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第96話 凶刃

 早く。

 もっと早く。

 一分でも一秒でも早く、アラキアの元へ。


 降下ポイントに指定された場所から森林を走る。

 襲い掛かってくるラークもトルムアも気にしている余裕はなかった。

 ただ無我夢中で走った。

 本当は飛びたかったがそれでは自分の座標を見失ってしまう。ナビゲートがなくなればアラキアの元へたどり着くのが遅れてしまう。

「……はぁ」

『あと少しです!』

 ビルギットの声に必死に走る。途中でその声が聞こえなくなっていることに気づきはしなかった。

(早く……早く……)

 私は自分が驚くべき速さで走っていることにも気が付いていなかった。

 まるで、飛んでいるかのような、背中に羽が生えているかのような。

 前方で光がはじける。

「アラキアァァぁぁぁっ!」

 そう叫び、飛び出していた。




 無様に吹きとばされ地面を転がる。

 すでに赤く染まっていない場所のほうが珍しい。血を吸った上着が肌に張り付いてくる。どうにか起き上がると双子に向けてパージを持ち上げた。

「……面白くない」

「……楽しくない」

 宙に浮く双子は不満そうに口を尖らせる。

「強いクレアレアだから来てみたのに」

「強い力だから来てみたのに」

「ちーっとも」

「全然」

「強くないんだもん」

「骨がないんだもん」

 グライは短剣を右手で弄ぶ。それを見ていたリティイは同じようなデザインのナイフをアラキアに向かって投げつける。

 太ももに突き刺さったナイフに、足から力が抜け地面に倒れる。

「くっ……」

(どうして……)

 少しは強くなっていたと思っていた。

 事実、最初のうちは対処できていたのだ。しかし、通信機越しにアルマの声をきいて安心した瞬間から徐々におされ始めた。

 きっと来てくれる。

 助けに来てくれる。

 その甘えが招いた結果がこれだ。

(……結局甘えてるだけじゃないか)

 守れる力がほしい。

 そう願ってこの力を手に入れたのに。

 カストに指摘され、アルマにも協力してもらって訓練した。

「こいつもうダメだよ」

「もう終わりよね」

「やっちゃおう」

「終わらせちゃおう」

 そんな物騒な会話を聞きながら、拳を握りしめる。

 力を振り絞って上半身だけ起こすと照準を絞ることもせず、ただがむしゃらに光弾を放つ。

「まだやるの?」

「あきらめないの?」

「……僕は、諦めるわけにはいかないんだ! お前たちごときに、負けるわけには! ……守るんだ」

 見苦しいだけ。

 そんなことはわかっていた。

 攻撃を軽々と避け、目の前に迫った双子はアラキアの手からパージを弾き飛ばす。

「……」

 諦めるわけにはいかない。

 なのに、もう策も武器も、ない。元から策が思い浮かぶ余裕もなかった。

 笑い声と共に振り上げられた短剣に目を瞑る。

「アラキアァァぁぁぁっ!」

 待ち焦がれた声が聞こえた。

 飛び込んできた青い光を纏った白い影は双子を吹き飛ばす。

 だが、宙に舞ったのはそれだけではなかった。

 赤。

「……ぁ」

 赤い液体が飛び散るのがはっきり見えていた。

 アルマはそのまま受け身をとることなく直線状にあった木にぶつかると、地面に倒れる。

「……?」

 不思議そうな顔をしたアルマと目が合った。

 ゆっくりと動いた右手が左胸に突き刺さった短剣の柄を触る。

「……っ! ア、ルマ……あ……あぁ……」

 すでに動かないと思っていた体を引きずりそばまで寄ると抱え起こす。

「……アラ、キア……よかった……ぶじ、で」

「そんな……うそだ……。アルマ……」

「……どう……したの? なんで、泣いてるの?」

 泣いている。

 言われるまで気が付いていなかったが、次々と頬を伝い落ちてゆく。

「……だって……僕なんかのために」

「なんか、じゃないよ。……だから、だよ」

 アルマは微笑む。

「……アラキアだから、だよ」

「……アルマ」

「……悔いは、ない。……ああ、けど……もっと、いっしょに……いたかった、なぁ」

 瞼が閉じられ、握りしめていた手から力が抜ける。

「アルマ? おい……アルマ……!」



 飛び出して、双子に向けて剣を突き出す。

 剣先が貫いた感覚が手に伝わり、その勢いのままぶつかる。

 だから、それに気が付いたのは地面に倒れた後だった。

 簡単にできるはずの受け身さえ取れず、体に力も入らない。何故なのだろう。

 そう思ってアラキアを見ると彼の眼は私の胸に向いていた。

 右手で探ってみると、短剣の柄に触れた。

(……ああ)

 納得するのと同時に、刺しこまれた冷たい刃の存在を感じる。普通の刃ではない。まるで毒が塗ってあったかのように刃からじわじわと体を蝕んでゆく冷たい感触。

 これが普通の刃なら胸につけている防具やクレアレアの防御膜である程度防げていただろうが。

 刃から伝わってくる冷たさに震える。

 しかし抱きかかえられた腕の中はあたたかかった。

 守れたのだ、という安堵が胸を満たしていた。

 それでも、叶うことなら、まだ彼と一緒にいたかった。

 私にとって、死とは何よりも恐ろしいものだった。けれども。

(安心して……)

 ボクは、今、恐くないよ。



 かろうじて上下している胸に安心する。

「……」

 だが、弱弱しい呼吸は猶予などないことを示している。

「ちぇ、邪魔が入ったね」

「そうね、忌々しい」

 聞こえた声に歯を食いしばる。

「……忌々しいのは……お前たちだろう! 僕は……僕が、どれほど!」

 ぐ、を握った右手に重みを感じる。

 剣形状で具現したパージは濃い青い光を纏っていた。

「許すものか。お前たちを、倒すのは……この僕だ!」

 踏み込むと大きく横に薙ぐ。

「なに?!」

「きゃあぁっ!」

 完全に油断しきっていた双子の胸を切り裂いた刃は止まらずリティイの胸を貫く。

「!」

 グライは短剣を構えるが、それよりも前にリティイの胸から剣を引き抜いたアラキアは目の前まで迫っていた。

「はあぁぁぁぁっ!」

 斬り上げられた剣を横に避けるが間に合わず二の腕から血が吹き上がる。

「まだだ!」

 完全に双子を圧倒したアラキアはさらに踏み込むとパージを振るう。刃を包む炎は青から赤に転じていた。

「くそ」

「なんなのよ!?」

 取り乱す双子に容赦なく攻撃を叩きこむ。

「っ!」

 左足を踏み出した瞬間、激痛に一瞬動作が遅れる。

 そして双子をそれを逃すような真似はしなかった。笑顔でグライは短剣を振り上げる。

 しかし、その顔はすぐに驚愕に染まっていた。

 撃ち込まれた赤い輝きに貫かれた双子はそのまま地面に縫い付けられる。

「……コイツは、殺させん」

「アルマ……?」

 聞こえた声は確かに彼女のもの。だが、ふりかえった先に立っていたのは違った。

 右手を掲げた仮面の人物はひび割れた仮面に手を当てる。

「……トガ」

「なんだよ! なんで邪魔すんだよ!」

「《使徒》のくせに!」

「は。前に《使徒》に仲間意識などないと言い、餌となれ、と私を襲ってきたのはどこのどいつだ? 同じことだろう」

「くそ! くそっ!」

「何よ!」

 喚く双子にトガは不気味な笑みを浮かべると、具現化させた弓を引き絞る。

「我が本懐は1つ。……そのためならば、この手、いくらでも汚す覚悟はある。……チャンスをやろう。今すぐ立ち去るか、ここで私に殺されるか。いや、喰われるか」

 悔しそうに顔を歪めた双子は無理やり体を矢から引き抜くと闇に包まれ消えていった。

 トガはため息をつくと弓を消しさる。

「……無事か」

「あ、ああ」

「……そうか。……よかった」

 そう言うなりトガはアルマの元へ歩き出す。

 そしてクロノスを具現化させると振り上げる。

「なっ! ……やめろっ!」

 アルマとトガの間に割って入ると両手を広げる。振り下ろされた剣先が肌から数ミリのところで止まっている。

「……そこを、どけ」

「どくものか! アルマは、僕が守るんだ」

「……そんな体で私に勝てるとでも?」

「それでも、だ。……アルマを殺すのなら僕を殺してからにしろ!」

「……何故だ。……何故、そこまで。こいつが存在する限り、世界は滅びから逃れることはできない。……人は滅びるのだぞ。人1人の命か、全人類……貴様なら、わかるだろう。……お前は生きたくないのか?」

「たとえ、それでも、どく気はない!」

 震えた剣先がのど元にあたり皮が破れ血が流れ出る。

「……お願いだ、アラキア……そこをどいてくれ。私に……私に……」

「……」

「どかねば、貴様も殺す」

「……断る」

 一筋の光が空を裂き、トガの仮面に直撃する。粉々に砕け散った仮面は地に落ちる。

 のけぞったトガは剣を引き腕で顔を覆う。

「……え?」

「……見るなっ!」

 一瞬だが、その赤い瞳と目が合う。

 その顔は、若干目つきが鋭いが。

「……どうして、同じ顔……なんだ」

 アルマと瓜二つの顔をしたトガは顔を反らす。

「……っ」

「……アルマ?」

「……黙れ……黙れだまれだまれっ! 私はアルマじゃない! 私は《使徒》だ! 私は《使徒》トガだ! ……アルマじゃないっ! 私は! 《使徒》だ!」

 トガはクロノスを振り上げる。

 しかし、その手は徐々に力なく垂れていった。手から落ちたクロノスは光となって消え去る。

「……くそっ……くそっ!! 何故、どかないんだ! 殺すと、言っているのに」

「……命を懸けてでも、守りたい人がいる。それだけだよ」

「……」

 しばしの沈黙の後、嗚咽を漏らしたトガは膝をつき地面に座り込む。

 赤い瞳に薄く涙が膜を張る。だがそれが零れ落ちることはなかった。

「……私の、負けだ。……私には、貴様を傷つけることは、できない」

「トガ?」

「……手助けを、してやる」

 ふらふらと立ち上がったトガはアルマへと近づく。

「……大丈夫だ。殺さん」

 右手をアルマに向けたトガは何かを手繰り寄せるような動作をする。

 途端、アルマの体を黒い靄が包んだかと思うとそれらはトガに吸い込まれてゆく。

「……ずいぶんと汚染されていたようだからな。これではもたんだろう。……人の身には毒だ」

「……浄化、なのか?」

「結果的にはそうだろうな。……だが、現象としては汚灰はいのみを私が喰らっているという表現が正しい。……双子の刃は、実体を傷つけるものではない。……魂を傷つけ、弱らせ死に至らしめるものだ」

 クレアレアの原理を交えて言えば、人が生きる上で必要になるものは大きく分けて3つある。

 1つは肉体。そして心。もっとも重要になってくるものは魂。

 心や肉体を失ったところで短時間ならば、人は非生理的な環境にも耐えられる生き物であるがゆえに、すぐに死ぬことはない。

 しかし、魂は違う。

 すべての根源。

 そう言われる魂を傷つき失えば、心も肉体も死に至る。

 そうなればもはや為すすべはない。

 蘇生を施して成功するものとしない者の差は、魂が死んでいるかどうか。それが、この世界の理だった。

「……クレアレアを完全展開した姿は魂の姿。すなわち、この姿が消え去った時、何も残らないのは魂が失われ同時に肉体も心も失われるからだ。だが、ほんのわずかながら魂が死んでも蘇生する可能性は存在する。肉体側からの……アプローチならば……」

 トガがアルマの体に触れると展開が解け赤く染まったクローク姿に戻る。

「……だが残念ながら、魂を癒す術というものはない。……普通ならば、魂についた傷というものはある条件ですぐに回復するからだ」

「ある条件?」

「ああ。……手を、握っててやれ。魂を癒すもの、それは誰かに思われそれを感じること。……愛こそ、唯一の癒しだ。だが、心しろ。……双子の刃によってこれほど深い傷を受けてしまっては……もはや、それさえ効くかどうか。あとは……本人の生命力を信じるしかない。むしろ、奇跡を」

 そこまで語るとトガは立ち上がる。

「……とはいえ、その胸に刺さった短剣は実体だ。……すぐにアストレに連絡をつけるんだな。アラキア、お前も比べれば軽いとはいえ、その太ももに刺さったナイフは同質ものだ。……お前まで、飲まれるなよ」

「……ああ……ありが」

「……お前に……貴様に礼を言われる覚えはない。……私には。……次は、次こそは、誰であっても……きっと、容赦はできない。しない」

 その姿は闇に包まれ消える。

 アラキアはアルマを抱きかかえると通信機へ手を伸ばした。




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