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しゅぞくまわる  作者: ナハァト
種族間戦争編
51/76

ロット・オー

 ロット・オーがユリイニ・サーフムーンと出会ったのは、少年と言っても良い、10にも満たない幼い時であった。

 互いの父親が最近知り合ったそうで、歳が近い息子を持つ者同士、直ぐに意気投合したようで、今回はその息子達を会わせようと、ユリイニとその父親がオー家を訪ねて来たのである。

 父親達は既にリビングで談笑を交わし、ユリイニ達はロットの部屋へと集まっていた。

 部屋の中は綺麗に整えられており、無駄な物は一切無いようにも見える。

 まぁ、若干ゲームの類が多いくらいだろうが。

 そして、部屋の中へと入ったユリイニは、改めてロットと挨拶を交わす。


「改めてこんにちは。ユリイニ・サーフムーンです」

「あっ、どうも。ロット・オーです」


 自分の目の前に居る利発そうな少年が名乗り、それに応えるロット。

 そこだけを見れば、子供同士の微笑ましい出会いに見えた。

 だが、実際は違う。


「……ちっ」


 ユリイニの隣に居た、もう1人から舌打ちが聞こえる。

 その人物は、大きな体躯と強面な顔立ちで、既に青年と言える年齢に見え、一体誰だろうかと、ロットの視線はそちらへと移った。

 というよりも、その青年はロットを睨むように見ており、どうして自分がそのように睨まれているのか分からないロットが、イライラしだしても当然かもしれない。

 これは、玄関前で出会った時から変わっていなかった。

 その青年は、最初からロットの事を睨むようにずっと見ており、だからこそ、ロットの口から自然と言葉が漏れる。


「……あ?」


 ロットも青年を睨み返し、互いの間には剣呑な空気が流れ、互いに顔を上下させてメンチを切り合う。

 そのどこか最悪の出会いと言っても良いような雰囲気を止めたのは、もちろんユリイニであった。

 はぁ~と溜息を吐き、はいそこまでと、2人の視界を遮るようにして、間に手を差し込む。


「ヌルーヴ。きちんと挨拶をして」


 ユリイニにそう言われ、仕方ないとばかりに青年――ヌルーヴは、姿勢を正してからロットへと視線を合わせる。

 そこに先程までの睨むような視線は存在していない。


「ヌルーヴ・ガガだ」

「……ロット・オーです」


 きちんと挨拶された事もあり、ロットも不承不承ながら名乗る。

 何となくではあるが、馬が合わないだろうなと、ロットは心の中で思った。

 それは、ヌルーヴの方も同じなのだろう。

 口の端がヒクヒクしていた。


「ごめんね、ロット君。ヌルーヴは自発的に僕の護衛をやってくれているのだけど、初対面で警戒しているだけで、悪い人じゃないから。……僕としては、普通に友達付き合いして欲しいのだけど」

「はぁ」


 ユリイニの弁解に、ロットは生返事を返す。


「いいえ、ユリイニ様。ユリイニ様は自分がお仕えするに値する方でございます。もう少し、ご自分の立場というモノを理解して頂きたい」

「そんな大層な人物であると思った事は無いのですが」


 ヌルーヴの言葉に、ユリイニは苦笑いを浮かべる。

 だが、ロットの方はその言葉に賛成のようだ。


「……まぁ、お――自分としては、ヌルーヴさんの言葉に同意ですね」

「あれ? 味方が居ない?」


 まさかのロットの肯定に、ユリイニは驚きで目を見開く。

 しかし、ロット側からしてみれば、当然の反応だった。

 ユリイニの家――サーフムーン家は、魔族が住まう大陸「プレス」の中でも、名が知れ渡っている有数の家の1つである。

 その上、魔族は種族間戦争で常に上位を誇っている以上、大陸全体がどの大陸よりも潤っていると言って良い。

 その中での、有数なのである。

 つまり、女王達を除けば、実質的に世界全体で見ても有数……その中でも上位に位置する家と言えた。

 ユリイニは、そのような家の子息なのだ。

 護衛の1人くらい簡単に付けられるだろうし、付くだろう。

 それに、そう軽々しく接して良い人物ではないとも言える。

 だからこそ、ロットはヌルーヴの言葉に同意したのだ。

 ユリイニも、もちろんそのあたりは理解しているのだが、だからといって、接する人達全員がそういう態度を取って欲しいとは思っていない。

 気軽に接する事が出来る友達が欲しいと思っているのだ。

 ユリイニにとって、ロットは同年代で出会った者である。

 このチャンスは決して逃しはしない。

 ユリイニはニッコリと微笑みながら、ロットへと声をかける。


「そうですね、言いたい事は理解出来ますが、出来ればロット君には普通に接して貰いたいのですが?」

「いいっスよ!」

「あれ? 簡単に接してくれた!」


 ユリイニが驚きの声を上げる。

 これまでは、いくら自分がそう言っても、態度を変えようとする者は居なかった。

 だが、目の前のロットは気軽に了承してくれ、その言葉遣いも態度も実際に軟化している。

 突然の事にユリイニは驚いていたが、内心では喜び、楽しんでいた。

 しかし、それを感化出来ない者も当然居る。

 そう、ユリイニの隣に。


「貴様、ユリイニ様にそのような態度を取って許されると思っているのか?」


 ヌルーヴが再びロットへと睨みを効かせる。

 だが、当のロットはというと、どこ吹く風というか、少年らしからぬ嫌な……いや、どこか相手をおちょくるような笑みを浮かべた。


「あれ? あれあれ~? おかしいっスね~。ユリイニ様が許してくれてんのに、それをたかが護衛如きが文句を言ってくるんスか? そっちの方こそ、許されるんスかねぇ?」

「あぁ!?」

「あぁ!?」


 バチバチと、再びメンチを切り合って火花を散らせるロットとヌルーヴ。

 そして、それを楽しそうに見るユリイニ。

 今へと続く、3人の関係性はココから始まった。


「出来れば、様付けもやめて欲しいのだけど?」

「いや、それはさすがに。……父上に怒られそうだから、やめとく」


     ◇


 カーテンも閉められ、部屋の中の明かりはと言えば1本の蝋燭に付いた火の光しかない、薄暗い部屋。

 その部屋の中へと入って来る者が居た。

 青年へと成長したロット・オーである。

 そして、部屋の中には歳相応に成長を重ねたヌルーヴ・ガガが椅子に座って待っていた。


「来たか、ロット」

「急に呼び出して、一体何なんスか?」


 ロットが来た事で、ヌルーヴは満足気な笑みを浮かべ、ロットは近くにあった椅子へと腰を下ろす。

 2人の間にはテーブルが置かれており、その上に果実水が入ったグラスと、ナッツ類の摘まめる軽食が用意されている。

 これをセッティングしたのがヌルーヴだと思うと、心の中で可笑しく思ってしまうロット。

 ただ、それを顔に表してしまえば、いつものようにお互い喧嘩腰になってしまうのが明白なので、そのあたりは空気を読んで止めておく。

 ロットを見ているヌルーヴの表情は、真剣そのもので、とてもではないが茶化して良い雰囲気ではない。

 これからするのは、そういう余地を挟まない真面目な話なのだろうと、これまでの長年の付き合いで察したのだ。

 ロットは、果実水を一口含んで口の中を潤してから尋ねる。


「……で? わざわざこうして俺と2人で会うって事は、ユリイニ様に関する事で良いんスか?」

「……あぁ」


 ヌルーヴは頷くと共に、ロットと同じように果実水で口を潤し、真剣な表情を浮かべる。


「先程のユリイニ様からの話だが……」

「あぁ、アレね」


 ヌルーヴの話し出しに、ロットが直ぐに思い至って答える。

 ロットとヌルーヴの2人が、ここで集まる前にユリイニから話を聞かされていたのであった。

 その内容を思い出しながら、ロットが呟く。


「……どうなんだろうな。ハッキリ言ってしまえば、そんな危険な事にユリイニ様を巻き込むなと言いたいんだけど?」

「それに関しては自分も同意見ではあるが、当のユリイニ様は承諾するつもりだろう。ユリイニ様も今の世界を好いてはおられないようだしな」

「まぁ、言いたい事は理解出来なくはないけど……。そのために種族間戦争に参加するって何か違ってないか?」

「それが向こうの出した要望なのだから仕方ないだろう。戦争を生き残る事で……いや、それは建前か。恐らく、向こうも未だ一枚岩ではないのだろう。ユリイニ様が一番上である事を認めさせるのが目的なのかもしれない」


 ヌルーヴの推測に、ロットは辟易とした表情を浮かべる。


「うへ~、面倒臭いなぁ。本当にあいつら必要なの?」

「必要だな。それだけの能力を有しているのは、その実績が証明している。協力する分には問題はどこにも存在しない。……それに、目指している結果がユリイニ様と同じ方向を向いている。協力が出来るなら、しておいた方が良いだろう」

「まっ、協力していく事に反対はしねぇよ」


 しかし、種族間戦争に参加となると、死の危険が存在している事もまた事実。

 そのあたりに不安を覚えるロット。

 それは、ヌルーヴも同じなのだろう。

 一呼吸を置いて、ヌルーヴはロットへと尋ねる。


「……自分は、ユリイニ様と共に種族間戦争に参加するつもりだ。お前も参加して貰うぞ?」

「はぁ? 何当たり前の事言ってんの? 俺だけ除け者とか許す訳ないじゃん」

「フッ。お前なら、即座にそういうと思っていた」


 ヌルーヴが不敵な笑みを浮かべる。

 その笑みを見たロットは、内心で何か気持ち悪っ! と思ったのは、彼だけの秘密だ。


「……お前、何か失礼な事を考えてないか?」

「うぇ! そ、そんな事ある訳ないじゃないっスか!」

「まぁ良い。……自分とお前が種族間戦争に参加する以上、やる事は分かっているな?」

「当たり前の事言うなよ。盾として、ユリイニ様は命に代えても守ってみせるさ。……だから、剣のお前はユリイニ様の前に立ち塞がる全ての敵を斬り伏せろよ?」

「誰に物を言っているつもりだ」


 ロットとヌルーヴは笑みを浮かべ、果実水の入った互いのグラスを、チン! と重ね合わせて、一気に口の中へと入れて飲み干す。

 空になったグラスをテーブルの上へと置き、ヌルーヴはそのグラスを見ながら言葉を紡ぐ。


「……ロット。頼むから、死んでくれるなよ」

「はぁ? いきなり何言ってんの? 気持悪!」

「気持悪いって、お前な。……はぁ。もう良い。自分が言いたいのは、お前は自分とは立場が違うという事だ。甚だ認めたくはないが、お前はユリイニ様にとって、最も近しい友で間違いはない。……もし、お前を失えば、ユリイニ様の心に大きな傷が出来てしまうだろう。それは、心のバランスを崩してしまうかもしれない」


 ヌルーヴの言葉に、ロットは頭を掻きながら答えた。


「何の心配をしているかと思えば……。俺はそう簡単には死なねぇよ」

「確かに。お前はそう簡単に死ぬ性格はしていないか」


 そう言って、ヌルーヴは笑い声を上げる。

 ロットはロットで、不敵な笑みを浮かべていた。


「……頼むぞ、ユリイニ様の盾」

「そっちこそ、ちゃんと仕事しろよ。ユリイニ様の剣」


 それだけ言って、ヌルーヴは立ち上がって部屋から出て行く。

 それを横目で眺めていたロットは、視線をカーテンに遮られた窓へと向ける。


「……俺の心配をするのも良いけど、剣も死んじゃいけないんだぜ、ヌルーヴさん」


 そう呟いて椅子から立ち上がった時、ロットは気付く。


「……あれ? もしかして、俺がこのグラス類を片付けるのか?」


 何やらヌルーヴに嵌められたと感じつつ、律義に部屋の後片付けをするロットであった。

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