人族代表者達、ドワーフ代表者達
人族が利用している塔のリビング。
そこに居たのは、フォー・N・アーキスト、ラデ・パーク、グラン・ドレスフィールの3人だけである。
もう少しで移動の時間だというのに、そこにユウト・カザミネの姿は無い。
それでも、3人は紅茶を飲んだりして、のんびりとしていた。
「……遅いですね、ユウト」
「そうだな。エリスラさんからの呼び出しらしいが、込み入った話なのだろうか?」
「さぁ? そんな雰囲気には見えなかったんですけどね」
こうして、ラデとグランの2人は、互いを相手に会話を交わして時間を潰していたのだが、フォーは相変わらず目を閉じて黙していた。
フォーの前にもカップが置かれて紅茶が注がれているのだが、それに手をつけた様子は一切無く、上へと昇る湯気がなんとも悲しんでいるように見える。
一瞬だけだが、もしかして眠っているんじゃないのかな? と、ラデは思う。
ラデがそんな事を考えながらフォーを眺めていると、グランが問うてきた。
「……フォーがどうかしたか?」
「い、いえ! 何か眠ってるように見えるから、寝てんのかなって?」
「いや。起きてると思うよ。俺には、これからの戦いに向けて精神を研ぎ澄ませているように見えるからさ」
「……そうかなぁ? そんな奴には思えないんだけど……やっぱり、寝てない?」
自分の事を話のタネにされているのに、フォーは一切反応しない。
本当はラデの言う通り寝ているのかなと、グランは考える。
反応を確かめるように、グランはフォーの顔の前で手を振るが、それにも反応を示さない。
ラデとグランの2人は、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべ、フォーは寝ていると心の中で断言した。
だが、その思いを裏切るように、フォーはゆっくりと目を開き、奥にある通路へと視線を向ける。
「……起きていたんだ」
「……起きているなら、何か反応しろよ」
2人の声に反応して、フォーは視線をそちらへと向ける。
「……それに何の意味がある」
『……』
やっぱ駄目だ、コイツ……と、2人は同じ事を思った。
そうしている内に、フォーが1度視線を向けた奥から、ユウトが現れる。
「いや~、ごめん、ごめん。ちょっと遅れちゃったな。待たせたようで悪い」
ユウトはこの場に居る他の代表者達へと謝罪の言葉を述べて、どっかとソファーへと腰を下ろした。
そんなユウトの前へとラデがカップを置いて、紅茶を注ぐ。
「おっ! ありがと! いや~、エリスラさんからこってり絞られてさ……。ちょうど喉が渇いていたんだよね」
そう言って、ユウトは紅茶を一気に呷って空になったカップへと、今度は自分が注いでいく。
「それで、一体何の話をされた?」
グランが尋ねると、ユウトは紅茶を軽く口へと含み、味を楽しんだ後に答える。
「……あぁ、結果から言えば、ちょっとした小言かな。なるべくスキルの使用は控えるようにと」
「え? どうして? あんなに強力なんだから、もっとバンバン使えばいいと思うんだけど?」
ラデが不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。
その問いに答えるように、ユウトはラデへと視線を向けた。
「強力過ぎるから、抑えろってさ」
「……えっと、言っている意味が分からないんですけど?」
「まぁ、要は、HRWWへの負担が大き過ぎるから、使い過ぎると交換パーツなんかの物資が枯渇しちゃうんだってさ。そうなると、HRWWの修理も出来なくなるし、粗悪品で能力低下を招く事になるから、そうなる前にスキル使用を抑えて勝ってこいって事」
「……それは、まぁ……なんとも」
「まぁ、仕方ないよ。人族は万年最下位レベル。手に入る物資も粗悪品が多い。他種族のHRWWとまともに戦えるだけのモノを造っただけでも充分なのに、それ以上を求め過ぎると身の破滅を自ら招くというだけさ」
「そ、それは……。確かに、否定出来ない現状ですね」
ラデは気落ちしたように表情を暗くする。
だが、対照的にユウトの表情は明るいままだ。
「そこまで深く考えなくても良いと思うけど? スキル使用もなるべく控えろってだけで、使うなとは言われていないし。緊急時に使用する分には問題無いよ。それに、持ち前の技量で勝負する方が緊迫感があって、俺好みだな」
「……これだから、腕の良いパイロットって」
ラデが更に気落ちする。
1度溜息を吐いて、再度ユウトへと尋ねた。
「極力スキルを使うなっていうのは分かりましたけど、これからの戦いはどうするんですか? 特に、迫っているドワーフ戦は?」
その問いに、ユウトはしばしの間、考える素振りをする。
ユウトの言葉を、グランも待っていた。
その姿から考えられるのは、フォーは変わらずだが、ラデとグランは自身でも気付かぬ内に、ユウトの事を頼っているのだろう。
ユウトに、隊長としての格が付いてきたとも言える。
そうして、ユウトは纏まった考えを聞かせた。
「……そうだな。ドワーフ機の特徴といえば、やっぱりその攻撃力だと思う。単機では無理だったが、何機もの相乗効果によって、あの強固な装甲を誇る富裕機を圧壊したんだ。俺達人族機の貧弱な装甲じゃ、単機の攻撃でも1発アウトだろう」
そう断言して、ユウトは真剣な表情をラデとグランへと向ける。
「だから、可能な限り……いや、絶対に当たるな。まず、それが勝利への第一条件だと思う」
緊迫感が増してきたのか、ラデとグランはごくっと唾を飲み込む。
「それと、ドワーフ達のコンビネーションも脅威だ。倍々で力を増していく。なので、こちらが取る手段としては、基本1対1の状況にもっていく事だ。そのように行動していこうと思う。ただ、無理して相手機を潰さなくてもいいから。足止めだけでも充分。作った時間で、俺が……もしくはフォーが、相手機を潰して即座に応援へと駆けつけるから、やられない事だけを念頭にしておいて欲しい。これでいいかな?」
ユウトが尋ねると、ラデとグランは了解したと無言で頷く。
そして、無反応なフォーへとユウトは視線を向けた。
「フォーも、これで構わないな?」
「……あぁ、問題無い」
フォーも了承を伝え、ユウトが不敵な笑みを浮かべて締め括る。
「じゃあ、勝ちにいこうか」
「「おー!」」
ラデとグランは、ユウトの締め括りに握り拳を上げて応えるが、フォーの姿勢は崩れない。
その事に、ユウト、ラデ、グランの3人は、顔を見合わせて、なんとも締まらないなと苦笑いを向け合った。
そして、人族代表者達はリビングからの移動を開始する。
◇
「……さて、全員揃っているな」
ドワーフ代表者の1人、バーン・バァンは、そう声をかけて自分の周囲に居る者を確認する。
その視線の先には、他の代表者である、ドルチェ・ギュス、ジジル・ベベル、ザッハ・ブートの3人が居た。
ドワーフ達が利用する塔のリビングに代表者達が集合し、次の戦いである対人族戦について話し合おうとしていたのだ。
バーンは、テーブルの上に置かれている酒瓶をぐいっと呷り、話し始めた。
「……ふぃ~。では、次の人族戦だが、注意すべきは……ん? どうした? ザッハ。顔色が優れないようだが?」
バーンは、自分の左横に座っているザッハの顔色を見て尋ねる。
ザッハの顔色は、バーンの言う通り、どこか優れない。
気分が悪いというよりは、精神的なモノ……落ち込んでいるように見える。
「……すみません。大丈夫です。問題ありません」
「とても、その言葉を信じる事は出来んが……」
「すまんの、バーン。恐らくじゃが、ザッハはゴッツの事をまだ引き摺っておるのじゃ」
「そうなのか?」
「……すみません」
ザッハが素直に謝罪する。
それは、肯定を意味していた。
バーンは暫し考えた後、ザッハへと声をかける。
「……気持ちは痛いほど分かる。だが、まがりなりにも戦争の経験者として言わせて貰おう。……そのまま戦えば、死ぬぞ。……忘れろとは言わん。だが、乗り越えろ。悲しむ事は後でも出来る。それも、生きていればの話だ」
「そうだな。それは、俺もバーンと同じ意見だ。頭の中を切り変えろ。一旦、頭の隅にでも追いやれ」
バーンの言葉に、ドルチェが賛同する。
この2人は、共に戦争経験者であるからこそ、今は頭を切り換えて行動しているのだ。
ゴッツの事を引き摺ったままでは、戦いにすらならないだろうという事を、頭で……体で理解していた。
「ザッハよ。ワシも2人と同じ言葉を送ろう。それに、お主には死ねぬ理由があるはずじゃ? 違うか?」
ジジルにそう問われ、ザッハの頭の中に思い浮かぶのは、自身の奥さんであり、ジジルの娘でもあるリリルと、そのリリルとの間に生まれた愛娘、メメアの存在である。
ザッハは目を閉じて、何度も深呼吸を繰り返した。
深呼吸をする度に、ゴッツの事は頭の隅へと追いやっていく。
他の皆に言われたように忘れるのではなく、今やらなければならない事をするために……。
そうして自分を落ち着かせ、ザッハはゆっくりと目を開いた。
「……もう大丈夫です。今、目の前のやるべき事をやっていきます。話の腰を折ってしまって、すみません。バーンさん。続きをお願いします」
「分かった」
ザッハの表情に力が入っていくのを確認して、バーンは了承する。
「では、話の続きだ。……注意すべきは、2人。ユウト・カザミネとフォー・N・アーキストだ。戦闘記録を見る限り、この2人のパイロットとしての技量は、全大陸の代表者達と比較しても、ずば抜けていると言っていいだろう。それこそ、HRWWの性能差をひっくり返す程に……」
バーンの言葉に、他の3人は固唾を飲む。
嘘を吐いている訳ではない事は、バーンが浮かべる真剣な表情が物語っていた。
「我達の攻撃力とこの2人の能力値を考えた場合、人族が取る手段は、恐らくだが1対1の各個戦へと持ち込む事だと推察される。ユウト・カザミネとフォー・N・アーキストの2人が撃破を狙い、他の2人が足止めして時間稼ぎ。対戦相手を片付ければ、残りへ応援へと駆けつけるといったところだろう」
「なるほどの。つまり、人族共がバーンの言う通りに動いてくれば、ワシらはそれとは逆で動けば良いという訳じゃな?」
バーンの見解にジジルが納得し、自らがどう動けばいいかを告げる。
バーンとジジルは、互いに不敵な笑みを浮かべ合った。
「そういう事だ。確かに、ユウト・カザミネとフォー・N・アーキストの技量は脅威的だ。だが、言ってしまえば、個人がいくら突出していようが種族の全体的な戦力比で見れば、こちらの方が勝っている。向こうが各個撃破を目論んでいた場合、その2人とぶつかる者は足止めに専念し、雑魚とぶつかった者が撃破後、そちらの方へと応援に来れば、2対1でこちらが有利になる。それで人族は終わりだ」
バーンの言葉に、ドルチェとザッハは了解したと頷いた。
「それで、もし人族共が、各個撃破に動かなければどうするのだ?」
ジジルがバーンへと尋ねると、それも問題無いと更に笑みを深くした。
「そうなったらそうなったで、こちらは固まって動けばいい。元々、人族と比べてこちらは上位者なんだ。一気に勝負を決めようとするから、ミスを犯し、相手に余計な隙を与えてしまう。悠然と待ち構えて迎撃するだけ。鋼を打つのと同じようにすればいい。共に合いの槌を打ち、根気強く、粘り強く……そして、少しずつ形成していくように、相手を追い詰めていけばいいのだ。いつもやっている事をするだけ。簡単だろ?」
その言葉に、ドルチェ、ジジル、ザッハの3人は、納得したように笑う。
「なるほどな。確かにそれは、いつも俺達がやっている事。簡単だな」
「そうじゃの。それはワシ等の専売じゃ。じわじわと追い詰めてやるわい」
「いつものように……。そうですね。いつもやっている事をやるだけ。どこにも問題は無いですね」
3人は、そう言ってテーブルの上に置かれていた酒瓶を手に取って立ち上がった。
バーンも、その行動の後を追うようにして立ち上がり、持っていた酒瓶を高々と頭上へと掲げる。
「我等ドワーフに勝利を! そして、人族共には、死の鉄鎚を!」
『我等ドワーフに勝利を! 敵には死の鉄鎚を!』
3人も酒瓶を掲げ、彼等はその酒瓶をぶつけ合ってから、一気に飲み干していく。
『ぷはぁ~!』
酒臭い息を吐き、空になった酒瓶をテーブルへとドンッ! と叩きつけてから、彼等は顔を見合わせて笑い合う。
そこに、これから戦いに赴くという緊張感は一切無い。
彼等にとっては、いつもの鍛造をしに行くだけ。
ただそれだけである。
「いくぞ!」
『おぅ!』
バーンの掛け声と共に、彼等はリビングから出て行く。
そして第3戦、人族対ドワーフの戦いが始まる。




