第3戦 人族対ドワーフ 2
「なろっ!」
そのかけ声と共にユウトは一気に操縦桿を引き、ミョルニールに押される力をそのまま利用して自機を後方へと動かす。
だが、ドワーフ機のスキル「波紋衝撃」の発動が速かったのか、ユウトの反応が少し遅かったのか、その威力範囲から完全に脱する事は出来なかった。
衝撃の波がユウト機を襲う。
「―――っ!」
その衝撃はコクピット内まで届き、ユウトは歯を食いしばって耐える。
しかし、機体はそうもいかない。
ユウト機の至る所で火花が散って、小さく煙が立ち昇った。
「まずいっ!」
ユウトは自機の損傷を確認する前に、即座にもう1度後方へと飛ぶ。
損傷した事が原因だろうが、その動きは酷くぎこちない。
機体の至る所から苦しそうにギギギという音を発しながら、少しだけ後方へと飛ぶ事に成功する。
今はそれだけで良かった。
その行動が正しい事である証明のように、ユウト機が先程まで居た場所にはミョルニールの追撃があったのだ。
「ちぃ! 浅かったか! いや、さすがの反応速度とユウト・カザミネを褒めるべきか!」
ユウト機を潰しきれなかった事に、バーンが舌打ちする。
けれど、そこで攻撃の手を止めるつもりは一切無い。
今、ユウト機に対してドワーフ側は優勢なのだ。
損傷して満足に動く事が出来ないユウト機に対して、対峙するのはバーン機とザッハ機の2機。
どう考えてもユウトは不利である。
そんな状況なのに、ユウトは笑みを浮かべた。
いや、こんな状況だからこそ。
「どう考えても俺の方が圧倒的に不利。……いいね。燃えてきた!」
ユウトがそう呟く。
前方からバーン機が、左横からザッハ機が、ユウト機に向けて襲いかかってくるが、ユウトは自分の思い通りに動かなくなった自機を巧みに操作して、ドワーフ機2機の攻撃を回避していく。
「……性能的に動けるのは半分以下。ドワーフ機のスキルをまた受けるのは絶対に駄目だな。腕部も満足に動かせないし、攻撃に使おうものなら逆にこっちが砕けそうだ。……勝機は未だ見えないが、簡単にやられるつもりは一切無いぞ!」
ユウトはドワーフ機2機の攻撃をギリギリで回避しながら、自機の状態を確認して、そう判断する。
その言葉通りに、満足に動く事も出来ないユウト機は、時間稼ぎとでもいうように回避に主体を置いて動いていく。
(……個人的には癪だが、後はフォーに任せるしかないか)
本当に……本当に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるユウト。
思っているように、フォーに頼るのが嫌なのだろう。
フォーがどう思っているのかは分からないが、ユウトはフォーを内心でライバル視している。
例え同じ種族の代表者とはいえ、そう思っている相手に頼らなければならない状況になってしまった事を悔しく思っているのだろう。
けれど、これも勝利のため。
負けるのだけは心底ごめんだと、ユウトは心の中で納得した。
そんなユウト機の行動に焦ったのは、バーンとザッハである。
自分達が優位に立っているのは間違いないのに、ユウト機を一向に落とせないであるのだ。
これで焦るなという方が難しいだろう。
焦るバーンとザッハの内心を表すように、2機の攻撃は段々と大振りになっていく。
傍から見れば、そんな攻撃が当たるはずもないだろうという事は分かるのだが、当事者足る2人にはそれが分からない。
「さっさと沈め! ユウト・カザミネ!」
「くっ! どうして攻撃が当たらない! こちらは2機なのに!」
そう言葉を発しながら、バーンとザッハの2人は更に焦り、平常心を失っていく。
だが、ここで双方にとって光明が起こった。
ユウト、バーン、ザッハ、それぞれのモニターに映ったのは、ザッハ機の相手をしていたラデ機が、こちらへと向かって来ているのが分かったからだ。
双方にとっての光明とは、ユウトはこれでもう少し動きやすくなると思った事だったのだが、バーンとザッハにとっては冷静さを取り戻す切っ掛けになった事である。
冷静に状況を分析したバーンは、ザッハに向けて通信を飛ばす。
「……どうやら、我等は時間をかけ過ぎたようだ。これでも決めきれんとは、さすがユウト・カザミネというべきか。……ザッハ! 我等はこの場から移動するぞ!」
「……そうですね。相手の技量を見誤った私達の落ち度でしょう」
「反省は後だ!」
「そうですね。では、向かうべきは――」
「ドルチェを援護する! ジジルが相手取っているフォー・N・アーキストも、ユウト・カザミネと同等の技量を持っていると判断出来る。もしその通りなら、また時間を無駄に浪費するだけで終わるかもしれない。なら、こちらも万全の態勢を作りださなければ」
「……分かりました! 義父さんなら、フォー・N・アーキストが相手でも、そう簡単にはやられないでしょうし」
バーンの判断に、ザッハも了承で答える。
そして、バーン機とザッハ機は、ラデ機がこの場へと着く前に移動を開始した。
その事に危機感を抱いたのはユウトである。
ドワーフ機2機が向かう先は、グラン機とドルチェ機が戦いを繰り広げている場である事を察すると、即座にラデへと通信を飛ばした。
「こっちの事は何とかするから、放っておいて構わない! ラデはそのまま方向転換して、グランの方へと駆けつけてくれ!」
「分かった!」
◇
バーン機とザッハ機、そしてラデ機が自分の方へと向かって来るのをモニターで確認したドルチェは、内心で勝利を確信する。
(まだ動いている所を見ると、ユウト・カザミネの機体を潰す事は出来なかったようだが、これで勝てる。ユウト・カザミネの機体は満足に動きそうもないし、向こうにラデが加わろうが数の上では3対2。機体性能もパイロットとしての技量もこちらが勝っている以上、人族に勝利は無いな)
そう結論付けたドルチェは、仲間が来る事に対して自然と笑みを浮かべ、戦いの最中だというのに一息吐いてしまった。
それが、一瞬の油断となる。
極僅かだが、体に入れていた力を抜いてしまった事により、機体の動きも一瞬止まってしまった。
その隙を、グランが突く。
ドルチェ機へと一気に肉迫し、剣を突き出す。
突然の行動に、ドルチェ機もハンマーを前に出して応戦するが、振り払うような大振りのハンマーがグラン機に当たる訳もなく、攻撃を回避したグラン機がドルチェ機の腕部を薙ぎ落とし、そのまま剣先は首部分へと突き刺さる。
「これでっ! 終わりだっ!」
グランは咆哮と共に自機を動かし、ドルチェ機の頭部を斬り飛ばすと、そのままその場で一回転して両脚部も斬り落とした。
「ぬかった!」
ドルチェはコクピット内で苦汁を舐めたような表情を浮かべる。
僅かな隙。
本当に僅かな隙を付かれて、ドルチェは負けた。
自分の不甲斐なさを怒り、拳を固く握ると、操縦桿をおもいっきり打ちつける。
これまでのグランの技量であれば、この隙を付く事は出来なかっただろう。
ユウトを相手取ってきた特訓は、無駄では無かったという事だ。
グランのパイロットとしての技量は、確実に上がっていた。
ほんの少しの間だけ自分の勝利を噛みしめたグランは、フォー機が戦っている場所に向けて移動を開始する。
◇
ドルチェ機が撃墜された事で、バーンに衝撃が走る。
だが、死んではいないと弱気な思いを振り払い、勝利を掴むための行動へと移る。
「ドルチェが落ちた! これは予想外だが仕方ない! ジジルの下へと向かうぞ!」
「はい!」
そして、バーン機とザッハ機は、ジジル機の下へと向かう。
その後を追って、ラデ機もまたフォー機の下へと向かうのであった。
◇
「ぬぅ! まさかここまで強いとは! 人族にしておくのは勿体ないの!」
ジジルが、フォーの技量を褒める。
当初、確かにパイロットとしての技量はフォーの方に軍配が上がるが、それは機体性能の差で埋められるモノだと思っていた。
しかし、その考えは間違いであったと認めるしかない。
現に、ジジル機はフォー機に押されていたのだ。
ジジル機は、フォー機の縦横無尽な動きに付いていく事が出来ないでいた。
だが、それもここまでと、ジジルは笑みを浮かべる。
バーン機とザッハ機が駆けつけてきたのだ。
「ジジル! 無事か!」
「義父さん!」
「ふぃ~、正直言って助かったわい。優秀な若者の相手は、老体には堪えとったからな」
会話もそこそこに、バーン機は早速とばかりにフォー機へと襲いかかる。
ミョルニールを振るうが、フォーは的確にその軌道を読み、その全てを回避していった。
けれど、フォーに息吐く暇は無い。
バーン機のミョルニールによる攻撃の合間を縫って、ジジル機とザッハ機が攻撃を繰り出してくるのだ。
さすがのフォーも、これには防戦一方になってしまう。
(……状況分析。敵3機の同時攻撃に対して、こちらは攻撃をする機会が無い。このままではいずれ撃墜される。……だが、俺に負けは許されない。……約束された敗北までは)
フォーが更に集中力を研ぎ澄ませていき、更に両腕が輝き出す。
それに比例するように、フォーの技量が上がっていき、機体の動きがスキルを使ってもいないのに、ますます鋭敏になっていく。
「なっ! 更に動きが鋭くなるだと!」
「本当に最弱の人族か!」
「スキルを使った訳でもないのに、一体何が!」
ドワーフの3人が、驚きの声を上げる。
しかし、そんなフォー機の動きに付いていけなくなったのは、フォー機自体だった。
各部の摩耗率が著しく上昇し、至る所から煙が立ち昇る。
苦しそうな駆動音を響かせながら、フォー機がドワーフ機3機の攻撃を掻い潜りながらザッハ機の腕部掴むと、スキルを発動した。
「『一点火力・腕』」
フォー機の目が赤く光り、腕部の繋ぎ目から赤い光が漏れる。
そして、フォー機はザッハ機を無造作に放り投げた。
投げ飛ばされたザッハ機の向かう先には、こちらの方へと向かっているラデ機とグラン機が居る。
◇
「……そいつは任せた」
何の相談も無しに、いきなり通信を飛ばしてきたフォーに対して、ラデとグランがキレる。
「ちょっと! やる事は事前に言ってよ!」
「フォー。君はもう少し協調性を持とうか」
これ以外にも、ラデとグランはフォーに対して散々文句を言うが、フォーがそれに答える事は無かった。
なんか納得いかないと憤慨するも、ラデとグランは行動へと移る。
自分達に向けて飛んで来るザッハ機をグラン機が受け止め、そのまま地面へと押し付けて覆いかぶさり、動きを封じた。
「ラデっ!」
「分かってる!」
ラデ機が剣をザッハ機へと突き立て、静まる駆動音と共にザッハ機は沈黙した。
◇
フォー機は、バーン機とジジル機を相手取りながら、隙を付いてジジル機の腕部を掴むと、ザッハ機同様に放り投げた。
その先に居たのは、ゆっくりとだが動いていたユウト機。
ジジル機が飛んで来る事にユウトが驚く。
「ちょっ! 俺の機体の状態分かってる? 無茶振りじゃね!」
「……」
「何か言えや!」
「……出来ないのか?」
「くっ! やってやるよ!」
ある意味、自分の事を信頼していると無理矢理納得させたユウトは、魔力を機体へと流し、スキルを発動する。
「『一点火力・脚』」
動かない機体をスキルで無理矢理動かして飛び上がり、飛んで来るジジル機に向けて踵落としを御見舞いした。
ユウト機の脚部がその衝撃で砕け散ると共に、ザッハ機の腹部もまた砕け散る。
そして両機は、そのまま沈黙した。
◇
残るバーン機とフォー機は、その場で戦いを繰り広げていた。
「何なのだ! こやつ! 正真正銘の化物かっ!」
バーンがコクピット内で叫ぶ。
そう叫びたくなるほどに、バーン機は追い詰められていた。
フォー機の圧倒的な戦闘力を前に。
既にフォー機はスキルを発動していない。
第3戦が始まる前に言われていた通り、スキルの使用時間を抑えたのだ。
それでも、フォー機はバーン機を相手に圧倒していた。
性能差ではなく、パイロットとしての技量の違いによって。
「があああっ! この! この!」
バーンが再度叫ぶ。
その表情は怒っているようにも見えるが、心の中は至って冷静だ。
どうにかしてフォー機に1撃を浴びせようと、大振りではなくコンパクトにミョルニールを振るうが、そのどれもが当たらない。
しかも、その間にフォー機が次々と殴り蹴りと、バーン機を攻撃していく。
最初は、そんな攻撃で潰れるものかと余裕の表情を浮かべていたバーンであったが、そう考えるのは早計であった。
フォー機の攻撃は、的確に各関節部だけを狙い、次第にバーン機は思うように動かす事が出来なくなってきたからだ。
反応速度の高さ……というだけでは説明出来ないようなフォーの技量。
それをバーンは身を以って体験しているのだ。
そんなフォー機の圧倒劇を見ている者達が居た。
「……強い強いとは思っていたが……これほどとはな。……はぁ~、やっべ。戦いたくてうずうずしてきた」
「凄い……。機体性能は同じはずなのに、自分だとあんな風に動かせない。……普段の行動がアレだけど、やる時はやるんだ」
「……あの強さが俺にあれば」
ユウトはフォーと戦いたいと楽しそうな笑みを浮かべ、ラデはフォーの事を少し見直し、グランはフォーの強さを求めた。
それぞれの考えは違うが、見つめる視線は決して逸らす事が無い。
食い入るようにフォー機の動きを追っていく。
そうして彼等が見ている中、決着の時が訪れた。
バーン機がミョルニールを振り上げる。
ミョルニールは、バーンの気迫を体現するように大きく放電した。
「うおおおおおおおっ!」
そのままフォー機に向けて突き進み、渾身の振り下ろしを御見舞いする。
しかし、その振り下ろしは空を切った。
狙った場所にフォー機の姿形は既に無く、振り下ろされたミョルニールがやった事はその衝撃で地面に大きな穴を作った事と、その威力を物語るような地割れを起こしただけである。
そして、バーン機の両腕部が肩部分から崩れ落ちた。
フォー機の攻撃によって落ちたのである。
その証拠に、バーン機の後方には両手部分を貫き手のような形にしたフォー機が存在していて、いつでも次の行動を移れるように、その貫き手がバーン機の胸部へと向けられていた。
「……我の……ドワーフの負けだ」
状況を理解したバーンは、悔しそうな表情を浮かべて負けを宣言する。
こうして、第3戦人族対ドワーフは、人族の勝利で終わった。




