敗者、勝者、ほくそ笑む
生き残った富裕代表者達、キステト・ウォーラ、ミミク・ペテトキクル、レオン・ドレスフィールの3人の目の前には、圧壊したエダル機があった。
彼等の視線は、コクピット部分があったであろう所を向いている。
普通であれば、仲間が死んだ事で悲しみに暮れるのかもしれない。
だがそれは、互いに絆を感じていた場合に限る。
富裕者の大陸「パラダイス」に住まう者達は、そういった部分が他の大陸の者達とは違って薄い。
それは、種族という縛りが無くなった故にかもしれないが。
しかし、それを証明するかのように、彼等の目、表情には悲しみの色が一切浮かんでいない。
「……ふぅ、エダルが死んだか。リズベルト家は次期当主を失った事になるが……ダンクルの親父さんは抜け目がないし、代わりを直ぐに用意するだろう。お前の死を悲しむかどうかは、分からないがな……。だから、こっちの事は気にせず成仏しろよ、エダル。せいぜい、あの世で遊んでくれ」
頭を掻きながら、キステトがエダルに向けて最後の言葉を告げる。
その目には、エダルとのこれまで積み重ねた年月を感じる事は出来ない。
淡々とし、事務的な口調で述べていた。
だが、見方を変えれば、どこか内心で思っている事を抑えつけているようにも感じられるかもしれない。
「死んじゃったんだぁ、エダルさん。あんなに大きな態度を取っていたのに、死ぬ時は呆気ないもんなんだね。もっと色々教えて貰いたかったけど、まぁいいや。とりあえず、エダルさんには、最後に人が死ぬってどういう事なのかを見せて貰ったし、勉強になりました。じゃあね、エダルさん」
そう言って、ミミクはエダル機に向かって手を振る。
その表情は笑みを浮かべており、悲しんでいる雰囲気は一切ない。
この場には似つかわしくない姿と言葉であったが、実際思っている事を言っただけなのだろう。
エダルさんと同じ轍は踏まないようにしないと……と、ミミクは内心で思う。
「……」
キステトとミミクが、それぞれエダルに対しての送りの言葉を述べる中、レオンは沈黙していた。
その目は閉じられ、どこか黙祷しているようにも見える。
少しの間その状態が続くと、目がゆっくりと開かれ、見つめる視線の先は上空であった。
エダルではなく、どこかに居る誰かの事を思っているようだ。
そうした後に、レオンはキステトとミミクへと声をかける。
「キステトさん、ミミク。いつまでも、ここでこうしている訳にはいかないでしょう。残された自分達は、次の事を考えなければ……」
「あぁ。分かっているよ、レオン」
「えぇ~、次って考える必要あるの? レオンさん。これまで通りでいいんじゃないの?」
ミミクの言葉に、レオンは首を左右に振る。
「それでは駄目なんだよ、ミミク。いつも通りにしていた結果が、エダルさんの死なんだ。なら自分達は、同じ轍を踏まないように、次からの事を考えていかなければならない」
「そういう事だ、ミミク。死にたいというのであれば、これまで通りでもいいがな。もちろん、私はごめんだが」
「死って! そんなの僕だって嫌だからね! 分かったよ! ちゃんと戦う相手の事を考慮していけばいいんでしょ?」
レオンの言葉にキステトが同意し、ミミクもごめんだと納得した。
そして、ミミクが言った言葉に、キステトとレオンは関心するように1つ頷く。
「それでいい、ミミク。機体が装甲特化とはいえ、それに頼りきっていては駄目だ。……スキルを駆使して、運用方法をもう1度再構築した方が良いかもしれんな」
「そうですね。そのあたりの事も含めて、自分達の行動も決め直した方が良いかと」
キステトの呟きに、レオンが賛同する。
そうして頭を悩ませる2人だが、ミミクは呆れ顔を浮かべていた。
「……キステトさんもレオンさんも、考えるのいいけどさ。それは、ここで今すぐ考えなきゃいけない事なの?」
その言葉に、キステトとレオンはハッと顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「さっさと帰ろうよ。僕もうシャワー浴びて一息吐きたいし、それに僕達がいつまでもここに居ると、整備員達がエダルさんの機体を回収出来ないよ?」
ミミクが両手を腰に当てて告げる。
キステトとレオンは、ミミクに対してごめんごめんと両手を合わせて謝る。
「すまんすまん。そうだな、ミミクの言う通りだ。まずは一旦戻って一休みをしよう。疲れた頭で考えても、良い案は浮かばんだろうしな」
「分かったよ、ミミク。確かに、自分達がここに居ても仕方ない」
そうして、背後から整備員達がエダル機を回収していく音を聞きながら、キステト、レオン、ミミクの3人は、この場から移動するのであった。
一方、もう1人の富裕代表者で生存者であるウイゼル・カーマインはというと、救護車の中で休んでいた。
ウイゼルが搭乗していた機体が飛んでいき、キステト機とミミク機にぶつかった時、その衝撃はコクピット部分まで届き、激しく体を打ちつけたのである。
打ち身の痕が所々残る体を休ませるために、救護車で休んでいたという訳だ。
しかし、ウイゼルの様子を見れば、それだけではないと……違った理由でここに居るのではないかと思うだろう。
ウイゼルは焦点の定まらない目で天井を見上げ、何やらぶつぶつと呟いているその姿は、どこか病的に見え、普通の状態では無いというのが分かる。
「……エダルが死んだ…………私は……俺は……生き残った………………つまり……俺の方が強いという事だ……」
ウイゼルの目から光が消え、歪な笑みを浮かべた。
◇
一方、勝利を掴んだドワーフ代表者達は、富裕機の盾が突き刺さって穴だらけになったゴッツ機の前で黙祷を捧げていた。
代表者達の後ろにはこの場に来た整備員達も居り、その全員が同じように黙祷を捧げている。
ドワーフ族全員で、ゴッツの死を悲しんでいるのだ。
その光景は、とてもではないが勝利した方とは思えない。
勝利した事による歓喜の声や笑い声は、一切聞こえず、ただただ無音の沈黙だけがこの場を覆っていた。
そうして暫くの間、黙祷の時間を過ごすドワーフ達であったが、ある程度の時間が経つと、代表者の1人、ジジル・ベベルがその目を開けて歩み出す。
その歩みはゴッツ機の間近にまで迫り、ジジルはそっと前に手を出して機体に触れる。
「……すまんかったなぁ、ゴッツ。さぞかし痛かったであろう。暫くすれば、ワシも天に召される歳じゃし、そうなったら、その時は存分に遊ぼうではないか。お主には、色々教えたい事もあるしのぅ……。それまでの間、1人は淋しいじゃろうが、待っといてくれ……」
そう言って、ジジルは機体から手を離し、道を譲るように横へとずれた。
ジジルの後ろにはザッハ・ブートが居り、ジジルの時と同じように機体へ、そっと手を出して触れる。
「……ゴッツ君。君と共に居た時間は短かったが、とても楽しかったよ。まるで、弟が出来たかのようにね……。君が私達と共に造った物は、私が貰う事にしたよ。……いいよね? 大切に……本当に大切にさせて貰うから。弟のように思っていた君が居た事を、いつでも思い出せるように……」
そう言ったザッハの目から、一滴の涙が落ちる。
ザッハは機体から手を離して自分の顔をぐいっと拭うと、ジジルと同じように横へと動く。
後ろに居たのは、バーン・バァンとドルチェ・ギュスだ。
前の2人と同じように機体へと触れ、言葉を紡ぐ。
「……ゴッツよ。お前の鍛造の腕は、はっきり言ってまだまだ未熟だ。まぁ、それも、これまでやった事が無いのだから仕方ないが……。だからと言って、そのままにはしておけん。我がそっちへ行ったら、直接マンツーマンで鍛え上げてやるから、そのつもりで待っていろ!」
「いやいや、コイツの扱きは厳しいぞぉ~。その点、俺の教えは優しくて有名だ。だから、教わるなら俺にしとけ。なっ、ゴッツ」
「おいっ! ずるいぞ、ドルチェ! その言い方だと、ゴッツが我の教えを受けてくれんではないか! そんな事はないぞ、ゴッツ! 我の教えは優しさで出来ている! 厳しさ等微塵も含まれておらんからな! ドルチェの言葉を信じるでないぞ! むしろ、こやつの方がサドに塗れておる!」
「あっ! そういう事言っちゃう? なら俺もゴッツに色々告げ口しちゃおうかなぁ~」
「……ドルチェの教えを受けるが良い、ゴッツ。だが、我の教えを度々受けてくれると、嬉しいが……」
「ふっふっふ、俺の勝ちだ、ゴッツ。という訳で、俺達がそっちに行くまで、楽しみに待っていてくれ! なぁに、気が付けばあっという間さ」
「あぁ、我もお前に再び会える日を楽しみにしているぞ!」
そうして、最後は笑みを浮かべて別れの挨拶を済ませるバーンとドルチェ。
またな、と伝えるように、機体をぽんぽんと叩いてこの場を去った。
その後に続いたのは、ゴッツと顔見知りであった整備員達だ。
代表者達と同じように、それぞれが別れの挨拶を済ませていく。
この場からドワーフ達が移動するのは、もう少しかかりそうである。
それでも、そこに不満を漏らす者は1人も居なかった。
整備員達が別れの挨拶をしているのが見える位置で、代表者達はその光景を揃って眺めている。
その手にはそれぞれ酒が入ったグラスが握られており、4人の前には、果実水が入ったグラスが地面に置かれていた。
そして、隊長であるバーンが代表して言葉を告げる。
「ゴッツ・ゲイトの冥福に」
そう言って、グラスを高々と掲げると、他の3人もそれに続く。
「「「ゴッツ・ゲイトの冥福に」」」
3人の言葉が終わると同時に、グラスの中に入っている酒を一気に呷る。
全てを飲み干し、4人は一息吐いた。
互いの顔を見合わし、笑みを向け合う。
「……さて、この場から動くには、もう少しかかりそうだな」
バーンが、別れの挨拶をしている整備員達を見て言う。
その言葉が正しい事の証明として、整備員達はまだ別れの挨拶をしていて、中には嗚咽を漏らす者も居た。
「まっ、別にいいんじゃねぇか。俺達だけ挨拶を済ませて、はい移動って訳にはいかないだろ」
「そうじゃな。こういうのは、今必要な事、やるべき事じゃ。急かすモノでも無い。整備員達のためにも、ワシらはちゃんと待ってやらねばの」
「えぇ。これだけの人が、別れの挨拶をしているんです。きっと、ゴッツ君も嬉しいと思いますよ。それを邪魔する訳にはいきませんからね」
そして、バーン、ドルチェ、ジジル、ザッハの4人は、この場が落ち着くまで、冥福を祈るように酒を呷りながら待つのであった。
◇
女王達が居る一室。
そこでは、嗚咽の混じった声が響いていた。
「……うっ……うぇ。……ゴッツ……よく戦ってくれた。……頑張ったなぁ……お疲れ様」
ストーンの両目から涙を零れ、隣に座るグラスランドが、その背を無言でポンポンと叩く。
自分が治める大陸が勝利した事よりも、そこに住まう者が死んで、ストーンは悲しんでいるのだ。
普段は強気な言動が目立つストーンだが、こういう涙もろい面もある事をグラスランドは知っているために、慰めているのであった。
さすがに空気を読んでか、ストーンとよく口喧嘩をするフォレストも、この場ではからかう事はせず、ただただ黙す。
なんだかんだと言いながらも、互いの事をよく見ているからだろうなと、グラスランドはフォレストへ感謝するように笑みを向けるが、その当の本人は気恥かしそうにそっぽを向き、軽食を口へと運ぶ。
そんな中、同じように代表者を亡くしたパラダイスはというと、つまらなそうにモニターへと視線を向けていた。
苛立ちも感じているのか、テーブルをこつこつと指で叩く。
「エダルめ……。リズベルト家の次期当主という立場に胡坐でもかいて、調子にでものっていたか……。全く……勝てる戦いを落とすなど……」
パラダイスは、誰にも聞こえないように声量を抑えて呟く。
ただ、声量は確かに抑えられているが、声質に苛立ちは隠せていなかった。
(……ちっ。そうそうに1人脱落とはな……。本当、使えない奴が立候補してきたものだ。残ったのは、キステト、ミミク、レオン、ウイゼルか。……キステトとレオンはまだしも、ミミクはガキだし、ウイゼルは奴隷で期待出来ん。如何にHRWWが優れていようと、使う者が無能では宝の持ち腐れ……。実質、戦力としては半分になったと考えた方が良いか。……終わったな、今回の種族間戦争は。次を見越して他大陸のHRWWの性能を確認しておいた方が無難か……)
そう考え、どこか諦めたかのような溜息を吐くパラダイス。
自大陸の戦力はもう当てにならないと見限り、次回に向けて動く事にしたようだ。
傍らに用意されているワイン入りのグラスを持ち、一気に飲み干して、気持ちを切り替える。
その様子を視界の端で眺めていたエダンは、小さく笑みを浮かべた。
(滑稽だな、パラダイス。開始前にあれだけ大見得をきり、自分が治める大陸の勝利を疑わない。それなのに、いざ代表者が欠けてしまえばそうそうに見限る。実際は、1人減っただけで、まだまだ勝機はあるはずなのに……。発破でも掛ければいいものを。そのような考え方をいつまでもしていると、下の者達はいずれついてこなくなるだろう。いや、そもそも、自分がこの世界の中でも……このメンバーの中でも上位者であると思う、その思考が間違いなのだ。この世界の上位者は“私”唯一人。それ以外は、全て下なのだから)
エダンが、心の中だけでほくそ笑み、その笑みが表に出ないようグラスを傾けて口元を隠す。
(……まぁ、その結論に至らないというのも当然か……ふふふ……)




