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第103話 独りぼっちの世界

 ここには彼はいない。

 独りぼっちだ。

 これからも。ずっと。

 覚えていないほどの時間立っているが疲れは感じなかった。そんな感覚にも慣れてきていた。

 そうだ。

 このまま、思考も感情も、なくしてしまえばいい。そうすれば今度こそ、ゆっくりと眠れる。

 もう、苦しまずにすむ。

 そう思って、目を閉じる。

 それなのに。

「……アルマ」

「……」

 どうして。

 なぜ、眠らせてくれない。

 ゆっくりと振り返ると青い服の彼がいた。

(きっと、幻影だ……)

 そう思っても彼から目をはなせなかった。

 幻影なら幻影らしく、消え去ってくれればいいのに。

「……どうして」

 どうして、私を。ここまで。

「……眠らせてくれないの」

「アルマ……」

 近づいてきたアラキアは私を抱きしめる。

 温かい。人の体温。

 だが。

「あ……あぁ……。い……い、いやあああああぁぁぁぁぁっ!」

 こわい。

 そして、何よりも。

 これまでこの世界で感じていなかった負の感情。感覚。それらをすべて思い出していた。

 息の詰まる苦しさ。

 傷つく痛み。

 刃の冷たさ。

 

 人の醜さ。


 気が付いた時には私はアラキアを突き飛ばしていた。

 浅瀬に倒れこみ腕をついた彼の顔は驚きと困惑に染まっていた。その表情がだんだんと悲しみへ傾く。

「どうして……アルマ……」

 あまりの衝撃にただ思い浮かんだ言葉を吐き出すことしかできなかった。

「違う……ボクは……ボクは……。誰なの、どうしてボクを……眠らせてくれないの。苦しみから解放してくれないの。……ボクはもう死んだのに。死んでまで……もう会えない人の幻影を見させられて、どうして」

「違う。違うんだアルマ。僕は本当にここにいるんだ!」

「いないのに、いないのに! アラキアはここにいないはずなのに……アラキアは死んでないのに……。ここにいない……のに」

「いる! ここにいるんだよ、アルマ!」

「……来ないでっ!」

 叫ぶとアラキアの動きが止まる。

「……少なくとも、この世界は……苦しくなんてなかった。独りぼっちだったけど……怖くも痛くも苦しくもない。確かに……独りぼっち……だけれど……けれども、けれども」

「……」

「ゆっくり眠れると思ってた死後と違うけれど、少なくとも……」

「……」

「少なくとも……っ!」

 ゆっくりとこちらに動き出したアラキアに肩を震わせる。

「来ないで……来ないでよ……!」

 しかし、彼は動きを止めなかった。

 幻影なら消えてくれ。

 こんな苦しいのは、もうたくさんだ。

 もうたくさんなのに。こりごりなのに。

 苦しいのは嫌だ。

 恐れるのも、憎むのも、悲しいのも、寂しいのも、妬むのも。

 怒りも、何もかも。

「……いやだ……いやだ」

「……」

 彼は無言で動けない私を抱きしめる。

 瞬間、先ほどよりも強い恐怖と苦しみを感じ何も考えることもできなくただ暴れる。

「いやだ、いやだぁあああああぁぁぁぁ! 離せ、離せよっ! ああああああっ!!」

 蹴っても殴っても抱きしめる腕の強さが強くなるだけで一向に離さなかった。


 しばらくして、頭上から声が聞こえてきた。

「……ごめん、アルマ」

「……」

 私はすでに彼の腕の中で動きを止めていた。

 疲れを感じていたのだ。

 ゆっくりと顔を上げるとアラキアの顔には痣やひっかき傷ができていた。

「……なんで」

 聞きたいことはたくさんある。

 なぜ、死後の世界であるはずのここにアラキアがいるのか。

 なぜ、私を離さなかったのか。

 なぜ、この場所が分かったのか。

 なぜ、ここにきたのか。

 なぜ、何故。

「僕がもっと強ければアルマをこんな目に合わせることはなかった。……ごめん」

「……」

「……そして、今、こうしてアルマを苦しめているのも僕のわがままだ。謝っても謝り切れないことなんか分かってる。けど、アルマ」

「……」

「僕にはアルマが必要なんだ。……それが、どれほど君を傷つけ苦しめることになっても、僕は諦められない」

「……それだけのために……ここまで来たっていうの」

「ああ」

「……分かってるの? ……君のその行動の意味を」

「もちろんだ」

 不思議と彼がどんな手段を使ってここまで来たのか分かっていた。

 アトミアの書を使って、無理やり生と死の世界の境界を乗り越えてきたのだろう。そしてこの世界には肉体は来れない。

 だから、クレアレアを完全展開した魂の姿をしている。

 そしてその体についた傷は魂についた傷。

 そのことの重大さと苦しみを私はよく知っている。

「どうして、離さなかったの。ボクは、君を殺していたかもしれないのに。魂が打ち砕かれれば、もう後には何も残らないのに」

 私は運よく肉体の限界が先に訪れただけだったのだから。

「それならそれでかまわなかった。アルマのいない現実リアルに生きていても、無意味だ。だから僕はここまで追いかけてきたんだ」

「……ボクなんかのために……自分から死のうとするなんて」

 事実、今、生の世界のどこかにあるはずの彼の体は仮死状態のはずだ。呼吸も心臓も止まっている。魂と肉体は辛うじてつながっている状態。

 些細な衝撃で簡単にそんなつながりは切れてしまうだろう。

 死んでしまう。

「ボク……なんかのために……」

「違うよアルマ。なんか、じゃない。……だから、だよ。アルマも言ってたでしょ。なら、わかるよね?」

 その言葉に頷くことしかできなかった。

 苦しみや恐怖と共にもう1つ思い出していた感情があった。

 それもこの世界では忘れていたものだとは。この世界に存在しないものだったとは、思いもしていなかった。

 しかし、考えてみればそうなのだ。

 独りぼっちではそんなもの、存在するわけないのだから。

「ねえ、アルマ。……僕は」

「……」

「君のことが好きだ。僕には、君しかいないんだ」

「っ……!」

「だから、ここまで来たんだよ」

「……馬鹿」

「アルマ……」

「……遅い。遅いよ。死んだ後に……言わないでよ……」

 涙があふれてきてアラキアに抱き着いて顔を隠す。

「ボクも……、大好きなのにっ! ……大好きなのにっ! もう、もうっ! ……遅いじゃないか」

「……アルマ」

 待つのも、後を追いかけるのも、自分から話しかけるのも、一緒にいたいのも、どこかに行こうと誘うのも、会ってうれしいのも。

 笑顔を向けるのも。

 頭を撫でられるのがうれしいのも。

 すべては彼だったからなのに。

「……ボクはっ! ボクは! うぅっ……やだよ、離れたくないよ」

 さっきまでは嫌で嫌でしょうがなかった気持ちが今はかけがえのないものを離さないために必要だった。

 力の限り抱き着く。

 このままではまだ生きているはずのアラキアと私の間を何かみえないものが永遠に遮ってしまいそうで。

 このままでは、もう、会えないような気がして。

 また、独りぼっちになってしまいそうで。

 けれども、それはアラキアに死んでくれと言っているようなもので。

 言葉を発することができなかった。

「……」

 背中から片手が移動して頭を撫でられる。

「ねえ、アルマ。……僕がただ会うだけにここに来たと思う?」

「……え?」

「会うだけならばさ、きっと死んじゃえば同じところに行けるだろうって、何も知らなければ思うだろ。アトミアの書に触れるまでは僕もそう思っていた。……けど、今の僕は違う」

「……」

「僕と一緒に帰ろう。……つらいことも苦しいこともある。痛み、苦しみだって。……けど、きっと楽しいこともある。それに、僕が一緒にいる。ずっと、ずっと。今度は絶対に離さないって決めたから。……だから、僕と一緒に帰ろう?」

「……」

 帰る。

 それは生きる者の世界へ、ということは明白だ。

 だが、そんなことをしていいのだろうか。

 私は、既に死んでいる。アストレでさえ肉体を蘇生もできなかったのだろうからここにいる。

 ひねくれたわがままな理論でもいい。納得できる理由を求めて私はアラキアを見上げた。

「……僕らはすでに輪廻も理も超えてしまった。そうだろう? お互いに。知らないはずの知識が技術が、頭に浮かんでこないか?」

「ああ……うん。そうか……」

 アトミアの書に蓄積された記憶。

 それを私たちは、知っている。

 そしてこれが、呪われた者であるということがわかる。

 永遠に死者の国へは足を踏み入れないことでさえ。

 何者かがそう囁くようにはっきりと分かった。もはや知識は私たちの一部だった。

「……一緒に、帰ろう? アルマ」

「……アラキアと、一緒になら……ボクは……帰る。そして、どこまでも一緒に。……いてくれるんだよね?」

「ああ。ずっと一緒だ。今度はこの手を離したりはしない。……さ、帰ろう」

「うん……」

 私たちは手をつなぐと、光へ向かって歩きはじめた。




……この朴念仁(ボソッ

ふんっ……

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