ウイゼル・カーマイン
ウイゼル・カーマインは、奴隷である。
しかし、富裕大陸の中では、それ程珍しい事でもない。
他の大陸であれば、奴隷と言えば犯罪者であるのだが、富裕大陸においては、その身に借金を背負った者達が最も多い。
借金を返すために奴隷へと落ちるのだ。
だが、完済して自由になる見込みは余りない。
そのような能力があれば、富裕大陸で大成しているからである。
そして、大成した者達が奴隷を使役する。
それが、富裕大陸の常であった。
ウイゼルが背負っている借金は、莫大である。
それは、既に亡くなっている両親から引き継いだもの。
ウイゼルは、生まれた時から奴隷であり、物心付く頃から、その環境は彼にとって普通の事だった。
富裕大陸の中でも有数の資産家であるリズベルト家に、生まれた時から仕える事がしていたウイゼル。
その直接的な主人となったのは、エダルであり、その性格を考えれば、ウイゼルが幼き頃から受けていた仕打ちは多岐に渡る。
けれど、ウイゼルにとって、それは普通に事。
特に何かを思う訳でもない、日常なのは間違いなかった。
種族間戦争に参加する事になった理由も、エダルが盾代わりに連れてきただけという、ウイゼル本人の意思によるものではない。
ウイゼルの中に、エダルに対する反抗心のようなモノは一切無く、自分は奴隷のまま生涯を終えるだろうと思っていた。
種族間戦争へと来るまでは。
◇
エダルから、HRWWの教えにもなっていない操縦法を学ばされた後、ウイゼルは種族間戦争へと赴いた。
そこで、初めて戸惑いを感じる。
奴隷が居ないのだ。
正確には、富裕代表者に仕える者達が連れた奴隷は居るのだが、他の大陸から来た者達の中に奴隷が居なかった。
その事に、ウイゼルは驚く事しか出来ない。
そう思うのと同時に、ウイゼルの中である種の疑問が芽生える。
果たして、自分の居た環境は普通の事だったのか? と。
他の大陸の者達が浮かべる笑みを見て、ウイゼルは今まで自分はあんな風に笑った事があっただろうか? と振り返る。
しかし、そんな記憶は一切無い。
なら、もしかしたら、自分は普通ではない環境を生きていたという事になると、ウイゼルの中で戸惑いを与える。
その思いは、ウイゼルに大きな影響を与え、エダルに対する反骨心が生まれた。
ただ、同時に、自分は今の状態から抜け出せないのでは? と、恐怖を感じる。
これまで奴隷として生きてきたのだ。
他の生き方を知らない。
エダルの下から逃げ出したとして、果たして自分は他の大陸の者達のように生きていけるのかと、先の見えない恐怖に縛られていく。
ここから抜け出したい。
けれど、抜け出して生きていけるとは思えない。
そう思えば思う程、ウイゼルの心は追い詰められていく。
生まれた反骨心も、次第に萎んでいった。
そして、その心に出来た隙間を突くように、「声」が囁きかける。
◇
『……誰か……この声に反応する者は居ないのか……』
ウイゼルは、この言葉が届いた時、最初は空耳かと思った。
とうとう自分はヤバい所にまできてしまったのかもしれないと、皮肉る。
幻聴まで聞こえるなんて、心が病んでいるとしか思えなかった。
『……誰か……誰か……』
耳を塞ごうが、何度も聞こえてくる言葉。
誰かを求める声は、どこか寂しそうな、悲しそうなモノに聞こえる。
もしや、幻聴ではないのか? と思った時、次に囁かれた言葉はウイゼルにとって、正に天啓であった。
『……やはり、誰も反応はしないか。……我を手にすれば、絶大なる力を与えるというのに』
力。
それも絶大なる力。
今の状態から脱したいが、脱した後の事に恐怖を感じているウイゼルにとって、絶大なる力というのは、魅力的な甘美な響きとなって届く。
脱した後、どうすれば良いのかは、皆目見当も付かない。
だが、絶大な力があれば、何でも出来そうに思えてしまう。
そして、ウイゼルは声が聞こえる方へと向けて歩を進める。
◇
ウイゼルが手にした力。
それは、大鎌「ダーインスレイブ」。
ただ、「ダーインスレイブ」は普通の武器ではなかった。
本体は只の棒にしか見えないが、大鎌の刃はビーム兵器である。
それだけでも大きな力ではあるし、現行機の装甲や武器では太刀打ちできないだろう。
だが、それだけではない。
「ダーインスレイブ」の本体部分には意思が……AIが搭載されていた。
「ダーインスレイブ」は、原初の女王が造り上げた試作ビーム兵器である。
この試作兵器で培った経験を経て、後に「エクスカリバー」が造り出されるのだ。
「エクスカリバー」や他のビーム兵器には、AIは搭載されていない。
「ダーインスレイブ」にAIが搭載されている理由は、ただ単純に、原初の女王が色々試した結果の末としか言いようがなかった。
要は、試作だからこそ、色々遊んだのだ。
搭載されたAIは、学習型である。
ただ、造られてから長年放置されていたという事に加え、時折現れる使用者の性格にも恵まれなかった事も関係し、AIによって作られた性格は非常に歪んでいた。
その性格を一言で表すのであれば、「尊大な王」である。
「ダーインスレイブ」にとって、自身の使用者は奴隷という認識でしかなかった。
そして、言葉を巧みに使い、使用者を歪めていくのだ。
自分が奴隷であると理解出来ない奴隷へと。
それはまるで洗脳のように。
◇
「ダーインスレイブ」を手にしてからのウイゼルは、歪みに歪んでいく。
ウイゼルに、HRWWの天才的な操縦技術があった事も関係しているのだろう。
もっとも、その力を見出したのも「ダーインスレイブ」であり、ウイゼルはますます「ダーインスレイブ」に依存していく。
自らが絶対の強者であると思い込んだウイゼルの態度は、尊大になっていき、自分に出来ない事はないとまで思うようになっていった。
エダルが死んだ事も、それに拍車をかける一因だろう。
『全て殺せ。歯向かう者全て。そうすれば、お前は王となるのだ』
「……そうだな。俺は王になれる」
『そうだ。そのために、我が力を貸してやろう。お前は望むままに行動すれば良いだけだ』
「……あぁ。その通りだ」
その頃には、「ダーインスレイブ」が囁く言葉は、ウイゼルの心の深い部分にまで届くようになっていた。
こうなってしまえば、最早ウイゼルの意思はあってないようなもの。
完全に、「ダーインスレイブ」の操り人形と化していた。
「ダーインスレイブ」の狙いは、正にそれである。
自分に都合の良い人形を作る事であった。
ウイゼルという人形を使って、種族間戦争を楽しんでいたのである。
その行為は、ウイゼルの肉体を使うにまで及ぶ。
本体からHRWWを通じて電気信号を流し、ウイゼルの体を使用する。
それが、第4戦でのウイゼルの変異であった。
自分が「ダーインスレイブ」に使われているという意識も持てないままに。
ウイゼルは、奴隷から抜け出したいと思って行動を起こしたにも関わらず、結局は本人がそれを意識出来ないまま、再び奴隷へとなってしまった。
その最期は、「ダーインスレイブ」に裏切られる形で終わる。
「ダーインスレイブ」も、「ヴァジュラ」によって本体を砕かれたが、それがウイゼルにとって救いとなったかは分からない。




