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しゅぞくまわる  作者: ナハァト
種族間戦争編
31/76

ゴッツ・ゲイト

 ドワーフ代表者の1人、ゴッツ・ゲイトの、これまでの人生は恵まれたモノでは無かったと言えるだろう。

 ゴッツは、自分を産んだ母親の顔を知らない。

 物心付く頃には、既に居なかったのだ。

 幼いゴッツの傍に居たのは飲んだくれの父親のみ。

 躾と言って殴られた回数は、もう数えきれない程だ。

 ゴッツの父親は、俗に言う落ちぶれた者である。

 ドワーフとしての鍛造技術はもちろん持っていたのだが、だからといって、確実な職があるとは限らない。

 何せ、周りには彼等と同じドワーフしか居ないのだ。

 そこかしこに、自分よりも優れた鍛造技術を持ち、人付き合いも良好なドワーフが居るのである。

 ドワーフ達が住まう大陸「ストーン」の鍛造技術水準は確かにこの世界で1番であり、世界に誇れる一芸であると言えるだろう。

 そして、その一芸で他種族と対等に渡り合ってきたとも言える。

 しかし、それ故に、一芸にしか特化していないからこそ、大陸内情ではあぶれる者が出てくるのも事実であった。

 ゴッツの父親はそんなあぶれた者の1人であり、その事によって自分の人生は狂わされたと嘆いていたのは、当人の談である。

 だが、事実として、ゴッツの父親は酒浸りになり、その事に嫌気が差したゴッツの母親は何度も注意をしたが、その度に喧嘩となって、最終的には家から出て行った。

 もちろん、ゴッツの扱いに関しても揉めに揉め、まだ赤ん坊という事もあって母親に引き取られたのだが、その母親が出先で事故に合って命を失い、結局は父親の元へと戻る事になったのである。


「……どうして僕にはお母さんが居ないの?」

「うるせぇ! 何度も言わせんな! もう居ねぇんだよ! まだ躾が足りねぇか!」


 これは言葉の通り、何度もやり取りされた会話である。

 この後に、ゴッツは父親の憂さ晴らしで何度も殴られるのだ。

 それでも、ゴッツがこの会話を止めなかったのは、父親と交わす会話がこれしかなかったのである。

 ゴッツが他の言葉を発しても父親には無視をされ、その父親の発する言葉は「酒」と「飯」だけであった。

 そのために、ゴッツは殴られるのも覚悟で母親の事を尋ねるのである。

 ゴッツなりに、どうにか父親とコミュニケーションを取ろうと必死だったのだろう。

 残っていた金銭を食い潰し、金銭が足りなくなれば家の中にある物を売るという、その日暮らしのような生活を送っており、そのほとんどが父親の酒代に消えた。

 そうなってくると、ゴッツに与えられる食事も満足がいく物では無く、父親の食べ残しを食したり、時に乞食のような真似事をする時もあった程である。

 そして、父親がそんな風であるから、当然のようにゴッツが鍛造技術を学ぶ機会は無く、遠目に幸せそうな家族を眺め、自分と同い年のような少年少女が鍛造技術を学ぶ姿を、どこか違う世界で生きている人達のように感じ、彼にとって理想のドワーフとはその世界に生きている人達であった。

 それでも、ゴッツは腐る事無く、真っ直ぐに育っていく。

 いつか父親が真っ当になり、自分を殴る事も無く、母親の事も教えてくれると信じていたのだ。


     ◇


 だが、その思いは裏切られ、終ぞ父親が心改める事は無かった。

 その結果が、ゴッツの戦争参加である。

 ゴッツが戦争に参加する事になった理由。

 父親に金銭で売られたのだ。

 元々、命を失う可能性が高い代表者には、中々なり手が居なかった。

 だからこそ、代表者には色々と保証が付き、他大陸でも同じではあるのだが、その保証の中の1つに、多額の金銭が支払われるというのがある。

 それに目を付けた父親に、文字通り売られたのだ。

 その頃のゴッツの内情としては、正直ほっとしたという思いも感じていた。

 自分が如何に歪な状況で育ってきたかを理解していたからである。

 それでも、父親に売られたと言う事実は、ゴッツの中で重苦しい出来事であったと言えよう。

 その事に悩みもし、自分の事がどうでもよく感じてもいた。

 自分なりに考えに考え抜き、ゴッツが出した結論は、戦争参加と引き換えに父親と縁を切る事を申し出たのである。

 その考えに至った要因として、支払われる金銭は今後父親1人であれば充分暮らしていける程であるという事と、自分が居ない方が父親にとって幸せではないのかと思ったからだ。

 ゴッツにとっては苦渋の決断であったのだが、それが父親にとってどうだったのかを窺い知る事は出来ない。

 だが、この件は、女王の名の下に了承されたのである。


     ◇


 そして、ゴッツにとっての心の転換期はこの時に訪れた。

 代表者としてHRWWの操縦訓練を受ける際にまず出会ったのは、自分と同じく代表者であるジジル・ベベルとザッハ・ブートの2人だ。

 最初は、自分に関わる必要は無いと、2人を避けていた。

 それでも、接触は向こうからやってきたのだ。

 ジジルとザッハの2人も、ゴッツの態度に何かあると感じていたのかもしれない。

 少しずつ、少しずつ、優しく、優しく、ゴッツと関わってきたのである。

 ゴッツも最初は戸惑った。

 どうして自分に関わってくるのだろうかと。

 自分には何も無い。人に誇れる部分は一切無い。他のドワーフのように鍛造技術だって無い。

 それなのに、ジジルとザッハは自分に関わってくるのかを、ゴッツは理解出来ずにいた。

 けれど、心の中で他人と接する事に喜びを感じていたのである。

 正直に言えば、嬉しかったのだ。

 こんな自分でも、1人のドワーフとして接してくれる事に。


「ジュースでいいのかい?」

「はいっス。まだ成人してませんので、酒は飲めないっスから」

「そうか。見た目通り若いんだね。……じゃあ、コレ。はい」

「ありがとうございますっス! ザッハさん」


 訓練中の休憩で、ザッハにジュースを手渡されるゴッツ。

 たったそれだけ。

 それだけでも、ゴッツの今までの人生の中では体験した事の無い出来事であり、単純に嬉しかった。

 気遣われているのが分かり、心の中に温かいモノが注ぎ込まれていくのを感じる。

 ゴッツの「ス」口調は、この頃から始まり、当初は他人とどう喋ればいいのか分からずに自然と出た言葉であり、それが癖となっていたのだ。


「がーっはっはっはっ! まだまだ訓練は終わっておらんぞ! だが、休憩も大事である! 休める時に休むのも必要な事じゃ!」

「そうなんスか? 訓練はぶっ続けにやるもんだと思っていたっス」

「そうじゃの。必要であればそうするが、今は適度な訓練と休憩でやるのが最適なのじゃ」


 そう言って、ジジルがニカッと笑う。

 笑みを向けられたゴッツは、苦笑いである。

 これは、本当に苦笑いしか浮かばなかったのだ。

 どう対応すればいいのか、分からなかったのである。

 それでも、ゴッツにとっては、殴られずにきちんと会話が出来ている事が驚きでもあった。


 こうして、少しずつジジルとザッハと接していく内に、ゴッツの中で2人の印象が大きく変わる。

 決して言葉には出さなかったが、ジジルを父親のように、ザッハを兄のように思い出したのだ。

 いつか見た、理想の世界の関係性を2人に求めたのかもしれない。

 だからこそ、第2戦が始まる前の出来事は、ゴッツにとって本当に嬉しい事であった。

 ジジルとザッハ、それにバーンとドルチェの自分以外の代表者達が、揃って自分に鍛造技術を教えてくれたのである。

 父親からも誰からも、教わる事の無かった鍛造技術。

 それを、父親のように思っているジジルと、兄のように慕っているザッハ、そして共に戦う仲間であるバーンとドルチェ。

 彼等と共に物を作る時間は、ゴッツにとって至福の時間であったと言えよう。

 それは、これまでの人生の中で最高の瞬間であり、何よりも楽しい時間であった。


 しかし、そういう時間を過ごしたからかもしれない。

 浮かれていた……とは思えない。

 もしかしたら、自分も役に立つのだと証明したかったのかもしれない。

 父親に、兄に、仲間に、良い所を見せたかっただけなのかもしれない。

 自分もやれるんだぞと、実際にやる事で喜んで欲しかっただけかもしれない。

 そういう思い、全てを抱えていたかもしれないし、別の何かがあった可能性もあるかもしれない。


 けれど、単身飛び出した結果は、自らの死であった。


 ゴッツが死ぬ直前に思い出したのは、父親の事では無く、ジジル、ザッハ、バーン、ドルチェと共に過ごした時間である。

 最後に思い出したのは、皆で鍛造をして、教えて貰いながら初めて作った不格好な小さな鳥の置物。

 願わくばもう1度とこの時間を過ごしたいと思いながら、ゴッツはその命を終わらしたのである。


 ゴッツが不器用ながら作った鳥の置き物は、これから飛び立とうとしているように見える物であった。

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