キーノ・ラムリ
「キーノ・ラムリ。こんな所に居たのか」
薄暗い廊下にある座席に座っていたキーノは自分を呼ぶ声に反応して、下げていた顔を上げる。
その瞳に映ったのは、深い皺を顔に刻む年老いた自分の上官である人物だった。
上官の姿を確認すると、キーノは再び顔を下げ、そんなキーノを眺めながら、上官は彼の隣に座る。
彼等は人族の大陸「アース」にある軍隊に所属していた。
軍隊と言っても、主に大陸内の治安維持に努める者が大半であり、HRWWのパイロットに選ばれるのは、ほんの一部である。
それもそのはず、HRWWのパイロットに選ばれるという事は、それだけ死に近くなるという事であり、それは最弱である人族であれば尚更だ。
人族の中では「HRWWのパイロット」=「先が無い」という意識があり、例えパイロット適正があると言われても、素直に頭を縦に振る事は躊躇われている。
そんな中、キーノは自ら志願してパイロットの道を選んだ。
この大陸に勝利を運びたいと……。
だが今は、その思いを後悔していた。
「……」
「……」
彼等は無言で座っていたのだが、上官が大きく息を吐いてキーノへと視線を向ける。
「どうする? やめるのか?」
「……わかりません」
「そうか。ただ、どっちの道を選ぼうが私は味方だ。その事は忘れないでくれ」
「……はい。ありがとうございます」
その言葉の後に、彼等は重苦しい空気を醸し出す。
それでも言わなければならないと、上官は口を開いた。
「……最後に、会っていくか?」
「……はい」
そう言ってキーノは席を立ち、のろのろと歩き出した。
その背中を上官は見つめる。
キーノの身に起こった事は、本来ならば決して起こりえない事であった。
軍人である以上、自分の身を、保護対象の身を守るための訓練をしているのだが、パイロット候補である者は更にHRWWの操縦訓練も行っている。
その中には銃器の訓練もあった。
HRWWで使用する以上、必要な訓練であり、女王主導で作られた人サイズの銃器を訓練時のみで使用が許されており、もちろん、全ての銃器には女王の意思1つで作動が出来ない安全措置と発射される弾もペイント弾のみである。
そんな銃器の訓練中に事故は起きた。
敵味方に別れての訓練の最中でペイント弾を使用していたはずなのに、何かの誤作動なのか魔法弾が発射されてしまったのだ。
それによって、発射者キーノは友人の1人を永遠に失ってしまった。
フレンドリーファイアである。
それがキーノの身に起こった事であった。
即座に銃器を調べたが原因はわからず、製作者が女王である以上、責任を追及する事も出来ないため、このまま訓練中の不幸な事故として片付く事が既に決定している。
その事を思いながら、上官は憎々しげに顔を歪めた。
「……やってられんな、まったく」
やり場のない怒りに包まれながら、上官はキーノが去った方角に顔を向ける。
「……出来れば、これからのキーノの人生が良き方向へ向く事を願う」
そしてキーノはこの事故が原因で軍を退役し、元々そんなに話すような人物ではなかったのだが、更に言葉少なになっていった。
自分を戒めるかのように……。
そのまま大陸内を旅して、その内そこそこ栄えた街にあるカジノの警備員として過ごし、危険な問題事にも積極的に関わっていく。自分には生きる価値が無いと、自らの命を軽んじる傾向へ進んでいったのだが、今回の種族間戦争の代表者として呼ばれる事となる。
軍に居た頃からパイロットとしての腕もよく、状況判断にも優れていた事が選ばれた原因である事を聞きながら、キーノは思った。
あぁ、これでやっと自分は死ねる……と。
もちろん、この要請を断る事も出来たのだが、キーノは進んで承諾した。
出来る事なら、この残った命を他の代表者達を守るために使いたいと願って。
そしてキーノは、第1戦対魔族戦においてユウトを守って、その命を散らした。