パネラ・ルデカ
人は、誰しもコミュニケーションが得意という訳ではない。
それが性格であったり、環境の影響を受けたりと、様々な理由はあるが、人と相対した時に、いつでも上手く話せるという訳ではないのだ。
パネラ・ルデカは、元々口下手とでも言えば良いのか、自分が思っている事を上手く口に出す事が出来ない幼少期を過ごす。
「……あ、あの。……え、えっと」
「パネラ君って、変な喋り方するね」
パネラが幼い時に出会った、同い年の少女に言われた言葉。
それが決定的だったのかもしれない。
幼い心に刻まれた言葉。
それを言った少女は、嘲笑とか特に意味を含んだものではなく、思った事を言っただけなのだが、それを言われたパネラにとってみれば、今後を決めた一言であったかもしれない。
しかし、両親や周りの大人達は、パネラがまだ幼いという事もあり、その内きちんと話せるようになるだろうと思っていたのだが、それが解消される事はなかった。
というよりも、パネラの口下手は、ますます加速していく。
それは、自らを内へ内へと進めていく事になり、パネラは人と接する事自体が怖くなっていった。
誰とも何も喋らなくなっていき、それは両親も例外ではない。
そんなパネラに対して、両親も心配故に積極的に声をかけたり、優しく受け止めて接していくのであった。
しかし、パネラは既に自分以外、両親も含めて周囲の人達の事を信じられなくなっていたのである。
両親の優しい言葉すら、どう受け止めれば良いのか分からず、跳ねのけてしまう。
そうなったパネラが最初に心を許したのが、動物達であった。
言葉がなくても接する事が出来る事。
口下手であっても笑わず、優しい瞳を向けてくる存在。
パネラの心は、人ではなく動物を信じるようになり、自分の友は彼等しか居ないという考えに固まっていった。
この頃から、人と共に生きるのではなく、動物達だけと接して生きていきたいと思うようになっていく。
◇
「……俺……戦争に参加するから」
動物と接していく内に、どうにか少しだけ喋れるようになったパネラが、自宅のリビングで両親にそう告げ、そそくさとその場を去って行く。
もうこれ以上は、他に言うべき事は無いとでもいうように。
以外かもしれないが、パネラが種族間戦争に参加したのは、自らの意志である。
両親はなんとなくではあるが、そうなるのではないのかと思っていたため、追求はしない。
パネラの部屋に、種族間戦争代表者の応募チラシがあったり、パイロット用のパンフレットまであったのを見つけていたからだ。
もちろん、両親としては参加して欲しくないという思いは持っている。
種族間戦争に参加するという事は、死ぬかもしれない覚悟を持たなければならないからだ。
自分達の子供が、もうこの場に帰って来ないかもしれないという覚悟も。
けれど、両親は最終的に反対しようとは思わなかったのである。
最初は葛藤したが、今では心の中で応援……とまではいかないが、どうか無事に帰って来て欲しいと願っていた。
勝てなくても良い。
……どうか無事に帰って来て欲しいと。
◇
パネラが種族間戦争へと参加を決めた理由。
それは、単純に言ってしまえば「金」である。
未だ、人と接する事を苦手としているパネラは、動物達だけと暮らしている自分だけの世界を欲したのだ。
そのために、手っ取り早く……というよりも、他に手段が思い付かなったというだけである。
パネラが金を稼ごうとした場合、どうしてもネックになるのは人と接していかなければならないという部分だ。
それも求める額が大きくなればなる程、その時間は長くなっていく。
それが耐えられる程、パネラの精神力は強くはなかった。
だからこそ、種族間戦争の参加に望みを見出したのだ。
種族間戦争参加者には、女王から恩賞が与えられる。
参加者――特に直接戦う事になる代表者には、多大な恩賞が与えられた。
それこそ、望むがままに。
もちろん、代表者の家族にも少なからずその恩恵を受ける事になるのだが、それはまた別の話。
しかし、そういった部分も、生きて帰れればだ。
何を望もうとも、生きて帰る事が出来なければ得る事は出来ない。
パネラも、もちろんその事は理解している。
それでもパネラはこの道を選んだ。
その決意の中には、このまま人と接して生きていけるとは思えないという考えも含まれていたのかもしれない。
死んだら死んだで、この人と関わる世界から解放されるとすら思っていた。
ただ、望みが叶うのなら、心を許した動物達のために何かしたいと思っただけなのである。
◇
そして、パネラは出会った。
こんな自分でも、優しく関わってくれる他人に。
その時、パネラの心の中は恐怖で一杯だった。
やはり、こんな所に来るべきじゃなかったのかもしれないと思う程である。
第1戦が終わった直後のパネラは、そんな心境で心を閉ざしていた。
「……来ないで……来ないで……金色怖い……」
富裕代表者達にやられた事で、人への恐怖を更に増していたのだ。
震える体を止めようともせず、自らの内へと籠っていく。
それは、仲間である他のエルフ代表者達すらも、意識の中から除外するかのように。
不意に、そんなパネラの頭を撫でる者が現れた。
「はいはい、パネラ、彼等は仲間なんだから怯えちゃいけないよ。そう身構えなくても危害を加えられないからさ」
パネラと同じく、エルフ代表者であるアッティ・トレディである。
自分の頭を撫でる手を跳ねのける事は簡単だった。
けれど、パネラはそうしなかったのである。
撫でられるまま。
その手に、心地良さというか、優しさを感じたからであった。
アッティから感じる優しさが、心の中に溶けていく。
こうして周囲の人達すらも敵だと思い、動物達と戯れるだけが救いである自分に対して、優しさを感じさせてくれるアッティは、どこか特別に思えた。
彼の事をもっと知りたい。
もっと仲良くなりたい。
拒絶されるかもしれないという恐怖はあるが、それを心の奥に押し込んで、パネラはそう思う。
そういった思いから、パネラはアッティにだけ心を少しずつ開いていった。
自分が癒される動物達との戯れも、アッティは一緒に参加してくれる。
それも嫌そうにではなく、自分と同じように気が休まっているようだ。
そんなアッティの姿を見ていると、パネラは自分も嬉しくなっていくのを感じ、自然と笑みが浮かんでいた。
しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎるという言葉がある。
パネラにとっては、正にそう感じたのかもしれない。
第2戦を休ませて貰ったパネラは、いつも以上に気を張って第3戦に参加していた。
周囲の人達には気付かれないかもしれないが、パネラ本人としては、いつもよりほんの少しだけ前を向いていたのである。
対戦相手である獣人機を、何とか撃墜しようと頑張ったのだ。
けれど、現実は無常である。
他のエルフ機同様、迫り来る獣人機1機に集中しすぎたのであった。
自機と共に居るアッティ機の後ろから、狙っているのとは別の獣人機が来た事に対して反応が遅れてしまう。
「っ!」
気付いた時には遅かった。
ここまで近付かれては、どうにも取れる対処が思い付かない。
パネラは、コクピット内で固まってしまい、ただ目を見開いて固まってしまう。
「ひぇっ!」
けれど、共に居たアッティは違った。
「よけろ! パネラ!」
アッティ機がパネラ機を庇うように、覆いかぶさろうとしてきたのだ。
それをモニター越しに見ていたパネラは思う。
(違う!)
このままだと獣人機の攻撃は、機体諸共そのパイロットを殺してしまうだろう。
それは、覆い被さってくるアッティ機と、庇われるパネラ機では、生き残るかもしれない確率は大きく違うのは間違いない。
だからこそ、パネラは考えるよりも先に体が動いた。
アッティ機を逆に押し返して、自機を覆い被らせたのである。
「何やってんだよ! パネラ!」
突然の行動に、アッティから通信が入る。
けれど、その時パネラは笑みを浮かべていた。
「こ、これで良いんで」
す――。
最後の言葉をきちんと伝える事は出来ず、もしかしたら、そこはパネラにとって心残りになるかもしれないが、自分が取った行動には満足していた。
自分にとって、最初で最後の友を守れたのだ。
それだけで、充分だった。
もし他に心残りがあるとするならば、自分をここまで育ててくれた両親に、少しだけ前を向く事が出来た自分の姿を見せたかった事ぐらい……。
しかし、それを叶える事はもう出来ない。
パネラ・ルデカの命は、ここで尽きた。




