表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第一話 4

4


「行ってきまーす」


振り返って直人は家の中へ向かってそう言った。

もちろん中には誰もいないのだが、まあなんとなくだ。

扉を開けて外に出ると、暖かな光が彼らを照らした。

「いい天気だ」

「ええ。まさにお出かけ日和って奴ね。学校サボってピクニックでも行く?」

「いや、魅力的な提案だが今日はテストがあるんで勘弁。またの機会で」

「あら。それは残念」

琴葉とそんな他愛もない話をしながら歩いていたその時だった。


――向こうから、一人の男が歩いてきた。

スーツを着て、鞄を片手に持つ四十半ばぐらいの男性。

近づいてくる彼の姿は、驚くほど生気がなかった。

虚ろな目で、よろよろと、おぼつかない足取りで前を進む。

しかし、一番目を引いたのはその背後。

彼の後ろについている、ソレだった。


――男の背中には、真っ黒で長い髪をした少女が、おぶさるようにして張り付いていたのだ。

その少女は、何やら男の耳元に向かってぶつぶつと囁いている。

一見してそれは異様な光景。

その気迫に、直人は一瞬飲まれかける。



「――直人。目を合わせては駄目。前だけ見ていて」



――暖かな温もりが、彼の手を包み込んだ。

「大丈夫だよ直人。私がいるから、大丈夫。だから怖がらないで」


その囁きが、飲み込まれかけていた彼の心を解した。

そして、言われた直人は彼女の言葉通り、ただ前だけを見つめる。

少女を背負った男は、そのまま直人たちの傍らを通り過ぎていく。

そして、それからしばらくしたのち、安心したように言葉が息を吐いた。


「やー。びっくりしたわ。まさか朝からあんなんに出くわすなんて思わなかったわね」

「……なぁ琴葉。あれは何なんだ?もしかして……」

「ピンポン大正解。私とご同業の方だよ」


やっぱりか、と琴葉の答えを聞いた直人が呟く。

――あれがなんなのか、よくはわからなかったが一目見て人間ではないと思った自分がいた。

しかし、何かが違う。

琴葉とは違い、あれには得体のしれない禍々しさというものがあった。

同時に彼の本能が訴えてきた。

――あれに関わったら、おそらく死ぬと。

そう直感していた。

思ったままの感想を直人が言うと琴葉も苦々しく頷く。

「……それもたぶん正解。あれはマジでヤバいと思う。怨念、てやつなのかな。ああゆうのは割と無差別に来るから目ぇつけられたら厄介どころの騒ぎじゃないわ」

「――あの人大丈夫なのか?」

「さぁね。だけど私たちが気にしてどうにかなるもんじゃないわ。止めてこちらが巻き込まれても溜まったもんじゃないし。気にしないことよ――さ、早く行きましょう直人。学校遅刻するわよ」


言って彼女は再び歩き出す。

それ以上、あれについて話す気もないみたいだった。

……自分がどうこうしたからといって、どうこうなる問題でもない。

それは事実だ。

だけど……。

しばらく男の歩いていった方を見つめていたが、やがて彼は背を向けた。


■ ■ ■


――そうしてそれから学校へ来るまでの道すがら、琴葉は直人の隣を幽霊のように浮遊して付いてきたが、その姿に気付いた人間は誰もいなかったようだ。

直人の隣を歩いていった人は琴葉を気にせず彼女をすり抜けていったし、電車のドアも彼女の上半身と下半身を真っ二つにするよう閉まった(この時、ぎゃあっ!、と二人して声を上げたので周りの人からすごい奇異な目で見られた)。


その後学校へ着いたが、教室に来るまで何人かの生徒とすれ違ったにも関わらず誰も気付いた素振りを見せる者はいなかった。

……まぁ気付いたらみんな絶叫するだろうからな。


「あー。みんな薄情なのね。せっかく華麗に舞い戻ったってのにスルーされまくりで。心が荒むわ……」


誰にも気付いてもらえなかった彼女は教室についたら、げんなりと落ち込んで教卓の上に寝そべってしまった。


「とりあえず、これで普通の奴には見えないってわかったな――まぁ元気出せよ。まだお前の仲の良いやつには会ってないだろ?なら、きっとそいつらには見えてくれるって」


膨れっ面になった琴葉を直人は慰めた。

幸い、今の教室には直人たち以外には誰もいない。

だから他人の目を気にせず清々としゃべることができた。


「でもさー、万が一他の人に見えなかったらどうしよう。そしたらショックで私立ち直れないかも……」

「まぁ、そのときは機嫌治しに本でも買ってやるよ」

「全巻一気買いして欲しい」

「そんな財力ねーよ。三巻までだ」

「……貴方って色々甘いわよね」


さぁな、と直人が言った時、どさっ!と何かが背後で落ちた。

見られた!?と慌てて振り返ると扉の前に立っていたのは直人のよく知る人物であった。


――孝だった。


額に玉のような汗かいていて肩で息をしているその姿から、恐らく朝練でもしてきた後なのだろうと推測できる。

けれどいつもの孝なら元気よく挨拶してくるはずだが、そうしてこない。


それに、なんだか顔が青ざめている。


……もしやと思った直人が思うと同時に、教卓に座っていた琴葉が手を振った。


「やっほー孝。元気してたー?」


……いや、いつも通り過ぎるって。

もう少しこう、緊張感というものを持とうぜ。

そう直人が琴葉に言おうとする。

が、それより早く――


「ひぎゃあああお化けぇぇぇぇぇ!!」


――学校中に孝の野太い叫び声が響き渡った。


「――ねぇ。男子ってこんなリアクションしか出来ないの?」


「……察してやってくれ」


呆れたように言う琴葉に、直人は額に手を当てて言った。

――とりあえず、一気買いはしなくて済みそうだ。


■ ■ ■


――混乱した孝を一旦なだめて、二人は彼を連れて屋上に連れてきた。

ちなみに屋上は普段は閉まっているが、琴葉が職員室から鍵をちょっぱらってきたから開けられた。

ここなら誰にも見られたり聞かれたりすることもないだろう。

それから、直人と琴葉は大まかな事情を孝に説明した。


「――なるほど。つまり原因はわからないが萩村は幽霊として奇跡の復活を果たしたというわけか。分かったぞ」

「納得するの早いなお前」

「まぁあ。割りと従姉さん関連でこういうには慣れてる」

「……そっか。お前の従姉さんとこ神社だったっけ」

この孝という人物には、笹代楓という従姉がいる。

その人の実家が神社であるがゆえに、孝は割りとこうゆう幽霊の類いには慣れているらしい。

「……のわりには、大層な叫び声を上げてたじゃない?」

じとーとした目で見る彼女に、孝は「確かにすまなかった」と謝罪した。

「しかしどうか許してやって欲しい。子供の頃からお化けというものは怖くはなかったなだがなにぶん知り合いの幽霊というのはいなくてな。流石にビビってしまった」

「……まぁ普通幽霊に知り合いなんているわけないわな」

「ああ。いやでも本当にびっくりしたんだぞ。SAN値もごっそり削られたことだろうな。いわゆるあれか?今の俺は不定の狂気に入ってと思うぜ」

「ああ言えてるかもな。なら俺もそうだな。きっと発狂状態なんだろう。あっははは!」


「――お望みなら二人仲良く発狂エンドを用意してあげるけどいかが?」


「「悪かった」」


からかい過ぎた。

拳を構えた琴葉の目に光がない。

本気である。

とりあえず、話をそらしてこの件についてはうやむやにしよう。


「ま、まぁとにかく良かったじゃないか。俺以外に孝もいてくれて。な?」

「――まぁそうね。とりあえずよかったとしましょう。と・り・あ・え・ず、ね?」


最後を強調されて直人たちは睨まれた。

……結局ご機嫌取りに本は買うことになるな、と直人は覚悟した。


「じゃあ、話もまとまりましたし授業に行ったら?ってあれ、そういえば今何時だっけ?」

「九時十分。何だかんだ話してたら一時間目入ってたな」

「もういいだろ。一時間目は休もう。 話聞いてたら疲れた」

「お前はまだいいだろう。俺らなんかどう説明するか頭から絞り出して考えてたんだぜ」

「それでもやはり詳しくは分からなかった」

「だろうな。俺もよく分かってないしな。本当、無茶苦茶だろお前」

「はい三冊決定ぇー」

「っておい今のは冗談だっての!」

「ははは、墓穴を掘ったな直人よ」

「笑い事じゃないわっ!」


屋上に賑やかな声が響く。

――まるで、もう十年も過ぎてしまったかのような懐かしさ。

一週間ぶりの、直人たち三人の会話だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ