獣人代表者達、エルフ代表者達
獣人達が使用している塔のリビング。
ココをメインに使用しているのはHRWWのパイロットである代表者達だ。
犬の獣人、ナラス・ヤフルは、リビングに設置されている藁ソファーに座り、同じく用意されている果物を頬張りながら周囲を確認する。
その視線の先に居るのは、対面するように居る兎の獣人、セーフ・ムナンと、柱に背を預けている虎の獣人、テリアテス・ボナの2人だけであった。
ナラスはその事に、溜息を吐く。
もう少しでココを出発しなければならないというのに、もう1人の代表者である狼の獣人、イルムン・ワナイが姿を現さないのだ。
「……イルムン・ワナイはどうしたのだ?」
声をかけてくるならセーフだと思っていたナラスは、まさかのテリアテス発信に驚く。
目を見開いて、本当か? と疑うくらいだった。
それはセーフも同じなのか、普段は見開かれる事の無い目が開かれている。
「どうした? お前はイルムン・ワナイの保護者だろう?」
「……いや、それはそうだが」
テリアテスの問いに間違いは無い。
確かに、ナラスはイルムンの保護者と言っても良いだろう。
ただ、その言葉がテリアテスから出るとは思っていなかったようだ。
「……テリアテス。お前、まともに話せたんだな?」
「当然だ」
「なら、どうしていつもは話さない?」
「必要な時にしか話さないように訓練されている」
「あぁ! そういえば、お前は女王様の近衛だったな! それでか!」
話が前に進んでいないためか、テリアテスが若干困った表情を浮かべる。
「……俺の事はどうでも良い。それより、そろそろ移動の時間かと思うのだが、この場に居ない代表者であるイルムン・ワナイはどうしたのだと聞いている」
「あぁ、それか。さぁな、分からない。……まぁ、戦いから逃げ出すような性格はしていないし、その内来るだろう」
「そうか。なら良い」
テリアテスはそれだけ告げて、後は話す事は無いと目を瞑って腕を組んだ。
その姿を見て、ナラスとセーフは顔を見合わせる。
「……テリアテスがあんなに話すなんて、珍しい事があるものだな」
「うささささ。しかし、その理由というのはイルムン・ワナイがこの場に現れないという事なのは、何とも言えないが」
「それを言うな。叔父として、少々情けなく思っているのだから」
そう言って、ナラスは頭を抱えた。
「うささささ。まぁ仕方あるまいよ。イルムン・ワナイは仮にも獣人の王族なのだし、我儘し放題で育ってきたのだ。今この場に現れていないのは、昔からそのあたりの締め付けが緩かったせいだろうし」
「そう言われると、何とも頭が痛くなる」
「まっ、今はイルムン・ワナイの事は措いておこう。……次はエルフ戦である。どうするつもりだ?」
セーフからの問いに、ナラスは頭を抱えていた手を顎へと当ててゆっくりと考える。
次に獣人代表者達が戦うのはエルフ代表者達であった。
さて、どうしたものかと、ナラスはぽつぽつと話し出す。
「そうだな。……エルフは遠距離メインというか、それしかない以上、近付く事が出来ればこちらのモノなのだが……問題はどう近付くか」
「確かに。近付かれれば終わりと分かっている以上、エルフは当然その対抗措置を取っているはずだろうし」
「あぁ。第2戦の時のように、あの魔族機がやったように、銃弾を回避し続けるというのは現実的ではないな。性能的にも、こちらのパイロットの技量的にも無理だ。……それこそ、私達が対戦したあの人族機のような飛び抜けた性能がなければ、不可能に近い」
「うささ。そうだな」
「まぁ、ある程度の銃弾は回避出来るとは思うが、そう長くない内に集中力が切れて、被弾して終わりだな。エルフ機に近付く事も出来ないだろう」
「うささ。まぁ、そうなるわな」
ナラスの見解に、セーフも同意する。
それに間違いは無かった。
魔族機がエルフ機の銃弾を回避し続けたのは、元々のHRWWの性能とスキル、それにユリイニ・サーフムーンのパイロットとしての技量があればこそ。
もし同じ事が出来るとすれば、HRWWの性能はともかく、パイロットとしての技量だけで見れば、フォー・N・アーキストとユウト・カザミネの2人ぐらいのモノだろうか。
当然、ここに居るナラスとセーフ、テリアテス、それとイルムンでも途中で被弾してしまうだろう。
自分がユリイニ、フォー、ユウトの3人よりも劣っていると、イルムンは認めないだろうが、それが事実である。
ナラス、セーフ、テリアテスの3人は、それをきちんと理解していた。
だからこそ、テリアテスは口を出さないし、ナラスとセーフも悩んでいるのである。
ユリイニのように出来れば、どこにも問題は無い。
それが出来る1機が囮となって、エルフ機の居る場所を特定すれば良いだけだ。
それこそ、魔族がやったようにすれば良いだけである。
だが、それが出来ないからこそ、今こうして悩んでいるのだ。
「……そうだな。どうせ単機だと狙われて終わりだし、固まって行動するか?」
ナラスがそう言うと、セーフがそれはどうなんだと頭を傾げる。
「それだと、纏めてやられないか?」
「いや、悪くない」
セーフの問いに答えたのは、テリアテスである。
ナラスとセーフは、聞いていたのかと驚きながらテリアテスへと視線を向けた。
「エルフ機を狙撃される前に見つける事は奇跡のような偶然に近いのだ。被弾する事が分かっているのであれば、それを踏まえた上で、行動するだけ。エルフ機の……いや、エルフのパイロット達の習性を考えれば、固まって行動する事が多い。例え狙撃で1機被弾して撃墜されようとも、銃弾が飛んできた方向さえ分かれば、後は残りの3機で仕留めれば良いのだ。それに被弾すると分かっているのだから、コクピット部分を守るように行動すれば、死ぬ事もないだろう」
「「おぉ~」」
ナラスとセーフが感嘆の声を上げて、拍手を贈る。
それはテリアテスが言った事に対してでもそうだが、ここまで長々と話した事に対しての事も含まれていた。
そうとは気付いていないテリアテスは、どこか満足気な表情を浮かべて再び沈黙する。
「じゃ、その方向で動くか」
「うささささ。そうであるな」
ナラスとセーフがうんうんと頷いていると、ここで漸くイルムンが現れた。
「ふぁ~……。よく寝た。早いな、お前達」
大きな欠伸をしながら現れたイルムンに、ナラスとセーフは呆れ顔を浮かべ、テリアテスは関係無いとばかりに目を瞑っていた。
リビングの様子を見て、イルムンは訝しげな表情を浮かべる。
「……どうした?」
「何でもない。さっ、イルムンも来たし、行くぞ」
「うささささ」
「……漸くか」
そうして、ナラス、セーフ、テリアテスの3人が移動を開始する。
イルムンは訳が分からないと肩をすくめ、コップ一杯の果実水で喉を潤してから3人の後を追った。
◇
エルフ代表者達が集うリビング。
そこでは、既にいつも通りの形なのか、オブイ・トロプスとムライス・リブクルがソファーに座って談笑を交わし、アッティ・トレディとパネラ・ルデカの2人は小動物達に囲まれながら和んでいた。
今この場に、もう1人の代表者であるロカート・ラルバの姿は無い。
「ロカートさんはどうしたんですか?」
先程から気になっていた事を尋ねるムライス。
それに答えたのは、ムライスの対面に座っているオブイである。
「うむ。今はオクスの所に行っておる」
ロカートは、現在エルフの整備チーフであるオクス・オームの所に行っていると答えるオブイ。
その言葉を受け、ムライスは不思議そうな表情を浮かべた。
「オクスさんの所ですか? HRWWか、ライフルの調整か何かでしょうか?」
「いや、あの2人は元々知り合いでな。色々と話が合うそうじゃ」
「そうなんですか」
「だが、今は別件じゃ。……『天鹿児弓』の調整じゃ」
「『天鹿児弓』……。使えるんですか? あれ」
「使えるようにしようとしておるんじゃよ」
オブイが柔和な笑みを浮かべて答える。
「まぁ実際は、時間が足りないために、1発撃てるかどうかといったところではあるがの」
「それは……意味があるんですか?」
「充分あるぞ。元々『天鹿児弓』は原初の女王様がお造りになったライフルじゃ。その威力は、例え1発でも既製品を軽く超えておる」
「そんなに? 見た事無いので、ちょっと信じられませんが? ……原初の女王様が居たのってもう随分昔ですよね? それでも既製品より上なんて……」
「うむ。言いたい事は分かるが、原初の女王様が直接お造りになった武器は、どれもこれもが規格外品という事なのじゃ。……まぁ、その分ピーキーというべきか、使い手を選ぶし、消費魔力も馬鹿デカイしの。……ロカートの魔力量では、撃てても1発じゃし」
オブイがムムムと顔を顰める。
実際のモノを見た事が無いムライスは、そう言われてもピンとこないのか、首を傾げていた。
「……言葉だけを並べても想像出来にくいか」
その言葉に、ムライスは苦笑いを浮かべて頷く。
「まぁ、不完全な状態ではあるが、次の獣人戦で見る事は出来るぞ。そうすれば、如何に規格外品であるかが分かるはずじゃ」
「不完全?」
「先程も言ったように、時間が足りなくての。本来、『天鹿児弓』は最大7発同時狙撃が可能なライフルなのじゃが、次の戦いでは1発撃てるかどうかといった具合での」
「へぇ~……。7発同時なんてちょっと想像がつきませんが、ロカートさんはそれをいつ使うつもりなんですか?」
ムライスの問いに、オブイは思案するように顎へと手を当てて考える。
「そうじゃの。……やはり、最初の1発が最も効果的ではないかと思うの。ロカート自身、既製品のライフルに回せるだけの余剰魔力は無いだろうし、それにこちらは『天鹿児弓』の存在を知っておるが、向こうはまだ知らないしの。効果的な奇襲を仕掛けられるのではないかと思うの。恐らく、ロカートも最初の1発は『天鹿児弓』で行い、その後、HRWWを動かせる程の魔力が回復次第、通常のライフルに替えて動くつもりなのではないかと考えておるはずじゃ」
「なるほど~」
オブイの考えは間違っていなかった。
この場に居ないロカートも、同様の考えをしていたからである。
どの種族も、エルフが『天鹿児弓』を使用してくる事を未だ知らない。
だからこそ、最初の1発は効果的なのである。
実際、『天鹿児弓』の射程距離は、既製品の倍はあった。
1発撃った後は、その場で待機して魔力回復に神経を注ぐつもりなのだ。
相手機との距離が、充分離れているからこそ出来る芸当でもある。
向こうがロカート機の居る場所まで辿り着く前に、移動する事ぐらいは出来るだろうと、ロカートは考えており、オブイも同じような結論を出していた。
オブイがうんうんと頷いていると、ムライスがう~んと唸っているのに気付く。
「どうかしたかの、ムライス」
「……『天鹿児弓』が凄いのはなんとなく分かりましたが、実際、それで決着は尽かないですよね?」
「それは当然じゃ。1発で相手機全てを撃沈させるなど、それこそ神の所業――奇跡と呼べる代物じゃ。まぁ、まずそんな事は起こらん。ロカートが1発撃った後は、ワシらの出番じゃ。ロカート機が動けるようになるまでは、ワシらで残った奴等を相手にしなければならないのじゃ」
「なるほど、分かりました! 頑張ります!」
「ほっほっほっ。そうじゃの。ロカートの弾丸を打ち消すくらいに撃ち込んでやろうではないか!」
ムライスがむんと両手を握る姿を見て、オブイは孫を見るような優しい目を浮かべる。
実際、オブイはムライスを孫のように思って可愛がっていた。
そんな風に思っているムライスが張りきっているのである。
オブイの心中にも、不思議とやる気が満ち溢れていた。
一方、小動物達と戯れているアッティとパネラはというと……。
「……はぁ~、もうこのまま動物達に囲まれて死にたい」
「良いですよね~……。戦いなんか忘れて、このまま人生を過ごしたいです」
ご満悦な表情を浮かべながら、完全にだらけていた。
その様子を見ている者が居る。
「……」
いや、リビングへと入って来て、ついそこに目が向いてしまったというべきか。
オクスとの、『天鹿児弓』の相談を終えたロカートが見ていたのである。
その事に気付かない2人。
ロカートが溜息を吐く。
(……まぁ、そういう緊張の解し方もあるか)
そう自己完結し、声をかけるのもどこか憚れたため、ロカートはそのまま2人を放置して、オブイとムライスが居る方へと向かっていった。
そして第3戦、獣人対エルフの戦いが始まる。




