整備チーフ 1
各大陸の整備員達の中にも頂点が存在する。
「チーフ」と呼ばれる役職の者だ。
このチーフは、HRWWの外殻フレームの設計・製造、全てに関わっている責任者である。
もちろん、一から十までに関わっている以上、負う責任は大きい。
戦争最下位になった場合等、生き残った代表者達から「HRWWの出来が悪かったから負けた」と言われたり、大陸に帰ってもその言葉に賛同した民衆からは後ろ指を指されたりする場合がある。
HRWWの出来が良くても、操縦が下手くそな代表者達が負けてしまえば、結局そうなってしまう辺り、やはり、戦争で命を賭けている者の発言というのは重きが置かれているという事だろう。
それによって、人の目と悪口に耐えきれず自殺する者や、糾弾されて殺される者も居た。
だが、それはほんの一例であり、過去の出来事である。
現在はそこまでの事は起こらないのだが、それでもチーフというのは、非難の対象としてわかりやすい位置に居る事は間違いない。
と、ここまでだと、チーフになんかなるもんじゃないと、誰もが思うだろう。
しかし、その責任の大きさに比例して、高待遇でもあるのだ。
なにしろ、勝つためにはパイロットの技量も重要だが、それと同じように高性能のHRWWも必要なのだから、チーフの立場が上がるのも当然であろう。
HRWW外殻フレームの設計・製造に関しては、高額の予算が組まれるのはどこも同じであるが、手に入る素材のランクが大陸毎に違うため、可能な限りは希望に沿う物が用意され、必要な人手――部下もチーフの意思が反映され、やりやすいように設計する外殻フレームを製造出来るようになっていた。
そして、チーフになる者は、まず自身の環境周りが整えられる。
住む家も変わり、悪影響を与える者は即刻排除され、貰える金額も高く、必要となれば大抵の物が送られる上に、それ相応の地位と権限が与えられるのだ。
具体的には、戦争終わりまでの限定的ではあるが、女王に次ぐ地位と権限を持つ。
もちろんそれを悪用すれば、女王権限で即刻排除になってしまうが……。
また、戦争中に関しては、代表者達と同様に貴重な人材であるため、周りを護衛で固めている。
何故なら、代表者達には手を出してはいけないと決められているが、整備チーフはその範疇に入っていないためだ。
もし戦争中に整備チーフを失ってしまえば、破損したHRWWを修理する際に多大なる影響を及ぼす事になるため、他大陸の刺客にやられないように護衛が付いているのである。
なら、チーフも非対象にすればいいのではないかと思うが、そこは女王達の遊び心が発動し、「ガチガチに固めて守ってもつまらん。ある程度の隙が無いと面白くないではないか」と、勝利を手にするための抜け道を1つ用意したのであった。
そのため、各大陸はその重要性故にチーフを狙い、過去の戦争でも殺され、満足にHRWWの修理が出来ずに敗れる事例がいくつもあり、隔離するように安全な場所にチーフを隠して護衛を配備しても、僅かな隙を付かれ殺されるという事も実際に起こっている。
なので、自大陸のチーフを守るきる事に神経を尖らせる護衛なのだが、そういうの面倒臭いと吐き捨てるチーフも存在するので、護衛からしてみればどっちにしても難儀な話であった。
◇
人族の整備チーフは、その典型的な人物である。
護衛なんかいらん、面倒臭い、煩わしいと勝手気ままに行動する難儀な性格であった。
だが、能力面だけを見れば破格の優秀さであり、“天才”と称して間違い無い者である。
現在、その人物は塔の地下に用意された部屋で丸椅子に座って煙草を吹かしていた。
部屋の中は、用途不明の小物がそこかしこに散らばっており、その光景は生活能力の無さが浮き彫りにされているような状態で、ちゃんと片付けろと言いたくなる。
また、容姿の良さのせいで、ミスマッチ具合に拍車がかかり、残念な方で勿体ないと皆が思っていた。
その容姿だが、外見年齢は30代、腰までなびく艶黒のストレート、切れ長の目できつそうな印象を与えるが、その顔立ちは間違いなく美人である。グラマラスな体型で、大きな胸部が黒のシャツを押し上げ、黒スカートに黒ストッキングを身に纏い、その服装を白衣で覆い隠していた。
外見だけならば、間違い無く出来る女性であるのだが、先程の通り残念な人物なので婚期も逃しており、本人も多少はその事を気にしているようなので、部下達は皆、禁止ワードとして心に刻んでいる。
以前、その事を知らずに本人の前でぽろっと言った人物は、しばらくの間、押し付けられる仕事量が3倍に膨れ上がるという結果を得た。
そんな理不尽な事を平気でするのが、人族の整備チーフである「エリスラ・ロンドバード」、現在そろそろ諦めがちな恋人募集中である。
「……で、一体何の用だい?」
ふーっと煙草の煙を吐き出し、エリスラは自分と対面するように丸椅子に座っている人物へと視線を向ける。
何か言っていたのは覚えているのだが全く頭に入っていなかったため、エリスラはもう1度尋ねた。
再び問い掛けられ、また1から話すのかよと、少々うんざりした表情を浮かべるのは、人族代表の1人、ユウト・カザミネである。
「聞こえてなかったのかよ……。難聴か? もうと――」
その先を言う事は出来なかった。
ユウトの喉元には、いつの間にかカッターナイフの切っ先が突きつけられていたからである。もちろん、そのカッターナイフを突きつけているのはエリスラだ。
ユウトの顔に1筋の汗が流れ落ち、自然と両手を上げる。
「……ちっ! てめえが代表者じゃなければ」
「なければ何? 喉切ってたの? 嘘でしょ? ……いやいや、まじで?」
エリスラの不穏当な発言に対して、ユウトが追求する。
だが、エリスラはカッターナイフ引っ込めて、白衣のポケットの中へとしまう。
「……で? 何の用だ?」
「いやいや、答えてない! 重要な部分答えてない!」
「煩い奴だな。それでも男か? 細かい事を気にしていると禿げるぞ」
「細かくねぇよ! 命が賭かってるんだ! 必死になって当然だろ!」
「はいはい、そうね。代表者じゃなければやってただろうね? 多分」
「軽い! 返答が軽すぎる! ていうか、やっぱり殺してたのかよ!」
「じゃあ……“やってた”」
エリスラの眼光が鋭くなる。
「雰囲気出して、重く言えばいいってもんじゃねぇよ!」
ユウトの叫びが部屋に響く。
咄嗟に耳を抑えたエリスラが、面倒臭そうな表情を浮かべた。
「……面倒臭いなぁ。どっちでもいいじゃないか、生きてるんだから。そもそも麗しき女性の年齢について言おうとした、てめえが悪い」
「それについてはこっちが悪いとは思うが、自分で麗しきなんてよく言うな……」
「当たり前だ。みてくれには自信があるからな」
そう言ってエリスラは大きな胸を自慢げに張る。
その光景を見たユウトは、溜息しか出なかった。
なんでこんなのが天才と呼ばれているのか、真剣に考えてしまう。
しかし、結果としてエリスラは歴代人族機としては、最高の“スキル”を与えているのである。
その事を考えると、尊敬に値する人物であるのは間違いないのだが、どうにも本能がそれを認めてはくれないユウト。
結局のところ、溜息しか出ないのであった。
「……で? 結局のところ、わざわざ私を訪ねて来たのは、一体どんな用件で?」
そして、最初の問いに戻るのである。
「関節部分か? それはいじれなくはないが、本来は女王が管轄する部分だから権限が無いぞ。現状で満足するしかないな。外殻フレームに関しても、碌な素材が集まらなかったから、こちらも今が最高スペックだ」
「そこら辺の事はいいよ。文句は無いし、仕方ないとわかってるさ……。俺が聞きたいのは、“スキル”に関する事だ」
「……何が知りたい?」
真剣な表情で尋ねるユウトから、茶化すのはこの辺りで終わりかと、エリスラも真剣な表情を浮かべる。
「……優秀なスキルだってのは理解してる。唯一問題があるとするなら、それは乗り手の方だ。……俺の全魔力でどれぐらいもつ?」
「……」
ユウトの問いに、エリスラは無言で返し、直ぐ傍にある机の引き出しを開けて1つの小型機械を取り出す。
その小型機械をユウトに向け、結果を待つ。
小型機械にはモニターが付いており、そこに対象の魔力値を表示する、ただそれだけの機械。
結果が出て、ユウトの魔力値を確認したエリスラは結論を告げる。
「……そうだな。フルで30秒、部分的なら2分といった所だな」
「短いな……」
「消費魔力がでかい分、破格の効果だからな。使い所を間違えなければ、戦局を一変させるのだから、それこそ仕方ないさ」
「そうだな……。まぁ、上手く使ってみせるさ」
決意を固めたユウト。
エリスラは、まぁせいぜい有効に使ってくれと、思うだけであった。
◇
安全の都合上、塔の地下に用意された一室。
その部屋のドアの前には屈強な護衛が守護しており、中に居る人物を守っていた。
護衛に守られる人物、それは魔族の整備チーフである少女「ナナリ・テテカノ」。
彼女は容姿は、灰色の肌に、濃い紫色の可愛らしいくるくる天然パーマ、顔立ちは眠そうな半眼に丸眼鏡をかけており、低身長で、白シャツに短パンを隠すほどのぶかぶかの白衣を身に纏っているのだが、その外見はまだまだ幼さが前面に出ている。
それもそのはず。
ナナリはまだ10代半ばであった。
しかし、その身に宿る能力の高さは誰も疑っておらず、俗に言う“天才美少女”であるのだが、エリスラとは違った意味で残念であり、周りからは将来が不安と言われている。
そんなナナリは部屋の中で何をしているかというと、一心不乱に彩色を行っていた。
ナナリが腰掛ける椅子の前に置かれた机の上には、塗り終わった様々なパーツが置かれている。
パーツの形状と組み合わさった後の形を推測すると、小型のHRWWのようだ。
その事を証明するように、机の上に完成済みの小さなHRWWが鎮座しており、ナナリは時折そちらの方へと視線を向けては、うっとりしている。
ナナリは、HRWWの模型を製作していた。
「……はぁ、この形状と曲線美。何より、この尻から太腿部分のラインが絶妙」
と、頬を染めながら言っている段階で、色々と終わっているナナリ。
本当に将来が不安である。
そうこうしている内に、いつの間にか、パーツ全てが塗り終わり、ナナリは疲労をにじませる息を吐く。
確かに神経を使う作業であったが、出来には満足していた。
「……これで、後は組み上げてもう1度塗って、細かい部分を調整して……1/50スケールHRWWの完成は間近」
ナナリは再びやる気を見せ、むふんっ! と、気合いを込めるがまだ塗りが乾いていないため、少しの間暇になる。
といっても、頭の中は既に完成形となっている模型HRWWへの思いが一杯であった。
そうして、ぼーっと塗りが乾くのを待っていると、コンコンとノック音と共にドアが開かれ、魔族の1人が入ってくる。
ナナリがそちらの方へと視線を向けると、そこにはユリイニ・サーフムーンが居た。
「やぁ、ナナリさん。今は平気かな? 少し確認したい事があるんだけど」
「……やぁ、ユリイニ君。今なら平気。何を確認したいんだい?」
互いに手を上げて挨拶を交わす。
ユリイニは笑顔で近くにあった空椅子へと腰掛け、ナナリも一応姿勢を正す。
「あの武器が使用可能かどうか、確認をお願いしたくて」
「……次はそれほどの相手?」
そうだったかなぁ? と考え込むナナリであったが、ユリイニはそれを否定する。
「種族の代表として来ている以上、どんな相手であろうとも、油断も慢心も決してしないように気をつけて挑んだはずなのですが……」
「……前回の戦い?」
「はい……。互いにスキルも使わず、HRWWの性能もこちらが上だったはずなのに、追い詰められてしまった……。1対1なら、確実に負けていました」
そこでナナリは初めての光景を目にする。
ユリイニが悔しそうな表情を浮かべていたのだ。
そんな顔、今まで見た事ないと、ナナリは心の中だけで驚愕する。
普段にこにこしてるだけの顔が悔しそうに歪む……ありだな! と、心の中だけでサムズアップをかまし、そんな事を思っているのを決して表には出さないナナリであった。
「……つまり、切り札を用意しておきたいと?」
「はい」
「……わかった。でも、あれは生半可な武器じゃないし、使えるかどうかも、使えたとしてもその後どうなるかわからない。それでも?」
「それでも、です」
「……わかった」
ユリイニの真剣な表情に覚悟を感じたナナリは、了承を伝え、準備に入る。
原初の女王が造り遺した、とある武器の調整のために……。
ナナリが部屋を出る時、模型HRWWに対して「……いってきます」と言っていた姿は、本人にとっては当然であるという事で。
◇
ドワーフの整備チーフは、指示出しで大忙しだった。
破壊されたHRWW外殻フレームをまた造り上げなければならず、自身もまた、そのために手を動かしている。
それでも、周りの整備員達からは、あれはどうする、これはどうすると、ひっきりなしに尋ねられる。
パニック寸前であった。
何故なら、ドワーフの整備チーフはまだ少女であるのだから。
名は「ラカ・ユーシー」。
ドワーフらしく低身長で一般的な体型を作業着で身を包み、燃えるような赤い髪を三つ編みで束ね、目尻が下がった可愛らしい顔立ちは、今は油まみれで少々汚れているのだが、それを気にする素振りはない。
といっても、気にする余裕が無いのが実情だろう。
なんといっても改修するHRWWが5機分である。
やってもやっても、次の工程があるのだ。
「ラカちゃん! 腕、足部分の担当箇所が終了した! 俺は胴体部分に向かうぞ!」
「はい! お願いします! それと、“ちゃん”付けはやめて下さい!」
「はははっ! いくらチーフの言葉でも、それは承認出来んなぁ! 俺達にとって、ラカちゃんはラカちゃんだよ!」
豪快な笑い声を残しながら、整備員が去って行く。
ラカは溜息を吐きたい気分になるが、その間すら今は惜しい。
それほどまでに忙しく、整備員達のラカに対する態度は先程のが日常である。
その他の整備員達にとって、ラカはアイドル的存在だ。
容姿の可愛らしさは元より、まだまだ経験が足りない部分はあるが、腕もいい。
孫を可愛がるような気持ちでラカに接しているのだ。
今回の整備チーフ任命も、足りない経験を与えようと、周りの整備員達が縁の下で支えるつもりで推された結果である。
その事はラカも理解しており、周りの好意に甘えつつ、その期待に応えようと必死に動いていた。
自身に向けられる生温かい視線を無視して。
「ラカちゃん! ラカちゃん! おいも胴体部分に回るよ!」
「はい! お願いします!」
「よぉ~し! おいの腕の良い所を見せるぞぉ!」
こうして、孫のように可愛がるラカに良い所を見せようと、積極的に動く整備員達によって、ドワーフ機全機はもの凄い勢いで組み上がっていくのであった。




