第102話 黄昏の海岸
「……以上だ。何か報告のある人はいるかね?」
総司令室に集まった光騎士とアストレに向かって結城が問いかける。
その場にいないのはアラキアだけだが、彼については全員が事情を知っている。
「結城総司令、よろしいですか」
「なんだね、カスト君」
「今のところ混乱を広めぬため彼女の話は関係者内で留めておくのはよいのですが、……いつかは開示するべきです」
「そうだな……。すでに姿が見えないことに疑問を持っている団員もいるだろう。そして医療部員ならばアルクスが開放されたことも。聡い者ならば既に口に出さないだけで予想はしているはずだ。……もちろん、開示はする。だが、それは光騎士と上層部の動揺が収まってからだ。それでなくては、下の混乱を収めることもできぬだろうからな」
「分かりました」
頷いたカストは弟を一瞥すると元の位置に戻る。
多少マシになったとはいえ新品の白衣を纏った彼の顔には疲れが見える。アストレはゆっくりと右手をあげる。
「……あの、医療部からも報告が」
「なんだね? ……の前に、アストレ君、大丈夫かね?」
「……大丈夫です。まだ。……えっと、アルクスの清掃及び消毒が終わり閉鎖準備が整ったので専門チームの解散を行おうかと。それと、彼女の体はどうしましょう? 前例の時はご家族がいたので希望を聞けましたが」
インヴィディア襲撃の際、死亡したエル・レミントンはクレアとアンの希望で凍結され地球に送られた。
しかし、アルマの場合は大旅団内に家族も親族もいない。本人の希望も聞ける状態ではなかったため、その処理は決まっていない。
「それは……そうだな……。ご家族のコールドスリープを解くというのもな。目覚めて最初に知らされるのが娘の死というのはあまりにも。……だが、すべてが終わってから遺骨だけというのも。……どうするべきか」
「この問題はアルマ……紫苑ちゃんだけでは終わらない可能性も出てきます。そうしたくはないですけど」
「その点は誰も気づかなかった点だな。……それについては地球側とも通信をつないで議論するとしよう。猶予はあるだろう?」
「はい。気温は低めに設定していますし、最悪凍結処理もできます。しばらくは大丈夫かと。以上です」
「ご苦労。ほかにあるかね?」
全員が首を横に振ったのを見て結城は頷く。
「では、これにて解散。各自業務に戻ってくれたまえ。通常の会議は明日行う。では解さ……」
その言葉が終わらないうちに部屋を大きな揺れが襲う。
立っていられずアストレ達は床に倒れこむ。椅子に座っていた結城も机のヘリをつかんで耐える。棚の上に置いてあった花瓶が床に向かって落下し、安全装置が作動して床から数センチの位置で浮かぶ。
揺れはすぐに収まった。
「な、なに?」
「……地震、なわけないか。船だからな」
真っ先に平常心を取り戻したのは結城だった。
総務部に通信をつなぐとその場にいた全員も通信に組み込む。
「各種パラメータはどうなっている? 揺れの発生源はどこだね?」
『は、はい。えっと、発生源は本部地下……えっとこれは、霊安室のあるフロアです。ラークなどの反応はありません。……ああ、ですが同フロア内で揺れの数秒前から異常なクレアレアの数値が確認されています。現状もかなり濃い状態です。第0番艦を上回るかと』
「損傷や周囲への影響は?」
『フロア自体はわかりませんが、その他の施設・設備共に異常ありません。クレアレアの濃度が高いのも、そのフロアのみで外部には影響はありません』
「わかった。各員には通常業務に戻るよう通信を入れるように。フロアには光騎士を向かわせる。リミッターの解除を」
『了解いたしました。総司令』
「というわけだ」
「了解いたしました!」
光騎士達は立ち上がるとクレアレアを完全展開して部屋から走り出ていった。
賭けだ。
そう言われて、全力でクレアレアを完全展開しようとするがリミッターに阻まれ纏った光は抑えつけられる。
「……くっ!」
何度も、何度も繰り返す。そのたび指先でクレアレアの光が明滅するがそれが全身に広がることはない。
息を整えるともう一度試す。だが、それでも結果は同じだった。
「……くそっ」
安置台に手をつく。
リミッターは確かにかかっている。だが、リミッターをかけられる力の強度にも限度がある。
前にリミッターによる制限下でアルマはクレアレアを完全展開してみせたがあれは彼女の力が抑えつけられる限度を超えていただけのこと。リミッターも一定以上には意味がないのだ。
先ほどからその限度を超えてどうにかクレアレアを完全展開しようとしているのだが、なかなかうまくいかないでいる。
(まだ最初なのに)
一歩も踏み出せていない。なのに、ここで躓くとは。
(それでも僕は)
やるんだ。
やりとげるんだ。
冷たく冷え切った彼女の手を握ると目を閉じる。
「お願いだ。君の元に行かせてくれ……クレアレア……完全展開っ!」
一瞬、抑えつけられる圧力に息が詰まる。
しかし、次の瞬間、包み込んでいた力は弾けとんだ。目を開くと両手にはめた白い手袋が目に入った。
「……ラース、次は、どうすれば……いい」
息を整えることなく問いかける。
「『アトミアの書』、あれを貴方の手に。その後は力の赴くままに。思うがままに力を振るうといい」
「……ああ、わかった」
手を一度離すと前に伸ばす。
現物は何度も見たことがある。その力を感じたことも。
だからこそ具現させるのは楽だった。
宙に現れた書に手を伸ばすとつかむ。
ずしりと重い白い本。前に触れたときには熱くて1秒ともたなかったが今はただの本である。
「……一度でいい。……僕に力を貸してください」
――お前は何を求める
聞こえた声は優しく落ち着いた男の声だった。
驚きは一瞬だった。
「……アルマに……もう一度、会わせて」
――眠りを妨げる気なのか
「……ああ。分かってる。アルマはきっと、そんなこと望んじゃいない。……あいつ、寝起き悪いから」
――覚悟はすでにしているようだな。なら行け
光が瞬き、空気が揺れる。
風が室内で吹き荒れ浮き上がった彼女の体を抱え共に吹き飛ばされたところで記憶は途切れていた。
目を開くと生い茂る木の葉の隙間から夕焼けのオレンジ色の光が差し込んできていた。
「目を覚ましたか」
かけられた声に振り向くと森の中には似つかない白の騎士装の男が立っていた。長い髪をポニーテールにし、左半身を青いマントが覆っている。
部屋の中で聞いたのもこの男の声だ。
「……あなたは? それに、ここは?」
「私は、……そうだな……メルクシス、とでも呼んでくれ。ここは生と死の狭間。……黄昏の海岸だ」
「……黄昏の海岸?」
「ああ。死を迎えたが死にきれなかった者が行き着く先。……どの世界とも隔絶された場所。……お前の求める者もこの先にいるだろう」
「!」
「待て」
立ち上がり走り出そうとしたアラキアの肩をメルクシスは右手でつかむ。
「……もう一度問おう。覚悟は、できているのか、と。今ならまだ引き返せる」
「……」
「死んだ者を無理やり起こすこと。それが死者にとってどれほどの苦痛か、……そしてそれがこの黄昏の海岸を彷徨うものならばなおのこと。苦しみから解き放たれた者ならば、な」
「それでも」
振り返り目が合った瞳は蒼だった。
憂いの中に燃える炎に息が詰まるが、それでも見続け言う。
「それでも行く」
「……いいだろう。君は……私が得られなかったものを持っているのだな」
穏やかな笑みを浮かべたメルクシスはアラキアから手を離すと波の音が聞こえるほうへ歩き出す。その背中はついてこい、と言っているようだった。
彼の青いマントを目印に追いかけると突然視界が開け足元が砂地へ変わる。
目の前に広がるのはどこまでも広がる海原と夕焼け空だった。東と思われる空には星が浮かんでいる。メルクシスは星の浮かぶほうを指さし口を開く。
「この先が本当の死後の国。だが、ここにいる者はもう、決して踏み入れることはできない。我々はもう、理を超えてしまったのだから。……そして」
反対側を指さす。
「あの光の先が生の世界。現実だ。……帰りは振り返らず、あの光を目指すといい。さ、私が導けるのはここまでだ。あとは君自身の足で歩め」
「……ああ。……なあ、メルクシス、最後に教えてくれないか。あんたは何者なんだ? どうしてここにいるんだ?」
「……私も理を外れ呪われた者だからだよ。そんな顔をするな。私はまだここにとどまる気はない。自らの、背負ったものの行く末を見ない限り。……そうだな。……こう言えばいいだろうか。また、会おう」
言葉の反響を残してその姿は最初からその場にいなかったかのように白い光となって消え去る。
そして、その先にアラキアは探し続けた人影を見つけた。
押し寄せる波にくるぶしほどまでつかり、遠くを眺めている。
ほどかれている蒼い髪は白いワンピースと共に風に揺られていた。
「……アルマ」




