エルフ代表者達、魔族代表者達
森の中をイメージして造られた部屋の中に、エルフ代表者達全員が揃っていた。
前回と違い、既に全員が同じ場に居る。
大きな切株のテーブルを中心に、それを取り囲むように点在している小さな切株の椅子へと腰を下ろしていた。
一応、切株テーブルの上には、淹れたての紅茶や口が寂しい時にとお菓子が置かれているのだが、誰もそれに手をつけようとはしていない。
重苦しい沈黙が場を支配していた。
休息期間は設けられたが、未だ気持ちの方は全快していない。
それでも、これから戦う種族は最強種族と言ってもいい「魔族」であるのだから、必要最低限の事は確認しなければならないと、エルフ代表者達の隊長であるオブイ・トロプスは、アッティ・トレディへと視線を向けて口を開く。
「……アッティ。パネラはいけそうか?」
自分の名を呼ばれ、体をビクつかせるパネラ・ルデカ。
パネラはアッティの隣に座っており、言葉は発しないが申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「大丈夫ですよ。……と、言いたいですが、正直に言わせて貰えれば、出来れば第2戦は休ませた方がいいかな。……コクピットに座れるくらいまでなら回復したけど、戦闘が出来るかと問われたら……」
「そうか……」
「特に俺達エルフは遠距離狙撃がメインですからね。今の状態だとその狙いが逸れる事になるんじゃないかな?」
アッティの言葉にオブイは思案顔を浮かべる。
パネラの事はアッティに任せている以上、その本人が言っている事に間違いはないだろう。
現にパネラは今も少し震えているのだ。
富裕者達に与えられた恐怖心は、そう簡単に拭えるものではない。
だからこそ、第2戦を休ませた方がいいというのは分かる。
しかし、今回の相手は「魔族」なのだ。
ただでさえ第1戦を落としているのに、数的不利を抱えて勝利出来るとは断言出来ないし、現状満足に戦えないパネラを加えれば勝てるとも言えない。
数的不利は確かに痛いが、元々遠距離狙撃だけで今までの戦争を戦ってきたのだ。
今のパネラを加えるという事は、数的不利は無くなるが、戦力にならない者……正直に言えば、足手纏いを抱えるという事と同じである。
それは数的不利な事よりも、より深刻な事態を招く事になるかもしれない。
そのあたりを危惧しながら戦うぐらいであれば、遠距離狙撃を存分に生かし、先にこちらが相手の1機を仕留めれば数的不利は無くなるのだ。
まだそちらの方が勝率は高いだろうと、オブイは打算する。
オブイの心情から言えば、全員参加の全員生還の上、勝利するという形が一番望ましいのだが、現状それは難しい。
種族間戦争は勝利が至上である以上、最も求められるのは“どのような形であれ勝利する”という事だ。
そうなると、現状で最も勝率の高い手段を取るのであれば、パネラの扱いはおのずと決まってくる。
「……仕方なしか。アッティの言葉を考慮して、パネラは第2戦休みにしておこう」
オブイは目を閉じ、自分を納得させるように告げた。
その言葉を聞き、様子を窺っていたパネラは、今自分を見られていないという事もあり、あからさまにほっと胸を撫で下ろす。
普段なら、そんな態度をしようものなら周りの怒りを買いそうなものだが、パネラが異常に怯えていた様子を知っているだけに、誰も何も言わない。
ただ、隣に座るアッティだけは微妙な苦笑いを浮かべる。
パネラはとてもではないが戦えない状態である事をこの場の誰よりも知っているだけに、第2戦に参加しないのは良かったなと共に喜びたい気持ちはあるのだが、それを前面に出している姿にはもう少し抑えた方がいいよと思っており、それ故に微妙な苦笑いを浮かべていたのだ。
思っているだけで決して口に出さないのは、直ぐに考えを切り換えたためである。
なにしろ、エルフ代表者達は1人少ない状態で魔族に挑む事がこれで決まったのだ。
エルフ代表者の戦闘参加人数が1人少ないという情報は直前という事もあり、隠匿する事は可能だが、当人達にとって数的不利を負うのは参加者各自の死亡確率も上がるという事になり、きちんと対処していかないと一気に戦いの流れを持っていかれ、即座に全滅させられてしまうだろう。
オブイの考えにもあった遠距離からの初撃で運良く1機撃墜しても、元々互いのHRWWに性能差がある以上、数の面でのイーブンにしかならず、決してそれで安心できるという訳ではない。
いや、遠距離戦だけであればエルフ側が有利である事に変わりはないが、第1戦でも分からされた通り、例え1機でも近付かれれば終わりなのだ。
一気に瓦解してしまうだろう事が、簡単に推測出来る。
だからこそ、アッティも真剣にこれから起こる戦闘の事を考えるために頭の中を切り換えたのだ。
アッティ本人にしてみれば、別に自分が死ぬ事には問題無いと思っている。
いや、いずれそうなるだろうなとすら思っており、諦めているというか、達観しているというか、「生」にそこまでの執着を持っていない。
しかし、だからといって自分が死ぬ事で周りに迷惑をかけたいかというと、そうではなかった。むしろ、迷惑をかけずに死ぬ事を目標としている。
だがまぁ、人が死ぬというのは、周りに少なからず影響を与えるという事をアッティが理解しているかどうかは分からないが……。
本人は至って真面目である。
そうして、パネラが安堵している間に、アッティはオブイ達と第2戦での作戦を練っていく。
その会話の中、オブイはエルフ代表者達のエースであるロカート・ラルバへと尋ねる。
「そういえば、ロカートよ。オクスに頼んでいた“天鹿児弓”は間に合ったのか?」
「いえ、やはり間に合いませんでした。出来れば、魔族と相対するこの第2戦で使用したかったのですが、まだ完全ではないとオクスに断られてしまっては、こちらとしてもその判断を尊重したいと思いまして……。強力過ぎる兵器ですからね。下手な状態で使用して何か問題が起これば、それだけで終わりなので」
「“天鹿児弓”?」
オブイとロカートの会話に出てきた言葉に反応したのは、エルフ代表者の中で最も幼い者であるムライス・リブクルであった。
本当に知らない事であったのか、ムライスは不思議そうな表情をしている。
まだまだ幼さが残るその表情に、オブイはまるで孫へと接するような優しい表情を浮かべた。
「おや? ムライスは“天鹿児弓”を知らんか?」
「聞いた事があるような気はするのですが、知りません」
「そうさな……知らなくても当然であろうし、まぁこの第2戦の後に見る事もあるだろうから教えてもいいだろう」
納得するように頷くと、オブイは真剣な表情へと変わり、ムライスへと再度視線を向ける。
真剣な表情と共に宿る厳粛な雰囲気に、ムライスはごくりと唾を飲み込む。
「“天鹿児弓”……。これはワシ等エルフのみが扱える原初の女王が造り出し遺した兵器だ。正確に言えば他種族の者でも扱う事は出来るが、その特性を最大限生かす事は出来ん。遠距離狙撃を得意とするエルフであるからこそ、その特性を生かす事が出来ると言った方がいいかもしれん。構造は単純に超長の銃身を持つライフルで、普段ワシ等が使っているライフルの倍以上の射程距離がある。ただ、使用時の魔力が膨大であるのと、その威力が高すぎるために、1発撃てば魔力枯渇と同時にその超長の銃身が駄目になるという、使い所が非常に制限されるものなのだ」
「そのようなライフルがあるなんて知りませんでした」
「知らなくても当然だな。ワシが今まで生きてきた時間の中でも、使用する者は1人も現れなかったのだから」
「どうしてでしょうか? 強力な武器ならもっと率先して使用するべきだと思うのですが?」
「……強力すぎるのだ。先程も言った通り、あれは膨大な魔力を使用する。いくらワシ等が魔法が得意であった種族であったとしても、一般的な魔力量では足りん程でな。1発も撃つ事が出来ん。使い手が……使える者が今まで居らんかったから、廃れていったのだが――」
オブイはそこで言葉を区切り、ロカートへと視線を向け、ムライスもその視線を追う。
「つまり、ロカートさんの魔力量だと使用出来るって事なんですか?」
その問いに、ロカートは肯定するように微笑を浮かべる。
「あぁ、そうだな、今や普通に生きていく分には無用の長物となった魔力量に関して言えば、私のは他のエルフ達に比べて5倍近くある。ただ、それでも撃てて2発。……それでも“天鹿児弓”であれば、それで充分なのだがな。後は実際に見れば、嫌でもその強力さを納得するだろう」
これで話は終わりだと告げる。
ムライスも想像でしか判断出来ないために、どうせ後で分かるだろうとこの場は納得して、それ以上の追求はしなかった。
そうして、オブイ、ロカート、ムライス、アッティの4人は、対魔族戦に向けて少しでも勝率を上げるために、開始時刻ギリギリまで話し合うのである。
その間、パネラは未だ心に残っている傷を癒す為に、部屋の中に放逐されている小動物達と戯れているのであった。
◇
魔族が利用する塔の専用リビングでは、代表者達が寛いでいた。
魔族達が使用する塔は、他の種族達のように特有の造り等は一切していない。
何故、そのような造りをしていないかと言うと、魔族とは言っても普通の美的感覚しかないからだ。
物語に出てくるような日に照らされない暗い奥底等、別に好みではないからである。
日の光の下で過ごし、他の者達と同じように日々を送っていれば、それが普通であろう。
言ってしまえば、魔族と言ってもそれは、人種の違いでしかないのである。
魔族に対してそういう部分を付け足すのであれば、機能性を求める傾向が強いと言った所であろうか。
そうした美的感覚で言えば普通の、機能性に優れた調度品が置かれたリビングで寛ぐ代表者達であるが、その姿にこれから戦いに赴く者特有の気負った様子は一切無い。
「はふぅ~」
訂正。
若干1名は、ソファーの上で寝そべっており、完全に脱力していた。
直ぐ傍にあるテーブルの上に置かれていたクッキー缶から1枚掴み、サクサクと食す。
この行動を何回か繰り返し行うと喉が渇いたのか、クッキー缶の横に置かれている氷入りの冷たい葡萄100%ジュースが入ったグラスを手に取り、差しこまれているストローを使って潤していく。
喉を通る冷たさと葡萄の豊潤な味に満足し、テーブルの上に戻した際に鳴った「カラン」という氷がグラスにぶつかった音に満足気な笑みを浮かべる。
その様子をイラただし気に見つめる者が居た。
その者は憤怒の形相を浮かべ、怒声を上げる。
「ロット! キサマ、気を抜きすぎだ! これから第2戦だぞ!」
「そんなに気負うような事か? ヌルーヴ。相手は遠距離狙撃しか芸の無いエルフだぜ? とてもじゃないが、俺達魔族の敵になるような種族じゃねぇよ」
憤怒を浮かべるヌルーヴ・ガガに、ソファーで寝そべるロット・オーがそのままの態勢で返答する。
その態度が気に食わなかったのか、ヌルーヴの怒りが更に増す。
「よかろう! では第2戦の前に、まずはキサマの腐った性根の方をどうにかしてやろうではないか!」
荒ぶるヌルーヴは座っていたソファーから立ち上がり、ロットへと近付いていく。
「そんなに激昂する事か? ヌルーヴ。考えてもみろよ。エルフ共の第1戦は正に惨敗だったんだぜ。あの状態から第2戦がまともに戦えると思っているのか? HRWWだって用意出来てないかもしれないし、怪我とかそのあたりの理由で参加人数だって少なくなっている可能性だってある。元々俺達に勝てる要素すら考えつかないのに、更に不利な条件を負ってんだ。これで気を抜くなという方が無理だぜ」
「この馬鹿者が! 相手が格下と余裕を見せて挑んで、第1戦人族相手に恥ずかしくも苦戦したのをもう忘れたのか?」
「それはそっちにも言える事だと思うが?」
その言葉と同時に、互いが睨み合う。
そして、この2人にとってはいつもの口喧嘩へと進んでいった。
「戦いの前だと言うのに、いつも通りなんですね、彼等は……」
「えぇ、このような時でも普段通りに居られる、頼もしい仲間です」
ロットとヌルーヴの口喧嘩をそう評するのは、ウルカ・ビビエンとユリイニ・サーフムーンである。
この2人は共に笑みを浮かべているのだが、意味合いが違う。
ウルカの方は驚きというか、信じられないというか、そういう心境からの苦笑なのだが、ユリイニは心の底からの楽しそうな、頼もしい者達を見る柔和な笑みを浮かべていた。
「それで、ユリイニ様はどう思ってるんですか?」
ウルカは苦笑を消して、真剣な表情でユリイニへと問う。
問われたユリイニは、柔和から苦笑へと表情が変わる。
「ウルカさん、ユリイニ“様”はやめて貰えませんか? 私達は互いに代表者です。呼び捨てで結構ですよ」
「ですがロットとヌルーヴは“様”付けで呼んでいるようですが?」
「彼等は昔からの知り合いで、本人達がそう呼ぶ事を望んでいるので好きにさせているだけですよ。私としては、様付けされて呼ばれる程、高尚な者ではないと思っているので、少々気恥かしいのですがね」
ユリイニの言葉を聞き、ウルカは小さく笑みを浮かべる。
「なるほど、では様付けはやめておきますが、さすがに呼び捨ては出来ませんので、ユリイニさんと呼ばせて頂きます」
「それでも構いませんよ。……それでどう思ってるとは一体何に対してでしょうか?」
「それは勿論、この後のエルフ戦に対してです」
ユリイニは顎に手を当てて、少しの間考え込む。
「……そうですね。たしかにエルフの最も得意であり、全種族の中でも特筆している遠距離からの狙撃は脅威です。こちらの射程外である安全圏から攻撃を仕掛けてくるのですから、何かしらの善後策が無いと一方的に蹂躙されてしまうでしょう。いかにして、その弾幕を潜って近距離戦へと持ち込むか、それが大事です。近距離戦だけに限定すれば、エルフは全種族の中で最弱ですから……。そういった事を考えた上でエルフの事を侮っている訳ではありませんが、負けるとは思えません。いえ、今の心の内を正しく言うのであれば、負ける訳にはいかないと言った方が正しいと言えるでしょう」
ユリイニの言葉にウルカが1つ頷く。
「なるほど……その気持ちは理解出来ます。全種族の代表者全員が思っている事でしょう。負けられないのは、どこも同じ。より気持ちの強い方が勝つと言っても過言ではありません」
「より気持ちが強い方が勝つ……ですか。たしかに、そういう一面もあるかもしれませんね。抱く気持ちに種類はあれど、強さは本人にしか分からない。他人がその強さを感じる事は出来ないですからね」
何か思い出すように目を閉じるユリイニ。
その目蓋の裏に映るのは、1人の人族。
出会った時に“敵”と言われ、その後“敵ではない”と言ってきた者。
自分の心の内に、小さな棘のようなモノを刺した人物。
あえて名を知ろうとは思わない。
ユリイニは決意していた。
名を知るのであれば、彼の口から名乗らせると。
「……第1戦後での事を思い出しているのですか?」
そう問い掛けるウルカの言葉で、ユリイニはゆっくりと目を開く。
「えぇ。色々と衝撃的な出来事でしたから……」
「……たしか面と向かって“敵ではない”発言でしたよね? 勝利したのはこちらなのに、物怖じせず堂々とした姿勢でしたから少し驚きましたよ」
「えぇ、本当に驚きました……」
この時、ウルカは不思議に思っていた。
相手は所詮人族。
勝利したのはこちらだし、負けた事への腹いせにそのような事を言った程度だと考えていたからだ。
しかし、ユリイニの言葉の節からはそう言った人物に対して、どこかこだわっているように感じられる。
その事を不思議に思っていた。
しかし、それも杞憂であろうと思う。
相手は最弱の人族。
この戦争を勝ち抜けるとは到底思えないし、そもそも自分達が勝ち続ければ、もう2度と出会う事はないであろうと考えて、そこで思考を止める。
そうして、ロットとヌルーヴの口喧嘩をBGMに、ユリイニとウルカは他愛もない会話を第2戦開始時刻まで交わす。
その間、もう1人の魔族代表者ファル・ワンは、そんな様子を観察するように眺めているだけであった。
そして第2戦、エルフ対魔族の戦いが始まる。




