敗者、勝者、支配者
なかなかストックが貯まらない。
でも、頑張ります。
人族の降参宣言で戦闘が終わり、HRWWの回収のために対戦した両大陸の整備員達が専用トレーラーに回収していく傍ら、ユウトは自機の載ったトレーラーに腰掛けて項垂れていた。
その傍にはラデとグランも居たのだが、彼等は一言も会話を交わしていない。
失った仲間、キーノに哀悼の念を抱きつつ、次は自分かもしれないと考えているため、言葉が出てこないように見えた。
そんな中、ユウトが頭をがりがりと掻き、空を見上げる。
「あ~……。くそっ。キーノが死んだのは俺の独断専行のせいだな……。わるぃ」
ユウトは自分を卑下するが、それに対してラデとグランは何も言わない。
彼等も分かっていた。キーノの死は決してユウトだけのせいではないという事を。
自分達も銃撃戦で手一杯で力及ばずであったし、状況を考えれば死んでいたのはユウトかキーノのどちらかであるのは明確であり、どちらを選ぶではなく両方救う事が出来なかった以上、ユウトを責める事は出来なかった。
確かに彼等がキーノと出会ってからそれ程時間は経っていない。
寡黙であったし、言葉だってそれ程交わしてはいない。人となりだってわからない。
だが、自分達と同じように代表者として選ばれ、戦う事を誓った仲間であったのだ。
だからこそ、仲間の死に悲しみを覚え、自分達の力の無さに憤りも感じているのであった。
そんな彼らの元にフォーが来る。
「……どうした?」
「なんでもねぇよ……」
「……?」
ユウトの不貞腐れた態度に、フォーは訳が分からないと首を傾げる。
そんなフォーの態度を見かねてか、ラデが近寄りそっと事情を説明した。
ラデから事情を聞いたフォーは、改めてユウトへと向き直る。
「……キーノ・ラムリの行動は正しい」
「なっ!」
その一言に激昂したユウトが立ち上がり、フォーの胸倉を掴む。
「何言ってんだ、お前! どこに正しさなんてあるんだ!」
「……優秀な方を残すのは正しい判断だ」
「そんなのは関係ねぇ! 死んだんだぞ! 俺を庇って! 目の前で! それなのにお前は、キーノの死は正しいって俺に言うのか!」
「あぁ、正しい」
「っ!」
ユウトは拳を握り、フォーへと殴りかかろうとするが、その事を察知したグランが後ろから羽交い締めして止めた。
「おいっ! やめろ、ユウト!」
「放せっ!」
猛るユウトを必死に抑えるグラン、この様子を眺めおろおろするラデ、しかし、そんな彼等の行動などお構いなしにフォーは言葉を続ける。
「これは種族の命運を賭けた戦争だ」
その言葉にユウト達はピタッと動きを止める。
「仲間の死を嘆くよりも前に、勝利を得なければならない。勝利こそが死んだ仲間に対して何よりもその存在と行動に意味を与える」
フォーの言葉にユウトは握っていた手を開き、力を抜いたようにそのまま体を折ってフォーの胸元へと自身の頭をくっつけた。
「……わかってんよ、そんな事は……。でもさ……悲しいだろ……。仲間が自分のせいで死んだんだからさ……」
「お前のせいじゃない」
「……」
「ここに居る全員の力が足りなかった。その結果だ。仲間の死を背負うのは、その死によって救われたここに居る全員であるべきだ」
その言葉に追従するようにグランは羽交い締めを解き、そっとユウトの肩に手を置き、ラデもその反対の肩に手を置いた。
ユウトは2人の置かれた手に温もりを感じながら、そっと呟く。
「……次は……勝つさ」
◇
人族代表者達は、HRWWを載せたトレーラーが発車するのを待っていた。
会話を交わし、交流を重ね、絆を深めていく。
主に会話の主導をしているのは、ユウト、ラデ、グランであり、その傍らにフォーが腕を組んで佇んでいるのだが、時折3人からフォーへと話を振り、フォーもいつも調子で答える。
和やかな雰囲気を醸し出している人族代表者達であったが、そこへ近付く者達の姿を確認すると、ピンと張り詰めた空気へと変わった。
魔族代表者達である。
ユリイニを先頭に、彼等は人族代表者達へと声をかけた。
「やぁ、初めまして。私はユリイニ・サーフムーンと申します。先程は見事な戦いぶりでした」
優しげな笑みを浮かべるユリイニに対して、警戒するようにラデとグランであったが、そんな2人の事などお構い無く、飄々とした態度でユウトが答える。
「これはこれは、まさか普通に挨拶をしてくるとは……。随分と余裕の態度だな」
ユウトの顔はユリイニ同様笑みを浮かべてはいるのだが、醸しだす雰囲気は怒りそのものである。
そんなユウトの雰囲気にいち早く反応したのは、ロットとヌルーヴであった。
「あらら~、ご機嫌斜めなのかな? 先程遠目に確認した時は随分穏やかそうに見えたのに~」
「貴様! わざわざユリイニ様がお褒めの言葉をかけたのに、その態度は一体何だ!」
「知らねぇよ。ユリイニ様とか言われても俺はそんなの知らんし。それに、その声から察するに、お前らが俺と争っていた奴等か? はっ! 1対1で俺を仕留められない程度の奴等が吠えてんじゃねぇよ!」
挑発するようなユウトの言葉に、ロットとヌルーヴが怒りを顕わにする。
一瞬即発の空気が流れるが、その空気を断ち切るようにユリイニがロットとヌルーブへと振り返った。
「やめないか、2人共。今は戦争外。争いを起こすのはご法度だよ」
「はいは~い」
「ですが、ユリイニ様!」
ユリイニはそのまま流れるように、再びユウトの方へと振り返り、頭を下げた。
その姿に魔族側は驚き、ユウトも驚いた。
「こちらの2人が失礼しました。なにぶん戦争直後のため、いくらか興奮状態でして。普段であれば、ここまで噛みついたりはしないのですが……。今は、私に免じて許しては頂けないでしょうか?」
そう言ったユリイニの姿に、ユウトは警戒心を抱く。
「……随分と簡単に頭を下げるんだな。現状、立場はそっちの方が上なのに。むしろ嫌みに見えて不愉快になるな」
「それは申し訳ありません。非礼はこちらにあると思い、素直に謝罪しただけですので、このまま流して頂けるとありがたいですね。……ただ私は少し話をしてみたいと思い、こちらに参ったのです」
「……話? 一体何のだよ」
「まずは、先程の戦いにおいて、亡くなった者への哀悼の念を捧げます」
その言葉がユウトの耳に届いた瞬間、目を見開き、怒りに支配されてユリイニへと殴りかかるが、ロットとヌルーヴがユリイニを守るように立ち塞がり、当のユウトは再びグランによって動きを制されていた。
暴れるユウトを抑えつけながら、グランがユリイニへと声をかける。
「がー! うがー!」
「ちょっ! 落ち着け、ユウト! それに、そちらのあなたも流石に言葉が過ぎるのではないですか?」
「いいえ、そうは思いません。それに決して卑下している訳でもありません。純粋に仲間を守るために身を呈した行動を讃えているだけなのです。私はこの通り、2人に守られているような者でして……。そのような行動を取れる方は皆、尊敬に値すると思っております」
ユリイニは自分の言った言葉は決して嘘ではないと、それを伝えるように、じっとユウトとグランに視線を固定したままそう述べた。
その視線を受け止め、ユウトは動きを止めるがグランは訝しげな表情で尋ねる。
「……最強の魔族が、最弱の人族に対してそう思うのは、流石に信じられませんが」
「そう言う気持ちも理解出来ますが、私の思う所は違います。種族を問う前に、私達は同じ世界に住まう1人であると私は思っているのです。なればこそ、その死を尊んでいるのです」
「「……」」
ユウトとグランの目から見えたユリイニの姿は決して嘘を言っているようには見えなかった。本当に心の底からそう言っているように見えたのだ。
だからこそ2人は何も言えず、固まってしまった。
それは、ラデやロット達魔族側も同じであり、ユリイニの盾と剣を自称するロットとヌルーヴでさえ固まっている。
種族間には確かな軋轢がある。だからこそ争っているのだ。
同種族であればその死を嘆き、他種族であればその死は喜ぶ。それが普通であり、ましてや他種族の者の死を尊ぶ事など決してないのである。
だからこそ、この場に居る者達はユリイニの言葉に少なからず動揺していた。
ただ1人、フォーを除いて。
「此度の戦いで亡くなった人族の方には、深い冥福を……」
ユリイニは祈るようにそう言うと、一歩離れた所に居るフォーへと視線を向ける。
「察するに……。君が私と戦った者かな?」
尋ねる様な声に、フォーはゆっくりとユリイニと視線を合わせる。
「……そうだ」
「やはり……。君は私の名を知っているのに、私は君の名を知らない。それは不公平だとは思わないか?」
「……」
フォーは何も答えない。
その代わりに、どこか遠くの方から人族代表者達を呼ぶ声が届く。
それは人族側の整備員達が全てのHRWWの搭載を終え、出発を知らせる合図であった。
それを受けて、フォーはユリイニに声を掛ける。
「……戦ってみてわかった。ユリイニ・サーフムーン。お前はまだ俺の“敵”ではない。失っても今と同じ事を言えた時、お前は俺の“敵”になる。その時に名を名乗ろう」
それだけ言ってフォーはこの場から去っていき、困惑の表情を浮かべながら人族代表者達もその後を追う。
そうして、この場には魔族代表者達だけが残った。
◇
「あのまま行かせてよかったのですか? マスター」
人族代表者達の姿を遠くに確認出来るようになってから、ファルはユリイニへと尋ねる。
相変わらずの無感情なファルの顔を眺めた後、ユリイニは自身の周りに居る者達へと視線を向けるが、他の者達は皆一様に訳がわからないと困惑気味だ。
それは自分も同じであると、ユリイニはため息を吐く。
「はぁ……。どうやら、彼には嫌われているようだね」
「気にする事なんてないよ~、ユリイニ様。相手は人族なんですから~」
どことなく悲しそうにそう言ったユリイニに、ロットが慰めるように声をかけた。
それは他の魔族代表者達も一緒である。
「ロットと同じというのは癪に障るが、自分も同意見です。所詮人族。自分達魔族とは相容れぬ矮小な者共でしかないのですから」
「たかだか人族の言動を気にしすぎじゃないかな、ユリイニ。僕達は魔族なんだよ?」
「マスター、顔色が悪いように見えます。どこかご気分が優れないのでしょうか? やはり、その原因は先程の人族でしょうか? それならその原因を排除してきましょうか?」
ヌルーヴ、ウルカ、ファルの3人もユリイニを気遣うような言動ではあるが、内容は似たようなものである。その事を内心で悲しく思うユリイニであった。
「皆の心遣いは大変ありがたく思います。ですが……」
ユリイニは他の者達には聴こえないようにぼそっと呟く。
「……私は、そんな歪な今の世界を変えたいんですよ」
◇
「あはははっ!」
世界の支配者、7人の女王達が居る部屋に楽しそうな笑い声が響く。
「おいおい、いきなり1人死んだぞっ! 最弱な上に人数まで減るなんて、これはもう不味いんじゃないか? 最下位確定じゃないか? なぁ、アース!」
笑い声を上げた主、ドワーフ達の支配者であるストーンは楽しそうに人族達の支配者アースへと視線を向ける。
視線を向けられたアースは、俯いたまま顔を上げずにいた。
その目は閉じられており、見ようによっては亡くなった者への哀悼を示しているようにも見えるのだが、そんな事など気にしないとばかりに、ストーンは更に声をかける。
「おいおい、無視はないんじゃないか? 無視はさぁ! こっちは今後を心配して声をかけてやったのによぉ! もちろん心配ってのは、人族の命の事じゃねぇぞ。今回の戦争をつまんないものにしないかという事だからな?」
「そう言ってやるなよ、ストーン。アースだって色々と思う所があるようだしさ、ほっといてやろうよ」
「いやいや、自大陸の者がいきなり死んで悲惨だろうと、わざわざこの私が気遣ってやろうと声をかけてやったのに、それを無視する方が悪いと思わないか? なぁ、グラスランド」
獣人達の支配者であるグラスランドとストーンは、反応を示さないアースに興味を無くし、そのまま2人で楽しそうに会話をし始めた。
そもそも特に興味がないエルフ達の支配者であるフォレストは、最初から変わらずワインを口に含み、味を楽しんでいる。
そして、多種族の裕福者達の支配者であるパラダイスは、自身の隣に座る魔族達の支配者であるプレスへと視線を向ける。
プレスはじっとモニターへと視線を向けたまま微動だにしていない。
「……ふふ、プレス。今の戦い危なかったな。今回の魔族代表者達は、最弱の人族達に苦戦を強いられる程度なのか? もしそうなら、今回の勝者は私で決まりかな?」
「……問題ない」
パラダイスが勝者の笑みを浮かべるが、プレスのその一言に対して直ぐ様、訝しげな表情を向ける。
プレスから絶対勝利者の風格のようなものを、パラダイスは感じ取ったのだが、それでも勝つのは自分の大陸の代表者であると、パラダイスは自分を鼓舞した。
そんな6人の様子を眺めながら、中心の大陸の支配者であるエデンはモニター内に映る画面を少し操作しながら思考する。
エデンだけが見えるモニターには、人族代表者達のデータが表示されていた。
(……魔族代表者達が弱いわけではない……むしろ、パイロットとしての腕だけを見れば例年を上回る……そして人族代表者であるラデ、グラン、キーノは人族のパイロットとして平均的であり、それは例年とそう変わりない。だが、このフォーとユウト……。この2人のパイロットとしての腕は人族としては異常だ。歴史を振り返ってもトップクラスに相当する。しかし、ユウトの方は訓練ゲームで見せた素質を考えれば納得ではあるが……フォーの方は一体どうやってこれ程の腕を得たのか……。謎ではある。謎ではあるが……)
エデンの口角が愉快そうにつり上がる。
(ふふふ……これは波乱が起こるかもしれんな。ここ最近は変化の少ない戦争であったからな、それはそれで楽しみだ……。フォー・N・アーキスト……ユウト・カザミネ……せいぜい、この戦争をかき回して私を楽しませておくれ)
そして、7人の支配者達が見守る中、次の戦い、獣人代表者達対ドワーフ代表者達の戦いが始まる……。