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しゅぞくまわる  作者: ナハァト
種族間戦争編
13/76

第一戦 エルフ対富裕者 1

 種族間戦争の舞台であり、荒れ果てた大地の大陸「エデン」。

 それは大地だけではない。

 エデン唯一の街「フィナーレ」では浄化設備があるため問題は無いが、それ以外の場所では水も汚染されて、流れる川は毒が混じっているかのように酷く濁っており、その底を確認する事は出来ない。

 そんな濁った川の近くをゆっくりと歩く5機のHRWW。

 既に戦争開始時刻は過ぎ、それなりに時間は経っているのだが、この5機は開始地点からただ歩いているだけである。

 索敵行動も一切取らず、そこらを散歩しているように見えるその姿は、余裕の表れか、相手を馬鹿にしているようにしか感じられない。

 その感じは正しく、この5機のパイロットは1人を除いて気楽な散歩感覚で、それに拍車をかけるのが、5機のカラーリングと外殻であろう。

 この5機のカラーリングは“金色”であった。

 その色だけでも目立つのに、その外殻フレームも他のHRWWと違っており、更に注目を集める結果となっている。

 全身鎧なのは変わりないがその身に纏う外殻フレームは重厚で、手には巨大なHRWWの姿を覆い隠せる程の巨大な盾を持ち、その姿は重騎士そのものだった。

 それが、富裕者達の使用するHRWWであり、コンセプトは「装甲特化」である。

 その重量を示すように大地にはくっきりと足型が残され、ズシンズシンと周りにも音が響く。

 1機の富裕機が先行し、その後ろに残りの4機が続く形で歩んでいた。


「ふぁ~、暇。さっさと出て来てくれないかな」


 固まって歩む4機の富裕機の内の1機に搭乗するエダル・リズベルトが、大きな欠伸と共に眠そうに目を擦る。

 それでも眠気は取れなかったのか、目蓋は重いままだ。


「気を抜きすぎだ、エダル」

「……そう言うキステト兄も、充分暇そうに見えるけど?」

「そりゃそうだろう。実際、エルフ代表者達の姿は一切出て来ないんだ。いい加減、退屈だ」


 そう言って、キステト・ウォーラはコクピット内に用意した軽食を口に運ぶ。


「……むぐ。流石は代表者達に至れり尽くせりの「フィナーレ」というべきか、「パラダイス」でも中々味わえないレベルだな。美味いぞ、これ」

「……俺も用意しておけばよかったな。見てるだけで腹がすく」


 美味しそうに軽食を食べるキステトをモニター越しに眺めるエダルは、失敗したとふくれっ面になり自分の腹を擦る。


「僕達も何か用意しておけばよかったですね、レオンさん」

「……そうだな。自分もまさか、こんなに時間が余るとは思わなかった」


 ミミク・ペテトキクルと、レオン・ドレスフィールの2人も暇そうにしている。

 実際、彼等は暇だった。

 キステトが言ったように、富裕者達は開始から一度もエルフ機に遭遇しておらず、攻撃を受けてすらいないのだ。

 いつでもかかってこいと、ただ歩いているだけにもかかわらず。

 いい加減痺れが切れたというべきか、なんでもいいからさっさと来いと言うのが、共通の思いである。

 そうして、エダル、キステト、レオン、ミミクの4人が暇そうにしている中、1機先行しているHRWWに搭乗しているウイゼル・カーマインは、ただぼぅっと前だけを見つめて動かす。

 ウイゼルに、やる気は一切無かった。

 奴隷へと落とされた以上、自分に未来は無く、例えこの戦争を生き残ってもこのままエダルにこき使われて終わりだと思っている。

 エダルが自分を奴隷から解放するとは思えず、それならいっそ、さっさと死んだ方がいいと考えていた。

 それでも、ウイゼルの何かが反応したのだろう。

 自分で意図した訳でも、意識した訳でもないのに、勝手に体が動く。

 いや、もしかしたら何かの拍子で、そう動いただけなのかもしれない。

 意図したかはともかく、ウイゼルの手は操縦桿を動かし、持っている大盾を遮蔽物のようにして前面に出し、自機を守る。


 その瞬間、ウイゼル機の大盾に氷を纏う弾丸が着弾した。


     ◇


 緑色のHRWW5機が疾駆する。

 戦闘開始と同時に駆け出し、一糸乱れぬ隊列で近くにあった岩山を登っていく。

 この5機に搭乗するのはエルフ代表者達である。

 開始地点からそのまま進撃していれば、対戦相手である富裕者達と出会っていたであろう場所は、濁った川の近くであったのだが、エルフ達は岩山を登る事を選択した。

 もちろん、それには理由がある。

 それは、エルフ機のコンセプトが「遠距離特化」だからだ。

 エルフ達が住まう大陸「フォレスト」は一部を除き、森に覆われていると言ってもいい程に木々が生い茂り、技術が進んだ今では生活する上で必要はないのだが、誰もが趣味程度には狩猟を行っている。

 その事が起因しているかは定かではないが、エルフは非常に動体視力に優れている種族であった。

 元々、近距離戦にはそれ程優れておらず、魔法も使えなくなった今、エルフが他種族に対して優位に立てる手段として、遠距離攻撃しか無かったのかもしれない。

 それでも、その選択は正解であったと言えよう。

 遠距離攻撃だけに焦点を絞った場合、エルフは射程距離、命中率共に全種族で比べても、他の追随を許さないトップに君臨する。

 だからこそ、エルフ機全機は、その手に遠距離用に特化したスナイパーライフルを持ち、岩山を駆け登って、自分達に有利な場所を確保しようとしているのであった。

 相手から距離を取り、高度から一方的に撃って蹂躙しようと思っているのである。

 そうして、岩山の頂上付近まで辿り着くと、一斉にスナイパーライフルを構え、それぞれが別方向へと機体を向けた。

 この行動は、富裕機がどこから現れるかを確認するためで、コクピット内の前面モニターに、スナイパーライフルに搭載されている倍率スコープから見える風景が、邪魔にならない程度の小さな画面で映し出される。

 そのまま、スナイパーライフルを動かして辺りを見回す。


「……まだこの辺りには来ていないか」


 辺りを確認し、富裕機の姿が見えなかった事からそう結論付けたのは、ロカート・ラルバである。

 機体に衝撃を受けた際でも外れないように、普段かけている眼鏡を押さえるように、上から専用のバンドのようなものを頭に巻いている姿は、少々滑稽かもしれない。

 だが、ロカートはエルフにしては珍しく視力が悪いため、度を合わしたこの眼鏡が無いと視界がぼやけてしまうのだ。この姿はある意味必然であろう。

 戦闘中に眼鏡を落として相手が見えないなど、殺して下さいと言っているようなものである。


「ロカート、少々気を張りすぎじゃ。わしらが行うのは狙撃。焦れば当たるものも当たらんぞ?」


 ロカートの精神が少し乱れている事を画面越しに確認し、一旦落ち着かせようと通信を飛ばしてきたのは、エルフ代表者達の隊長であるオブイ・トロプスである。

 オブイの言葉に、ロカートは肩の力を抜き、大きく息を吐く。


「……ふぅ~……。そうですね。訓練をこなしてきたとはいえ、やはり初実戦は緊張するものがありますね。自然と体に余計な力みが生まれているようです。しかし、さすがはオブイ殿。緊張感が見えませんな」

「もう何度も通った道じゃからのぅ。このような状況で、いつも通りにすると言うのは難しいが、出来ない事ではないという事を知っておるだけじゃよ。まぁ、年の功と経験じゃな」

「それでも今現在実践しているのですから、それは称賛されるべき事です」

「ほっほっほっ、素直に受け取っておこうかの。ロカートにそう言われるのは嬉しい事じゃわい。なにせ、お主はわしらエルフ代表の“エース”なのじゃからの」

「……その自覚は無いのですがね」


 オブイとの会話でロカートは自分の体が良い感じに解れていくのがわかった。

 初実戦で無意識に加えていた余計な力が抜けていき、普段通りの力を発揮出来そうだと気持ちを落ち着かせていく。

 そして、オブイの言葉は真実であり、ロカートはエルフ代表のエースである。

 遠距離攻撃に特化しているエルフの中でも、ロカートの狙撃の腕前は他を圧倒し、天才と称していいレベルであった。

 単純に、他のエルフ達より、射程距離と命中率が倍は違うのである。

 だからこそ、ロカートはエースであり、そのロカートがきちんと力を発揮出来るようにと、オブイは声をかけたのであった。


「……というわけじゃ。ロカートでもこのように緊張しておるのじゃから、お主がガチガチになっておっても、恥ずべき事ではないぞ? ムライス」

「……うぅ……す、すみません」


 オブイの言葉に、なんとか言葉を絞り出すように謝ったのはムライス・リブクルであった。

 ムライスは、それはもうガッチガチに緊張しており、時折歯をカチカチとならしたり、体が無意識に震えているのが画面越しに見え、始まった当初はそこまででは無かったのだが、時間経過と共に自分の置かれている状況を理解しだしたのか、ムライスの緊張感が増していった結果に、さすがにこのままでは不味いとオブイが声をかけたのである。

 一応、その前のワンクッションとしてロカートの緊張感を払拭させたのだが、ムライスはまだまだ色々と経験値が足りないために、自分のコントロールが上手く出来ないようだ。

 未だ緊張が解ける様子が見えず、この第1戦でムライスが力を発揮する事は難しいであろうと思い、オブイは残りの2人の様子をモニター越しに確認する。


「……う~む」


 2人の様子を確認したオブイは、そうポツリと零す。

 その内の1人、アッティ・トレディは、見た感じ緊張してる様子は見えず、ぼーっと前面モニターを眺めている。ただ、視線はスコープ画面へと向いているのだが、時折大きくため息を吐いて少々集中に欠けているように見えた。

 もう1人、パネラ・ルデカは、頻繁にスナイパーライフルを動かして富裕機を探している。だが、その体は少し震えているようで、表情も少し険しかった。

 アッティに関しては、多少やる気は見られないが、どこか悲観しているような、成るようにしか成らないと思っている節が見え、パネラに関しては、緊張している事はしているようだが、どこか戦闘に対する緊張とは違って見えたので、オブイもどう声をかけたものかと悩む。

 だからといってこのまま放置する訳にもいかず、念のための意味を込めて、2人へと声をかける。


「アッティ、パネラ……お主ら、大丈夫かの?」

「え? あぁ~、大丈夫、大丈夫。ちゃんと富裕機の姿を探してるよ」

「えっ! あっ! は、はい! だ、大丈夫……で、す」


 オブイは、なんとも不安が残る返答を返されたが、まぁ今は危機的状況でもないし、最悪、自分とロカートでフォロー可能であると考え、それ以上2人に対して追求するのをやめておこうと思った。

 現状、辺りを警戒して富裕機を探すという事を一応こなしている訳だし、簡単な自己紹介は交わしているが、まだ2人の事をそこまで深く理解している訳ではないので、余計な事を言って何か問題が起こる事を避けたのである。

 もちろん、その間もオブイは警戒を怠ってはいない。

 そのままエルフ代表者達は攻撃の先制を取るために、富裕機の姿を探す。

 その間も、見つからないからといって気を抜かないように、オブイは隊長として適度に会話を投げかける。

 そうして、ある程度時間が経った時、緊張感を含む声が上がる。


「あ、あの! み、見つけました! 富裕機です!」


 パネラが上げた発見の声に、即座に残りのエルフ達が反応した。

 パネラ機のスナイパーライフルが向いている方角へと、同じように自機のスナイパーライフルを向け、スコープを通して映る画面を確認する。

 画面越しに確認する富裕機は、正面を1機が先行し、その後ろに残りの4機が固まって移動している姿が見え、その進み方にオブイは顔を険しくし、他のエルフ達に聴こえないように小さく舌打ちをした。


「……明らかに先行しておる1機は囮じゃな。こちらの位置を把握しておらんからじゃろうが……正直胸糞悪くなるのぅ……」

「まぁ……富裕者達は仲間意識が薄いですから、こういう事を平気でやるんでしょう。それが多種族で構成されているからかはわかりませんが、気にしても仕方ありません」


 険しい顔のオブイを宥めるようにロカートが声をかける。


「それに、事前に聞いた富裕代表のメンバーにエルフは居ませんでしたから、こちらとしても気兼ねなく撃てるというものですよ。……まぁ、居ても敵として立ち塞がるのであれば、撃つしかありませんが」


 そう続いたロカートの言葉に、オブイも血が昇った頭を一旦冷静にした。

 その言葉が示すように、富裕代表者達は多種族で構成される事が多く、戦争中は場面場面で同種族同士が戦う事は必ず起こる。

 過去の戦争では、同種族を討つ事は出来ないと手心を加える者も居たのだが、大半はもう関係ないと本気で相手を殺しにかかっていた。

 確かに、この種族間戦争の成り立ちはその名が示すように自種族のために戦っていたのだが、富裕者達が参戦する頃からそれは少し変わり、富裕者達は例え同種族であっても相手の命を奪うという行為を平気で行ったのだ。

 富裕者達は自分達の更なる繁栄を優先したのである。

 その事に憤慨したのは、もちろん他の大陸の種族達であった。

 同種族をも平気で殺すという、ある意味裏切り行為を受け、他の種族達は富裕者達に与する者は裏切り者であると定め、完全なる敵として認定したのである。

 もちろん、それでも富裕者達以外は自分と同じ種族の者を殺すという事を躊躇う者がほとんどではあるのだが、裏切った者達と自大陸の仲間、優先するべきはどちらかなど明白なために、現在では同種族であっても立ち塞がるのであれば容赦はしない。

 そして、富裕者達の方も徹底しており、種族上は同じであっても既に別の存在であると考えているのであった。

 極端な事を言えば、傲慢な貴族が持つ考え方のようなものである。


「ど、どうしますか? ま、まだ距離がありますが?」


 パネラが冷や汗を流しながら問うと、さてどうするかとオブイは考える。

 確かにパネラの言う通り、距離がまだ離れており、撃っても当てる事は難しい。

 富裕者達がまだこちらに気付いていない以上、先手を取って1機は確実に仕留めておきたい。

 だが、確実な距離まで近付けると気付かれてしまうかもしれない事を懸念する。


「大丈夫、私に任せて下さい」


 オブイが悩んでいると、ロカート機が一歩前に出てスナイパーライフルを構えた。

 その行動を誰も止めない。

 確かに自分達には無理な距離だが、ロカートの狙撃の腕前なら確実に当てる事が出来ると思ったからだ。この距離ならば、発砲音が届く前に仕留める事が出来るだろう。

 オブイも全幅の信頼でロカートに任せる事にし、富裕機達の姿を確認する。

 狙うは手前に居る囮の富裕機。

 ロカートは集中するように何度か大きく呼吸し、機体に微量の魔力を流して操縦桿の発射トリガーを引く。

 それに反応してロカート機のスナイパーライフルから発射音と共に弾丸が飛び出し、銃口前に展開された幾何学模様の魔法陣を通過すると表面に氷を纏って、吸い込まれるように富裕機へと向かう。

 ロカートはこの1発で富裕機の顔部分を破壊し、向こうが反応する前に次弾を撃って可能な限り潰すつもりであった。

 しかし、本来気付くはずのない弾丸は、無情にも富裕機が持つ大盾によって防がれてしまう。


「馬鹿な! この距離で反応するだとっ!」


 起こった出来事にロカートが信じられないと驚愕し、確実に決まったと思っていた狙撃を防がれ、他のエルフ達も大きく動揺する。

 それでも、ここで1機落としてこの後の展開を有利にする事は必要であると、ロカートは一気に頭を冷やし、更に続けて2発撃ち出すがそれも大盾によって防がれる結果しか得られなかった。

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