第3戦 富裕者対魔族 1
そこは、荒れ果てた荒野と言えるような場所である。
第3戦開始の合図と共に、荒野に立っていた富裕機3機が動き出す。
重鈍な動き故に、その歩みは非常にゆっくりだ。
ドシン、ドシンと、富裕機の重量を示すかのように、地面にはくっきりと足跡が残っていた。
ただ、その足跡も直ぐに消えていく。
第3戦が始まった現在、強風が荒れ狂い、至る所で砂が舞い上がっている。
「……視界が悪いですね」
コクピット内で、そうぼやいたのはミミクである。
その言葉が正しいと示すように、モニターに映しだされている外の風景は、砂嵐と表現すべきものであり、ほんの少し先から向こうが良く見えない程だ。
かなり近付かなければ、そこに何があるかは判別出来ないだろう。
「そうだな。この場を抜けるか、風が治まらない限り、この状況は改善しないだろうな」
「でしょうね。ただ、それは魔族側も同じでしょうし、出来れば改善されてから遭遇したいところです」
ミミクの言葉に反応したのは、キステトとレオンである。
2人が見ているモニターにも、ミミクのモニターと同じように砂嵐が映し出されていた。
キステトは、心の中でやれやれ面倒だなと思う。
視界が悪いというのは、それだけでも厄介だ。
確かに、魔族側がココに居るのであれば同じような状況なのだろうが、キステトが危惧しているのには訳がある。
HRWWはきちんと機密性が保持されているために、このような悪環境でも問題なく動く事は出来るが、元々、富裕機と魔族機の総合的な性能差がある上に、人数も少なく、パイロットの技量も魔族側が上であると思っているからだ。
その上、この視界の悪さである。
これがどちらにとって悪条件であるかは、言うまでもないだろう。
「……出来れば、魔族機と相対する時は、もう少し治まってくれると助かるのだが」
キステトは自然とそう呟いた。
このままではいくら大陸一の装甲だろうと、一方的に撃墜されてしまうだろうという予測が自然と過ぎる。
それほどまでに、今の状況は自分達にとって不利に働くと考えていた。
だからこそ、キステトは例え視界不良であったとしても、注意深く周辺を窺う。
出来れば先に相手を見つけたいと思うのは、誰しも同じであろうか。
相手の居場所を先に知っておくというのは、それだけでアドバンテージとなるから。
不利な状況というのが分かっているからこそ、いざ戦いになれば苦戦を強いられるというのも分かっているからこそ、取れるアドバンテージは取っておきたいという事だ。
ただ、この視界の悪さでは、突然目の前に現れるというのは確実である。
いつでも攻撃を繰り出せるように、キステトは操縦桿を強く握り締めた。
「……全員気を付けろよ。この砂嵐だ。魔族機が突然目の前に現れる事も想定しておけ」
各コクピット内へと届くその言葉に、ミミクとレオンは気を引き締める。
それは、自然と操縦桿を握る手に力を加えた。
しかし、そこでふと、ミミクが思い出す。
「……そういえば、ウイゼルはどうしたのでしょうか? 出発地点の周囲にHRWWが見えませんでしたけど?」
そう。この場にウイゼル機の姿は無い。
固まって行動しているのは、キステト機、ミミク機、レオン機の3機のみである。
最初は共に行動するつもりではいた。その場に居れば。
けれど、ウイゼル機の姿は3機と共に無かったのである。
まぁ、居たとしても、キステトとしてはエダルが考えていたのと同じように、盾代わりとしてしか使うつもりはなかったのだが。
そう考えてはいても、居ないのなら別に良い。
キステトにとって、居ても居なくても気にしないのである。
「そうだな。……通信が届く範囲には居ないようだ」
とりあえずといった感じで、キステトはウイゼル機へと通信を飛ばすが反応は無く、届く範囲には居ないのだろうと判断した。
「そもそも、この第3戦に参加しているのでしょうか?」
レオンの問いに、キステトは開始前の事を思い出す。
「いや、参加はしていると思う。ココに向けて出発した時、ウイゼル機を載せたトレーラーも居たのだから。……ただ、開始地点に居なかったという事は、どこか別の場所から動き出したのではないか?」
「……それ、問題は無いのですか?」
「そうだな、ルール上の問題は無い。そもそも、開始地点はこれより先に展開してはいけないという起点であり、その後方に陣取るのは問題にはならないのだ。……ただ、何の連絡も無しにそういう行いをしたというのは、確実に不和を招く。もしウイゼルが、第3戦を生きて戻る事が出来るようであれば、教育が必要ではあるな」
「なるほど」
レオンがそうですかと頷く。
教育が必要という辺りで、特に何も感じていないのは、パラダイスで住まう者にとっては別段いつもの事なのだろう。
「まぁ、元々当てにはしていないし、居ても邪魔になるかもしれん。それに考えようによっては、こことは別に予備戦力が居るという魔族側にとっては牽制と受け止めて貰えるかもな。……これで後ろや側面を警戒してくれれば儲けモノだが……そう考えている通りに進む訳がないか」
そう自己完結するキステト。
それは、ミミクとレオンも同様だ。
この場に居ないのなら、居ないものとして行動すると頭の中からウイゼルの事を切り捨てる。
こうして話しながらも、3人は周囲の警戒を怠っていない。
口は動かすが、手は操縦桿から放さないし、目はモニターから片時も逸らしていなかった。
いつ何時、目の前に魔族機が現れても対応出来るようにと。
そして3人が見ているモニターの映像に、変化が訪れる。
それは、自然が起こす演出か。
荒れ狂う砂嵐の原動力ともいえる強風が、少しその勢いを弱くする。
その効果は劇的とまではいかないが、砂嵐の勢いが弱まり、モニターに映る視野が拡がる。
先程よりも遠くを見渡せるようになったその時、そこに居た。
富裕機3機と対峙するように、魔族機5機が。
◇
砂嵐が少し治まった瞬間、自分達と対峙するように富裕機3機がそこに居た。
「おやおや~、まさかこんな近くまで接近していたなんて。いや~、砂嵐で視界不良だったとはいえ、お互いここまで近付いていたなんて、驚きだよね!」
ロットが軽い口調でそう言いつつも、操縦桿を握る手は自然と少し力が入る。
富裕機がいつかかって来ても、対処出来るようにと。
ただ、それは杞憂であった。
余りにも突然の遭遇であったためか、どちらも動けずにいたのである。
「どうしますか? ユリイニ様」
ロットの軽口を無視して、ヌルーヴがユリイニへと尋ねる。
その事に、ロットは嫌そうな表情を浮かべるが、今が今なので文句を言ったりはしない。
ヌルーヴの問いかけに、ユリイニはいつものように笑みを浮かべる。
「そうだね。……突然の遭遇に驚きはしたけど、変に気負う必要は無いと思うよ? いつも通りの私達であれば、問題無く対処出来るはずさ。……ロットとファルは左端の機体を、ヌルーヴとウルカは右端の機体を、私は真ん中を担当する」
「了解しました」
ユリイニの言葉を即座に了承して行動に移そうとしたのはファルである。
しかし、そんなファル機の動きを止める者が居た。
ファル機を後方から羽交い締めにして持ち上げ、その動きを制したのだがユリイニから行動を共にするようにと言われたロット機だ。
ただ、そんな風に持ち上げられたファル機の動きは止まらず、脚部分がジタバタしている姿はどこか滑稽だろう。
富裕機側も、突然始まった行動に意表を突かれて動けないようだ。
いや、もしかしたら、富裕機側も作戦を立てているのかもしれない。
まぁ、元々互いの距離もある程度離れており、例え富裕機が動き出したとしても、魔族機側は即座に対応するのだろうが。
「いやいや、ファルはそう簡単に了解しちゃ駄目だってば! ユリイニ様を単機で挑ませる訳にはいかないんだから!」
「うむ。お前と同意見というのは少々苛立つが、ユリイニ様が単機というのは認められませんな。自分が単機で挑みますので、ユリイニ様はウルカと共に動いて下さい」
本当に癪なのだろう。
ヌルーヴが舌打ちでもしそうな表情で、ロットの意見に同意する。
モニター越しにその表情を見たロットは、一体どういう事だと言いたげにメンチを切り、ヌルーヴもそれに応えて眉間に皺を寄せた。
やれやれこんな時でもですかと、ウルカは溜息を吐き、ファルはいい加減離して下さいとロットに打診する。
そんないつも通りの光景を見て、ユリイニは楽しそうに笑った。
「ははは。心配してくれるのは嬉しいけど、私は問題無いよ。……そうだな。そんなに私を単機でいかせるのが心配なら、早々に富裕機を撃墜して助けてくれると嬉しいかな」
「「わかりました!」」
ロットとヌルーヴが即座に返事する。
「行くぞ、ファル! ヌルーヴなんかより早く富裕機を撃墜するぞ!」
「了解しました」
「負けられんぞ、ウルカ! ロットより遅いなど、自分のプライドが許さん!」
「はぁ~。……出来れば巻き込まないで欲しかったな」
ウルカの最後の呟きは誰にも聞こえない程に小さなモノだった。
それでも笑みを浮かべている辺り、ウルカの人の良さが現れているのかもしれない。
そして、その言葉通りに、ロット機、ファル機が、ヌルーヴ機、ウルカ機が目的の富裕機に向けて駆け出す。
その様子を見ていたユリイニは、満足気な笑みを浮かべた。
「皆仲良いなぁ。……良し。私も行くか」
そして、ユリイニ機が悠然と目的の富裕機に向けて動き出す。
◇
圧倒的。そう、圧倒的であった。
もちろん、圧倒していたのは魔族機側である。
元々人数差がある上に、パイロット個人の技量も魔族側が上。
突然の遭遇で、どちらも真正面からぶつかる事になった事も影響しているだろう。
互いの差が明確になったというところか。
ロット機とファル機の2機を相手取ったのは、レオン機である。
レオンのパイロットとしての技量は決して低くない。
今回参加している代表者の中でも、上位にギリギリ食い込むくらいには……要は平均的ではなく有能なのだ。
だが、今回は相手が悪い。
ファルの技量はそれほど高くはないが、ロットの技量は間違いなく上位であり、レオンよりも上であった。
「……くっ! こうもこちらの攻撃が流されるとは」
レオンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
それも仕方ないだろう。
自分よりも劣っているファル機を優先して潰そうとしていたのだが、その度にロット機が庇うように現れ、繰り出した攻撃が流水の如く受け流され、空振ってしまうのだ。
ロットがこうしてレオン機の攻撃を空振らせるのには理由がある。
それは、簡単に言ってしまえば、魔族機の装甲はそこまで厚くないからだ。
といっても、平均よりは……全種族のHRWWの中でも上に位置する装甲はもちろん兼ね備えているのだが、富裕機の装甲よりはかなり落ちる。
そのため、ロットが危惧したのは互いの機体の質量差によって、余計な負傷を機体に与えないためであり、それを回避するためにレオン機の攻撃を受け流していたのだ。
「おっと、危な~い!」
ファル機へと迫っていた攻撃を、ロット機が受け流す。
「すみません、助かりました」
「良いって事よ~! 気にしな~い! 気にしな~い! そろそろ決めるよ~! ブリューナク!」
ロットが機体へと魔力を流す。
それによって、ロット機はその両手に銀色の爪を発現させた。
ファルからの感謝も軽く受け流すロットなのだが、その心情としては、仲間を助けて当然という意識もまた存在している。
また、もちろんその間の、レオン機への攻撃も忘れてはいない。
いくら富裕機の装甲が厚かろうと、ロット機とファル機からの度重なる攻撃によって、持っている盾は至る所が大きく凹み、それは機体自体にも及んでいた。
そして、止めとばかりに機体に装備されている特殊武器「ブリューナク」の発現である。
ロットは、ここら辺が決め所であると察していた。
「いくら2対1とはいえ、こうも簡単にやり込められるとは……。やはり、真正面からぶつかったのが痛いな」
かなり集中してロット機とファル機を相手にしているのであろう。
レオンは大量の汗を掻いており、次第に追い詰められていく。
それは、ミミクも方も同じであった。
ミミクが相手取っているのは、ヌルーヴ機とウルカ機である。
ただ、こちらはレオン機よりもかなり追い詰められていた。
レオン機の方は、まだ技量が高い事もあり、かろうじて攻撃を繰り出す事も出来ていたが、ミミク機は防戦一方である。
「いや! ちょっ! 無理だって!」
ミミクがそう叫びたくなる程に、ヌルーヴ機とウルカ機は攻撃を繰り出し続けている。
機体は既に至る所が凹み、盾もかなり傷付いていた。
寧ろ、よく防いでいると称賛すべきだろう。
主に攻撃を繰り出しているのはヌルーヴ機である。
その攻撃は苛烈であり、息継ぎ等無いとでも言うように、ヌルーヴ機が持つ大剣「カラドボルグ」が縦横斜め、様々な方向から迫ってくるのだ。
また、僅かにあるヌルーヴ機の隙を補うように、ウルカ機が攻撃を入れてくる。
休みない攻撃に、ミミクは次第に追いつけなくなっていき、困惑しだしていく。
「カラドボルグ!」
ヌルーヴがここぞとばかりに魔力を機体へと流し、その魔力が大剣へと流れると、黒い剣身が赤へと変わり、そのカラドボルグによる横薙ぎの一閃によって、ミミク機が持つ盾は真っ二つにされた。
「もう無茶苦茶だよ! こんなの理不尽だ!」
「一気に決めるぞ! ウルカ!」
「分かっていますよ!」
ミミクの叫び等知らないとばかりに、ヌルーヴが止めを刺そうと動き出す。
そして、ヌルーヴ機のカラドボルグの縦一閃によってミミク機を撃墜したのと、ロット機のブリューナクの全ての爪がレオン機へと深々と突き刺さって撃墜したのは、全くの同時であった。
◇
「レオン! ミミク!」
キステトはユリイニ機とぶつかっていたが、そんな事をしている暇など無いとでも言うように、焦ったような声で呼びかける。
「あぁ、大丈夫だ。……命までは取られていない。ただ、機体の方はもう動かない」
「すみません。こちらも同じです。後は任せます」
レオンとミミクから返答があった事に、キステトは内心で安堵する。
どうも、キステトは自分で思っている以上に、レオンとミミクに対して仲間意識を感じているようだ。
その事を自覚すると、少々驚きはしたが、それも直ぐに切り換える。
レオン機とミミク機が撃墜されたという事は、その相手をしていた魔族機も自分の所へと向かって来るのは明白なのだから。
それは……それらは、程なくしてキステト機の前に現れる。
既にユリイニ機は無理に攻め込んでいない。
キステト機の前に立ち、悠然と時が過ぎるのを待っていた。
そして、ユリイニ機の周囲に4機の魔族機が集う。
「「お待たせしました、ユリイニ様」」
ロットとヌルーヴが同時にそう言ったのだが、2人の機体は直ぐに取っ組み合いを始めた。
「「俺(自分)の方が速かったな! ……あぁ!? 俺(自分)の方が速かったろうがよ!」」
ドッタンバッタンと取っ組み合いをしている横をすり抜けて、ファル機とウルカ機がユリイニ機の傍へと向かった。
「お待たせしました。マスター」
「まぁ、何とか全員無事みたいですね」
全員が無事。
その言葉に、ユリイニは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「「あぁ! ずるいぞ! ファル! ウルカ!」」
出し抜かれたとでも思ったのか、ロットとヌルーヴが揃って声を上げる。
そう思うのなら喧嘩しなければ良いのにと、心の中だけでウルカは溜息を吐く。
そんな彼等を纏めるのは、もちろんユリイニである。
「はいはい、そこまで。……相手を待たせるのは失礼だよ」
その言葉を受け、魔族機全機がキステト機へと機体を向ける。
魔族機全機からの圧力を受け、キステトはここまでかと諦めた。
人数差や能力差。どう考えてもここからの逆転は不可能であると思ってしまったために。
「さぁ、いこうか!」
ユリイニの言葉を合図に魔族機全機が動き――。
「あははははははははははははははははっ!」
自らの存在を示すかのような高笑いが辺り一帯に響いた。




