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しゅぞくまわる  作者: ナハァト
種族間戦争編
43/76

イルムン・ワナイ

 獣人種族が住まう大陸・グラスランド。

 そこで最大の国家を問われれば、この大陸に住まう者は誰しもが「ワナイ王国」と答える。

 そして、そのワナイ王国を統治する王である「イナタフ・ワナイ」が、イルムン・ワナイの父親だ。

 イナタフは偉大な王であり、良王としても名が通っている。

 種族はイルムンと同じく狼で、歳相応の貫録があった。

 国民の事を考え、人を使うのが上手い。

 戦いに向いている才能は無いが、政治力はある人物である。

 そんなイナタフが最近頭を抱えている事案が、イルムンの事であった。

 何を思ったのか、自分の事を選ばれた者という特別意識に思考が支配され、他人へと辛辣な言葉を吐くようになったのである。

 しかも、女王を打倒して、世界を支配すると言うようになってしまったのだ。

 自らの背中を見て育ったはずなのに、どうしてこうなってしまったのか分からない。

 イナタフがそう思うのには理由がある。

 イルムン・ワナイには出来過ぎた弟が居るのだ。

 弟の名は「クラブリ・ワナイ」。

 豹の獣人で、それはイナタフの妻であり、イルムンとクラブリの母親でもある「リル・ワナイ」の血を色濃く受け継いだ結果である。

 年齢は12歳で、幼さ故の可愛らしい豹顔の少年だ。

 父親でイナタフ同様戦いに向いた才能は無かったが、それを補う……いや、それ以上に聡明であった。

 その上、物腰も柔らかく、臣下達からの人気も高い。

 イルムン同様、自分の背中を見て育ったのは間違いないのだが、何故兄弟でこうまで違うのか、それが最近の悩みである。


 王族のみが使う事を許されているプライベートルーム。

 新緑をふんだんに取り入れ、獣人種族にとって過ごしやすい環境が整えられている。

 そんな部屋の中央に設えられている、白を基調としたテーブルの上にはクッキー等のお菓子類と紅茶が置かれ、それを囲むようにして2人の獣人が椅子に座っていた。

 イナタフとイルムンの親子である。


「……イルムン」


 イナタフが息子の名前を呼ぶ。

 それに反応するのは、息子であるイルムンだ。

 ただ、その表情は憎い者でも見るかのようにイナタフを睨み、ピリピリとした空気が流れる。

 2人の前に置かれている紅茶からは、そんな空気なんか知らないとばかりに湯気が立ち昇り、さっさと口をつけろと催促しているように見えた。


「……こんな所に呼び出して、一体何の用ですか? 俺も色々と忙しいのですが」

「その忙しいのが問題なのだ。……イルムン。お前が種族間戦争に参加しようとしているのは本当なのか?」

「参加しようとしているのではありません。それは、既に参加決定となりました」


 イルムンの言葉に、イナタフは激昂する。


「お前は! それがどういう事なのか分かっているのか!」

「もちろん分かっていますよ、父上」

「いいや、分かっていない! 種族間戦争はお遊びじゃないだ! 死ぬ事だってありえるのだぞ! お前は私の後を継いで、次期国王となる身だという事を理解しているのか!」


 次期国王。

 その言葉がイナタフの口から出た瞬間、イルムンはテーブルを、バンッ! と叩いて席を立ち上がった。


「俺が何も知らないとでも思っているのですか、父上! 誰も俺が次期国王になる事なんて望んではいない! 世界を統べる王となるべき俺を!」


 イルムンの激情に、イナタフも席を立ち上がって答える。


「お前はまだそんな事を言っているのか! 今、この世界が存続出来ているのは原初の女王様、そして7人の女王様のおかげだというのに、お前はその恩を仇で返すつもりか!」

「そのような古い考えに囚われている者が多いから、世界はこれ以上発展しないという事をどうして分からないのですか!」

「イルムン! お前は女王様達に対して、そのような考えを持っているのか!」

「えぇ、そうですよ、父上! 女王達の恩恵を受ける時代はもう終わらせなければならないのです。女王達はこの世界にとって異物でしかない。元からこの世界で生きてきた私達の手に返さなければならないのです」


 イルムンの言葉を受けて、イナタフは頭を抱える。

 まさか、そんな事を思っているとは考えていなかったからだ。

 確かに、原初の女王はこの世界で生きてきた者ではない。

 だが、その原初の女王のおかげで、この世界は滅びずに済んだ事に間違いはないのだ。

 言ってしまえば、返しきれない大きな恩がある。

 原初の女王がこの世界に降臨したからこそ、今という時があるという事に感謝の念を感じるならまだしも、それを裏切るなど考えるだけでもおこがましいとイナタフは考えていた。

 そんな風に考えているイナタフだからこそ、息子であるイルムンの言葉には落胆を禁じえない。


「……それが、どうして種族間戦争の参加に繋がるのだ」

「決まっています。己が力を証明するためです」

「……証明してどうする?」

「俺の味方を増やし、世界を統べる足掛かりとして、この国を正式に貰い受けるためですよ、父上」

「……何を言っている。お前は次期国王だろう」


 再び出た「次期国王」の言葉に、イルムンの目はすっと細められた。


「……馬鹿にするのもいい加減にして頂きたいですね。……城の者達は次期国王には弟の『クラブリ』をと、父上に進言しているのも知っているのですよ」


 その発言に、イナタフは驚きで目を見開く。

 イルムンの発言はどこも間違ってはいなかった。

 臣下達からは、クラブリを次期国王として推薦する声が上がっており、実際にこの国の宰相からも進言されていたのである。

 イルムン様では国を滅ぼす事になる――と。

 これに対し、イルムンの耳に届かないように、イナタフは直ぐにこの話はもう2度としないようにと厳命した。

 それでも、人の口に戸は立てられないとでも言えば良いのか、イルムンの知るところとなってしまったのだ。

 先程の女王達に対しての発言も含め、イナタフは次の言葉が出てこない。

 イルムンに対して、どう言えば良いのか分からなかったのだ。


 イナタフは自分の息子を信じていたのである。

 確かに宰相からもクラブリを次期国王にと進言されたが、イナタフはそれに返事を返してはいない。

 イルムンに問題行動が多い事は知っている。

 だが、いつか次期国王として正しい道に進んでくれると信じていたのである。

 しかし、イルムンの発言を受けて、もう既に遅かったのではないかと感じてしまった。

 イナタフの心中はショックと落胆が占め、まだどうにか出来ないかと希望を探していたのである。

 だからこそ、言葉を発する事が出来なかった。


 けれど、そんなイナタフの姿を見ていたイルムンは、穿った受け取り方をしてしまう。

 何も言わないという事は、肯定したと受け取ったのだ。

 既に、自分の父親は次期国王に弟を推していると。

 見捨てられたとすら感じ、イルムンは自らの力だけでのし上がっていく事を決意する。


 自分には、誰も味方は居ない……と、イルムンの目から光が消えた。


「……話はこれで終わりです、父上」


 それだけ告げて、イルムンは足早にこの部屋を出て行こうとする。


「なっ! ま、待て! イルムン!」

「……最早、お互いに語るべき言葉は無いようですね」


 イナタフが何かを捕まえるように手を伸ばすが、イルムンは知ってか知らずか、それに反応する事は無く、そのまま部屋から出て行った。

 それを見届け、イナタフの上げた手が力を失ったかのように落ちる。


「……イルムン」


 イナタフの悲痛な呟きだけが部屋に響く。


     ◇


 王族のプライベートルームから出たイルムンは、大股で廊下を歩き、先程の父親とのやり取りを思い出して憤っていた。

 イルムンの心情としては、何故自分の言っている事を分かってくれないのかと、女王達に支配されているという事がどうして理解出来ないのかと、父親への失望を感じていたからである。

 自分の言った事は決して間違ってはいないと思っていた。

 誰も自分を信じてくれない。


(……それなら、それで良い)


 イルムンはそう結論付ける。

 なら、後は自分で自分の正当性を証明するだけだと、心の中で決意した。

 そうして廊下を歩いていると、ふと目に付く人物が曲がり角から現れる。

 イルムンの弟である、クラブリであった。

 クラブリは、イルムンの姿を視界に捉えると、柔和な笑みを浮かべる。


「お兄様!」


 嬉しそうに、小走りでイルムンの下へと向かい出す。

 そんな姿が、余計にイルムンの心を刺激する。

 周囲で言われている評判は思い出すからだ。

 出来の悪い兄と出来の良い弟。

 実際、出来という部分に置いて、イルムンはクラブリと差がある事自体は理解している。

 だが、だからといって、それだけで人の上に立てるかどうかと問われれば、イエスと即答は出来ない。

 クラブリは優し過ぎるのだ。

 いくら能力値は高かろうが、人の上に立つ資質は無いとイルムンは思っていた。


「……何か用か? クラブリ」


 ただ、そう思ってはいても、自分の弟の方が、出来が良いと思われているのは面白くないのか、イルムンの口調は少々冷たさを伴っている。

 それでも、声をかけられて嬉しかったのか、クラブリの表情は嬉しそうにしていたのだが、その表情は次第に不安そうなモノへと変わっていった。


「……お聞きしたのですが、種族間戦争に参加するというのは本当なのでしょうか?」

「本当だ。……それが何だ? お前には関係無い事だろう」

「そんな事はありません! ……私はただ、お兄様が心配なのです。今更、お兄様の意志を変える事は出来ない事は重々承知しております。ですが、どうか無茶な事はせず、無事にお戻りになれるよう、お願いしたいのです」

「……いらぬ心配だな。……それに、俺が戻ってこない方が、お前にとっても良い展開じゃないのか?」

「そんな事は!」


 続きの言葉を聞きもせず、イルムンは冷めた目でクラブリを一瞬見た後、そのままこの場を後にした。

 これ以上話す事はないと。

 そう物語っているイルムンの背中をクラブリが見つめる。

 見つめるだけだったのは、もう声をかけても返答してくれるとは思わなかったからだ。

 周囲の言葉はあるが、クラブリ自身は王位を継ぐ気は無い。

 兄であるイルムンの方が、王に向いていると思っているからだ。

 自分は、王になった兄を支える立場で居られれば良いと考えているのだが、そんなクラブリの考えは、イルムンに届いてはいなかった。

 だが、それでもクラブリは心の中で祈る。


(……どうか、お兄様が無事に戻ってきますように)


 と。




 そしてこの日は、イナタフとクラブリの2人にとって、イルムンと言葉を交わした最後の日であった。

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