ドワーフ代表者達、富裕代表者達
まるで岩山の洞窟内のような室内で、ドワーフ代表者達は寛いでいた。
確かに、見た目で言えば、とても寛げる場所とは思えないが、そこは室内だからこそと言うべきか、利用者が快適に過ごせるよう空調設備等が完備されているのである。
その上、利用する者がドワーフとくれば、やたらとその辺りを掘りたくなるというか、いじりたくなるというか、好奇心がくすぐられる場所であった。
もちろん、そのような事は許されていないが、一応常識範囲内であれば黙認されている。
好き勝手させてしまうと、魔改造宜しくだからだ。
なので、そういう欲求を抑えるためと言う訳ではないが、室内の至る所に希少性の高い鉱石等も配置されている。
その内の1つ、壁から突き出るように設置されていて、向こう側が透けて見える程の透明度であるクリスタルを興味深そうに眺めているドワーフが居た。
代表者の1人、ザッハ・ブートである。
「……ふ~む」
「そのクリスタルがどうかしたのかの? ザッハ」
クリスタルを一心に眺めるザッハに声をかけたのは、義父であるジジル・ベベルである。
ザッハは声でジジルであると分かってはいたのだが、きちんと振り返り、これは義父さんと挨拶してから答えた。
「このクリスタルなのですが、きちんと加工すれば良い装飾品になるなと思いまして」
「ふむ。リリルへの土産か……。確かに、良い物が出来そうではあるな。アレは動物が好きだし、そのあたりを考慮すれば喜ぶであろう」
「そうですね。躍動感溢れる馬にでもしましょうか? それとも眠っている猫とか?」
「素材量的には両方作れそうじゃの。両方作ればいいんじゃないかの? それでも、素材が余りそうじゃし、ワシもアコイに何か作っておこうかの」
そう言って、2人は互いに奥さんのため、あ~でもないこ~でもないと地面に絵を書きながら相談を始めた。
「義父さん。こっちの方で曲線を作れば、より躍動感を感じるようになりませんかね?」
「う~む。確かに……。じゃが、それだとバランスが取れんのではないか?」
「あぁ、そうですね。……でしたら、こう……周囲も作って支えるように……」
「……うむ。それなら……」
ザッハとジジルが相談している光景を羨ましそうに眺めるのは、ゴッツ・ゲイトである。
そんな彼に、バーン・バァンとドルチェ・ギュスが声をかけた。
「お~い、ゴッツ。そんな目で2人を見てどうした?」
「おいおい、察してやれよ。バーン」
「何をだ?」
「伴侶が居るのが羨ましいんだよ。一人身の辛さを実感してんのさ」
「ほ~ん……」
「……2人共、ちょっと俺に失礼っスよ! 確かに一人身ですけど、そんな風な事を考えて見てた訳じゃないっス!」
バーンとドルチェの言葉に、ゴッツが2人に不機嫌顔を向ける。
「わりぃわりぃ! そう怒るなって! それで、何を思って見てたんだ?」
ドルチェが宥めるようにそう言うと、ゴッツは再びザッハとジジルへと視線を戻し、ぼそっと呟くように尋ねる。
「そうっスね。俺にあんな細かい装飾は到底無理だなと……」
「はっ? 何言ってんだ、お前? 今まで教わらなかったのか?」
不思議そうな表情でバーンが尋ねる。
何しろ、周囲にはドワーフしか居ないのだから、鍛造の仕方を教わり教え合うという関係が出来上がり、そのまま飲み仲間へと移行するという状況が出来上がっているのだ。
その生き方は、親から子へ、子から孫へ……と受け継がれていき、今では、ドワーフ全体の大体が飲み友達経由で繋がっているという独自性を確立している。
親が師匠に子が弟子に、親子であり師弟でもあり、飲み友達は全員仲間という関係で生きているからこそ、バーンは不思議がっていたのだ。
そんなバーンの問い掛けに、ゴッツはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべて答える。
「あ~……。そんな人、俺の周りには居なかったっスからね。大雑把なのは見て覚える事は出来たんスけど、細かい手作業となると……」
「「……」」
その言葉に対して、バーンとドルチェは咄嗟に答える事が出来なかった。
それが証明する事は、ゴッツには師匠と呼べる存在が……つまり、親が居なかったという事になる。
確かに、ごく一部ではあるが、死別等によりそのような子達が居る事は、紛れも無い事実であった。
普通であれば、そのまま親戚へと預けられて色々と学んでいくのだが、そうもいかない場合は、孤児院等で預けられる事となる。
ただ、人数が人数なので、預けられる全員に満遍なく教えられるかというと、それは不可能とは言わないが難しいと言えるだろう。
ゴッツもそういう1人なのだろうと、バーンは当たりを付ける。
バーンは簡単に自己紹介は交わすが、必要が無ければ深くは尋ねない、細かい事は気にしない、良くも悪くも大雑把と言うか、器が大きいと言えばいいのか、直感を信じるような人物だ。
……その分、戦友としても長い時間を共に過ごしているドルチェの気苦労は絶えないが。
バーンはそんな事気にしないとばかりに表情を輝かせ、これからバーンが言う事が分かるドルチェは苦笑を浮かべた。
「……ほ~ん。なら、これからそういうのを覚えていけば問題無いな! 何せ、我々は共に代表者! 新しい仲間だ!」
「……え?」
「覚悟しておいた方がいいぞ、ゴッツ。バーンは厳しいからな」
「え?」
「よぉし! 面白くなってきた! HRWWの修理だけでは物足りなかったのだ! さぁ! やるぞ!」
「え?」
そう言って、バーンは楽しそうにゴッツの肩へと手を回す。
ゴッツの表情は、一体何が起こっているのか分かっておらず、戸惑いを浮かべていた。
ドルチェは苦笑を浮かべたまま、バーンとゴッツへと声をかける。
「もちろん、俺も教えるから安心しろよ」
「お、お願いします?」
「ドルチェは我以上に細かいから気を付けろよ!」
「おいおい、俺が細かいんじゃねぇ。お前が大雑把過ぎるんだよ。そうだ! ジジルとザッハも混ぜようぜ!」
「おぅ! それでいこう! 幸い、ここには潰せる鉱石がいくらでもあるからな! その手に技術を得るまでどんどんいくぞ! お~い、ジジルにザッハ!」
自分達を呼ぶ声に手を止め、ジジルとザッハが振り返った。
「んん? どうしたい?」
「どうかされましたか?」
「いや何、どうもゴッツには師匠が居らず、細工の腕が未熟らしくてな。我達だけでもいいが、どうせならここに居る全員でゴッツの師匠になって教えていこうと思ってな! どうだ? 参加するか?」
バーンの提案に、ジジルとザッハの2人は顔を見合わせ笑みを浮かべる。
「ほほぅ。そいつは面白そうじゃの! もちろん、名乗りを上げさせてもらうわい!」
「そうですね。私もまだまだ未熟ではありますが、もちろん参加させて頂きます」
バーン、ドルチェ、ジジル、ザッハの4人は満面の笑みを浮かべ、その様子を見たゴッツは、涙目になった自分の顔をぐいっと拭う。
「……皆さん、ありがとうっス」
「感謝はまだ早いぞ! ゴッツ」
「そうそう。技術を覚えるまでが大変なんだから」
「気にする事は無いわ。ワシ達は既に仲間なのじゃからの!」
「そうですね。それに私もまだまだ教わる身。共に頑張っていきましょう!」
そして、ドワーフ代表者達は移動開始時刻になるまで、細工を中心とした鍛造をして過ごすのであった。
◇
ゆったりとした旋律の音楽が奏でられている部屋。その中央に置かれている品の良いテーブルを囲んで、富裕者代表者達は優雅に紅茶を飲んでいた。
その姿にこれから戦いへ向かう者という気負いは一切見えない。
全員がリラックスしており、奏でられている音楽を堪能しているようだ。
もちろん、この部屋には代表者達以外は存在していないため、LPレコード専用の音楽再生機器のような魔導具からの音である。
この魔導具もまた魔力金属の恩恵を受けており、魔力を流す事で動かす事ができるのだが、所謂骨董品の類であった。
しかし、ここは富裕者代表者達の部屋である。
骨董品故に価値が付いて値が上がろうが、そんな金額等、彼等にとってはほんの些細な値でしかない。
この部屋の中は、今までの代表者達の贅が尽くされているのだから。
そして、耳に届く音楽を楽しみながら代表者の1人、エダル・リズベルトは、紅茶と共に用意されている茶菓子を口へと運び、咀嚼する。
「……ふむ。中々美味だな。それに何故か茶葉も変わっている……。まぁ、美味いからどうでもいいが」
感心するような表情を浮かべるエダルに対し、その様子を見ていたキステト・ウォーラは苦笑いだ。
それもそうだろう。
茶葉の変更は、第一戦開始前にエダルが飽きたと文句を付けたからである。
恐らく、新しい茶葉を用意したのは、リズベルト家の執事かメイド辺りだろうとは思うが、何とも用意がよろしいようで……と、キステトは思った。
エダルが教育した結果なのだろうとは思うが、当人達からしてみれば、かなり大変だったのではないかとも思う。
後は、そのあたりの事を労う精神さえ持ち合わせていれば、良かったのだが……。
いや、そういう精神を持ち合わせていない訳ではない。
ただ、エダルがそういう気持ちを抱く相手は、自分に近しい者か、対等に近い立場の者だけであった。
そういう部分を分かっているからこそ、キステトは苦笑を浮かべたのだ。
「……なんかゆったりしすぎて、眠くなっちゃうよ」
そう言ったのは、本当に眠そうな欠伸をするミミク・ペテトキクルである。
その少年らしい行動に、この場の空気が更に弛緩した。
「これから戦いなんだ。まだ眠っちゃ駄目だよ?」
「分かってるよ、レオンさん」
欠伸をするミミクに対して、優しく言葉をかけたのはレオン・ドレスフィールであった。
その表情は微笑みを浮かべているのだが、どこかミミクを通して誰かを見ているようにも見える。
ミミクは、眠気を覚ますように茶菓子へと手を伸ばし、そのまま口へと放り込む。
「……んぐ。……んぐ。……それにしても、エルフの次はドワーフか。近距離特化って事は、エルフの時以上に早く終わるかな。だって、こちらから探さなくても向こうから来てくれる訳だし」
「そうだな。探す手間が省けるのはありがたい」
「全くだ。装甲を厚くするのは別にいいが、その分移動速度の遅さはどうにも出来んしな」
「確かに、移動に関しては予想以上でしたね。いや、きつかったとでも言えばいいんでしょうか? スキルを使えば問題は無いんでしょうが、そうそう乱用する訳にもいきませんし」
ミミクの言葉に、エダル、キステト、レオンが答える。
「全くだよ。歩く事以外出来ないって暇過ぎる! 時間の無駄だよね」
「ミミクの言う通りだな。要らぬ時間を過ごす事になるとは思わなかった」
「まぁ、ドワーフ戦に関してはそのあたりを心配しなくてもいいだろう。近距離戦しか出来ない以上、向こうから来てくれる訳だしな。なんなら、コクピット内で軽食でも取りながら待ってみるか?」
「そうですね。さすがに軽食を取りながらだと咄嗟の反応が出来ないですが、コクピット内で時間を潰す手段を持ち込むのは必要かもしれませんね。ドワーフがこちらを見つけるのにも時間がかかるかもしれないですし……」
そう言って、この4人は考え出す。
内容は、主にコクピット内でどうやって快適に過ごすかだ。
ふざけた内容と言っていいだろうが、至って彼等は本気である。
とりあえず、本や軽食類を持ち込む程度の事はしそうであった。
完全にドワーフ側から来て貰う事を想定して動くようで、無駄な労力を嫌ったのだろうと思う。
そもそも彼等の頭の中に、ドワーフに負けるという考えは一切無く、その前に富裕機の装甲をどうにか出来るとも思っていなかった。
そんな中、代表者の1人である、ウイゼル・カーマインは直立不動で部屋の隅に居り、一言も発さず、この場の空気として存在するよう徹している。
別にそのような態度を常日頃心掛けている訳ではない。
ウイゼルの考えとしては、余計な事をして制裁されたくないだけである。
エダルから、完全に強者弱者の関係を教え込まれてた結果であった。
しかし、状況は彼の思う通りに進むとは限らない。
「ウイゼル」
「……はい」
思い出したようにエダルから名を呼ばれ、ウイゼルは身を怯ませながら答える。
その目には怯えがあった。
「分かってるな?」
「……はい」
脅すようなエダルの目線と言葉に、ウイゼルは目を伏せながら答えた。
「エルフ戦の時のような真似は許さん。……次は無いと思えよ?」
「……承知しています」
「ウイゼル。お前の役割は何だ?」
「……“盾”となる事です。この身を賭して、防御に徹します」
「言葉では何とでも言える。その行動で示せ。きちんと任せた仕事をやり遂げれば、少しは待遇を良くしてやろう」
「……はい」
エダルのその言葉に、ウイゼルは特に嬉しさ等を感じる事は無かった。
待遇が改善されようが、解放されなければそんな事に意味は無いと思っている。
だからウイゼルは、エダルの言葉に機械的に答えただけだった。
決められた言葉を、そのままなぞって言っただけである。
ウイゼルがそれ以外の言葉を言うのは、禁止されているかのように……。
エダルはそれで一応満足はしたのか、コクピット内でどのように過ごすかの相談へと戻り、ある程度纏まって準備を終えると、代表者達を伴って富裕機の元へと向かうのであった。
そして第二戦、ドワーフ対富裕者達の戦いが始まる。




