第95話 踊る刃
一人で木が生い茂る森林地帯を歩く。
アラキアにとってこれが初めてのソロ任務だった。
本来ならばアルマと共に来るはずだったが、先日の一件を受けて大事をとってアストレが待機命令を出したのだった。
索敵がうまいわけではない。ただ敵の情報や出現パターンなどはすべて頭に入っていた。
それでどうにかなっているのだ。
「……やっぱり、一人はきついな」
パージを構えると前方に照準を合わせる。
宙からにじみ出るように黒い姿が形作られてゆくその場所に光弾を撃ち込むと走りこむ。パージを剣形態に変化させるとその場で回転しラーク達を切り刻んだ。
「……ふぅ」
霧散して消えてゆくその姿を見ながら軽く息を吐く。
一度倒せばしばらくはそのエリアにラークは発生しない。ほかのエリアから移動してきたものがいないとは言い切れないが、ひとまず息をつける時間だ。
「ビルギットさん、周りの様子はどうですか?」
『敵勢反応はありません。しばらくは大丈夫かと。……それにしても災難ですね』
「まったく、その通りだよ。アルマがいないと前衛がいないから大変だし、索敵も自分でしなくちゃだし。……何より、火力が落ちてさ」
『ですが、アラキアさんの火力は並みのイスクよりかなり上ですよ。第一、ソロでの戦闘に対応できているあたり、力はあるという判断ができますよ』
「……あ、ああ。……でも、それだけじゃなくて」
『ふふん、ちゃんと分かってますよー』
「な、なにが?」
茶化したかのようなビルギットの声に思わず聞き返す。
『えー、それはアラキアさんが一番わかっているかと』
そのあと通信機の向こうで何かボソっと呟かれたが何と言っているかわからなかった。そもそも翻訳が働いていたかどうか。
ぼくなんたらかんたら。
何かしでかしただろうか、と不安になるが最近は特に変わったことはしていないはずだ。参謀の仕事は光騎士としての任務を考慮して割り当てられているし面倒なことはすべてできる限りほかの人に回してしまっている。
それにその仕事自体現地調査が多いものなのだから、降下ついでに調べてた。
『こほん、えーまあ、……え、なんですか。アニー。え、代弁? え、ああどうぞ?』
続いてきたのは聞きなれない女性の声だった。
『ボンジュール! 初めまして、アラキアさん。私ビルギットの親友で同じく特殊攻撃隊のオペレーターやってるアニーです。えー、ビルギットがさっき言ってたわ。ああ、翻訳は落として……リアジュボーン!……って言ってたわ』
『な、なに言ってくれてるんですかああ!』
通信機の向こうで何やらガタガタと音が聞こえる。
翻訳が切られていたので、まったくもって意味は分からなかったが。なにか、罵られているような、祝われているような、からかわれているような。
『失礼しました! ああ、本当に何言ってくれてるんですか。あの人は……』
「うーん、まあ、どちらにしろ何言ってるのか分からなかったから意味はないと思うけど。なんだろ、このもやもや」
『そ、それは、おいておくとして、ですねぇ!』
明らかにごまかそうとしている。
案外真面目だと思っていたこのオペレーターも、大旅団にいる以上やはりどこか変人なのだろうか。
モグモグと白身魚のフライを咀嚼するアルマの前に置かれた皿にはいつも通り多めのおかずが盛られている。
その隣に座っているアストレを見ると疲れ切った表情をして天ぷらそばをすすっていた。
「……何か、あったんですか?」
「ん? ……ああ、ちょっと久しぶりに体を動かしたから疲れちゃってさ。……体を動かした、というよりは……ほら、ガライアを使って戦闘訓練してきたんだよ」
「んー」
隣のアルマが同意を示したということは2人で行ったのだろう。
大方予想はついているがアルマにフルボッコ、とまではいかずとも何度も対戦し負けているはずだ。前に戦ったことがあると聞いていたがその時より格段に強くなっているはずなのだから。
「お疲れ様です。……というより、よかったんですか。ガライア使っても」
「ああ、別に本当に何か不調があって待機命令出してたわけじゃないしね。……今日は汚灰を取り込んでほしくなかっただけで。そっちのほうが浄化作業も進むしさ。ガライア使いながら同時に浄化も進めてね。いつもよりだいぶ進んだよ」
「へぇ。よかったな、アルマ」
「んー……」
唸り口に入ったものを飲み込むとアルマは口を開く。
「……でもね、なんか……浄化する前より体が重い感じがするんだ」
「え?」
「……うまく言えないけど、こう」
言葉を探して箸を持った手が動くが、出てこなかったようだ。
「浄化って、副作用ありましたっけ?」
「いや、ないはずだよ。……少なくとも報告例はなし。ああ、一応簡易検査はしてみたけど異常はないし。……まあ、明日もう少し調べてみようかなって」
「じゃあ、明日も一人ですか!?」
「ああ、ごめんごめん。明日中には判断するから。特に何もないなら明後日から復帰で」
「あー、はい、わかりました」
明日もか、と独り言ちると今晩の夕食に手を伸ばす。
なんだか、いつもより味付けが薄い気がした。
「……」
腕につけられた簡易測定器を見てから顔をアストレのほうに向ける。
「そんな顔しないでよ。不満なのはわかるけど、僕の浄化速度が間に合わないから。それに汚染度は本当だし」
「……むぅ」
なだめてくるアストレから顔をそらす。
1日ならまだしも2日も待機命令が出されるとは。
そのうえ、正確な汚染度をはかりたいと言われ今日は昨日とは変わって医療部に連れてこられていた。
「……研究部もこればっかりはどうにもなんなかったみたいだし、しょうがないとしか」
アストレが言っているのは測定方法についてだ。簡易的にはかる技術は早いうちに腕につけるバンクるのような装置で実装されていた。しかし、本当に正確に個人の適性も含めてはかるには血液から検査するしかないらしく。
つい先ほど採血を終えたところだ。
だが、私はそれについては何も気にしていない。
採血については何とも思っていないのだ。
行動を制限されていることと、アラキアを一人で任務に向かわせていることに不満があるのだ。
「あら、珍しいわね。深川先生が読み間違えるなんて」
部屋を仕切るカーテンの向こうからひょこりと顔を出したのは芦部看護師だ。手には私のものと思われるカルテとボールペンを持っている。
なぜここだけ電子カルテ化しないのか分からないが、大旅団設立当初から紙媒体なのだ。一応電子カルテもあるらしいが主に使われているのがこっちだというほうが正しいか。
しかし、そのおかげでスペルビアの暴走の際に書き換えられていた一部の情報を修正できたというのはメリットだ。
「深川先生も疲れているのでは?」
「……まあ、最近忙しかったしね。芦部さんも体調管理には気を付けて」
「その言葉、そのままお返しします。と、持ってきましたよ」
分厚いファイルを芦部はアストレに差し出す。
振り回せば軽く武器になりそうな厚さだ。
「ああ、ありがとう」
「それにしても、この厚さはどれだけ検査してるんですか?」
「ああ、これ? 大旅団に来てからのはこの後ろのちょこっとだけだよ。ほとんどは汚灰が降り始めるより過去のものだ」
アストレがかなり後ろに張られた赤い付箋を引っ張りながら言う。
戦闘部員に関しては生まれてからこれまでの記録をできる限り集めてきたというのだから、これは生まれてから今までの分、ということになる。私も初めてそのファイルを見てその分厚さに驚いている。
芦部も驚いているようだ。
「……ほかの戦闘部員たちより多いですよね?」
「まあねぇ。ああ、でも心配ないよ。ね?」
とりあえず頷いておく。
これ以上の面倒ごとは勘弁してほしい。
「そういえばさ、今日はアラキアはどこに行ってるの?」
「ん? 惑星リエースだって言ってたけど。森林エリアのラークの殲滅がてら遺跡の材質を調査するためのサンプルをとってくるって……」
「遺跡……?」
何かが引っかかる。
森林。遺跡、アラキア。
「……!」
それが何なのかわかった瞬間、飛び起きていた。
「ちょ、ちょっとアルマちゃん!?」
「アラキアは……アラキアは今どこに!? 《使徒》の反応は!?」
「いきなりどうしたんだ?」
「いいから、答えて!」
ちょっと待って、というとアストレは通信機に手を伸ばし総務部へコンタクトをとる。
すぐに私の通信機にはビルギットから通信が入る。
『一体、どうしたのですか? アラキアさんなら現在遺跡付近で調査中ですよ。《使徒》の反応は数分前の定期索敵ではありませんし』
「……そう……それなら、いいんだ」
息を吐きだすと体から力を抜く。
気のせいならそれでいい。それが一番だ。
『……で、どういうことか説明していただけますか?』
「うん……遺跡の前でアラキアが《使徒》に襲われるんじゃないかって……」
『心配しすぎですよ。あ、ちょっと待ってください。アラキアさんから通信が……。はい、こちらビルギット。……え?』
しばしの沈黙の後、回線が変更されたのかプチ、というかすかな音が聞こえる。
そして聞こえたのは金属音。
『……アルマ!』
「!」
聞こえたのはアラキアの声だ。
「あ、アラキア?」
その声は明らかにいつもの声と違う。それに沈黙している間も戦闘音のようなものが聞こえていた。
『聞こえているんだな!? 《使徒》が、双子がっ! くっ!』
「……」
息が詰まる。
うまく、呼吸ができているのかさえ分からない。
『とにかく、ビルギットさん、これを早く周囲の戦闘部員にっ! 退避させないと!』
『しかし、あなたのほうは?』
『……それは! どうにかっ!』
私はアストレを見る。口から出た声は震えていた。
「お願い……先生……。解除して……ボクを、ボクを……行かせて」
「だけれども」
「……お願い……きっと、ほかの光騎士じゃ……間に合わない。……ねぇ、お願い」
アストレの白衣の裾を握る指先は力を入れすぎて白くなっていた。
「……お願い」
「……わかった」
アストレは私の腕から簡易測定器をとると、いつもの治癒術を伝えるバングルをはめる。
「ただ、……いや、アルマちゃん。……行ってあげて」
「……ありがとう」
部屋から飛び出すとワンシップ乗り場まで全速力で走った。
「よかったの?」
開けっ放しのドアを見て芦部は尋ねた。
俯くアストレは左手につけたバングルに右手を添えて力なく椅子に座る。
「……限界だ。……もう、あれ以上は浄化できない。……なら、もうあとは信じるしかないんだ」
「そうですね」
「今までだって無事に帰ってきてくれた。確かに、怪我をしたこともあったけれど。……僕はそれを、信じて待つしかないんだ。……そして、もしもの時は全力で助ける。それが、僕の役目だ」




