獣人代表者達、ドワーフ代表者達
戦争が行われている中心の大陸「エデン」の唯一の街「フィナーレ」で、獣人専用として利用される塔にある一室に代表者達が集っていた。
獣人の大陸「グラスランド」は他の大陸と違い、発展した科学を首都等一部を除いて必要最低限しか利用せず、緑溢れる自然を大事にしている大陸である事から代表者達が集まったこの部屋も、他種族が利用する所とは違い、緑がふんだんに使用されている。
本来なら高価な調度品が用意されているような場所に、植木鉢であったり、蔦や蔓、観葉植物、牧草ロールなどが代わりに置かれており、床も絨毯ではなく人工芝生が敷き詰められていた。
そのような部屋の中、大量の藁を集めて形作られたソファーのような所に座っている、ひどく不機嫌な顔立ちをしている者が居た。
周囲の様子に憤慨しているように見えるその者の名は「イルムン・ワナイ」。
四肢の形は人間そのものであるが、その顔は年若い狼そのものであり、手足の先は肉球付きの獣のままで、背にはふさふさの尻尾が見える。
その四肢に身に纏うのは見るからに高級そうな、まるで貴族が身に纏うような衣服であった。それもそのはず、イルムンは獣人大陸に存在する大国の王子だからである。
「……ちっ、なんだこの部屋は。俺を誰だと思っているのだ。いつまでもこのような未開の地のままでいると思われているというのは腹立たしい……。それになんだこの藁を集めただけの物は。城にあるソファーの方がましだ」
イライラと悪態を吐くイルムンに対して、それを諌める声が後方からかけられる。
「……イルムン。そのような事は思っていても、口に出して言うものではない。折角私達代表者が過ごし易いようにご用意してくれたのだ。それを素直に甘受しよう。王族なのだから、懐の深さを示すべきだと私は思うが?」
「懐の深さを示すべき? ……はっ! それこそ必要ないな。なぜなら俺は王族だからだ。周りの者共が俺に媚びへつらうのが当然だろうが! そうだろう? ナラス叔父」
「はぁ……。だからそのような態度を改めろと……」
イルムンからナラス叔父と呼ばれた者は、頭を抱えながら大きくため息を吐いた。
困ったような表情を浮かべるその人物の名は「ナラス・ヤフル」。
獣人代表者達のリーダーに任命されているナラスはイルムンの父である国王の弟であり、見るからに長身でイルムン同様四肢は人間、手足は獣そのものであり、背には尻尾が見えるが、その顔はドーベルマンである。
その四肢に身に纏うのは、貴族服ではあるのだがイルムンが身に纏う物とは違い、動きやすさを優先したような物であった。
「態度を改める必要がどこにある? 俺は王子だぞ。いずれ獣人の頂点に……いや、世界の頂点に立つべき存在であるのだぞ。つまり、将来全ての者が俺の前に跪くのだ……。くっくっくっ……今は高みの見物をしているあの女王達ですらも、この俺が引き摺り下ろしてやる」
「……」
最早何をどう言って諌めればいいのか、言葉を無くすナラスである。
その後も、イルムンの悪態を困り顔で受け止め続けるのであった。
そんな2人の反対側にある藁のソファーに腰掛け、用意された酒の類を飲みながら眺めている者達が居た。
1人は、成人男性の体躯はナラス達と同じではあるが顔は兎であり、名は「セーフ・ムナン」。
整然とした軍服のような物を身に纏い、その手にはオレンジ色に近い色の酒が注がれているワイングラスを口に運んでいる。
もう1人も、体躯は同様で顔は狐、名は「チミック・フロフ」。
糸のような薄目が印象的なチミックは、修道僧のような薄い色のローブを身に纏っており、酒器に注がれている透明な酒を、こくりこくりと飲んでいる。
セーフとチミックの2人は、前面のイルムン、ナラスの2人――というよりは、困り顔を浮かべるナラスを酒の肴に飲んでいた。
「いやはや、友人のナラスが困ってるのを助けたいのは山々なのだが……。相手が王族となると、流石に私程度では意見を言うのも憚られる。それにその相手が王族の中でもイルムン様ともなると……。これは困った。これは困った」
「……とても困っているような表情には見えないが? むしろ、楽しそうだが?」
「うささささ、それは仕方ない。なにせ、私は兎族の中でも表情が更に表に出てこない性質だからな。それでももし、楽しそうに見えるのであれば、それはこのキャロット酒のせいだな。グラスランドでも、このような口に合う酒には出会えない。これだけでも戦争に参加した価値はある。うささささ、甘露、甘露」
「それならば仕方なし。それに、酒の味に関しては同意である」
セーフが口を小さく動かして笑う隣で、チミックもその言葉に同意するように酒を飲んでは、うんうんと頷いている。
時折、ナラスの方から助けてくれとセーフに視線を向けるが、当の本人は酒を飲み、楽しそうにその様子を眺めるだけであった。
セーフとチミックは、そのまま酒の他に用意されたつまみに対しても舌鼓を打ちながら、軽く談笑をして過ごす。
そんな彼等が過ごしている一画から少し離れた場所にある、幾重にも蔓や蔦が絡まった柱に背を預けている者が居た。
目を閉じ腕を組み一言も発さず、ただただ時が流れるのを待っているかのように見えるその人物の名は「テリアテス・ボナ」。
人間で言えば、少年というよりは青年に差しかかった頃に見える虎の獣人であり、他の者と同様四肢は人間のようで、手足はばっちり肉球付きの獣である。
軍服を身に纏い、腰には必要とは思えないがサーベルを提げていた。
「……」
そんなテリアテスの元へ、セーフが近付いてきた。
「……確か、テリアテスであったな? そんな所に居ないで、あんたもあっちで一杯どうだ? 最後の晩餐とは言わないが、良い酒は飲める時に飲んでおいた方がいいと思うぞ?」
「……悪いな。酒の味に興味が無いんだ。……それにそういうのは苦手でな、俺の事はいいからそっちで楽しんでくれ」
「ふぅ~ん。……紹介の時に女王様の近衛って言ってたけど、近衛って皆そうなのか? それって堅苦しくないか?」
「これが普通だ」
「まぁ確かに、はっちゃけてる近衛なんて居たら正気を疑うレベルであるな……うささささ」
セーフは笑い声を発しているのだが、表情は特に変わらず、口元がピクピクと震えるように動いているだけであった。
テリアテスもその辺りの事には関心が無いのか、特に表情を変えずにいる。
「そういう訳なので、俺の事は気にしないでくれ。性分というのもあるしな。ただ、あまり飲みすぎて、この後の戦闘に影響がないように気を付けてくれ」
「うささささ。わかっておるよ。ほどほどに、ほどほどに~」
そう言ってセーフは、空いている手をひらひらとしながらテリアテスの元を去り、再びチミックと一緒に酒を飲みだした。
そして、イルムンの悪態を困ったように聞くナラス、その様子を酒の肴にするセーフとチミック、それらの様子を1人眺めるテリアテス。
こうして彼等は戦闘準備に入るまで、各々好きに過ごした。
◇
一方、ドワーフ達に宛がわれた塔の一室に代表者達が集結していた。
獣人達の塔内部が緑溢れる所であれば、ドワーフ達の塔内部はその逆、石や岩に囲まれている。
塔内部もその影響で、まるで洞窟内のようになっており、光量も抑えられ、全体的に薄暗いのだが、それでも今の状況が良いのかドワーフ達からは一切苦情が出る事は無かった。
そんな塔内部の一室にドワーフの代表者達が集合している。
この一室も同様で、壁一面が石と岩で覆われてゴツゴツしており、他の塔内部では置かれているであろう調度品は一切無く、代わりに石で出来たテーブルの上にいくつもの酒の瓶と、同じく石で出来た簡易なコップにはアルコール度数の高い酒が並々と注がれていた。
床も磨かれた大理石ではなく、普通の大地が広がっているようになっており、所々、加工用と思われるノミや鉄鋏等が無造作に転がっている。
そして、テーブルの上に置かれているコップの数は5つ。その5つをテーブルを囲む5人それぞれが手に持ち、その内の1人がコップを持つ手を掲げた。
「いいか、我等に求められるのは勝利だけである! 敗北は決して許されない! 負ける事を考えるな! 勝つ事だけを考えろ! 自分の死は否定しろ! 相手に死を与えろ! 恐れるな! 決して死を恐れるな! 自分の両隣を見ろ! 例え傷つき倒れようとも、その意思は仲間が引き継いでくれる! 我等の意思は一つだ! ドワーフに勝利を!」
声高々にそう叫んだ者の名は「バーン・バァン」。
ドワーフ代表者達のリーダーであり、その容姿はドワーフ特有の背丈の短さに筋肉が山盛りで、誰が見ても思う厳つい顔立ちで、剛毛の赤い短髪がその容姿の怖さに拍車をかけているのだが、髭は少々短めであり、服装はその格好が楽なのか、適度に汚れているオーバーオールの作業服である。
更に特徴をあげるのであれば、バーンの左腕は義手である事だ。
バーンは前回の戦争の参加者でもあり、その戦争で左腕を失ったものの生還した猛者でもあった。
そんなバーンの隣から言葉が発せられる。
「固い! 挨拶が固いよ! バーン。俺達はドワーフなんだぜ? もっとこう、酒を片手にガハハと笑いながら他種族共をボッコボコにしてやろうぜぐらいでいいんでないかい?」
陽気な感じでそう言った者の名は「ドルチェ・ギュス」。
特有の背丈の短さに長い髭、髪は黒く、天然パーマなのかくるくるしており、バーンとは違って目尻が下がり優しげな印象を他の者に与えてくれるドワーフであった。
同じように作業服を身に纏い、その顔は絶えず笑みを浮かべている。
彼もまたバーン同様、前回の戦争の参加者であり、バーンとは戦友であった。
「ドルチェ……確かにそうだが、そう言われると締まらないから適度に控えて欲しいのだが?」
「いやいや、さっきも言ったが、バーンの言葉は堅苦しすぎるのだよ。まだ俺等の戦争は始まってもいないのだから、バーンも少し肩の力を抜けばいいと思うぞ? ほれほれ、もっと酒を注げぃ! ちょっと酔っぱらってるぐらいがちょうどいいんだよ!」
ドルチェは既に少し酔っているのか、頬が少し赤い。
そのままドルチェに手を取られたバーンは、その手に持つコップへと溢れんばかりに酒を注がれる。というか、大きく溢れ、酒はだばだばと床へと落ちていく。
「それもそうだな! なんといっても我等はドワーフなのだしな!」
「そうとも! そうとも!」
「「がはははははっ!」」
バーンとドルチェが揃って高笑いをあげながら、乾杯をしてコップに注がれている酒を一気に飲み干す。
その様子に、残りの3人も顔を見合わせ、勝手に乾杯を始めて酒を飲んでいく。
「がっはっはっ! やはりこうなったのぅ! まぁ、この方がワシららしくてええわい!」
残りの3人の内、一際大きく高笑いをあげたのは、この中で最も高齢の人物である。
名は「ジジル・ベベル」。
眼光が鋭い厳つい顔立ちには立派な白髭と年齢を感じさせるいくつもの皺があり、髪は既に真っ白であった。
この中でも最も小柄な体躯でありながら、その身から感じられる雰囲気にはどこか威厳のようなものを感じ取る事が出来る。
ジジルはコップでは満足のいく量を得られないのか、途中から酒瓶を手に持って直接飲んでいき、次々と酒瓶を空にしていった。
いくら飲んでも酔った雰囲気を見せないジジルに隣から声がかかる。
「義父さん、あまり飲みすぎるとこの後に影響が……」
「この程度の量では酔わんわ。それにドワーフにとって酒は力じゃ、ザッハ。お前ももっと飲め飲め。それでなくとも、お前はドワーフにしては少々気弱な傾向にあるんじゃから、酒の力を借りて豪快にいこうではないか」
「いつも飲みすぎる義父さんの体が心配なだけですよ」
「気にするでないわ! 最早高齢じゃし、いつ死んでもおかしくないわい! 酒くらい好きに飲ませい! いくら娘の婿とはいえ、ワシの行動に一々文句を言うでないわ!」
「はぁ~……。しかし、私もリリルとアコイ義母さんから、義父さんが飲みすぎないように注意してと言われているので、強制執行させて頂きます!」
「ぬぅっ! 酒瓶がっ! ……アコイとリリルからなら仕方なしか……」
ジジルの事を義父と呼び、そのジジルの言葉に対して大きくため息を吐くと同時に酒瓶を奪い取った、この者の名は「ザッハ・ブート」。
茶髪に小柄な体、厳つい顔立ちが多いドワーフの中でも珍しい、目尻が下がって優しげな顔立ちをしている。その身を覆う作業服はくたびれてはいるのだが、所々きちんと補修されており、大切に使われているのがわかった。
ジジルとザッハの2人の会話に出て来た「アコイ」はジジルの妻であり、「リリル」はその娘でザッハの妻である。
その手に奪い取った酒瓶に対して、名残惜しそうにジジルが視線を向けているのがわかったので、ザッハは苦笑いを浮かべながら酒瓶をそっと背中に隠す。
「ザッハさん! ジジルさんの悲しげな表情を見てると、こっちまで悲しくなるッス! 満足するまで好きなだけ飲ませてあげて欲しいッス!」
ザッハの後方からそう声がかかり、そちらの方へ視線を向けた。
そこに居るのは、この中で最も若い青年ドワーフである「ゴッツ・ゲイト」である。
目が吊り上がっているがまだまだ幼さが残る顔立ちに、赤黒い髪を立たせ、ジジルよりは高いが小柄な体躯を使って、ザッハへと目一杯迫って抗議をした。
両手を握って抗議する姿は外見も伴って、生意気な少年にしか見えない。
ザッハもこれには少々困った。
「ザッハ君。私もドワーフだし言いたい事はわかるけど、これは義父さんの健康とこの後の戦闘の影響を考えてこうしてるから、流石にこれ以上飲ませる訳には、ね……」
「それもわかるッスけど、俺らドワーフッスよ! むしろ、戦いの中でも酒を飲みながらぐらいじゃないと!」
「……それは流石に無茶だよ。それにザッハ君はお酒の味……まだわからないよね?」
「そんなの関係ないッス! それに、もう少しで俺も成人ッス! 問題ないッス!」
「……そういう問題じゃないんだけど」
ザッハの言葉が示すように、ゴッツのコップには果汁100%グレープジュースが並々と注がれている。
そのコップを一瞥したザッハは、ゴッツの勢いにさてどう言って納得させようかと思案するが、テーブルを挟んで向かい側に居る人物達から救いの声が届く。
「こらこら、ゴッツ。あんまザッハを困らせるな」
「そうだぞ。それに流石のドワーフでも酒を飲みながらは戦えん。そんな甘く楽な戦争ではない」
ゴッツを諭すように声をかけてきたのは、バーンとドルチェである。
2人から声をかけられ、ゴッツが少し恥ずかしそうに俯き、場に少し暗い雰囲気が流れたが、それらを一蹴するように豪快な笑い声が響く。
「がっはっはっはっはっ! バーンにドルチェよ、そう言うてやるな。どちらもワシの事を考えて言ってくれたのだ。感謝感謝じゃよ。酒が飲めんのは口がちと淋しいがの」
茶目っ気を感じさせるようなジジルの笑みに、他の4人も互いに顔を合わして笑みを浮かべる。
そしてこの場を締める前に、バーンが全員の顔を1人ずつ見ていく。
「そろそろ時間だ」
バーンのその言葉に、全員の顔が引き締まり、手に持つコップを自身の前へと持っていく。ジジルも急いで空のコップを取り、前に持っていった。
全員のその動きを確認したバーンは、大声を張り上げる。
「……いいか! 我等ドワーフ! 鉄をも溶かす熱を持って敵を撃ち滅ぼさん! この手に勝利を掴みとるぞっ!」
「「「「おぉっ!!」」」」
声と同時に、全員のコップが一ヶ所に集まり、コォンッ! と音をなびかせ、一気に飲み干し、テーブルに打ちつけた。
ジジルだけは中身がないので、少々淋しそうではあったが。
「いくぞっ!」
バーンの掛け声と共に、全員この場から出ていく。
そして第一戦、獣人対ドワーフの戦いが始まる。