整備チーフ 2
テリアテス機の焼き切れた関節部の修復を終え、宛がわれた部屋で獣人の整備チーフ「グルズ・スプレ」は暇を持て余していた。
少々年老いたゴリラ顔に、大きな腕と手、筋骨隆々の大きな体をもふもふの毛が覆い、下半身はボロボロのジーンズを履いている男性である。
その体躯に合わない小さな椅子――普通は一般サイズ――に座り、足を前にある机の上に投げ出して、ぶらぶらと本当に暇を持て余していた。
その姿を見た者は、どこかの動物園か! と、言いたくなる衝動に駆られるだろう。
だが、既に獣人達の勝利の宴も終わり、特に目立った事をしている訳でもなく、この部屋から不用意に出て外に行ける立場ではない以上、これはある意味監禁に近いのではないかと思えば、不思議とこの部屋が檻に見えてくるから、その思いもあながち間違いではないのかもしれない。
実際は外出許可や行き先を告げたりすれば、そこまでの不自由はないのだが、だからといって、街に出て何をすると聞かれれば、特にこれといってやる事がないのが現状であった。
HRWWの整備に関しても、テリアテス機以外には目立った損傷・損耗もなく、チーフの自分が手を出さなくてもいいレベルであり、他の整備員達への練習も兼ねて任せてしまっている。
その整備員達も飲みに誘えば付いてきてくれるだろうが、立場が邪魔をして気を使われ、心から楽しめないというのもあるので、気軽に誘いたくないという部分もあるのだ。
だから、本当にやる事がない。
本当に暇を持て余している証明として、部屋の中にはいくつもの解けた知恵の輪が乱雑に放置されていた。
今もそれは続き、カチャカチャと知恵の輪をいじっては、解いていく。
その姿が、余計にここを動物園の檻の中だと錯覚させている事にグルズは気付いていない。
「……あぁ~、暇。これだったら、テリアテス機の修理をもっと時間かけてやっておけばよかった。いや、これだったら、外殻フレームをもっと改造して……いや、それだと休息期間中に終わらないか」
ぶつくさと言いながらも、知恵の輪を解く手の動きは止めないグルズ。
「しかし、他種族の戦いも見たが……常に上位の魔族、富裕者共の機体は、手に入る素材のランクを考えれば、まぁ予想の範囲内だな。エルフ機は、ありゃ言ってみりゃ相性の問題だし、ドワーフ機に至ってはこれからだしなぁ。……だが、人族機は流石の一言だな。満足な素材も手に入らずに、あそこまで動けるのを造るなんざ、やはり天才、エリスラ・ロンドバードと言うべきか、ムカつくくらいに腕が良い」
ムカつくくらいと言っておきながらも、グルズの顔はどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。
グルズは自分の腕前に自信は持っているが、だからといって他の者を認めない程、狭量でもない。
むしろ年を経て、完成に近い腕前となった自分に、どんな形であれ刺激を与えてくれる人物は重宝すべきであると思っていた。
グルズにとって人族の整備チーフ「エリスラ・ロンドバード」は、まさに刺激を与えてくれる人物であり、現に今も、手は知恵の輪を解いているのだが、頭の中は刺激を受けて活性化している。
だからこその笑みであり、同時に残念でもあった。
「惜しむらくは人族であるという事か。使える素材と腕前が合っていない。……もったいないな。望むランクの素材が使えれば歴史上最高傑作のHRWWを造り出していたかもしれんのに……。といっても、所詮HRWWの基本スペックなど、生かすも殺すも乗り手しだい。それに、それはスキルでどうとでもなる。本番はこれからか……。はてさて、他のチーフは一体どんなスキルを付けたのか……。それが楽しみであるな」
言葉の最後に、チィンと知恵の輪が解ける。
解けた知恵の輪に興味は無いと無造作に放り投げ、また新たに知恵の輪を取り出しては解いていくグルズ。
この行動は、暇であり続ける事に我慢しきれなくなって、結局は整備員達を誘って飲みに行くまで続いたのであった。
◇
エルフの整備チーフの男性「オクス・オーム」は、整備員達の奮闘により既に外殻フレームを装着したHRWW、エルフ機5機を前に、その手に持つ書類をぺらぺらとめくりながら、漏れが無いかチェックをしている。
金色の髪をオールバックで整え、細目の端整な顔立ちに四角い眼鏡をかけ、白シャツ、黒パンツに緑のネクタイを結んでいた。
書類をチェックする目付きは険しく、どんなミスも逃さないと隅々まで確認している。
全ての書類に目を通し終わり漏れが無い事を確認したが、念のためもう1度最初からと書類を整えた時、オクスに声がかけられた。
「オクス、少しいいか?」
「ん?」
声がかけられた方へとオクスが視線を向けると、そこにはロカート・ラルバが居た。
ロカートとオクスは、同い年の同じ学び舎で共に過ごした友である。
旧知の仲である2人は互いに笑みを浮かべ、友情の握手を交わす。
「早いな。もう5機全機出来てるじゃないか」
「……嫌みか? 所詮、大量にある予備を組み上げただけだ。大した働きでもない。ムカつくドワーフ共は1から改修してるんだぞ。製造の腕だけは本物だ。そこだけは認めるしかないな。短時間で外殻フレームを造り上げるなど、俺には出来ん」
忌々しそうにそう言うオクスに対し、ロカートはやれやれを溜息を吐く。
どうにも、オクスは自己評価が低すぎる節がある事を理解しているロカートは、友としてオクスの誇れる部分を諭すように話す。
「まぁ、確かにドワーフ共の製造力の高さは認めるが、あまりそれに対抗しても意味は無い。見方を変えれば、それは準備不足という事であり、造れる期間が無ければ無意味で終わる事なのだから。その点、私達エルフはオクスの指示の下、入念に準備を整え、直ぐにでも同性能の新しいHRWWに搭乗する事が出来る。それは充分に利点だと、私は思っている」
「……まぁ、そうだけど」
オクスが照れくさそうに頭を掻く。
少しだけ気分が上がった様子のオクスに、内心ほっとするロカート。
これで本来の要件を伝えられると、ここに来た目的を話す。
「それで、オクス」
「そう言えば、わざわざここに来たって事は、自分に何か用でもあるのか?」
「あぁ。お願いがあって来た」
「お願い?」
「“天鹿児弓”……あれを使えるようにして貰いたい」
「……」
ロカートのお願いを聞き、オクスは考え込む。
だが、直ぐに確認するようロカートへと尋ねる。
「……わかってるのか? あれはそこらの……歴代エルフ整備員作のライフルとは違う。原初の女王が遺した、正真正銘の兵器だぞ?」
「充分理解している」
「富裕機に対して効かなかった事を気にしているのなら、それこそ杞憂だ。あれは相性の問題であって、他種族のHRWWの装甲なら、今のライフルでも充分効果があると思うが?」
「それも理解している。……だが、それでも必要な時が来るのではないかと私は思う。……いや、そう感じると言った方が正しい気がするな」
ロカートの言葉にどうにも要領を得ず、本人もどこかそう感じる事に困惑しているように見えた。
種族間戦争の戦いは全て記録されており、それを見て今後の戦いに“天鹿児弓”が必要であると、ロカート本人もきちんと理解出来ぬままに感じているのかもしれない。
整備しているだけではわからない、パイロットだからこそ、その必要性を感じているのかもしれないと、そう考えるオクス。
なにより、ロカートの表情は真剣そのものだ。
そう感じている事が嘘ではないと理解出来る。
「……使用魔力が大きい分、撃てても1発……ぎりぎり2発だぞ?」
「使い所を誤るつもりはない」
「……はぁ。わかった。使えるように整備しておく」
オクスはやれやれと肩をすくめる。
「そうはいっても、今まできちんと整備してなかったんだ。使えるようになるのは早くても第3戦からだ。それでもいいんだな?」
「あぁ、お願いする」
「……急ぎ済ませておくよ」
ロカートが感謝するように一礼し、オクスは仕方ないと溜息を吐く。
これといって他にやる事も無く、別に仕事が増える分には問題ない。
しかし、確かに時間をかければ使えるようにする事は出来るが、それまでだ。
天才と称されるエリスラ・ロンドバードなら、それからさらに先、何かしらの処置を施して使用魔力量を抑える事が出来るかもしれないが、自分の腕前では到底無理である事を知っているオクスは、内心で自らの力の無さを嫌気がさし、ロカートに対して申し訳ない気持ちになる。
オクスは確かに自己評価が低いが、だからといって力が無い訳ではない。
むしろ、一般的に考えれば高い方であり、他と比べる事自体が間違えているのだ。
要は方向性の違いである。
エリスラは確かに天才と称される力があり、その最たるものがHRWWの性能引き上げや、スキル部分に現れているだけであり、オクスに関しては確かにそういった部分に才能は無いが、ロカートが言っていたように事前の下準備や汎用性に特化しているのだ。
簡単に言ってしまえば、エリスラは特別機やワンオフ機を造る事に優れ、オクスは量産機を造る事に優れているのである。
といっても、エルフ自体が遠距離に優れており、そうなると当然造る機体も遠距離特化になり、そこに汎用性など必要ないため、オクスが自身の才能に今まで気付いていない原因の一端は、エルフであるという事が関係あるのかもしれない。
ロカートもオクスの才能に関して、なんとなくそうかもしれないぐらいには気付いているのだが、遠距離特化のHRWWしか乗った事がないために、いまいち確証が得られていないのであった。
目の前の友人に、いつか報われる日が訪れる事を願うロカート。
友人がそんな事を願っている事など知らず、オクスは早速周りに居る整備員数名を連れて、“天鹿児弓”が置かれている場所へと向かうのであった。
◇
富裕者達の整備チーフである男性の名は「イーニン・イン」、ドワーフである。
ドワーフ特有の低身長ではあるが、誰も目から見ても鍛え抜かれた体躯は日に焼けて、もっさりとした白髪と髭もじゃの顔、目付きは目尻が下がり、好々爺のように見えるが、実際は30台後半のまだまだ現役である。
富裕機の穴が開いた大盾を直し、作業は終わったと宛がわれた部屋へと早々に戻り、部屋に設置されているシャワーで一通り汗を流すと、バスタオル姿で用意しておいた酒をがっぱがっぱと飲む。
普段は、タンクトップに作業着を身に纏っているのだが、今はそのバスタオル姿が妙に似合っていた。
まるで、どこかの富豪である。
それは正しく、富裕者達の大陸「パラダイス」において、イン家は上位に位置する資産家であり、イーニン・インはそのイン家の当主であった。
何故当主自らが整備チーフをしているのかというと、理由は単純で、賭け事として見るだけでなく、代表者としてはごめんだが、何らかの形で参加したかっただけなのだ。
だが、そこはドワーフであるイーニン。
優れた製造能力を有しており、現に今回の富裕機の装甲の高さはイーニンの手によるものである。
そんなイーニンの体に酒が入り、良い気分になり始めた頃、この部屋を訪れる者が居た。
ノック音に反応し入室の許可を出すと、入って来たのは富裕代表者達の隊長であるキステト・ウォーラだ。
「お邪魔するよ、イーニンさん」
「なんじゃ、お前かい」
そう告げて入室したキステトを見て、面倒臭そうな表情を浮かべるイーニンであるのだが、一応歓迎はしているのか、部屋に置かれているテーブル席を進め、どかどかとテーブルの上に酒類を置くと、自分も向かいあうように座る。
キステトも進められるまま席に座り、その様子を眺めていた。
イーニンがテーブルの上に置いた酒類の内、無造作に手に取った一本を一気飲みで軽く空け、キステトも用意されたグラスに酒を注ぎ、一口含む。
「ぷは~! ……で、わざわざ訪ねて来て、オイに何か用でも?」
「いいや、特にこれといってない。富裕機の出来も充分満足しているし、文句もない。そもそも、友を訪ねるのに理由が必要か?」
「それもそうだな!」
そう言って、チィンと乾杯の挨拶を交わす。
といっても、キステトはグラス、イーニンは酒瓶と、傍から見ると違和感しかないが。
「それで、どうだった? 戦闘映像を見る限りだと問題はなさそうだったが」
「先程も言ったが文句はない。良い機体だ」
「それはそうだろう。今の所、オイが造れる最高傑作だからな」
「“スキル”の消費魔力に関しても、充分許容範囲内だ。ただ、文句ではないが機体の装甲より大盾の方が薄いのはいいのか?」
「あれでいいんだ。元々、装甲の厚みの自重で動きが遅い上に、大盾の装甲まで厚くすると、もっと動きが悪くなって色んな箇所の負荷が問題になってくるからな」。大盾は恰好を付けるための飾りだ、飾り」
「そんなものか?」
「そんなものだ」
そのままもう1度乾杯し、互いに笑みを交わす。
だが、キステトの話しはそれで終わらない。
酒を一口含み、一度イーニンから視線を外すと、少しだけ考える素振りを見せてから視線を戻す。
その顔は真剣そのもので、次が本題である事を悟るイーニン。
「……それで、本当に聞きたい事はなんだ?」
「勘違いしないでくれ。友と酒を酌み交わしたいのは事実だ」
「それぐらいわかっている。……で?」
「……ふぅ。聞きたい事は、何故ウイゼル機に“アレ”を持たせているかだ」
やはりそれか、と思うイーニン。
いずれ聞かれるであろう事はわかっていたので、さてどう説明したものかとイーニンは思案する。
「……そうだな。“アレ”は少々特殊で、普通の者は使う事すら出来ん。なにしろ、原初の女王が遺した物の中で、最も異質な物だ」
「異質?」
「そうだ。“アレ”はその中にAIが組み込まれており、自ら使い手を選ぶんだ」
「……それはつまり、自己意識が存在しているという事なのか?」
「あぁ、その通りだ。下手すると意識を乗っ取られる事もある。過去にも乗っ取られた者が居た歴史がある。まぁその分、強力ではあるが」
「いくら奴隷に落ちた者とはいえ、そんな物を持たせて大丈夫なのか?」
キステトの問いに、イーニンは肩をすくめる。
「そればかりは、オイにもどうなるかわからん。だが、ウイゼルしだいでは強力な切り札になる事は間違いない。現に使い手をして“アレ”に選ばれ、資格は手にしている」
「切り札……切り札か……。そんなもの必要なのか? スキルだけでも充分だと思うが?」
「必要かどうか、か……。おそらく必要であるとしか今は言えん。使わないに越した事はないが、何せ今回の人族機を仕上げたのは、あの『天才』エリスラ・ロンドバードだ。どんなスキルを搭載しているのか確認出来ない内は、念のため準備だけはしておいた方がいいとしか言えん」
「……それほどなのか? エリスラ・ロンドバードは」
「乗り手であるお主達にはわからんかもしれんが、整備に携わる者達の中では、その存在は畏怖の象徴だ。オイの予想だけで言えば、“アレ”が必要になると確信している」
今言った事は嘘ではないと、イーニンの目が訴えていた。
キステトも、その目から本気で“アレ”が必要なんだと、これから先が少々不安を感じる。
ただ、イーリンの言葉に今は納得出来ないが理解は出来たので、現状何もわからない以上、これでこの話は終わりとキステトは肩の力を抜く。
「まっ、聞きたい事は聞けたし、このまま話を進めても意味はないか。……じゃ、後はこのままイーリンさんの酒飲みに付き合うか」
キステトがにやりと口角を上げ、グラスを掲げると、イーニンも嬉しそうに酒瓶を持ち上げる。
「まだ休息期間はあるな。では、久し振りにとことん付き合って貰おうかな」
「ふっ。お手柔らかにな。私はイーニンさん程酒豪ではないのだから」
そうして、男2人の酒宴は雑談を交えながら、次の日の朝まで続くのであった。




