第98話 最後の砦
「……おい」
画面に映った相手の姿を見て黒スーツの男――片山は拳を握りしめる。
映し出されているスキンヘッドの男の手には缶ビールが握られており、奥に見える机にも空き缶が散乱している。
「昼間から酒盛りとはいい度胸だな、土方」
『んあ? しょうがねぇだろうが』
「そこに酒があったから、という言い訳はもうたくさんだ」
珍しく語気を荒くした片山は手を腰に当てる。
『あー、だいぶお怒りのようで……』
「そうだろうな。指示した任務を放り出された挙句酒盛りとは。私でなかったらとっくにそちらの船に乗り込んでいた」
『あー? ああ、あれか。あれならもう終わってまとめて送る、……ってボタンを今押そうとしたとこだ』
「明らかに忘れていただろう」
『おう!』
「おう!、じゃあない! ……よくそれであそこで生きてこれたな。私はこれを報告しに行く。次の指示を送っておいた。すぐに調べろ」
それだけ言うと片山は通信を切り、閉じられた扉の横に設置された呼び出しボタンを押す。
しばらくして中から出てきたアストレにデータの入った記録媒体を渡すと踵を返した。
アルマとアラキアの護衛ができない以上、情報収集をするしかできることがない片山にアストレは自らが受け持つ中でも簡単な仕事を回していたのだ。先ほど渡したのは備品の在庫管理表だ。
角を曲がると同時に曲がってきた人影とぶつかりそうになり横によける。相手もなかなかに瞬発力が高いのか片山が避けた方向と逆方向に避ける。
「あれぇー、ごめんなさいですー」
聞こえた、明らかに作った声に姿を確認しなくても誰だかわかった。
「かまわんが、いいのか。手に持っているのは精密機器か薬品なんじゃないか?」
「それはー、そうですねぇ」
次の瞬間、男性の声が聞こえる。
「……すまなかったね。いやあ、ぶつかんなくてよかったよかった。んじゃ、おっさん急いでるからこんぐらいで」
去っていくのを感じて息を吐く。
弥田。なかなか面倒な相手だ。
医療部でも奥まった場所にある部屋。
アルクスがあるフロアは居住区よりも厳重に出入りが制限されていた。まだアルクスの前までなら医療部長と総司令の許可があれば入れるのだが、それより奥、3重の扉の向こうは医療部長により編成されたチームと患者しか立ち入ることができない場所だった。
今回アラキアに立ち入りの許可が出たのは例外的な措置だったといえる。
普段着からアストレたちと似たような白い服に着替えしっかりと消毒を終えてから入った部屋は、白い空間だった。窓はなく、出入り口も今入ってきた扉しかない。
殺風景で無機質な部屋だった。
「ああ、アラキアくん。こっちに」
手招きするアストレに連れられてベッドのそばまでよる。
置かれた一脚の椅子に座ると、ラインなどに触れないように気を付けて小さな手を両手で握った。
「……」
「アラキアくん、ちょっといいかな」
「なんですか?」
「……何か、処置をするときにはあの入り口近くの壁際によっててほしいんだ。ここでは1秒の遅れがその後を左右する。いいね?」
「わかりました」
あと、とアストレは続ける。
「アルマちゃんに話しかけてあげてほしいんだ」
「話し、かける?」
「意識がないように見えてもね、聞こえている、ってことは多いんだよ。もしかしたらアルマちゃんも近くにアラキアくんがいるってこと、ずっと一緒にいてくれてるってことが分かるかもしれないから」
「……わかりました」
「それと、アラキアくんもちゃんと休むこと。心配されちゃうよ」
「……はい」
「それじゃ、僕は準備があるから。一緒にいてあげて」
握った手はまだ温かい。
「……ねぇ、アルマ。まだ、一緒にいるんだ。今までだって、これからだって。……もっといたかった、じゃないだよ」
反応はないが、さらに強く手を握りしめる。
次の瞬間、何かの機器から警告音が鳴り響き顔を上げる。自分でも顔から血の気が引くのが分かる。
「そんな顔しなくても大丈夫よ、アラキアくん」
どこからか、ふらっと現れた芦部はアラキアにはなんだかわからないものの1つに手を伸ばすと捻る。しばらくすると鳴りやんだ音に、ね、と芦部は笑う。
「……なんだったんですか?」
「ん? ああ、血液中の酸素濃度が低くなっちゃったって合図よ。アラキアくんにわかりやすいように例を言うと、そうね。走ったら息が切れてくるでしょ? それと同じよ。酸素の供給が間に合わないからって人の体は呼吸をたくさんしようとするでしょ?」
「……ああ、はい。それって苦しいんじゃ?」
「んー、これも個人差があるっていうのかしら。ある値を下回っても全然苦しいと感じない人もいるから、どうとも言えないけれどもね。……でも、確かにそうね」
少し考え込んだ芦部はアラキアに問いかける。
「今後の対応については何か聞いているかしら?」
「えっと……」
先ほど、アストレは何か準備があるといって部屋を出て行った。しかし何の準備なのかは聞いていない。
それ以外には何も聞いていない。いや、聞く耳を持たなかったというのが正しいだろう。
本当なら、太ももの傷の治療もしなくてはいけないはず。
「……その様子だと聞いていないようね」
「はい」
「酸素マスクから人工呼吸器に切り替えるって話よ。まあ、リザーバー付きで間に合わないのならそれしかないわよね」
「……」
「大丈夫大丈夫。アラキアくん、笑顔。……だめよー、アルマちゃんを不安にしちゃ」
「そうだよー。ほらー、おっさんを見習ってスマイルスマイル!」
肩に置かれた手に振りかえると、白衣をきた男性が立っていた。
やけにスマイルの部分だけ発音がいい。傷んだ薄いクリーム色をした髪が目を引く。
胸の名札には弥田、と書いてある。
「あー、初めまして、だな。おっさん、弥田っていうんだ。よろしくな、青年」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「……ふぅん」
頭の先からつま先まで見回した弥田はにやりと笑う。
「こりゃ、なかなかいい男で」
「へ?」
「弥田先生、アラキアくんをからかっても何も出ませんよ」
「あぁ!? おっさん、そんな目で見られてたの!?」
大げさに驚く弥田に芦部は詰め寄る。
「言っておきますが」
「待ってよ、芦部ちゃん! 頼りがいがありそうな彼氏さんでー、ってことで、おっさん、そんな趣味ないからね!? ほんとだよ、信じてってば!」
何かきき逃したような気がしたが、アラキアが口を開く前に芦部が言葉を発する。
「それは分かってます。だから、からかわないように、とだけしか言ってないでしょう。まったく、勘違いもここまでくると腹立たしい」
「あー……。へいへい。んならいいですよーっと、……んで、ちょっくら届もんをしにきたんだけど。これ、どこに置いときましょ?」
手に持っている銀色のバットのような入れ物を持ち上げる。中身を確認した芦部はベッドのそばに置かれた棚を指さす。
「どうもー」
アラキアの肩から手を離した弥田はそそくさと棚に近づくと入れ物ごと棚に入れる。
「んじゃ、先生来たら鎮痛剤と鎮静剤はここだって言っといて」
「わかりました」
「もー、ひと仕事行ってきまーす。またなー、青年!」




