フォー・N・アーキストの過去
エリスラの私室の奥。
そこは、こじんまりとした研究施設のような様相だった。
中央に置かれている簡易ベッドに、フォーが腰掛けている。
フォーの前にはエリスラが居り、フォーが差し出している腕を検分していた。
その腕は、エルフの襲撃者からエリスラを守った時に使った方だ。
腕にはくっきりと剣を受け止めた痕が残っている。
その痕を、エリスラは真剣な表情で確認していた。
「ふ~む……」
時折、エリスラはピンセットのようなモノを使って、腕の内部へと視線を向けていた。
確認している腕の痕から、火花がバチッと飛ぶ。
「おっと、悪いな」
「……いえ、大丈夫です」
「そっか。なら、もう少しそのままでいてくれ」
フォーが黙って頷く。
普通であれば異質なのだが、腕から火花が飛ぼうが二人は動じない。
それもそのはず。
エリスラが見ているフォーの腕は、生身のモノではない。
機械なのだ。機械の腕なのである。
といっても、別にアンドロイドという訳ではない。
フォーは、両腕両足が機械仕掛けなのだ。義手、義足と言っても良いだろう。
その証明の一部として、今エリスラが見ているフォーの腕からは火花が飛び、その内部が少し見え隠れしている。
フォーの腕を一通り確認したエリスラが視線を外し、考え込むように唸った。
「うぅ~む……。これはもう駄目だな。当たりどころが悪かったのか、駆動系が完全に死んでいる」
「……そうですか」
「襲撃の時、よく動かせていたな。……いや、そこで派手に動かしたからこそ、終わったか。……動かせるか?」
エリスラの問いに、フォーは検査されている腕を動かそうとするが、ぴくりとも動かない。
「……少しも動きません」
「となると、修理……は手間だな。無駄な時間かかりそうだし。なら、交換するか」
「……交換? それだと、次には」
「あぁ。無理だ。他の無事な方との同調にもそれなりに時間がかかるし、HRWWとの方にも同じくらい馴染ませないとな」
エリスラの言葉に、フォーは頷くでもなく、ただ聞いているだけで反応は無い。
それでも、エリスラは気にした様子はない。
まるで、それが普段通りであるかのように。
「さて、交換用も用意しなきゃならないし、後はそれからだ。今は寝ろ。ゆっくり休め」
「……はい」
フォーはエリスラの言葉に素直に従い、簡易ベッドに横になる。
そのままゆっくりと目を閉じ、意識を失うように眠った。
フォーが眠った事を見届けたエリスラは、他の誰にも見せないような優しい笑みを浮かべ、そっとフォーの頭を撫でる。
「……束の間の休息だ。ゆっくりお休み」
そして、エリスラはもう一度フォーの頭を撫でた後、いつもの笑みを浮かべて、ここから出て行くのであった。
◇
エリスラが私室へと戻ると、そこにはラデが居り、ソファーに座って不機嫌そうな表情を浮かべている。
「どうした? 折角の可愛い顔が、そんな表情を浮かべていると台無しだぞ?」
「それはこうもなりますよ。どれだけ待たせるんですか?」
「まぁまぁ、仕方ないだろう? フォーの体には細心の注意が必要だからな」
そう言って、エリスラは肩をすくめる。
その仕草には、どこにも悪びれている様子は一切見られない。
いつだって折れるのはこちらの方だと、ラデは溜息を吐いた。
「……もう良いです。……それで、きちんと話してくれるんですよね?」
ラデの言葉に対し、エリスラは面倒臭そうな表情を浮かべ、私室の中で唯一ある机の上に置かれていた大型の封筒と取り、テーブルを挟んでラデの対面にあるソファーへと腰を下ろす。
「最初に言っておくが、これは秘密中の秘密だ。決して外部に漏らしてはならない。本来のお前の立場を知っているからこそ教えるんだ。……もし、他の者に喋れば、例えお前でも許されるとは思うなよ? 私は、フォーを守るためなら、どんな手でも使うつもりだからな」
その言葉を受け、ラデは固唾を飲む。
いや、正確にはエリスラが浮かべている表情だろう。
普段では決して見せないような、真剣な表情を浮かべているのだから。
そこに嘘偽りは一切感じられない。
言葉通りに、この後知る事を漏らせば、自分の命は無いだろうと思ってしまう。
しかし、ラデはエリスラを真正面から見返す。
こちらも引く気は一切無いと示すように。
もちろん、ラデはここで知った事を漏らすつもりは一切無く、恥じる事も臆する事もないのだから、当然なのかもしれない。
ラデの表情を見て、エリスラはいつもの笑みを浮かべる。
「良いだろう。ただ、予め言っておく。知ったからといって、決して真似するな。そう簡単に真似出来るような事ではないが、お薦めはしない。フォーの場合は、私が見つけた時、既にそうだったからだ」
そう言って、エリスラは封筒をテーブルの上に置き、ラデの方へと向かってスッと投げる。
ラデが封筒を手に取り、中を確認すると、そこには何枚もの紙が納められていた。
「何ですか、これ?」
「とある人物が書き綴った、ただの経過報告の書類さ。今はもう無い、とある研究機関のな」
ラデは困惑した表情を浮かべるが、まずは確認して知る事から始めないといけないと、封筒から書類を取り出し、一字一句見逃さないように目を向ける。
ラデが書類を確認している間、エリスラは紅茶を用意し、その味に舌鼓を打つのであった。
……一応、念のためと、ラデの分も用意はしたのだが、真剣に書類を読むラデがそれに気付くのは、読み終えた後である。
◇
『人体能力強化パイロット計画』
これは、仮の名称である。
正式名称は、この計画が完成し、有用であると判断された時に付くだろう。
我々人族は、種族間戦争において、最も負けていると言って良い。
その要因として、大きく分けられるのは二つ。
「HRWW」の性能差と、「パイロット」の質だ。
これを改めれば、人族は数多くの勝利を獲得する事が出来るだろう。
しかし、現状それは困難である。
負けが多いという事は、その分HRWWの資材は少なく、上質なHRWWを製造する事は難しい。
その上、内殻フレームは完全に女王主導なのだ。
こちら側がいじる事は出来ない。
しかし、パイロットは違う。
エースと呼ばれる存在を、人為的に造り出せる可能性は残っている。
その可能性を、様々なアプローチで試みるのが、この計画だ。
全ては、人族の勝利のために。
○○月××日
被検体として、幼少期の子供を数十人用意した。
この計画が表に出ると、人道的な観点から様々な問題が起こり、最悪中止も起こり得るため、決して明らかになってはいけない。
そのため、被検体の子供達は、全て孤児で用意した。
この中から、エースと呼ばれる程の存在が出来上がる事を切に願う。
○○月×△日
まずは、簡単な学力試験と運動試験を実施させる。
この成績によって、分類分けを行う。
被検体達は、試験を受けている際に怯えたような表情を浮かべている者が大勢居たが、ここで成績が悪いからといって、それで見捨てたりはしない。
結果的に、誰がどう完成するかはまだ分からないのだ。
この段階では、ここに居る被検体の全てが宝物であると言える。
ただ一人、最初からずっと無表情の被険体が居た。
○○月×□日
成績上位者から番号を付け、その番号で呼ぶ事とする。
名前で呼べば、余計な感情移入をしてしまう可能性があるからだ。
この計画は秘密裏に行われているからこそ、非人道にも手を染める。
情けや同情など、そのような感情は不要なのだから。
○○月△□日
まずは、体を鍛え上げる事から始めた。
基礎体力の向上は必要である。
HRWWの動きが良くなるという事は、その分パイロットに負担がかかるという事。
それに耐え得る体に仕上げなければならない。
また、同時に格闘技や銃撃も教えていく。
格闘技は、体作りのためという部分もあるが、対HRWWでの動きのイメージをしやすくするためである。
それに、いくらルールでパイロットは襲われないとはいえ、それは絶対ではない。
裏道は、いくらでも存在しているのだ。
自衛手段を学ばせる良い機会である。
格闘技を教える者は用意する事が出来たが、銃撃に関しては難しい。
HRWWでも用いるため、銃の扱いを教えておきたいのだが、元々、銃に関しては女王達が使用不可にしているため、手に入れる事が出来ないので仕方ないだろう。
銃に関しては、シミュレーションを用いる事にしよう。
○×月×□日
被検体達がここに連れて来られてから、どれほどの月日が経っただろう。
初めは頼りない体付きであったが、今はこちらが望む体力を得ているようだ。
これで、次の段階に進む事が出来る。
○×月×○日
HRWWの操縦方法を教えると共に、薬物投与を始める。
最初は軽いモノから。
いきなり過剰投与をして、壊れてしまっては困るのだ。
私達は人形を作りたい訳ではない。人族の「エース」を作り出したいのである。
○△月○×日
被検体の中から、初めて死者が出た。
結果を急ぎ過ぎた研究員の一人が、過剰な薬物投与を施したのだ。
その研究員を軟禁する。
判断は所長に任せる事になったが、どうなったかは簡単に予想が付く。
明日は我が身になるかもしれないと、気を引き締めていかなければならない。
□○月××日
数年も経つと、被検体の中から数人の優秀な者達が出てくるようになった。
身体能力、状況判断もさる事ながら、HRWWの操縦技術も目を見張るモノがある。
優秀な数人の中でも、特にその実力が高いのは、「94番」だ。
「94番」ならきっと、将来圧倒的な力でエースとして活躍してくれるだろうと期待してしまう。
△○月□×日
再び事件が起こる。
精神に異常をきたした被検体が暴れ、研究員と他の被検体を次々と襲い、殺していくという事が起こった。
数多くの死傷者を出す結果になったが、「94番」がその者を取り押さえた事で収束する。
しかし、その際の出来事で、「94番」の両腕と両足が傷付き、使い物にならなくなってしまった。
……元が優秀だけに、非常に残念だ。
△×月○□日
「94番」の両腕と両足をどうにか治療しようとしたが、以前のように動かす事は出来そうもない。
助けて貰った恩はあるが、処分も検討しなくてはいけないだろう。
しかし、研究員の補充員として来た者達の一人が、負傷している「94番」に最適だという処置を提案してきた。
このままでは埒が明かないので、その提案を受ける事にする。
△○月○○日
「94番」の両手両足が義手義足となる。
リハビリを乗り越え、元々の優秀性も組み合わさり、「94番」は再び被検体の中で最優秀となった。
□■月△×日
「94番」の優秀性は明確である。
それにより、これからは「94番」に集中して、エースへと作り上げていく方針へと変わった。
その方針の第一段階として、更なる薬物投与と、義手義足を更に改良する事となる。
義手義足には、それぞれ魔力タンクの役割と、HRWWとの親和性を加える予定だ。
魔力を流す事によって、スキルとはまた別の要素の力を得るようにする。
発動させる事で脳神経に影響を与え、視野を広くし、反射神経を研ぎ澄ませ、鋭敏に反応出来るようになり、HRWWを更にダイレクト操作出来るようになるだろう。
下手をすれば「94番」は使いものにならなくなるかもしれないが、例え失敗しようとも、その結果は次に活かせる。
ただ、望むなら「94番」が私達のエースになる事を願う。
○○月△×日
「94番」は、私達が課す課題を全てこなし、エースと呼んでも差し支えないような存在へとなった。
ここまでくると、他の被検体との差別化を図るという意味を込めて、名を与える事になる。
研究員達で色々考えた結果、この研究所がある場所は、アーキスト地方である事という事と、「94」という数字を名前に組み込む事になった。
「4(フォー)・9(ナイン)・アーキスト」
↓
「フォー・N・アーキスト」
と名付ける。
◇
「何なんですか、これ。……こんな事、許されるんですか?」
ラデが肩を震わせながら言葉を発する。
書類を持つ手は、余計な力が入っているのか、書類をくしゃっと握り潰していた。
一方、ラデの対面に座るエリスラは、紅茶を一口含んだ後、肩をすくめる。
「許されるのも何も、実際にその研究所はあって、その内部で起こった出来事だからな」
「……書類はここで終わっていますが、この後はどうなったんですか?」
「もちろん、この私の目に止まったんだ。継続出来る訳ないだろう? 私は、これでも非人道的な処置は許さないのでな。徹底的に潰させて貰ったよ」
「被検体と呼ばれた人達はどうなったのです?」
「女王の庇護の下、今は普通に暮らしているよ」
「フォー以外は……ですよね?」
ラデの責めるような視線を受け、エリスラは溜息を吐く。
「……仕方ないだろう。今の状態はまだまともと言えるが、助け出した時は既に薬物投与と催眠誘導によって、種族間戦争へ参加させなければ、自傷行為によって最悪死を迎えるまでに病んでいたのだから。……今回の参加も、一種の治療と言えなくもない」
「だから、参加させたんですか? それでも、参加するという事は、最悪死を迎える可能性がありますよね?」
「私としては、フォーを死なせるつもりは一切ない。そのために、私は出来得る限りの事をフォーのためにしたのだからな」
「……この戦争で生き残るために必要なのは、絶対的な戦力。……つまり、HRWWとの親和性が高い処置が施されたというフォーの義手義足の能力を更に高めたんですね?」
「あぁ。それと、HRWWの方にも、その義手義足と親和しやすいように外殻フレームをいじっている」
「そういう事ですか。……だから、フォー機の異常な戦闘能力上昇は、フォーとその機体でしか発現しないという訳ですね」
「察してくれて助かるよ」
「……確かに、これは真似出来ませんね。それに、こんな手段は用いてはいけない」
そう言って、ラデは力を抜くように息を吐く。
その様子を見る限りだと、この場限りの嘘を吐いているようには見えず、まぁ大丈夫かなと、エリスラは判断した。
もちろん、この情報を知った事で、ラデが同じような手段を取るようであれば、即座に介入して破滅させるつもりはある。
今回教えたのは、ラデの本来の立場を考えての事だけなのだから。
「あっ、そうそう。ついでに伝えておくが、フォーがお前の周囲に居たのは、念のための護衛として動いているからだ。戦闘中もお前を死なせないようにしておけと伝えている」
エリスラの言葉に、ラデはジト目で睨む。
「……何ですか、それ。そんなに私って信用無いんですか?」
「そうじゃないさ。グラドという優秀な執事が付いているのはわかるが、念のためだよ。念のため。いくらグラドでも、戦闘中はどうにも出来ないしな。……わかっているだろう? お前はこんな戦いで死んではいけないと」
「それはわかっていますけど、私だって死ぬつもりはありませんよ。それに、そういうならフォーだって危険じゃないですか?」
「はっ! フォーがそう簡単に死ぬかってんだ!」
エリスラの言葉に、それもそうかとラデは思う。
出会ってから間もないが、フォーがそう簡単に死ぬような者とは思えなかったのである。
「……わかりました。それじゃ、私はそろそろ自分の部屋に戻ります。……あの襲撃者達の事は任せましたよ?」
「あぁ。良いように使ってやるさ」
ラデはそのまま立ち上がり、エリスラの私室を出ていこうとするが、呼び止める声がかかる。
「……あぁ、ラデ!」
「何ですか?」
「フォーだが、剣を受け止めた義手の調子が良くない。これから急ピッチで交換するが、次の第4戦の参加は不可能だから、そのつもりでな」
「……え? 噓でしょ?」
ラデが浮かべる困惑の表情に対して、エリスラは意地が悪そうに笑っていた。
「まっ、死なない程度に頑張れ」




