敗者、勝者、期待
大きく破壊されたエルフ機の残骸を、フォレストの専属整備員達がトレーラーへと載せていく。
胴体部分から手足がもがれ、頭部が残っている機体も少なく、本来であればパイロットが自機を動かしてトレーラーへと載せるのが最も簡単な方法だが、それも不可能な状態へと破壊されているため、巨大なウインチ等の専門的な装置によってトレーラーへと運ばれる。
破壊状況は内殻フレームの方まで届いており、コクピット部分がある胴体部分からは、その残骸が出ていた。
だが、それは大した問題ではない。
内殻フレームに関しては、例え破壊されようとも、女王から新品が支給されるからである。もちろん、新品だからといって性能が違うとかは一切無い。
内殻フレームと言っても、HRWWにとっては所詮1つの部品でしかないのだ。
女王達からしてみれば、内殻フレームが破壊されれば新しいのをくれてやるから、それで存分に殺し合って、自分達を楽しませろとしか思っていない。
いざとなれば、HRWWの機能停止が出来るという措置が取れる以上、女王達にとって種族間戦争はどこまでいっても高みの見物であり、娯楽でしかないのだ。
しかし、外殻フレームに関しては、破壊されればまた新たに組み上げなければならない。
一応予備は準備しているのだが、それは各パーツ毎なので、また内殻フレームへと組み合わせて造り上げなければいけないし、造り上げたとしてもそれから細かい調整も必要なため、これからエルフの整備員達は地味に大変なのである。
一応、1戦1戦の間に数日の休息期間があり、その間に組み上げればいいのだが、1機だけでも大変な作業であるのに、それが今回は5機全機なため、これから整備員達はほぼ徹夜で仕上げていかないと、間に合わない作業量なのだ。
まぁ、それが仕事であると言ってしまえば、それまでなのだが……。
何度も種族間戦争を経験しているがために、その事を大体理解しているエルフの隊長であるオブイは、仲間達と共に回収作業現場の脇に陣取り、その様子を眺めている。
作業員達に対して申し訳ない気持ちを抱きつつ、とりあえず、こんな状態にまでHRWWが破壊されはしたが、代表者全員の命が無事だった事に安堵もしていた。
確かに代表者達の命は無事であったのだが、破壊の衝撃がコクピットまで届き、目立った外傷は無い代わりに、打撲や捻挫等の地味な痛みは受けており、所々簡易な治療の後として包帯が巻かれている。
それでも、第2戦までの間に完治とはいかないかもしれないが、戦闘にそこまで影響がないぐらいまでには回復するであろうと、オブイは結論を出していた。
だが、負けは負け。1敗は1敗である。
それにまだ第1戦が終わっただけだ。
まだ4戦も残っているのだから、負けて気持ちを落とすのは早いと思い、オブイは自分も落ちていた気持ちを無理矢理奮い立たせ、まずは仲間達へと謝罪する。
「……すまんなぁ、此度の負けは隊長であるワシの判断ミスじゃ。もっと迅速に判断を下しておれば、勝ちは無理かもしれんが負けは無かったであろう」
そう言って、頭を下げる。
「……気にしすぎです。オブイさん。負けたのは、ここに居る全員の責任……。力不足、いや、個々のパイロット能力はトータルで言えば、そこまでの差は感じられなかった。なら、どうして負けたかと言えば、相手のHRWWへの認識不足とこちらの準備不足の差が如実に現れただけでしかありません。言ってしまえば、それだけ。……それだけなのです。だから、気にしないで下さい。それに私達は全員生き残っています。確かに初戦は負けましたが、実質的な戦力は減ってない以上、残りの4戦に集中していきましょう」
頭を下げたオブイに対して、ロカートが背負いすぎですと苦笑する。
もちろん、ロカートとて負けた事に対して何も思っていない訳では無い。現に、苦笑と言っても、それは酷く苦々しい笑みである。
それは、ここに居るエルフ代表者達全員がそうであり、ムライスは悔しそうに目に涙を溜め、アッティはどこか達観した表情で空を見上げて、パネラはガタガタと震える体を必死に抑え込もうとしていた。
全員が、負けた事に対して何かしら思っているのだろう。
しかし、そんな心の中で渦巻く感情をロカートは表に出す事はしない。
理知的な頭脳がそんな事をしても意味は無いと、告げているからである。
「僕もロカートさんの言う通りだと思います! 僕達は確かに負けました! けど、この負けが誰かのせいだなんて僕には思えません! まだ1戦負けただけ! 大事なのはこれからですよ!」
ロカートの言葉を聞いて奮起したムライスが叫ぶ。
変わらず目に涙が溜まってはいるが、両手を握り、勢いよく話すその顔はまだ幼いながらも、どこか男臭さを感じさせる表情であった。
その表情を見て、オブイとロカートは何とも頼もしさを感じ、自然と心からの笑みを浮かべる。
幼き者の成長を見るのは、大人として何とも喜ばしい事であった。
「……そうじゃの。ワシらエルフはまだまだこれからじゃわい!」
それだけ言うと、オブイは暗い空気を吹き飛ばすように豪快に笑う。
実際、オブイは自分のせいにして責められようとも、何も否定の言葉を言うつもりは一切なかった。
何度も種族間戦争を経験した故か、先程まであった沈んだ雰囲気を次回の戦いにまで引き摺れば、結果などわかりきった事になるであろうと思い、どんな形であれ一度気持ちを切り替えて貰うために、自分のせいと公言し頭を下げたのである。
だが、結果としてそれは不発に終わったわけではあるが、ある意味最良の結果を得られたようなものだ。
これが喜ばずにいられるかと、オブイは笑ったのである。
しかし、それはオブイ、ロカート、ムライスの3人だけで、残りの2人は、
「あぁ~……まだ戦いは続くのかぁ……これはあれだ……次死ぬな、俺……」
「……来ないで……来ないで……金色怖い……」
と、アッティの死ぬ発言は変わらず、パネラの体は相変わらず震えっぱなしなのだが、富裕機に対して少々恐怖を感じているようであった。
ただ、共通するのは別段オブイのせいにする訳でもなく、ある意味で相変わらず平常運転のようなものである。
ただ、このまま放置しておくのは流石にまずいと思い、オブイとロカートが声をかけようとするが、パネラに関しては近付いた瞬間、警戒するような視線を向けられてしまう。
どうも何かこじらせたようだ。
敵意等は一切ないが、怯えるような目つきである。
そういう目を向けられ、オブイとロカートはさてどうしようかと悩む。
悩むのだが、助け舟は意外な所から現れた。
「はいはい、パネラ、彼等は仲間なんだから怯えちゃいけないよ。そう身構えなくても危害を加えられないからさ」
そう言って、スッと現れたアッティがパネラを宥めるように頭を撫でる。
アッティになされるがままのパネラだが、不思議と拒否を見せず、どこか安心するように雰囲気が落ち着いていく。
すると、パネラもオブイとロカートに対して警戒していた態度を若干引っ込め、少しだけ体の震えが治まると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「パネラの事は俺に任せておいて。次までに落ち着かせておくから」
アッティの言葉にオブイとロカートは頷き、この場を任せる事にする。
どうやら、アッティとパネラはそこそこの友好関係を築いているようであった。
2人の様子にそれを感じたため、オブイとロカートは任せたのである。
重度に傷付いた訳ではないし、このまま整備員達に後を任せて戻るのも気が引けたため、オブイとロカート、ムライスの3人は雑談混じりに次の戦いへ向けて軽く意見を交わしたり、アッティはパネラを落ち着かせるため献身的に構い、包帯を新たに巻き直したりと時間を潰して、破壊されたエルフ機をトレーラーに積み込み終わって出発するまで、この場に残るのであった。
◇
富裕機全機をトレーラーへと積み終え、パラダイス専属整備員達は暇を持て余していた。
本来であれば、既に出発していてもおかしくない時間は経っているのだが、未だにこの場に留まっているのである。
その理由は単純に、代表者専用として用意された、贅が尽くされた豪華なくつろぎ空間が設置されている特殊トレーラーに、代表者達の姿が無いのだ。
普通このような特殊トレーラーは存在しない。
実際、他大陸の代表者達がフィナーレの塔へと戻る際は、自機のコクピット内にそのまま居たり、整備員達と相乗りしたりしているのだが、富裕代表者達はその余りある財力を使って移動用に専用のトレーラーを用意しているのだ。
格の違いを見せつけようとしているのか、自分達は特別であると知らしめたいのか、ただ単に金が余ってるから造ってみただけなのかはわからないが、おそらくその全てが理由であろう。
まぁ、他の大陸の者からしてみれば、なんとも無駄な出費と言ってしまえば、それまでなのだが……。
その特殊トレーラーに富裕代表者達が乗り込んでいないため、出発しないのであった。
いや、放っておけよ、と言いたいのは山々なのだが、富裕代表者に選ばれる者はパラダイスにおいて資産が上位に位置付けされる家の者が選ばれる事が多く、それは今のメンバーも同様であり、整備員達は基本逆らえない立場なのである。
だからこそ、彼等が出発しなければ、整備員達も動くに動けないのだ。
そのような訳で、未だこの場に留まっている理由である富裕代表者達がどこで何をしているかというと、彼等は特殊トレーラーの直ぐ横に全員集まっていた。
だが、その集まっている場所に、パァン! と、何か叩いたような音が響く。
「何故叩かれたか、わかってるな? ウイゼル・カーマイン」
そう言って、エダルは冷めた目でウイゼルを眺め、叩いた右手を擦るようにもう片方の手を添える。
一方、頬を叩かれたウイゼルは耐えるように俯き、決して視線を上げず、地面を見ているままだ。
「……はい、申し訳ございませんでした」
「謝って済む話ではない。お前は先の戦いで確実に俺達の足を引っ張った。エルフ共の狙撃を止めた事は、盾として褒められる事ではあったが、その後のお前は何だ? ただその場に留まっていただけ。戦いに参加するでも、後を追って来る訳でもない。その行いが決して褒められる事ではない事は、いくら落ちたお前であってもわかるな?」
「……はい」
エダルの言葉にウイゼルは視点を変えず、俯いたまま肯定の言葉を発する。
実際、種族間戦争において、ウイゼルに告げたエダルの言葉は正しいからだ。
種族間戦争は基本、人数が減っても補充が出来ない。戦いで死ねば終わり。最大5人という人数が補充出来ない以上、数の不利はそのまま全体の不利へと変わってしまう。
たった1人でも欠ける事は、そのまま不利な状況を抱える事になるのだ。
確かに、ウイゼルのパイロット技術はお粗末ではあるのだが、狙撃を防げた事も偶然であるとエダル達は思っているし、別に期待もしていない。
それでも、ウイゼルが取ったその後の行動は簡単に許せる事ではないのだ。
それに見方によっては、奴隷が主人を放っておくという事をしたのである。しかも、何も言わずに放っておいた訳ではなく、一応声をかけてはいるのに、それを無視したのだから、ウイゼルが叱責を受けるのも当然なのかもしれない。
例え、盾としてしか数えられていないとはいえ、1人少ない状態で対エルフ戦に勝利を得られたのも、富裕機の“スキル”を使っての奇襲と、相手の想定外以上の装甲を持っていただけでしかないのだ。
どちらかが欠けていれば、もしかしたら結果は変わっていたかもしれないが……それでも、ウイゼルが取った行動はやってはいけない事なのである。
「……本当に申し訳ありませんでした」
その事をウイゼル自身も理解しているため、もう1度、謝罪の言葉を口にする。
叩かれた頬も赤くなっているのだが、歯を食いしばるだけで決して痛そうな表情も見せず、擦るという事もせず、直立不動のままだ。
元々、エダルに対してウイゼルは逆らえる立場ではないという事も、今の姿勢を維持している理由であろう。
そんなエダルとウイゼルを少し離れた位置で、キステト、ミミク、レオンの3人が様子を窺っていた。
「もう少しかかりそうだな」
「ひぇ~、いたそ~……」
「整備員達が暇そうにしているな」
3人共地面に腰を下ろし、のんびりとしている。
キステトは頬杖をつき、エダル達の様子から出発までもう少しかかりそうだとぼやき、ミミクはウイゼルの頬の赤くなった部分を痛そうに眺め、い~っと嫌そうな表情を見せ、レオンは待たせている整備員達に対して申し訳なさそうな顔をしていた。
そんな中、ミミクはまだ子供というだけあって直ぐに表情を変え、文句を述べる。
「もう待ってるの飽きたよ~」
「そう言うな、ミミク。こういうのは直ぐにやらなければならない。後に回して有耶無耶にしては意味が無いし、こちらの命にもかかわるからな。それに、今のミミクには関係無いが、上に立つ者として下の者の教育は必要な事だ」
子供故に堪え性のないミミクを、宥めるようにキステトが諭す。
「ふ~ん……。そういうもんなの?」
「そういうものだ」
「う~ん……。よくわからん! レオンさんもこういう事した事あるんですか?」
しばらく唸るように考えていたミミクが簡単に自分の結論を出し、レオンに尋ねた。
自分に聞いてくるとは思っていなかったのか、レオンは少し驚いたが、そうだなと顎に手を当てる。
「そうだな、自分の場合は父親が厳しい人だから受けた事もあるし、家を継ぐ上で必要な事だからと命令でした事もあるよ。最初は嫌な気分になる事もあったけど、今は互いにとって必要な事だと割り切ってるかな」
「へぇ~、なんか大人ですね、レオンさん」
「うん、まぁ大人だからね」
ミミクの尊敬するような目が、何やらこそばゆいレオン。
「まっ、ミミクも家を継ぐ事が決まれば自然と習う事になるさ」
キステトがそう結論付けた。
そんなものかと納得するミミク。
なら次の話題と、ミミクは2人に話を振る。
「そう言えばさっきの最後、エダルさんが“スキル”使ってましたけど、あれ良かったんですか? キステトさんは使うなって言ってたのに」
「……まぁ、結果そのおかげで完全なる勝利を得られているし、文句を言うのもな……。それに、もしエダルが使わなくても私が我慢出来なくて使っていたかもしれん……。富裕機の移動速度が思った以上に遅すぎたというのがな……」
「「確かに遅かった」」
キステトの言葉にミミク、レオンが同意するように頷く。
富裕機の足の遅さは全員共通の認識らしい。
「まぁ、後で軽く一言言って終わりだな」
ウイゼルがやらかした事ほどの問題ではないと、さっぱりした感じでそう締め括るキステト。
そうして、エダルはウイゼルの叱責を行っている間、キステト、ミミク、レオンの3人は雑談を交わして時間を潰す。
彼等代表者達と整備員達が出発するのは、これから約30分後であった……。
◇
7人の女王が集う部屋。
その内の2人は実に対照的な表情を浮かべていた。
エルフ達の女王・フォレストは不機嫌な顔を隠そうともせず、視線を壁へと向け、話しかけんじゃねぇオーラを周りに発して、ちびちびとワインを飲んでおり、富裕者達の女王・パラダイスはこの結果がさも当然と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。
本来であれば、ドワーフ達の女王・ストーンがフォレストに対して負けた事をからかうのだが、ドワーフも負けているため特に何かを言うつもりはないようだ。
他の女王達、アース、グラスランド、プレスも特に何かを言う事は無い。
その6人を眺めながら「ふぅ」と小さく息を吐いて、エデンがこの場をまとめるように言葉を発する。
「……さて、これで第1戦が終わった訳だが、トータル的には獣人機の運動性と、富裕機の装甲の出来の良さが目立ったな。魔族機は少々不甲斐ないが……。まぁ、そうは言っても所詮は序盤。負けた種族が第2戦開始までの数日の間に、どれだけ強化して、その差を埋めてくるか、次はそこに期待しようではないか。既に1人減ってしまった人族がどうするのか、そこが楽しみではあるな」
エデンが意地の悪い笑みをアースへと向ける。
その笑みを向けられたアースは、何も言わず、何かに耐えるように拳を握り、視線も決してエデンと合わせようはしなかった。
第1戦が終わり、死亡したのは人族の1人だけという状況に、これ以上何かを言われたくなかったからだ。
それでなくても、自分が治める大陸の代表者の1人が死んで、悲しみが心を締めつけているのだから。
エデンを除いて他の6人の女王達は、総じて自分が治める大陸の種族を愛しているのである。
自大陸の種族に向ける愛情が強すぎるが故に、他大陸の種族を嫌う傾向が強いのだ。
ストーンとグラスランドも内面では他種族を嫌ってはいるのだが、それが表に出ない程度であり、個人的な付き合いとして仲が良いだけである。
パラダイスはある意味例外で、種族の違いに嫌悪は無いが、自大陸に住まう者達にはきちんと愛情を向けていた。
だからこそ、アースは悲しんでいるのである。
今まで何度も繰り返し行われてきた種族間戦争ではあるが、悲しいものは悲しいのだ。
エデンもその事は理解しているが、そういう部分は希薄である。
何しろ、エデンにはその愛情を向ける種族が存在しないのだから。
「無視はないのではないか? アース」
「……わざわざ言わなくてもいいような事を言わなければ、きちんと相手をしますよ」
「いいではないか。そういう対象が居ない私にとっては、楽しみの1つなのだから」
「相変わらず意地が悪い」
最後の呟きが聞こえているのかどうかはわからないが、エデンは変わらず笑顔のままだ。
このままエデンのアースいじりが続くかと思われたが、ガタッと大きく音を立ててプレスが立ち上がる。
「帰る」
それだけ言うと、プレスはそのままスタスタと部屋を出て行く。
その行動に周りもこれで終わりだなと、ストーンは「じゃっ」と一言だけ告げると去り、その後を追うように軽く会釈をしながらグラスランドも居なくなる。
フォレストは無言で去り、パラダイスは「失礼する」とエデンだけに告げると出て行った。
アースもまた、1人残ってエデンの相手をするつもりはないとばかりに、そそくさと去って行く。
こうして、部屋に残ったエデンは、それでも変わらず笑みを浮かべていた。
(やれやれ、少しからかった程度でこれか……。毎回の事なのだから、いい加減慣れてくれればいいのだが。なんと言えばいいか、アースは最弱の人族を治めているだけあって、可愛がりたくなるだけなのだが……。それに、先程の言葉は嘘ではないぞ。今回の人族代表者、特にフォーとユウトの動向を楽しみにしているよ。頑張って、命を賭けて、私を楽しませてくれる事を切に願っている)
そうしてエデンは、誰も居なくなった部屋を一望すると、第2戦の開始を楽しみにしながら去って行った。
申し訳ない。
今週は取れる時間が少なく、これだけです。
来週は、また2話ぐらい投稿出来ると思います。




