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しゅぞくまわる  作者: ナハァト
種族間戦争編
44/76

第3戦 獣人対エルフ 2

「ふぅ~~~……ふぅ~~~……」


 ロカートが浅く長く呼吸を繰り返し、心の中に少しでも波を立たせないように落ち着かせていく。

 両手は操縦桿を握り、いつでも「天鹿児弓あまのかごゆみ」を撃てるように指がトリガーへとかけられていた。

 そして、ロカートが見ているモニターには、獣人機4機が映し出されている。

 「天鹿児弓」に付けられているスコープから見える映像で、既製品に付けられているスコープでは不可能な程高い倍率を誇り、獣人機の細かな動きまで鮮明に見られる程だった。

 ロカートが、こうして獣人機をモニター内に捉える事が出来たのは、仲間の協力があったからこそである。

 ムライスが最初に獣人機を発見した。

 その報は瞬く間にエルフ代表者達へと駆け廻り、今や全員が獣人機をモニター内へと捉えている。

 幸先が良いとでも言えば良いのか、獣人機側は未だどのエルフ機も捉えていない。

 それはつまり、エルフ代表者側はいつでも先制が取れるという事だ。

 だからこそ、最初の1発は最も威力が高い「天鹿児弓」が行う。

 元々1発しか撃てないというのもあるが、その1発で最大限の効果を得ようとするため、ロカートは集中力を高め、いずれ訪れるであろう獣人機4機の隙を窺っていた。


 そして、その瞬間が訪れる。


 ロカートが見ているモニター内で、先頭に立つ獣人機と、後方に居た獣人機が重なったのだ。

 「天鹿児弓」の威力なら、先頭の獣人機を貫通して、そのまま後方の獣人機諸共撃墜する事が出来るとロカートは考える。

 それに、様子を窺うままというのも問題だ。

 時間をかければかける程、エルフ機が発見される可能性が上がっていく。それはそのままエルフ機の危機を招く事になる。

 今なら、2機まとめて撃墜する事が出来るのだ。

 5機対2機なら、例え獣人側にエースが残ろうとも、数の優位を崩す事は難しいだろう。

 そこまでの事を一瞬で考えたロカートは、それが自然な流れかのようにトリガーを引いた。

 その瞬間、ロカートが持つ魔力は根こそぎ吸い取られ、その魔力が「天鹿児弓」へと流れる。

 膨大な魔力を受け取った「天鹿児弓」の銃口に幾何学模様の大きな魔法陣が1つ展開され、そこから魔力で出来た弾丸が射撃音と共に飛び出す。

 そしてその弾丸は、一直線に飛んでいき、獣人機へと襲いかかった。


     ◇


 ナラスは、今見ているモニター内の映像が理解出来なかった。

 モニターに映し出されているのは、既に残骸と呼べるモノ。

 爆発を起こし、既にそこに命がある者は居なくなった獣人機が横たわっているだけだった。


「……イルムン。……返事をしろ。……イルムン」


 懇願するように言うナラスの言葉に、答える者は居ない。

 その表情は、どこか虚ろなモノに見える。


「ナラス! しっかりしろ! ナラス!」

「……イルムン」


 自機を動かし、ナラス機を揺らしながらセーフが通信を飛ばす。

 それでも、ナラスは現実へと帰ってこず、イルムンの名を呼ぶだけだった。

 だが、状況はこの場に留まる事を許してくれない。

 いち早く反応したのは、テリアテスである。

 この場において、イルムンの死とナラスの状態に対して特に何も思っていなかった故に察する事が出来たのは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。

 突然動き出したテリアテス機は、ナラス機とセーフ機を突き飛ばし、2機はそのまま地面へと倒れ込む。


「……」

「何をっ!」


 ナラスは何も答えないが、セーフが驚きの声を上げる。

 自機を起こしたセーフがテリアテスへと詰め寄る前に、2機が居た場所を4つの弾丸が通過し、その訪れを知らせるように4つの重なった射撃音が響いた。


「即座に狙ってきたか! ……助かったよ、テリアテス」

「それは別に良い。気にするな」


 セーフが感謝の言葉を述べるが、テリアテスは素っ気なく返答する。

 それは、テリアテスが別の事を考えていたからだ。


(……最初の1発よりも、後の4発は射撃音が聞こえるまでの時間が短かった。……つまり、先程の4発を撃ったエルフ機は、こちらとより近くに居るという事か)


 周囲を警戒しながら、テリアテスは思考を続ける。

 ちらりと視線を向ける先には、未だ現実へと戻ってきていないナラス機と、そんなナラス機の傍を離れないセーフ機。

 しかし、テリアテスがそちらへと視線を向けたのは、ほんの一瞬で、即座に当てには出来ないと周囲の警戒へと目を向けるのであった。


(それにしても、最初の1発は脅威としか言えないレベルだったな。イルムン機を1発で沈めた威力や弾速は驚きだが、ナラス機が間に居ても結果は変わらなかったと思われる。……セーフが反応したのは奇跡と言っても良いだろう。エルフ側がそのような武器を使用していた事には驚いたが、最初の1発以外撃ってこないところを踏まえると、そう簡単に次弾が撃てないと考えて良いかもしれない。……まぁ、油断は出来ないが)


 そしてテリアテスは、残りの4発の事も考えるが、そちらに関してはさほど脅威ではないという事と、せいぜい弾道から各エルフ機が居るであろう場所を推測するくらいにしか役に立たないと、切って捨てる。

 それに、その場に留まってこちらを狙い続ける程、エルフ側も馬鹿ではないとも思っていた。


「……さて、これからどうするか」


 テリアテスがぼそっと呟いた言葉に反応する者が居た。

 ナラスである。

 といっても、実際にナラスがテリアテスの言葉に反応した訳ではなく、ギギギという音を発しながら、ナラス機が上体を起こしただけだったのだが、傍から見ている者からすれば、反応したと思っただろう。

 ナラス機は、そのまま立ち上がった。


「………………だ」


 コクピット内でナラスが何やら呟いている。

 その声を通信で拾ったセーフとテリアテスは、よく聞こえなかったために不思議そうな表情を浮かべた。


「……ナラス? どうしたのだ?」

「何を言っている?」


 セーフとテリアテスの問いに、ナラスは答えない。

 それどころか、ナラス機に魔力が流れてスキルを発動し、機体全体の至る所から赤い光が漏れる。

 ナラス機の突然の行動に、セーフが驚きの声を上げる。


「急に何をしている! ナラス!」

「……何をしている? だと。そんなもの……決まっているだろう、セーフ」

「イルムンの仇を取るつもりか? この状況で? ……死ぬつもりか! そんな事許さないぞ! ナラス!」


 セーフが珍しく激昂する。

 それでも、ナラスの意志は変えられないのか、ナラス機はゆっくりと弾丸が飛んできた方向へと歩み出す。

 セーフ機が行く手を遮ろうと飛び出すのだが、ナラス機は邪魔をするなというように、押しのけた。


「……確かに、イルムンは誰の目から見ても人格者とは言えないだろう」


 ナラスの突然の言葉に、セーフもテリアテスも何も言えない。

 全くもって、その通りだとでも思ったのだろう。


「……だがな。……そう、それでも、私はイルムンの叔父なのだ。血縁者なのだ! その仇を討たずしてどうする!」


 鬼気迫るとでも言えば良いのか、ナラスの気迫溢れる言葉に、セーフとテリアテスは何と言葉をかければ良いか分からなかった。

 そして、ナラス機が一気に飛び出す。


「エルフ共が! 獣人の怒りを思い知るが良い!」

「ナラス!」


 駆け出したナラス機の後をセーフが追おうとするが、その動きはテリアテス機に肩部分を掴まれて止められてしまう。


「何故止める! テリアテス! このままナラスを単独で行かせる訳にはいかないだろう!」

「まぁそう焦るな、セーフ・ムナン。いつもの余裕が無くなっているぞ」

「当たり前だ! もうこれ以上、友を失う訳にはいかない!」

「……焦るなと言ったぞ、セーフ・ムナン。……今、お前は状況が見えていない。少し考えれば分かる事。……これはある意味好機だ。俺達、獣人が勝利を得るためのな」


 テリアテスの言葉にセーフは訝しげな雰囲気を纏うが、言われた通り、落ち着くために1度大きく深呼吸をして、荒れた心を静めて少し考える。

 ほんの少し考えたセーフは、いつものように笑う。


「うささささ。なるほどな。テリアテスが言いたい事は分かった。ナラスを囮に使うようなモノだが、今のナラスを止める事は出来ないだろうし、致し方なしか。しかし、ナラスが危険であると判断すれば、私は即座に助けに向かうぞ?」

「あぁ。その時は、こちらの事は任せてくれ」


 そして、セーフ機とテリアテス機もまた、この場から移動を開始する。


     ◇


 空に射撃音が響く。それも何度も。

 それでも、トリガーを引いた者は苦々しい表情を浮かべていた。


「くそ! くそ! くそ! どうして無事なんだ! 当たっているのに!」


 ムライスが苛立たしげな声を上げる。


「落ち着くのじゃ、ムライス」


 苛立つムライスへと声をかけたのはオブイである。

 ムライス機とオブイ機は、何度か場所を変えながらも、今は同じ高台の上に陣取って並び、共にライフルを構えていた。

 そして、再びムライス機のライフルから弾丸が飛び出し、射撃音が響く。

 飛び出した弾丸は、標的に向けて一直線に飛んでいった。

 そのまま命中するかと思われたが、弾丸は標的をすり抜けて後方の地面に着弾する。


「どうして! 当たったはずなのに!」

「だから、一旦落ち着くのじゃ、ムライス!」


 オブイ機がその言葉と同時に、ムライス機へとぶつかる。

 無理矢理意識を変えようと、オブイが起こした行動だ。

 ガツンという衝撃がコクピット内まで響き、そこでムライスはようやく意識をオブイへと向けた。


「急に何ですか、オブイさん」

「ようやくこちらを向いたか。……全く、少々落ち着け。よく見れば分かるじゃろう? 標的の獣人機の至る所が赤く発光しておる事に。……ワシらの弾丸をすり抜けておる原因は、獣人機のスキルという事じゃ。角度の違うアッティ達の方の弾丸もすり抜けておるようじゃし、特定ではなく全方位に作用するスキルのようじゃの。……全く厄介な」


 オブイの行動と言葉を受けて、少し落ち着いたムライスは改めて標的の姿を確認する。

 ムライスがモニターへと視線を向けると、アッティ機かパネラ機、両機から発射された弾丸が標的をすり抜けている場面であった。

 2つの弾丸が飛び出した角度や方向が全く一緒である事から、アッティ機とパネラ機もまた、高台の上で2機揃って居る事が分かる。

 そして、オブイの言葉通りに、獣人機の至る所が赤く発光している事に今更ながら気付く。


「……すみませんでした。少し意固地になっていたみたいです。……確かに、何らかのスキルであるというので間違いないみたいですね」

「うむ。スキルが発現するまで、何のスキルを搭載しているか調べようがないというのが辛いの。見た感じで言えば、こちらの認識をずらす類のモノだとは思うのじゃが……」

「認識をずらす? ……幻術とか、そんな感じですか?」

「初見で判断すればの。……ただ、そうなれば本体が近くに居るはずなのじゃが、その姿が見えんというのは問題じゃの。……幻術の類では無いという事か」


 オブイが標的の周囲をモニター内に映すが、その言葉通りを証明するように、辺りにはそれらしいモノは一切映らなかった。

 だが、歴戦というか、今までの経験則で語ったオブイの推測は的を射ている。

 エルフ代表者達が狙っている標的――ナラス機が発現しているスキルは「幻影機動ミラージュアクセル」と呼ばれているモノだ。

 これは、その名が示すように、幻影を生み出すというスキルである。

 このスキルが搭載されている獣人機には効かないのだが、他の者には幻影を見せ、本体である獣人機の姿を隠すというシロモノであった。

 ただ、やはりというべきか、問題点は当然のようにある。

 この「幻影機動」は、本当に幻影を見せるだけなのであった。

 造り出した幻影に物理的な効力は一切無いし、本体から近い距離でしか発現出来ない。

 姿を隠せる本体も見えなくなっているだけで、普通に存在している。

 存在しているという事は、動けば音を出すし、足跡だって残るのだ。

 そういう事に敏感な者であれば、幻影に近い場所を探れば、容易に居る場所が察せられるだろう。

 しかし、この対エルフに関しては、それもマイナスにはならなかった。

 遠距離故に、スコープ映像越しでしかその場を確認出来ないのだ。

 視界が狭まると言って良いだろう。

 いくら敏感な者が居ようとも、これほど離れた距離から察しろというのは無理な相談である。

 「幻影機動」の術中に、エルフ代表者達は見事嵌まっているという事だ。


 そして、エルフ代表者達は、少々時間をかけ過ぎてしまった。

 射撃後に移動する事を怠ってしまう。

 一ヶ所で撃ち過ぎてしまったのだ。

 いや、もしかしたら、前回の魔族戦で回避し続けられた光景を払拭したかったのかもしれない。

 けれどその結果、気付くのが遅れてしまう。

 ムライス機とオブイ機の後方に、テリアテス機が。

 アッティ機とパネラ機の後方に、セーフ機が。

 それぞれ姿を現した。


     ◇


 テリアテス機とセーフ機は既に戦闘態勢へと移行している。

 そして、タイミングを計った訳でもないのに、2機は目の前に居るエルフ機に向けて同じタイミングで飛び出した。


「フロッティ!」


 テリアテスが機体に魔力を流す。

 それに反応して、テリアテス機の両手足から、白光する刃が半円を描くように飛び出した。

 テリアテス機にのみ搭載されている武装である。

 セーフ機には、このような特殊な武装は搭載されていないため、獣人機の標準武装である3本の爪が両手に装着されていた。

 エルフ機側も、突然現れたテリアテス機とセーフ機に対して、それぞれ咄嗟に反応しようとするが、そんな時間を得られる程、獣人機の運動性は低くない。

 電光石火。

 まさにそう形容出来る程、テリアテス機とセーフ機の行動は速かった。

 瞬く間に距離を詰め、テリアテス機はフロッティを、セーフ機は爪を振り下ろす。

 エルフ機が出来る範囲で許された行動は、狙われている方を庇う動作だけであった。

 テリアテス機に狙われたムライス機をオブイ機が庇い、セーフ機に狙われたパネラ機をアッティ機が庇う。


「うわわっ!」

「いかん! ムライス!」

「ひぇっ!」

「よけろ! パネラ!」


 突然の出来事に、ムライスは怯えて動けなくなる。

 動きが固まったムライス機を覆うようにして、オブイ機がおぶさる。

 そして、ムライス機を隠すオブイ機毎、テリアテス機のフロッティが貫いた。

 その刃は、テリアテス機のコクピット部分を貫き、ムライス機にまで届く。

 ムライスとオブイは、その衝撃で意識を失ったのか、両機はそのまま沈黙した。

 驚きの行動に出たのは、アッティ機とパネラ機の方だ。

 アッティ機がパネラ機に覆いかぶさろうとした瞬間、逆にパネラ機がアッティ機を押して覆いかぶさる。


「何やってんだよ! パネラ!」

「こ、これで良いんで」


 パネラの言葉はそこで止まる。

 セーフ機の爪がパネラ機のコクピット部分に差し込まれていたからだ。


「パネラ! パネラ!」


 アッティが叫ぶ。

 機体自体は上にパネラ機が乗っかっているため、満足に動く事も出来ない。

 その隙をついて、セーフ機の追撃が行われる。

 横合いからフックのようにして、爪がアッティ機へと突き刺さった。

 当たり所が悪かったのか、アッティ機はそれで沈黙してしまう。


「……状況終了。そちらはどうだ? セーフ」

「うささささ。問題無く終わったわ」


 テリアテスからの通信に、セーフは軽快に答える。

 ただ、内心ではこいつよく喋るようになったなと思っていたのは、さすがに言葉にしなかった。


     ◇


 その様子をスコープのモニターで見ていたロカートは、深く息を吐いた。

 未だ、自機を動かせる程に魔力は回復していないし、当分かかりそうだという事、そして、動かせるまでに魔力が回復する前に獣人機は自分を見つけるだろうという事を理解しているからだ。

 それはつまり、ここから動く事は出来ず、ただただやられるのを待つだけという事。

 スコープのモニターには、自分の居る場所に向けて進んで来る獣人機が映し出されている。

 それは、先程までエルフ機4機の銃弾をすり抜け続けていた獣人機。

 モニター越しで距離すらまだ離れているのに、その姿から殺意を感じたロカートは、少しだけ考えた後、結論を出した。


「……降参だ。負けを宣言する」


 ロカートが敗北を宣言する。

 それは、他の4機が既に行動不能である以上、エルフ側の負けを宣言したという事だ。

 「天鹿児弓」という兵器まで持ち出したのに、結果は負け。

 死亡した者までいる。

 その上で、敗北を宣言したロカートは、苦虫を噛みしめたような表情を浮かべ、操縦桿を上から叩く。

 自分の不甲斐なさを叩き潰すように。


「……う、うぅん。………………オブイさん? ……え? あれ? ……オブイさん? 返事して下さいよ」


 意識を取り戻したムライスの声が、ロカート機のコクピット内に届く。

 そんなムライスの声に、オブイからの返事は無い。


「……ど、どうして何も言ってくれないんですか……オブイさん」


 ムライスの声が震え出し、途中から涙声へと変わる。

 それが耳に届いたロカートは、操縦桿に叩きつけた手を強く固く握り締めるのであった。


 こうして、第3戦獣人対エルフは、獣人の勝利で終わった。

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