チミック・フロフ
それは、いつものように部屋の中で1人佇んでいる時だった。
両親は既に死別し、細々と畑を耕して自給自足の生活の日々。
それ以外では、音楽を聴いたり、本を読んだり。
1人で居る事に慣れ過ぎていた頃。
両親が自分に遺した家へと訪ねてくる者達が居た。
一体誰だろうと憂鬱な気分でドアを開けると、そこには狐族の族長とその取り巻き2人が自分へと、ある種の決意を秘めた目で見ており、何事かあったのか? と、不思議に思う。
そもそも、今ではほぼ人と付き合っていない自分へと、族長が訪ねてくる事自体、チミックにとっては不思議に感じている。
「……族長、何かあったのですか?」
「うむ。すまんな、チミック。この村から次の種族間戦争のメンバーを1人選出する事になったのだ」
「……はぁ」
それだけで、族長が自分へと訪ねて来た理由を理解する。
多種多様な獣の種族が存在する獣人族。
戦争参加に関しては、もちろん立候補が優先されるのだが、それでも5人という人数が揃えられるかというと、命がかかっている以上やはり難しい事に変わりは無い。
そこで緊急措置として取られているのが、持ち回り制で種族から1人出す事であった。
そして、今回は狐の獣人族の番なのだ。
そうした事から、チミックはその狐の獣人族から1人選ばれたのが自分である事にひどく納得していた。
他の者には両親が居る。
友達が居る。
恋人が居る。
子供が居る。
家族が居るのだ。
1人なのは自分だけ。
だから自分が選ばれたのだと。
さながら自分は斬首台へと向かう、死刑宣告をされたようなものだと思った。
だが、それも当然の結果のように感じてしまう。
村の中で誰とも関わりの無い自分。
それは見方を変えれば、この村から居なくなったとしても、誰も困らないという事だ。
そんな自分だから……選ばれたのだと。
ならばいっそのこと、戦争に参加するのもいいかもしれない。
もし、自分が死んでも誰も悲しまないし、それでこの村に住む幸せな人達は、その気持ちに陰りを落とす事無く生きていけるのだから。
それに、強制されて行くのと、自ら進んで行くのとでは、大きく違う。
結果は同じであったとしても、過程の違いは気持ちの違いだ。
そう判断したチミックは、族長に戦争参加の了承を伝えそのまま旅支度を済ませた。
族長の話によると、これから戦争開始時期までの間、HRWWの操縦訓練をしなければならないために、この大陸の首都へと赴かなければならないからだ。
それから数日後、代表者を訓練所へと連れて行く使者達が村へとやって来た。
この者達は、寧ろ代表者が臆して逃げないように監視するための意味もあり、その事を充分理解してはいるチミックは、別に逃げるつもりは一切無かったのであまり関係ない話である。
素直に指示に従い、そのまま村を出る。
チミックの見送りは村長1人だけであった。
「……すまんな。他の者は色々と忙しくてな」
「構いません。そもそも、こういう事になるからこそ、自分が選ばれた訳ですから」
チミックは本当に気にしていなかったのか、納得しているような表情を浮かべている。
その表情を見た族長の方が、物悲しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「こんな事を言っても今更かもしれんが……」
そう呟く族長は、何を言うのだろうと不思議そうな表情を浮かべるチミックと目線を合わせる。
「……帰って来いよ」
「……」
その言葉にチミックは何も言えなかった。
そういえば……と、昔の事を思い出す。
まだ両親が健在だった頃、何度か族長のお世話になった事があったのを思い出したのだが、今更それに何の意味があると頭の中の思い出を消し去る。
そしてチミックは、族長に対して特に何を言うでもなく、寧ろ先程の表情を浮かべさせた事に対する申し訳なさのようなものを心に抱きながら、使者達と共に村を出て行った。
◇
訓練は無難にこなしていった。
可も無く不可も無くといった感じで、平均的に仕上がる。
特出したものは無いが、特にこれといって悪い所が無い、そんな感じだ。
ただ、元々の性格故か特に親しいといった者は出来ず、挨拶をされればきちんと返すが、それで終わり。
相手に対して深く踏み込む……というか、1歩すらも踏み込まず、その場を去るという態度が徹底されていた。
その上、誰が飲みに誘っても決して応えず、徹底して1人で居るという感じ。
そうなると、周りの評判も悪くなっていくのだが訓練中は真面目に受けている事もあり、そこまで嫌われる事は無かった。
まぁ、元々チミック自体がそういうのを気にしていない面があり、周りもそういう奴なんだと認識していった事が大きいだろう。
だが、そんなチミックにも転機とでも言えばいいのか、そういう出会いが待っていた。
それは、獣人代表者同士の初顔合わせ。
正確には、訓練所から顔合わせのためにワナイ王家が居城としている、首都の中で2番目に存在感を示している城――1番は女王の宮殿である――へと向かう前に、同じくここから共に向かう獣人代表者と出会った。
チミックが案内された部屋へと入ると、むせ返るような酒の匂いが満ちており、その中でソファーへと寝そべりながら酒を飲んでいる人物。
兎の獣人セーフ・ムナンであった。
チミックは部屋の中に満ちる匂いに、少しだけ顔を顰めながらセーフへと近付いていく。
「……あなたが、セーフ・ムナンさん?」
声をかけられたセーフは表情を変えずに、チミックの方へと顔を向ける。
「うぁ~……。う? うん? どなたかな? 果てさてどこかでお会いしたのかな? うささささ。失礼。記憶に無いもので」
「正真正銘、初対面です。初めまして、セーフ・ムナンさん。自分はあなたと同じ獣人代表者であるチミック・フロフです。これからどうぞ、宜しくお願いします」
「うささささ。固い! 固いぞ! チミック・フロフ! いや、ここはあえてチミックと呼ばせて貰おうではないか! 私達は同じ代表者である! それは即ち、仲間であり、友である! もっと砕けていいのだぞ? そうだ、そうしよう! うささささ。出発までにはまだ時間がある。ほれほれ、チミックも一緒に酒を飲もうではないか!」
「……」
大量に酒が入って悪酔いしているのであろう。
それが証拠に、この部屋の中には大量の空になった酒瓶が至る所にあった。
ハイテンションなセーフに圧倒されて、何も言えないチミックではあるのだが、内心は少々困惑していた。
目の前の人物がハイテンションなのは、口調と声量で分かる。
しかし、表情が変わらない。
笑うでもなく、怒るでもなく、兎特有の円らな瞳でじっと見てくる事に少々困惑したのだ。
そんな風にチミックが内心困惑している内に、セーフは次の行動に移る。
いそいそと中身が丸々入っている酒瓶を手に取ると、チミックの方へと向けるのだ。
「……それ全部ですか?」
「うささささ。まぁまぁ、まずは1本」
1献ではなく1本である。
普通に考えれば、いやいや違う違うと言えるだろうが、対応するのはチミックなのだ。
これまで1人で居た弊害であろうか、酒の席とでも言えばいいのか元々そういう部分には疎かった。
もちろん、基礎知識的なものはある。
だが、その知識もずっと1人で居たために、既に何年も前のものであり、酒を勧める際、今は「1本」が普通なのか? と、明らかに間違っているのだが判断材料が無いために、そのように認識してしまう。
酒はそれ程得意ではないのだが、仮にも目の前に居る者はこれから自分と共に戦争へと赴く仲間なのである。
互いに助け、助けられてをしなければ生き残れないかもしれないのだ。
ここで不和を築く訳にもいかず、チミックは大きく溜息を吐いてから酒瓶を受け取り、一気に飲めるだけ飲む。
その様子を満足そうに眺めるセーフもまた、習うように一気に酒を飲んでいく。
この時、もう1つ懸念材料を挙げるのであれば、それはチミックのアルコール耐性であろうか。
普段から飲んでいるであろうセーフであれば、その辺りに抜かりはなく自分の限界を理解しているため、酔えばどうなるかというのが分かっていたために妙なテンションではあるが、自分の中ではほろ酔いで留めていた。
だが、チミックは常に1人で居たために自分の限界が分からず、許容量を超え、一気に酔ってしまう。
その結果。
「いやはや、美味しいですね、これ。なんていうんですか?」
「……キャロット酒である」
「キャロット? 人参? あははは! 美味い美味い! いいですね、これ。酒がこんなに美味しいと感じたのは久し振りです。なんかいい気分です。もっともっと飲みましょう! いや~、これだったら、もっと前から色んな人と飲んでおけば良かったな。いやね、自分は今までずっと1人で居たんです。別に面白い話題なんてないし、こんな自分に付き合ってもつまらないだろうなって。ほんと勿体ない事してました。族長にも色々気を使ってもらってたみたいで、村を出るまでその事に気付かなかったんです。今度会ったら感謝したいな」
一気に饒舌へと変化するチミック。
その様子に、セーフは内心やりすぎたかな? と思ってしまう。
しかし、これはこれで面白いと思い直し、折角出来た飲み仲間と共に、出発の時間まで酒盛りを続けるのであった。
しかし、チミックにとってはそれが良い方向へと働いたのか、ある程度体から酒が抜けると、記憶が残っていたか自分がやった事を思い返し、恥ずかしくなってしまう。
けれど、そんな自分の恥ずかしさと感じる部分を前面に出したとしても、確かに表情は変わらないセーフではあるが、親身に受け答えしてくれていた事を嬉しく思った。
そして、飲酒の量には気を付けなければいけないが、人付き合いが苦手な自分でもある程度飲酒すれば、問題無く対応出来るのではないかと考える。
意図した訳ではないだろうが、その事を教えて貰ったと言ってもいい上に、自分の話を親身に聞いてくれたセーフに関しては、チミックの一方的かもしれないが特別な友情のようなものを感じていた。
これからの自分の生涯の友であると……。
だからこそ、人族機の放つ武器の先端部分がセーフ機を貫こうとしているのが見えた瞬間、友を助けなければと自分の命を全く考えずに飛び出した。
その代わり、自分の命を散らす事になったのだが。
しかし、結果だけを見れば、セーフを守ったと言ってもいいのだろう。
この結果が最良であったかどうか、それを答えるチミックはもう居ない。




