第一戦 獣人対ドワーフ 1
HRWWの内殻フレームだけであれば、性能は全て同じである。そこに優劣は無い。
だがしかし、各種族が搭乗する機体には性能差が生じていた。
その性能差を生み出しているのが、「外殻フレーム」である。
外殻フレームは各種族の大陸に居るHRWWの技術者達の手によって造られており、そこに女王達の意向は反映されていない。あまり干渉しては、戦争が面白くないと考えているからである。
では何故、性能差があるのか。
その明確な理由を述べるであれば、それは戦争終結時の順位の回数が影響しているからであった。
簡単な例を挙げれば、先の戦い、人族対魔族で双方が搭乗していたHRWWが最もわかりやすいだろう。
この2つの種族が造り上げた外殻フレームのコンセプトは全く同一である。
「全地形対応」
陸はもちろん、森、川、海、山等、戦場である「エデン」にある全ての地形に対応出来るように造られていた。
根本的な考え方の違いとして人族側は弱者故に少しでも不利をなくそうと、魔族側は強者故にどこでも有利に運べるようにと、全地形で戦えるようにしたのだ。
そして、性能差が生じている原因は、双方の外殻フレーム製造に使われる素材の違いである。
その元となる素材が違う理由が、順位の回数であった。
それは、手に入る素材のランクが違うという事であり、最下位が多い人族と、最上位が多い魔族では、それによって造られる外殻フレームに性能差が生じるのは自然の流れであると言える。要は人族のHRWWの上位互換が魔族のHRWWなのであった。
だからこそ、先の戦いで魔族のHRWWと互角以上の戦いを見せたフォーとユウトの能力を異常であると、女王の1人であるエデンは思ったのだ。
ちなみに、各大陸の技術者達の技術力自体には特に差は無いが、コンセプトの違いによって、それぞれの方向性に特化しているのと、劣悪な素材で造る故に人族の技術者は応用力が他より少々高いくらいである。
そして、コンセプトは他の種族にも、もちろん存在している。
これから戦う獣人のコンセプトは「運動性」。
カラーリングは「水色」で、多くの獣が狩りを素早く行うように、何よりも動きの素早さを尊重する獣人のHRWWは軽量に軽量を重ね、他の種族のHRWWよりはスリムな姿をしている。
その分、紙装甲ではあるのだが……。
そして、ドワーフは「攻撃力」。
カラーリングは「銀色」で、何よりも一撃の威力にこだわり、他の種族のHRWWの姿と比べると、腕が長く、太く、造り出されている。
それ故なのか、種族的になのか、銃器を一切持たず、長距離戦を全て無視した完全なる近接特化であった……。
◇
獣人対ドワーフの戦いの舞台は平原であった。
中央の大陸「エデン」の唯一の街「フィナーレ」から西南の位置にある名も無き平原であり、草木は既に枯れ果て、姿を隠せるような場所は存在しない、何もない広々とした平原である。
いや、何もない訳ではない。
度重なる戦いの足跡として、至る所に大小のクレーターが出来ており、その光景は戦闘の激しさを物語っていた。
そして今、その平原に「キュイ――キュイイ――」と駆動音が鳴り響いている。
既に戦闘開始から1時間が経過しており、開始から数十分で獣人、ドワーフ、双方の代表者達が搭乗するHRWWは相対していた。
ドワーフ側のHRWW5機は互いの背中を守るように密集して、その周りを獣人側のHRWW3機がぐるぐると周って牽制しており、その様子を少し離れた位置で残りの2機が見ているのが確認出来る。
未だどちらも傷ついた形跡は無いが、ドワーフ側の5人は疲弊し、イライラしていた。
「えぇいっ! ちょこまかちょこまかと! 奴等は獣というよりは、虫のようだのっ!」
ジジルの苛立ちの声が通信を使って、ドワーフ機のコクピット内に届く。
その言葉にドワーフ達全員が納得していた。
「義父さん、気持ちは痛いほどわかりますが落ち着いて下さい。鍛造と一緒です。乱れた心では、当たるものも当たりませんよ」
「わかっておるわいっ!」
ジジルがザッハの言葉に怒鳴りながら答えて、自身の機体を操縦する。
ジジル機がその大きな手に持つのは、身の丈よりも大きな、巨大なハンマーだ。
モニター越しに見えた目の前の敵に向けて、ジジル機が一気に加速して肉迫すると、巨大なハンマーを下からすくい上げる軌道で放たれる。
獣人機へと迫る巨大なハンマー。
だが、その獣人機のパイロットは見た目では全くわからないが、本人にしてみれば口角を上げたつもりで、笑い声をあげる。
「うささささ。鈍重、鈍重。ドワーフ如きの攻撃等、当たらぬが道理」
ジジル機のハンマーが迫る機体に搭乗するセーフが発した言葉が示すように、セーフ機は素早い動きでその攻撃の軌道から回避すると、機体を沈め、ジジル機に足払いをかける。
攻撃をかわされ、巨大なハンマーを振り上げたような態勢のジジル機に足払いをかわす術はなく、大きく態勢を崩すと、そのままセーフ機の体当たりをもろに受け、再び他のドワーフ機が集っている場所まで押し飛ばされてしまう。
双方の動きの早さの違いはドワーフ機が一呼吸の内に、獣人機は二呼吸分の動きが出来るぐらいであった。
押し飛ばされ、態勢を立て直したジジルは再び悪態を吐く。
「先程からこれの繰り返しではないか! 奴等、ワシらを仕留める気が無いのか! 完全に遊んでおる!」
「お、落ち着いて下さい、義父さん」
「ザッハの言う通りだ、ジジル爺。無駄に攻めても奴等の運動性に翻弄されるだけだ」
ザッハに続いてジジルを落ち着かせようと声をかけたのは、ドワーフ代表者達の隊長であるバーンであった。
そして、ドワーフ側の状況はジジルの言う通りである。
戦闘開始から暫くして獣人機達と相対したドワーフ達は、即座に攻勢に打って出たが、獣人機の運動性に翻弄され、先程と同じように押し戻されてしまう。
これの繰り返しであった。
この変わらない状況に、ドワーフ達は皆イライラしているのだ。
そんな中、バーンは大きく呼吸をし、熱くなった頭を一旦落ち着かせ、冷静に考える。
(……このままじゃ埒があかない。……しかし、今回の獣共のパイロット能力は例年通りだが、それ以上にHRWWの出来がいい。前回までであれば、例え今と同じ行動を取ったとしても、ある程度のダメージを覚悟すればどうにか出来る。だが、今回の獣共のHRWWの運動性は良すぎる。その1点だけを考慮すれば、おそらく魔族機以上かもしれない。そうなると、ある程度のダメージ覚悟では、逆にこちらが全滅しかねないな……)
バーンの推察は正しく、獣人機の運動性能は今戦争用に用意されたHRWWの中で、最も高い。
獣人機は運動性能以外を考えていないから紙装甲なのだが、当たれば終わる攻撃がそもそも当たらないのだ。
それ程の運動性能を発揮している。
だからこそ、バーンは悩み、迂闊に打って出る事が出来ずにいるのであった。
本来、ドワーフの気質を考えれば勇猛果敢に、一直線に挑むのだが、前回の戦争を生き抜いた経験からか、バーンは隊長として荒ぶる皆を抑え、状況打開の一手を模索する。
◇
一方、獣人達は余裕であった。
前もって今回用意されたHRWWの性能は聞いていたが、実際に扱ってみて、その運動性能の高さに歓喜している。
ドワーフ機と相対している3機のパイロット達は皆、笑みを浮かべていた。
実際そういう風に見えるのは、兎の獣人セーフ以外の2人、犬の獣人ナラスと、狐の獣人チミックだけであったが。
彼等はドワーフ機達に牽制を行いながら、楽しそうに会話を交わす。
「うささささ。鈍重なドワーフ共では、獣の早さに追いつけないようであるな。愉快、愉快」
「こらこら、セーフ。油断大敵だぞ。俺達の装甲は当たれば1撃で終わるぐらい薄いんだ。操縦ミスでやられるなんて勘弁してくれよ」
「わかってるよ、そのようなミス等しないさ。うささささ」
「そう言いながら、ナラスさんも顔には笑みが浮かんで余裕そうですよ?」
「それは仕方ないだろう、チミック。なにせ、確かに当たれば私達のHRWWは1撃で終わるだろうが、その1撃が当たらない程素早いのだからなぁ。この状況に自然と笑みが浮かぶのは仕方ないだろう?」
「確かにそうですね。言いたい事はわかります。我輩も全くの同意見ですね」
そう言いながら彼等は、自身のHRWWを巧みに操縦してドワーフ機達を翻弄している。
時折、小型の銃器でドワーフ機を攻撃するその光景は、まるで子供が新しい玩具を手にして遊んでいるように見えた。
そして、獣人側の残りの2機は腕を組んだ格好で、その様子を眺めている。
「……ふんっ。そろそろ飽きたな。いい加減汚らしいドワーフ共をさっさと潰せばいいものを……。いつまで遊ぶつもりだ。まぁ、気持ちはわからんでもない。誇り高き獣人が他種族を翻弄する。見ていて愉快な気持ちにはなるな。お前もそう思わないか? テリアテス」
「……そのようなものに興味が無い」
「つまらん回答だな。いくら女王の近衛とはいえ、獣人の王族である俺を楽しませる返答くらいは出来んのか?」
「……俺の主はグラスランド様だけだ」
「……ふんっ」
虎の獣人テリアテスの返答を不機嫌そうに鼻息だけで返したのは、狼の獣人イルムンであり、彼等2人は最初から戦闘には参加せず、ずっとこの調子である。
テリアテスは彼我の力量差を考え、自分が参戦しない事でなるべく手の内を晒さないようにしようと結論を出して、イルムンは王族である自分がわざわざ戦うつもりもなく、そのようなもの下の者共にやらせておけばいいと思っていた。
「……お前は戦わないのか?」
「テリアテス、貴様……。王族である俺をお前呼ばわりか? 不敬である……と、言いたい所だが今は共に代表者だ。この期間の間だけは、その呼び方を許そう。懐の深い俺で助かったな」
「……お前の懐が深いのであれば、他の者達は神か仏だな」
イルムンがどや顔でそういう中、テリアテスの呟きが彼に届く事は無かった。
そのような会話を一応交わしてはいるが、テリアテスは仲間達の動向から決して目を離してはいない。
何か危機的状況に陥るようであれば、即座に参戦して助け出すつもりだからだ。
確かにこの後も他の種族との戦いが控えている以上、手の内を晒して後々不利になる状況は避けなければならない。
しかし、それ以上にこの戦争で大事なのが、共に戦う仲間の数である。
種族間戦争のルール上、追加の人員は基本存在しない。死ねば終わり。生きている残りの人数で戦わなければならないのだ。
数は力である。規定の人数で戦うなら尚更だ。
対戦種族より1人少ないだけで、取れる手段の数は違う。
その事を理解しているため、テリアテスは決して油断しない。
仲間の動きを、相手の動向を、決して逃すまいと視線は戦場へと向き、ドワーフ達が何か起死回生の策を立てようが、それを即座に潰せるように思考も止めず、操縦桿から決して手を離さない。
しかし、片やイルムンにそのような考えは一切無い。
獣人である事を誇りに思い、まして自分は王族であるのだから上に立ち、他者を従えて当然であると思っている。傲慢だと言っていいだろう。
煩わしい戦い等、下の者が奮闘し、自分に勝利を捧げるのが他者の義務であり、自分は最後の最後、女王に止めを差す者であると考えていた。
だからこそ今この時、戦いには参戦しない。
その事を証明するようにイルムンは操縦桿から手を離し、いつの間に用意したのか、その手にはティーカップを持ち、淹れたてなのかカップに注がれている紅茶からは湯気が立ち昇り、その香りを優雅に嗜んでいた。
「戦争参加者には一級品が与えられるというが……なるほど。香りは合格点だ。問題は味だが……」
そう言ってイルムンは紅茶を一口飲み、味を確かめる。
そんな彼のコクピットの側面に、紅茶が入っていたであろうポットと、カップが置かれていたであろう場所がある風景は何やら滑稽ではあるが、その事に関しては特に思う事がないようだ。
「……ふむ。もう少し濃い方が俺の口には合うな。まぁ今はこれで満足しておこう」
イルムンが満足気に笑みを浮かべ、再びティーカップを口に運ぶ。
彼にとっては全てが順調であった。
獣人種族は驚異の運動性能を誇るHRWWを駆り、ドワーフ種族を手玉に取っている。
その目に映る光景に、非常に満足していた。
だからこそ、イルムンにとって彼が急に動き出した事は予想の範囲外で、驚きのあまり口に含んだ紅茶を「ごくりっ」と音を立てて飲んでしまう。
テリアテス機が一気に駆け出し、戦場へと向かって駆けたのだ。