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第一話 3

3.


「――ねぇ、直人はどこ高行くの?」


放課後、日直として教室整理をしている直人を、椅子にだらりと座って気だるげに待っていた琴葉は、唐突にそんなことを彼に尋ねた。

「そうだな……とりあえず、境南に行くつもりだよ」

訊かれた直人は作業の手を休めることなく淡々とした口調でそう答えた。

彼がそこに行こうと思った理由は単純、家から近かっただけに過ぎない。

学力はそこそこだし、直人は高水準な学校を目指しているわけでも目指せと言われてるわけでもなかったので、そこは彼にとって色々と都合がよかった。


それを訊いた琴葉は「ふーんそうなんだー」と言ってこくこくと首を縦に揺らした。

そして、少し思案したのち彼女はよし!と立ち上がった。


「じゃあ私もそこ行こ」


「は?おいおい何言ってんだ。お前確か聖浄に目指してんだろ?先生が話してたの聞いたぞ」


聖浄とはこの辺りでも有名な進学校である。

直人の中学でも年に一人行くか行かないかという比率だった。


それを、琴葉は聖浄行き確定と太鼓判を押されている強者である。


「別に私が目指したいわけじゃないしね。先生が行け行け煩いだけだし」

「普通、行け行け言われる生徒が少ないって知ってるか?」

「知らなーい。それに決めるのは私だし。だから私も境南に行くわ」

「……まぁお前がそう言うなら止めはしなあがな」


――本音は、同じ高校に行くと言ってもらえて嬉しかったりした。でも何故彼女は、急に境南に行こうなどと思ったのだろうか?

聖浄も境南も、彼女の家からだとほぼ同じ位置にあるのに。

気になって直人が琴葉にそのことを尋ねると、それを聞いた彼女はいたずらっぽく笑った。


「――だって、小中高いっしょの幼なじみってなんか良くない?いかにも親友ぽくてさ」

「……それだけか」

「うん。それだけ」


にひひ、と無邪気な子供のような笑顔を浮かべる彼女。

そんな幼なじみに、直人は「ですよねー」と呆れたようにため息を吐いた。

……別段、特別なことを期待してはいなかった。

が、ちょっぴりがっかりしている自分がいたのもまた確かだった。


「なーおとっ」

「何だ?」


振り返ると、彼女はにこりと笑って首を傾げて言った。


「高校でもよろしくね」

「……いや、その前にまだ入れるかすら決まってないんだけど」


気が早いんだよ、と彼は苦笑した。


――だけど、内心はものすごく嬉しかった。



■ ■ ■


――じりりり、と鳴り出した目覚ましの音で、その夢から覚めた。


鳴り続けるアラームを止めて、まだ眠気の残るゆったりとした動作で直人はベットから起き上がる。


……ずいぶんと懐かしい夢を見た。

あれは確か、中学三年の頃の思い出だ。

あの時言った通り、直人も琴葉も同じ境南に行くことができた。

正直彼女と同じ高校に行けるとは思っていなかったから、口には出さなかったが当時の自分は内心かなり喜んでいた

――しかしだ。

過去の自身の反応を思い返してみると、柊 直人はだいぶ前から萩村 琴葉に好意を抱いたようだ。

それを再認識してみると、その片思い状態のまま現在に至っている自分自身に、少しガクリと来るものがあった。

――明るくて容姿も整った琴葉は学年問わず男子からも高い人気を誇っていた。

が、それ以前の障害として大きなものがあった。

琴葉自身、恋人を作る気がないということだった。

現に、彼女は他の男子からの告白を全て断り続けていた。

かなりの人数からの告白を断り続ける彼女を見て、流石の直人もつい「片っ端から断り続けてるけどそれでいいのか?」と尋ねてしまった。

すると彼女は驚くほど淡々とした表情で

「私、恋人作るつもりないから」

とはっきりと断言された。

――それを聞いて、琴葉に告白するのが絶望的だと思い知らされた。

……一時期は、脈ありなんじゃないかと思っていた時期があった。

幼なじみとはいえ、結構特別な仲なのではないかと。

でも、それはないとはっきりわかった。

告白しても、断られる。

……なら、この想いをずっと胸に仕舞ったまま、彼女の隣にいられる方がいい。

そう考えてしまったのだ。

我ながら、なんて女々しい……。

そこまで考えて、ふと一階から物音がした。そしてそこでようやく昨日いっしょに寝ていた琴葉の姿がないことに気付いた。


「あいつ、起きてたのか。朝苦手だったくせに……」


確か、中学一年までいっしょに登校もしてた気がする。

けれど琴葉は朝起きるのが苦手で、しょっちゅう待ち合わせに遅刻していた。

そんでいっしょに授業に遅刻したことも何度かあった。

さすがに彼女も気が引けたようで、朝は別に登校しようという話になったのだ。

……たまたま目が覚めたからテレビでも見てるのかな。

まだ若干朦朧とした頭で直人は、そんなことを考えながら一階に降りていった。

リビングに入ると案の定、琴葉がいた。

手に何かを持っている。

ふわふわと、白い湯気を放つ何かだ。


「あっ、おっはよう直人。朝御飯できてるよ」

「あーおはよ……って、はいっ!?」


……寝ぼけていた脳みそが一気に覚醒した。気のせいだろうか?

今信じられないことを聞いた気がする……。


「――おい琴葉、今なんて言った……?」

「ん?だから、朝御飯作ったって。ほら見て。目玉焼きだよ」

「マジかっ!?」


気のせいじゃなかった!

彼女の手に持っている皿には出来立ての目玉焼きが盛り付けられていた。

……予想外過ぎて、その目玉焼きからしばらく目が離せなかった。

そんな彼のリアクションを琴葉が呆れた目で見た。


「あのさ、私が御飯作るのがまだそんなに怖いの?あれから何年経ったと思ってるの?」

「――何を言うか。何年経ってもあれは忘れられないんだよ……」


――そう、あれは小学生の頃。


おいしい御飯を作ってあげると、琴葉が言ってきた。

近所の人から料理を習ったらしい。

琴葉が御飯を作ってくれるというだけで嬉しかったので、(ああ、この頃から既に好意があったようだ)ご馳走になった。

作ってもらったのハニートースト。

見た目がおいしそうだったので、彼は喜んで頬張った。

……そのあと、紆余曲折あとて病院のベットで目が覚めた。


「あれを忘れられると思うか……?」

「あん時は悪かったと思ってる。まさか一口であんなことになるなんて……けど今回は大丈夫!ほら、おいしそうでしょ」

「あの時も見た目はよかったけど、結局あれ食べ物じゃなかったって分かってるかお前……?」


一口食べて走馬灯が見えるようなものを、食べ物とは言わない。

少なくとも俺は言わない。


「ひどいわ!あんまりよ!朝が苦手なこの私がこんなにも懸命になって作ったというのに!この私が!」

「二回言うな二回」


涙目になって彼女は訴える。

……だがしかし。

色々引っかかる言い方をしてるがこれを自分のために彼女が用意してくれたのは事実なのだ。

早起きが大の苦手な、あの琴葉が……。

――そう考えて、彼が嬉しくならないわけがなかった。


「――確かにな。なら、食ってみるかな」

「本当っ!?やったぁぁ!ほらほらこっち座って!」


琴葉は無邪気に喜んで、直人を席に座らせる。


……我ながら、本当にちょろいな、俺。

彼はやれやれと苦笑した。

まぁあれからだいぶ経ってるし、あんなひどいもんではないだろう。


「はいどうぞ。召し上がれ」

「では、いただきます」


そう彼女に促されるまま、直人はトーストを頬張った。



■ ■ ■


――そして数分後。


「――ごめん。本当ごめん」


琴葉が床に土下座していた。

対して直人は青い顔で机に伏せていた。

先ほどから直人の視界は二重にぶれて見えた。


「――まさか、相変わらずのクオリティとはな……」


ははは、と琴葉がひきつった笑いを浮かべる。

一口食べた瞬間、口の中でビッグバン。

甘さと苦さ、そして堅さと軟らかさが織りなすカオスな味わい。

一瞬で気絶したが、その味でまた目が覚め、そしてまた気絶するの繰り返し。

――これ、前回よりレベルが上がっているんじゃないか……?


「しかし、まさか料理で二度も三途を渡りそうになるとはな……」

「うん。本当、私にも身体が透けて見えたよ。あっははは」

「お前が言うと洒落にならん……」


言いながら彼は今だ口の中に残る不快感を洗い流そうと手元にあった水をぐいっと一気に飲み干した。

――だけど、そのお化けさまの身体がまるで空けてないのを見ると、本当にお前幽霊なのかよという疑念が出てくる。

……ま、本人も分からんと言ってるのを訊いても意味はないな。

そう一人頷いて直人はまだおぼつかない足取りでよたよたとキッチンへ歩いてく。


「ちょっと、まだ座ってなさい。皿洗いなら私がやるから」

「いや、その前にゴミ出し。あと十分で収集車来るから……」

「ああ、ゴミならもう出したわよ。三角コーナーも取り替えといたから」

「あ、本当?助かるぜ……」

「まぁその代わりジョギングしてたおじさんに絶叫されたけどね」

「何だと?」

「ああほら、私幽霊だからさ。一人でに玄関が開いてゴミ袋だけ浮いて出てきて見えたんだと思うよたぶん」

「……お気の毒に」


朝からジョギングしていたら宙に浮かぶごみ袋に遭遇する。

色んな意味で災難だ。

……しかし、ということはだ。


「今のところ俺以外には見えてないってことか?」

「たぶん、そうなるねぇ」


改めてまじまじと彼女を見て直人は感心したように呟いた。


「お前本当に幽霊だったんだな……」

「今まで何だと思ってたのよ……?」


琴葉が呆れたように言った。

いや、それ以上に貴方が自然過ぎるんだよ。幽霊だって感覚をまるで持たせてくれない。


――ああだけど。


そうなると一つ疑問が浮かぶな。


「なぁ。ならなんで俺に見えるんだ?」

「さぁ?霊感でも強いんじゃない?もしくは生前親しかったからとかそういう感じのあれかも」

「あれって何だよ――じゃあ、そうなると俺以外の他の親しい奴にも見えるのかな?」

「あら、じゃあ試してみる?」

「え、何を?」


にひひ、と笑う琴葉。

あ、この笑い方はろくなこと考えてない時の奴だ。


彼女は自らの胸に手を当てて直人に言った。

「――私を学校に連れてきなさい。そうすれば色々はっきりするわ」

「……思ってたのよりまともだな」

「どういう意味よ……」

「だって笑い方がゲスかったから」

「ふふふ、まぁそれを確かめるだけに行きたいわけじゃないけどね」

「やっぱそうか」

琴葉はいつも通りだった。

しかし何をしたいのやら。


琴葉のこれには二パターンある。


一つは洒落にならないほどゲスい、もといヤバいパターン。


もう一つは本人がヤバいと思いこんでるだけで空振る程度のパターン。

前者は本当に洒落にならないので、後者であることを切に願う。


「で、どうする直人?私を連れていってくれるのかしら?」

「……どうせ止めても着いてくるだろ。それに、俺も他の奴にも見えるのか気になるしな」

「よし!じゃあ決まりね。ほら、ならさっさと着替えてらっしゃい。私はもう着替えたから」


いつの間にか、服装が寝巻きから制服に変わっている琴葉。


「本当に一瞬で変わるな」

「魔法少女みたいでしょ?」

「変身シーンはないんですか?」

「見たかったら脱ぐけど?」

「やめてください」


朝からそんな刺激的なもの見せられたら学校なんて行けません。

まずいことになる、あれやそれらが。


「……まぁ、とりあえず着替えてくるわ。ちょっと待っててくれ」

「了解であります」


びしっと彼女は敬礼し、直人は「なんだそりゃ」と笑って部屋を後にした。


――さて。

幽霊になった幼なじみとの生活。

その慌ただしい一日の、始まりである。



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