自室に戻ることを許可されていない。食事をとりに行った際、偶然会ったカストから聞いたがアストレはかなり気を張っているらしい。
アラキア自身も1週間は様子見と題してアルクスに留められていた。そうでなくともアルクスにいるのは変わりないのだが。今はアストレだけではなくアルマからも言われさすがに仮眠室で寝ている。
「そうそう。筋肉を戻すのはゆっくりでいいから、まずは酸素マスクが早く取れるといいね」
『ん』
「あ、おはようございます」
「……おはよ?」
ベッドサイドに現れたアストレに二人して挨拶をする。
「おはよう二人とも。調子はどうかな?」
「僕は何ともありませんよ」
「……まし」
「それならいいんだ。ほら、アルマちゃん。これ」
アストレが差し出したのはアルマの個人用端末だ。そこに新しいデータファイルが追加されている。
「そこからカルテは参照できるはずだけど、完璧に僕らで見ること前提だから見ても分からないかもよ?」
「……別に、いいよ」
少しなら理解できるし、と声が響く。
「ならいいけど。ああ、そうそう。そろそろ部屋に戻っても大丈夫かなーって思うんだけど、どうかな? あれから低下した数値はないし、安定してるし日に日に回復してるのが分かるからさ」
「……ほんと?」
「もちろん。アルクスの使用基準ではとっくに戻っててもいいんだけど念には念を、ってね。もう、あんな思いはしたくないから」
「……」
俯いたアルマの頭に軽く手をのせる。
あの選択は間違いではない。
そう二人で話し合って再び結論を出した。
まだアストレや結城には真相を伝えていない。アルマが任務に復帰できる程度まで回復したら話すと約束したからだ。今現状で知っているのはほかにはラースだけ。
『大丈夫だよ。ボクは、あそこに戻る気はないから』
「……わかってるよ」
「また二人で内緒話?」
「え、あ、いや」
「冗談だってば。話すのはそっちのほうが楽なんだよね、アルマちゃん」
「……まだね」
「戻るっていうのは、早くても1週間くらい後でってことだけど考えておいてね」




