第1戦 人族対魔族 2
「このまま私達が人族機達を押さえつけておけば、ロットとヌルーヴがあのエース機を仕留めてくれるはずだ。いくらあのエース機が性能差をひっくり返す程の技量を持っていたとしても、私の“剣”と“盾”である2人なら必ずやってくれるはず。だから今、私達がやるべき事は余計な介入をさせないために、他の人族機達を押さえつけておくだけでいい。無理はしちゃいけないよ」
ユリイニの激が飛び、その言葉にウルカとファルが頷く。
決して無理はせず、安全マージンを充分に取って牽制だけに留める。ただ、相手側に隙あらば撃墜する意思はもちろん持っていた。
だが、そうして自分達の前面に居る人族機達に意識を集中していたせいであろう、魔族機達は自分達に接近する機体の存在に気付くのが遅れる。
魔族機達が居る頂上の側面から駆け上がってくる1機の黒いHRWWが現れた。
「……見つけた」
そう呟き、その黒いHRWWのパイロット、フォーは一気に魔族機達へと肉迫する。
自分達に近付くフォー機の存在に気付いて魔族機達は銃撃を見舞うが、フォー機はまるでユウト機のような高い技量を示すように難なくかわしていき、最後は飛び上がり、腰に提げている剣を抜くと、ユリイニ機へと斬りかかった。
ユリイニ機も腰に提げている剣を取る。抜くのではなく、取ったのだ。
豪華な宝飾の成された鞘をそのままにして構え、フォー機の剣を受け止める。
しかし、フォー機の勢いを殺す事は出来ず、数m後退した。
「マスター!」
「こっちは大丈夫。そっちはそのまま2人で人族機達を抑え込んでおいてくれっ!」
「「了解っ!」」
ファルの叫びにユリイニは冷静に答え、その言葉をウルカとファルが了承する。
ユリイニは冷静に分析した。
確かに、急に現れた人族側のHRWWには驚かされたが問題ない。このまま自分が対処すれば戦況は変わらないだろうと思うし、そもそもユリイニ自身は自分がやられる事なんて微塵も感じていなかった。
それは自分の技量を信じているのか、HRWWの性能差故なのか。
それに、このような事態になってもユリイニの“剣”と“盾”を自称するヌルーヴとロットが救援に駆けつけない事も、その考えに拍車をかける。
だからといって、決してフォーに対して油断していたという訳ではない。
だが現実として、ユリイニは冷や汗を流していた。
ギィン! ギィン! と、何度も鍔迫り合いを繰り返し、ユリイニ機に向け、フォー機の剣が下からすくい上げるように迫る。
その剣をユリイニは鞘剣で受け止めるが、それと同時にフォー機の蹴りがユリイニ機の態勢を崩すように飛んできた。
そのまま蹴りを受け止めユリイニ機の態勢が崩れたので、ユリイニは姿勢を戻そうとするのだが、その前に蹴り足をそのまま地面に下ろし、その足を軸にしたフォー機の剣が再びユリイニ機へと迫る。
「くっ!」
関節部に過度の負担をかけながら、ユリイニは無理矢理姿勢を直し、フォー機の剣を鞘剣でなんとか受け止める。
鍔迫り合いの中、こうした危機を何度も体験したユリイニは悟った。
確かに、自分の技量は高い水準であるし、機体性能にも差があるが、それをものともしない技量を相手が持っているという事を。
自分よりも高い技量を持つ相手に対して少なからず嫉妬を覚えるユリイニは、目の前の相手に興味を持ち話しかける。
「強いですね。まさか人族の中に、私達魔族に匹敵する程の力量を持っている人が居るとは思いませんでした。よければ名を教えてはもらえませんか?」
「……必要ない」
「それは辛らつですね」
「ユリイニ・サーフムーン。俺はお前の“敵”だ」
「それは――」
フォーが表情を変えず淡々と答えながら、ユリイニの言葉を遮るようにフォー機の剣が迫る。
甲高い音をあげながら、その剣をなんとか受け止めるが、フォー機の動きが段々と鋭くなってきている事に、ユリイニは余裕が無くなってきた。
手に足に剣に、型を持たないフォー機の動きに、防戦一方になるユリイニ機。
このまま自分はやられるのだろうか? そんな思いがユリイニの中に芽生えた時、頂上よりも下、岩山の中腹辺りから爆発音が響き、そのすぐ後にポシューンっという音と共に白煙が上がる。
この白煙の意味する所は、“降参”である。
これはその名の通り、自分達の負けを認める事であり、この行為を行えるのはリーダー機だけで、もし先にリーダー機がやられれば残りの機体は武装放棄をする事で降参の意を示す。
そして、人族のリーダー機はユウト、魔族のリーダー機はユリイニである事から、この降参宣言は人族側が上げたものであるという事であった。
◇
降参宣言が上がる少し前、ユウト機はヌルーヴ機、ロット機によって押されていた。
元々人族機と魔族機との間には性能差がある上に、今は片腕を失っている状態である。
ヌルーヴ、ロットのパイロット技量もむしろ高い方であり、いかにユウトのパイロット技量が2人を凌駕していようとも、機体損傷と数的不利を覆す事は出来ずにいた。
ユウト機は失った片腕以外に致命的な損傷はないが、既に至る所が細かく損傷し、人であれば満身創痍と言ってもおかしくない状態にまで追い詰められている。
一方、ヌルーヴ機もロット機も決して無傷とは言わないが、多少損傷している程度でユウト機と比べると軽微であった。
「……はぁ……はぁ。やっぱ、ちょっとキツイな」
ユウトは大きく呼吸をしながら、頂上の様子を確認する。
そこでは、フォー機とユリイニ機の戦いが見えたが、そちらの決着がつくよりも先に自分がやられるであろう事がわかった。
「フォーの救援は期待出来そうもないし、“スキル”を使っても、もう俺の残存魔力じゃ現状の打破は出来そうもない……か」
滴る汗を拭いながら、ユウトは笑みを浮かべる。
そんなユウトの視界には、モニター越しに移る2機の紫色のHRWWだ。
赤い剣を持つヌルーヴ機、輝く爪を持つロット機、その2機が見事な連携でユウト機へと襲いかかってくる。
確かに機体の状態は万全とは言えないが、それでもユウトは諦めなかった。
巧みに機体をコントロールし、決してこれ以上の致命傷は与えず、反撃にも打って出る。鬼気迫ると表現してもおかしくないユウトの操縦に、ヌルーヴもロットも心の中では感嘆していた。
しかし、これは自国の優劣を決める戦争である。
命のやりとりも含まれる以上、お互いに決して手は抜かない。
まだまだ続くと思われたこの攻防は、唐突に終わりを迎える。
性能的にユウトの操縦技術の全てを耐える事が出来ずにいた人族側のHRWWは、とうとうその過負荷に耐えきれなくなり、足の関節部分が自己決壊した。
ねじ切れるように壊れた足によってユウト機はバランスを大きく崩す。
致命的な隙を逃すまいと襲いかかってくる2機の姿が映るモニターに視線を向けながら、ユウトは舌打ちする。
どう考えてもこの状況からの打開策はない。
このまま自分がやられる未来しか思い浮かばず、せめてどうにか死なないようにしなければと思うだけだった。
だが、現実はユウトの思い描く通りには進まない。
ユウト機に迫るヌルーヴ機、ロット機の間を遮るように1機の黒いHRWWが現れる。
そのままその黒いHRWWは、邪魔だと言わんばかりにヌルーヴ機の大剣とロット機の爪によって串刺しにされた。
機体を貫く大剣と爪はコクピット部分を破壊していたが、それでも黒いHRWWの動きは止まらず、自機を貫く大剣と爪をガシッと引き抜かれないように掴む。
「……状況判断を見誤るなよ」
そんな通信がユウト機に流れる。
その言葉を聞いたユウトは、それを言った人物であり、目の前の黒いHRWWのパイロットの名を叫ぶ。
「キーノ・ラムリッ!」
ユウトが叫んだ瞬間、キーノ機は光り輝き爆発し、大きな爆発音と共にユウト機が吹き飛ぶ。
キーノは魔族側の2機を巻き込むように自爆したのだが、HRWWに自爆機能はあるが、脱出装置は付いていない。
人道的についていてもおかしくはないが、これは脱出して生きるよりは、華々しく散って私達を楽しませろという女王達の意向であり、ある意味、最大の攻撃である自爆はまさにパイロットの命を使うものであった。
だが、キーノの命を使っても、ヌルーヴ機、ロット機は無事であった。
正確には、ヌルーヴ機は大剣を持っておらず、ロット機は片腕を失くしている。
自爆の瞬間、ヌルーヴ機は抜けない大剣を手放し、ロット機はキーノ機を貫いている爪の腕をもう片方の爪で斬り離し、距離を取ったのであった。
ヌルーヴ機もロット機も大きく戦力を下げる結果となったが、2機共動きに支障はないようで、ユウト機に向けて再び襲いかかって来た。
変わらなかった危機的状況をユウトが冷静に分析する。
キーノが言った言葉、そして命を賭して作ってくれたこの僅かな時間を使って、ユウトは頭を回転させ、1つの結論を出し、歯をきつく噛みながらあるスイッチを殴りつけるように押す。
そして、ユウト機の背中部分から空中に向け、ポシューンっと降参宣言である白煙が立ち昇った。
こうして、第49回種族間戦争の第一戦、人族対魔族は人族の負けで終わった。