第二戦 人族対獣人 2
時間は第二戦開始時刻から少し経ったぐらいまで遡る。
人族機側の開始地点は付近に枯れ果てた木々が見える程度の寂びれた場所で、少し遠くの方に岩山とひび割れた大地の元・草原が確認出来た。
「それで、ユウトはどの辺りで獣人機を迎え撃つつもりなんだ?」
念のため周囲の警戒を行いながら、グランがユウトに尋ねる。
ユウトは操縦桿から離した手を顎に当て、モニター越しに周囲の状況を確認してから、今回の条件付き単独行動に向いている場所に当たりを付けた。
「……そうだな。獣人側は元・草原の向こう側からこっちに向けて来るだろうから、ちょうど視界が開ける場所として岩山の裏辺りにいい所があるから、そこだな」
「……ふむ」
ユウト機が腕を動かして指し示す場所をグランが確認する。
その周囲一帯も合わせてだ。
「……なるほど。いいじゃないか。獣人機の姿を確認後対応出来る距離が充分取れているし、ユウト機の姿も向こうからは丸見えだろうが、それは今回の作戦上問題にはならない。それに最も近い場所にある岩山にはHRWWの巨体を隠せる程の岩もあるし、俺達がそこに隠れておけばいざという時、挟撃するような形にもっていけるな」
うんうんと頷きながら答えるグラン。
指し示した場所に満足している様子に、ユウトはほっと胸を撫で下ろす。
これはユウト自らが望んだ単独行動であるし、別に死ぬつもりは全く無いが、結果そういう事になったとしてもそこに後悔は無い。
後悔は無いのだが、ただ、今回の事は自分の我儘から始まった事であり、それによって仲間でもある他の人族代表者達に多少なりとも気を使わせてしまったと実感している分、死んでしまって残った仲間達に迷惑をかける訳にはいかないなと思っていた。
だからこそ、もっと単独行動に適した場所はあるかもしれないが、提示された条件に合うように選んだ場所で納得して貰えそうで、ほっとしたのである。
まぁ、ユウト本人にしてみれば、スキルの使用可能時間が短いがために相手機はまとめて一気に潰さなければならず、そうなると結局どこでも同じだろうと思っているので、条件に合う場所を最優先に選んだだけなのだ。
もし納得して貰えなければ別の場所を提示していただろう。
グランもユウトが今回の事で自分達に少し気を使いだしている部分には苦笑を浮かべるしかない。
これは既に双方納得の上で行う事なので気にするなと言いたいが、それを言ってもユウトは結局気を使うのだろうとやめておいた。
まぁ、ユウトの我儘という部分は変わらないので、今回の事を認める代わりに精々気を使って貰おうという、ちょっとした意趣返しのような意味もあったのだが。
それに示された場所に関しても条件に合っていたという部分もあるが、既に第二戦は開始されており、前準備である今の段階で余り時間をかけていられないというのもあって、即決したのである。
ここで時間をかける訳にはいかない。
グランは即座にフォーとラデにも確認を取る。
「フォー、ラデ。俺としてはあそこで問題無いが、2人はどうだ?」
「……問題ない。充分対処可能な場所だ」
「いいと思う。確かに獣人側からは丸見えだけど、それはこちらも同様だし。それに岩山から状況確認が出来るのと、いざという時岩を盾にして銃撃すれば直ぐにでも牽制出来そうなのは、ありがたいかな」
フォーとラデもその場所で問題無いと告げ、人族代表者達は即座に行動に移った。
といっても、忙しく動くのはフォー、ラデ、グランだけであり、ユウトはゆっくりと自機を目的の場所まで動かす。
互いの目的地は辿り着くまでの距離が大きく違っており、周りの状況を確認しても獣人機の姿は未だ見えないため、そう急ぐ必要も無いと思ったからだ。
今、獣人機が姿を現すとするならば、それは元・平原の向こう側からなのは間違いないだろう。
そこに未だ姿を現さないという事は、まだ時間的猶予があるという事であると判断し、ユウトはこれから行おうとしている事に対しての、気持ちの高ぶりを抑えるために大きく呼吸をする。
モニターに映るのは、3機の人族機が全速力で岩山を登って行く姿だ。
それを見ていると、自分の我儘に付き合わせてしまった申し訳なさを感じると共に、黒色の人族機が岩山を登って行く所がどことなく何かの動物のように見えてしまい、苦笑を浮かべてしまった事は、自分だけの秘密としてフォー達には言えないなと思ってしまう。
そうして、フォー達が搭乗する人族機3機が岩山の中へとその姿を隠し終えるのと同時に、ユウト機もまた所定の位置に辿り着く。
「……ふぅ~」
辿り着くと同時にユウトは操縦桿から手を離し浅く息を吐く。
「まだ獣人機が現る気配は無いか……。もう少しかかりそうかな? こうして準備が出来た以上、さっさと出て来て欲しいもんだな」
それだけ言うと体の力を抜き、獣人機がいつ現れるかわからない以上いつまでも気を張り詰めている訳にもいかず、リラックスするようにシートに深く背を預ける。
それでも、一応元・草原がある方をメインに周辺へと注意を向けておく。
いくらリラックスしているとはいえ、獣人機の運動性が高い事はわかっているので、その辺りを怠るような事はしない。
油断して、その高い運動性で一気に攻められてそのまま潰されるなんて事は、例えその後で生き残っても仲間達に顔向けが出来ない程の恥ずべき事であり、それだけはごめんだと、ユウトはリラックスしていても即座に動けるように、手の握りを何度か確かめてから操縦桿を握る。
そして、獣人機が自分の前に現れるのを、ただただ待つのであった。
◇
種族間戦争で運用される人型兵器『HRWW』には、“スキル”と呼称されている特殊能力が備わっている。
剣や斧、銃器や盾等、使用する武具は代表者によって様々なのだが、スキルに関しては個別ではなく大陸別で違っており、個別で付与する事も出来なくはない。
では、何故そうしないかというと、単純に時間が足りないからである。
スキルは選ばれた整備チーフによって一から造り出されHRWWに付与されるのだが、有用なものを造り出そうとするのなら、そこはやはり膨大な時間がかかるのだ。
それでなくても、整備チーフは自大陸のHRWW外殻フレームの設計もしなければならないため、個別にスキルを開発する時間があるのならむしろ全機共通で使用出来るものにし、残りの時間は外殻フレームの性能上昇に費やした方が良いというのが、全種族・女王達共通の認識である。
そもそも、開発されるスキルは千差万別であるが、搭乗者の魔力を大幅に使うという事に変わりは無く余り長時間は使えないのだ。
戦闘時間中、常に発動しているパッシブスキルなど、魔力を大幅に使うという部分をどうにも変えられない今の段階では夢のまた夢なのである。
それは、『天才』と評される人族の整備チーフ、エリスラ・ロンドバードであっても、未だどうにもならない部分であった。
また、今は各大陸別に千差万別のスキルを開発出来ているが、それは今までの積み重ねられた歴史の結果である。
種族間戦争の初期頃だと『速度微上昇』や『攻撃力微上昇』等、機体に対して僅かながらの効果しか及ぼさないものでしかなかった。
ただ、それでもスキルが有用な手段の1つであるという事に変わりは無く、それを証明するかのように、過去の種族間戦争において当時では破格とも言える、他と比べて圧倒的な能力のスキルを開発した種族はそのまま見事に勝者となったという出来事も昔の文献には残っている。
そういう事もあり……いや、そういう事があったからこそ、各大陸は時間の許す限り新たなスキル開発にも大きく力を注いでいき、それが今へと繋がっているのであった。
◇
ユウトにとって、それは感覚的な変化を感じただけとしか言えないが、この場の空気が変わったような気がしただけであった。
しかし、それは正しく、モニターにギリギリ映っている程度の巨大な岩の陰に獣人機の姿を発見したのである。
ユウトは一気に緊張感を増していき、操縦桿の握りを確認するように、ぎゅっと掴むのだが、獣人機はこちらの様子を窺う様に見ているだけで、即座に襲いかかってこないのを不思議に思う。
(……何だ? どうして一気に来ない? ……あ~、あれか? もしかして、俺だけしか居ないから、罠か何かだと思って警戒しているのか?)
その考えは的を射ており、獣人代表者達は罠かもしれない危険性を感じている所であった。
ただ、ユウトとしては張り詰めていた緊張感が行き場を失くし、肩すかしを喰らったようなもので、少々苛立たしげな気分へと陥る。
「……ちっ、なんだよ。それでも獣か? 罠なんてないんだから、警戒するだけ無駄ってもんなのに……。いいから、さっさとかかってこいよな。あれか? お前等は肉食じゃなくて、草食なのか?」
相手に聞こえてないというのもあるが、ユウトは苛立ちを隠さずに愚痴る。
ただ、ユウトの愚痴が聞こえていたのか、いなかったのか、隠れている岩山から様子を窺っていた他の人族代表者達も同じ結論を出して、さてどうしたものかと悩んでいた。
グランは険しい表情を浮かべながら様子を窺い、ラデは動かない状況に焦っているのか操縦桿を指先でトントンと軽く叩き、フォーはいつでも出れるようにモニターから目を離そうとしていない。
「……なんでユウト機に向かわないんだろ? もしかして、こっちに気付いた?」
動かない状況に不安を感じたのか、ラデがそう呟く。
ラデの不安そうな表情をモニター越しに確認したグランが、落ち着かせるように通信を飛ばす。
「いや、それは無い。罠か何かがあるのではないかと警戒しているんだろう。まぁ、状況だけを見れば、HRWW1機しかそこに居ないんだ。疑わない方がおかしい」
「……それもそうか」
グランの言葉に同意するラデではあるが、不安気な表情は変わらない。
何か別の事で不安があるのか、グランが尋ねる。
「……どうした? まだ何か落ち着かないようだが」
「……ユウト、大丈夫かな?」
その言葉でラデが何を心配しているのかを悟るグラン。
確かにユウトがこの状況を望んだとはいえ、無事に乗りきれるかどうか心配しているのであろうと考える。
さて、どう言ったものか言葉を探すグランであったが、助け舟は何と言うか意外な所だった。
「……心配するだけ無駄だ。あいつはそう簡単にくたばるような奴じゃない」
フォーである。
突然の言葉にラデとグランは呆気に取られた。
今、自分の耳に届いた言葉は幻聴ではないのかと思ったぐらいだ。
だが、まだフォーの言葉は続く。
「だが、戦場では何が起こるかわからない。気は抜くなよ」
台無しであった。
それが続いて発せられたフォーの言葉を聞いたグランの感想である。
ラデを安心させるためなら最初の言葉だけで充分だったんじゃないのかと、フォーに対して無性に文句を言いたくなったが、それは結局しなかった。
モニターに映るラデの表情が苦笑を浮かべ、必要以上に入っていた体の力が少し落ち着いたのが目に見えてわかったからである。
どうやら、上げて落とす言動がラデのツボにハマったようだ。
その事にグランは内心でほっと安堵し、自分もまたフォーの言う通り、いつでも動けるように気を引き締めてから、ユウト機と獣人機の様子を窺う。
そして、事態は動く。
巨大な岩から獣人機全機が一気に飛び出し、ユウト機を包囲するように駆け抜け、配置に着いたかと思われると全機一斉に飛びかかった。
獣人機の拳や足が当たろうとしたその瞬間、ユウト機の目が赤く光るのと同時に、足装甲部分の繋ぎ目からも同じように赤い光が輝く。
「一点火力・脚」
ユウトが機体に膨大な魔力を流し、搭載されているスキルを発動する。
それと同時、モニター内に別ウィンドウが開かれ、そこに残存魔力数値から算出されたスキルの残り使用可能時間が表示される。
『残り時間 119.53秒』
◇
人族機に搭載されているスキル「一点火力」
搭乗者の魔力を大量に使用する反面、腕、脚、装甲の内、いずれか一点の能力が3倍になるスキルである。
今までの強化系スキルであれば、その上限はせいぜい1.58倍程度と少し低いものであった。
強化系スキルの上昇値が低い理由として、やはり「魔法」が日常から無くなった世界という事から、HRWWである程度「魔法」が再現出来るという事もあり、スキルに至っても魔法のようなものを開発する傾向が強いからである。
だからこそ、今の今まで強化系スキルは伸び悩んでいたのだが、そんな中での一気に3倍である事から、このスキルは正に破格、圧倒的であると言えるだろう。
ただ、その分使用時間が他のと比べ極端に短いのと、使用後はスキル使用部分に関して消耗が激しく使いものにならないという、使用時を見誤るとその後は何も出来なくなるような壊滅的ではあるのだが、逆を言えば、使い所さえ間違えなければ正に“切り札”として使えるスキルであった。
◇
獣人代表者・チミックにとって、それは正に悪夢としか言えなかった。
たった1機の人族機に対して、こちらは一斉に襲いかかったのだが、その人族機から赤い光が輝いたかと思うと、こちらの攻撃は全て空振りに終わったのである。
正確には、ユウト機がスキル使用による運動性3倍によって獣人機全機の一斉攻撃を即座に回避しただけなのだが、それを知らないが故に、いきなりその場から消えたように見えたのであった。
もちろん、それでユウト機の行動が終わる訳が無い。
ユウト機が第一戦で使用した武器、ペンデュラム「ヴァジュラ」を使い、その先端部分がイルムン機の頭部を貫き、そのまま幾重にも弧を描くようにして四肢部分を貫き落とす。
ヴァジュラを使用した事によりスキル使用可能時間が更に短くなるが、今のユウト機の運動性であれば瑣末な事であった。
イルムン機があっという間に破壊された姿に動揺してナラスが叫ぶ。
「貴様ぁぁぁ~!」
ユウト機へと襲いかかろうとするが、既にその場にその姿は無い。
ナラスがその事に大きく目を開き、その目に映るのはヴァジュラの先端部分であった。
このままではコクピット部分が貫かれると即座に判断して回避行動に移るが、腕部分を貫き飛ばされ、変幻自在の動きをするヴァジュラによって、そのまま脚部分も飛ばされてしまう。
テリアテスはそこまでの動きを観察し、攻撃時の一瞬の隙を突こうとするが、ユウト機の運動性は獣人機を上回っており、繰り出した殴打は簡単に回避され、そのままイルムン機同様四肢部分が飛ばされて沈黙する。
そして、チミックが目撃するのは、セーフ機へと襲いかかるユウト機の姿。
考える暇も無く、体が勝手に反応するように動く。
迷いなく滑らかな動きで自機を動かし、庇うようにセーフ機の前に立つ。
そして、そのモニターに映るのはヴァジュラの先端部分。
1つの動作が終わった後であり、次の動作へと移行するまでの一瞬の間。
僅かな間、動きが止まる。
ゆっくりと迫るヴァジュラの先端部分が、自分の死を呼んでいるように感じるチミック。
頭の中は、今まで自分が歩んできた過去の断片。
そして、チミックは悟る。
「……あぁ、これが走馬灯か」
ヴァジュラがチミック機のコクピット部分を貫き、そのまま後ろに居るセーフ機の頭部を破壊して、勢いそのままに反転して脚部分を貫き破壊した。
それと同時にユウト機の発光が消え、動きが止まり、脚部分からは過度の消耗によってぶすぶすと煙が立ち昇る。
「チミックゥ~!」
セーフの叫びが轟く。
だが、それに応えるべき者は既にその命が散っていた。
返答が無い事でその事を察したセーフは、心の内の思いのままに操縦桿へと拳を振り下ろす。
獣人機は全機脚部分が破壊され、満足に動く事も出来ない。
セーフ機のコクピット内に響く、何かを叩きつけるような音を聞きながら、他の獣人代表者達は自分達が人族に敗北した事を理解する。
こうして、第二戦人族対獣人は、人族の勝利で終わった。




