魔族代表者達、獣人代表者達
魔族代表者達は、使用している塔のリビングに集合していた。
これから戦いが始まろうというのに、その姿は非常にリラックスしている。
全員、ソファーへと腰を下ろし、テーブルの上に用意された軽食をつまんでいた。
「やはり、腹に何か入れないと気力が湧かん」
「それは分かりますけど、少々食べ過ぎではないですか?」
ヌルーヴ・ガガが、そう言いながら目の前に置かれている食事を次々と食していく。
それを、少し心配そうな声色で告げたのは、ヌルーヴの隣に座っているウルカ・ビビエンである。
その手には、軽食として用意されたサンドイッチが持たれているのだが、ヌルーヴの前に置かれている食事は様々な種類が用意され、その量は普通に考えれば5人分はあるだろう。
けれど、ヌルーヴはそれでも足りないとばかりに、勢い良く食していく。
「この程度……余裕だ。……まだまだいける。……それに……あやつの分まで動かなければならんからな。……全く良い迷惑だ」
あやつとは誰かと問わなくても、ロット・オーの事を指しているというのを、ウルカは理解していた。
それに、言葉尻は悪態にしか聞こえないが、その表情にはどこか淋しさを感じさせる。
そう言いつつ食事を続けるヌルーヴを見て、ウルカは素直じゃないなと思う。
けれど、もう残りは後1戦。
それで終わりなのだ。
今はまだ戦いがあるからこそ紛れているが、もしこれで戦いが終わり、他の事を考える時間が増えた時、ヌルーヴは今のままでいられるのかどうか。
ウルカは少し先の事を心配し、そういう目線でヌルーヴの事を見てしまう。
その視線に気付いたヌルーヴは、中に込められた思いも理解して……鼻で笑った。
「ふっ。そう心配するな。今回の種族間戦争が終っても、自分は大丈夫だ。ここはまだ、通過点でしかないからな。ただ、ウルカが心配してくれたのは嬉しく思う。まぁ、安心しろとは完全に言えんが……ある程度の折り合いはもうつけている」
「そうか……。でも、話ぐらいはいつでも聞くから、今回の種族間戦争が終わっても、尋ねて来てくれると嬉しいかな。妻と娘にも皆を紹介したいし」
「あぁ、必ず寄らせて貰おう。……だが、その前に」
「えぇ。第5戦を勝利で終わらせないといけません」
ヌルーヴが、ウルカへと視線を向けて。それだけではないと首を振る。
「勝利で終わるのは前提でしかない。勝利し……生き残るのだ」
その言葉に、ウルカは微笑みを浮かべる。
「……そうですね。生き残らなければ……」
「そうだ。……それに、自分はごめんだからな。ウルカの妻と娘に、そんな理由で会うのは」
「……えぇ、私も自分の口から皆さんに紹介したいですしね」
そして、ヌルーヴとウルカは、食事を再開する。
勝利し、生き残るための力を得るために。
他の魔族代表者であるユリイニ・サーフムーンとファル・ワンは、ヌルーヴ達から少し離れた位置に居た。
ファルは、ソファーに深く腰掛け、眠っているように目を閉じている。
その隣にはユリイニが居り、黙考しているのか何も話そうとはしていない。
ただ、用意されている軽食には手を付けていた。
第5戦が始まるまでこのままかと思われたが、ファルの目がゆっくりと開かれ、上体を起こす。
その事に気付いたユリイニが、ファルへと声をかける。
「起きたようだね。調子はどうかな?」
「……確認しました。問題ありません。極めて良好です」
「そうか。後は第5戦だけだから、もう少しだからね」
「はい。必ずやり遂げてみせます」
そう言うファルの表情には、何か決意のようなモノを感じる事が出来た。
だが、ユリイニはファルの表情を見て、少し困ったように笑みを浮かべる。
「……ファルが請け負った事は、確かに必要な事かもしれないけど、それをやり遂げる事だけを目的にしないで欲しい。……どうか、生き残って欲しい」
「……それは命令ですか? マスター」
「命令……ではないかな。……お願い、と言う方が正確だと思う」
ユリイニの言葉に、ファルは少しの間だけ考える。
ファルが出す答えを、ユリイニは催促などせず、じっと待った。
まるで、ファルの自意識を促すように。
「………………了解しました。マスターのお願いを受け入れます。第5戦は、自分の状態も鑑みて行動致します」
「ありがとう」
ファルの言葉に、ユリイニは感謝の言葉を送る。
出された答えに対して、満足した笑みを浮かべながら。
「……それじゃ、そろそろ時間だ」
そう言って、ユリイニが立ち上がり、ヌルーヴ、ウルカ、ファルの順に視線を向けていく。
視線が合うのと同時に、ヌルーヴ達も立ち上がる。
「残るは第5戦のみ。勝利し、生きて必ず……この場で会おう」
「はっ!」
「えぇ」
「はい、マスター」
そして、魔族代表者達は、第5戦へと向かうため、リビングを後にした。
◇
獣人代表者達は、揃ってリビングに居るのだが、どこか緊張しているような雰囲気が室内を満たしている。
それも仕方ないだろう。
何しろ、獣人代表者達は、これから魔族代表者達と一戦交えるのだから。
全種族の中で最強と呼ばれる種族との戦いを前に、獣人代表者達――ナラス・ヤフル、セーフ・ムナンは、緊張した面持ちを示している。
残る代表者の1人、テリアテス・ボナに関しては、壁に背を預け、腕を組んでいた。
目を閉じ、その姿はどこか黙考しているようにも見える。
「………………」
「………………」
ナラスとセーフは何も言わない。
2人は目の前に用意されている食事にも手を付けず、テリアテスと同じように黙考していた。
その考えていた事が終わったのか、ナラスがぼそっと呟く。
「………………やはり、どう考えても勝ち目は見えんな」
そう言ったナラスの表情は、どこか達観したかのように見え、視線もどこか遠くを見ているようなモノだった。
その姿から導き出される結論は、諦めである。
ナラスは、対魔族戦を頭の中で何度もシミュレートした結果、そう結論付けたのだ。
「………………私も同じ結論に辿り着いてしまった」
ナラスの隣に座っているセーフも、同じ結論を下した。
その表情は、どこかつまらなそうに見える。
まぁ、自分達の負けを認める結果となったのだ。
それを面白くないと思っても、仕方ないだろう。
慰めるように、ナラスがセーフの肩を軽く叩く。
「そうつまらなそうにするな。確かに勝ち目は見えんが、このまま諦めれば、それは本当に見えなくなる」
「うささささ。考えられる事を考え尽くした……その先にあるのを見つけられるかどうか……か」
そう呟いたセーフは、小さな笑みを浮かべる。
「それはわかっているのだが、正直に言って不可能に近い。何しろ、向こうには『エクスカリバー』という、とんでも兵器があるのだから。アレを使われれば防ぐ術が何も無い。特に、こちらは『フロッティ』を失っているのだからな。そうだろう? ナラス」
「言いたい事はわかる。現状、こちらの手持ちの兵器で『エクスカリバー』に対抗出来る物は何も無い。だが、それでも、ここで考える事を止めてしまえば、ただただやられるだけだろう。戦場では何が起こるかわからない。私達に流れる風に乗れるかどうかは、諦めず勝利を見据えているかどうかだ」
言いたい事はわかるが……と、セーフはナラスへと視線を向けるが、視界に捉えたナラスの表情は、とても言葉通りの事を思っているようには見えなかった。
ナラスもわかっているのである。
そんな風が吹いたとしても、その時に自分達が反抗出来る状態であるかどうか……そこまで耐える事が出来るかが難しいという事を。
元々の機体性能の差に、パイロットとしての技量、武装、そして何より残った代表者の数の違い……全てが獣人側の不利を示していた。
それが分かっているだけに、ナラスは言葉ではそう言ってはいるが、解決策があるという訳ではない。
ただ、諦めればそこから先は無いために、足掻いているのである。
セーフもその事は分かっているのだが、どうにも手立てが思い付かなかった。
「……例え『フロッティ』が無くとも、俺ならやれる」
悩む2人に、そんな声が届く。
それを言ったのは、もちろんテリアテスである。
声をかけられた事で、ナラスとセーフは、テリアテスへと視線を向けた。
「……やれると簡単に言うが、相手が魔族だと分かっているのか?」
「相手が誰であろうと関係無い。進むか、退くか……それだけだ」
そう答えるテリアテスの目には、力強い光が宿っていた。
本気でそう思っているのだと、ナラスとセーフは理解する。
そして、それは1つの答えだという事も。
「……それもそうだな。出たとこ勝負というのは本来好まないが……偶には良いだろう」
「うさささささ。どうせ残り1戦なのだ。勝敗など考えず、好きにやるのも一興か」
「……2人共、難しく考え過ぎだ。俺達は獣。本能の赴くままにやり合えば良い」
考え、気持ちの切り替えが出来たのか、ナラスとセーフの表情は晴れ晴れとしたモノだった。
テリアテスはそのままなのだが、ナラスとセーフは共に笑みを浮かべる。
「まさか、テリアテスに諭されると時が来ようとはな。全く……これが時代の流れという事か」
「うさささささ。その発言を言うには、私もナラスもまだまだ若いと思うぞ」
「ふっ……そういう事を言いたくなる時もあるという事さ」
「………………」
ナラスとセーフは何やら盛り上がっているのだが、テリアテスは静観していた。
自分には関わりの無い事であるし、関わろうとも思わなかったからである。
ただ、こうしてナラスとセーフがやる気になった事で、獣人側にも勝機が生まれる可能性が出て来たと、テリアテスは心の中だけで思った。
そして、第5戦、魔族対獣人の戦いが始まる。




