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第一話 1

1.


――授業終了を知らせるチャイムがなる。


これで今日の授業はすべて終わった。

部活にも入ってなかった自分はこのあと特にやることなんてなく家に帰るだけだ。

さっさと荷物をまとめて教室を出ようとすると背後から声をかけられた。


「おい直人、もう帰るのか?」


振り返ると、声をかけたのは自分――柊 直人の友人、城島 孝だった。

孝はにかっと笑って、直人の肩を勢いよく寄せる。

……柔道部の孝はがたいがいいから、なかなか痛い。


「ちょっ、孝、苦しいっての……」


「ははは、このくらい男なら平気だろ?頑丈なんだから」


「全人類の男をお前基準で考えるな。なかには女子に腕相撲で負ける人間だっている」


「いないだろそんな奴。――負けたことあんの?」


「……悪いか?」


じろりと彼は自らの友人を睨んでやる。

世の中色んなやつがいるんだ。

その対戦相手が男に勝りの力持ちだったりする可能性だってある。

仕方ないさ、あれは。

……まぁ負けたときの精神的ショックはかなり大きかったがな。


「ま、まぁそういうこともあるわな。とりあえずそれは置いといてだな……直人、このあと飯でもどうだ?ラーメンとか食べに行かないか?」

若干引き気味になりながら、孝はそう直人を誘ってきた。

「飯か、ってあれ?お前部活は?。今日普通に練習あるだろう?」


「たまにはサボりたい」


「それでいいのか副部長……」

えっへんと胸を張る彼を、直人がげんなりとした目で見た。

「いいんだよ、たまにはな。ほら奢ってやるから行こうぜ」


「お、おい引っ張んな!何だよいきなり奢るなんて。何かあった?」

……言い方が悪くて申し訳なうが孝はかなりのスポーツバカだ。

その熱心さもあって副部長に抜擢されたこともある。

そんな彼がサボりたいからという理由で部活を休もうとするはずがない。

「ん、まあそのなんだ。ただの気まぐれだ」

直人の問いに、そう言って孝は目を反らす。

……その仕草で、こいつがどうしてこんなことを言い出したのか、直人には検討がついた。


「――悪い。今日はパスだわ。あんまり食いたくないかな」

「そうか。なら仕方ない。また誘うよ」

「ああ。ぜひそうしてくれ。――じゃ、また明日な」

「おう。またな」


そんなさよならをして直人は教室を出ようとする。


「――孝」


――出る前に、彼はもう一度孝に振り返る。

どうした?と振り返る彼に、直人は微笑んだ。


「――ありがとな」

「――おう。帰り気をつけてな」

「お前もな」


互いに手を振って、直人は教室をあとにする。


――最後に。


視界の隅に、机が見えた。

もう誰も座ることがないであろう、その机に。


■ ■ ■


一週間前、この学校で一人の少女が死んだ。


死因はガンだった。

半年前に発見したそうだがもう手遅れで、処置のしようがなかったらしい。

けれど、彼女はその事実をクラクメイトの誰にも明かさなかった。

誰にも知らせず、誰も知らず、彼女は半年を過ごし、そして逝ってしまった。

昨日まであんなに笑ってた彼女が突然いなくなった。

彼女が死んだと聞いてクラスは騒然とした。

もちろん自分もだった。


――彼女の名前は萩村 琴葉。


俺と孝のクラスメイトで、俺と幼なじみで――そして、ついぞ気持ちを伝えることができなかった、想い人でもあった。



■ ■ ■


「ただいまー」


一人だと妙に早い帰り道だ。

あっと言う間に我が家に着いた。

家からは誰の返事もしなかった。

別に驚かない。

両親共に仕事に行っているのだろう。

案の定、リビングのテーブルにはラップのかかったおかずが並び、「今日は遅くなります。先に食べてて」という母の置き手紙があった。

とりあえず荷物を置いて着替えようと、二階にある自分の部屋に向かう。

……そういや、こういう早く帰った日にはよく琴葉が遊びにきたっけ。

そして人の晩飯を勝手に食べるだけ食べて帰って行ったものだ。

だけど彼女は悪びれる様子もなく、いたずらっぽく笑って言った。


『私は悪くないよ。直人のお母さんの料理が美味しすぎるのが悪いのよ』


図々しい奴。

そう思ってそのときは苦笑していた。

……けれどそんなことはもう起きない。

あの二人で食べるには少なすぎるおかずをとろうとする輩は、もういないのだ。

もうどこにも……。


「――本当、嘘みたいだ」


――考えもしなかった。

彼女がここにいるのは当然でこの先もずっとそうであるのだと信じきっていた。

疑いもしなかった。

だからいつでもいいと思って、後回しにしていた。

彼女への想いを、告白することを。

――ああそうか。

今思えば、本当はあの時に……。


――ガタン、という物音で直人は我に返った。

今のは直人が立てた音ではない。

聞こきたのは、直人が入ろうとしていた自分の部屋だった。

さらに部屋の中でガサゴソ、と何かが擦れる音もしてきた。

それはまるで、何かを探してるかのような音だった。

「――まさか、空き巣?」

言って背筋がぞっとした。

だけど、自分以外誰もいないはずの部屋で何かを探すような音なんて、他にあるのだろうか?

少なくとも直人は思い付かなかった。

……この扉を開けるべきなのだろうか?

直人は考え込んだ。

もしかしたら、こちらに気付いたら襲ってくるかもしれない。

なら、ここは何処かに隠れているほうが安全かもしれない……。

いや、と直人は今の考えを否定した。

だからといって放っておくことは出来ない。このまま何もしないというのは、一番安全とはいえ嫌だった。

直人は一階まで静かに戻り、一応と金属バットを持ち出した。

そして何かあったらすぐにかけられるよう携帯に、百十番の番号を入力しておく。

部屋からは以前として何かを漁るような物音がしてる。

……とゆうか、俺の部屋だけ探しすぎじゃないか?という違和感を感じた。

案外、紛れ込んだ猫だったらいいなと考える。

……まぁその可能性は低いだろうけど。

扉に手をかけた彼は大きく息を吸い、そして吐いた。


……よし。


意を決して、直人は勢いよく扉を開けた。


そして、中に入り、その侵入者と対峙する――!




「――あら?帰ってきてたの。早かったじゃない」



――部屋を漁っていたソイツは、こちらと目が合うと開口一番そう言った。

動じた様子は見せない。

まるでそこにいるのがさも当然であるように、堂々と。


「…………」


――対して直人は絶句していた。

相手がごく自然とした態度でいたことに驚いたわけではない。

その姿に、驚愕していた。


――栗色のなめらかな長い髪。


整った顔立ちに血色のいい唇。


そして直人と同じ藍色の制服を着て、一人の少女がそこに座っていた。


――それは一週間前まで、いつものようにあった光景。


「何よ、ぼけーとしてないで何か言いなさいよ」


少女は口を尖らせる。


――その口調、その仕草。


――誰が間違えようか。


今、彼の目の前にいるのは少女は――萩村 琴葉、その人である。


「……き」

「え、何?聞こえないわ」


幼なじみの姿をした彼女が直人の口元に耳を寄せる。

触れるか触れないかの距離まで、彼女が顔を近づける。

――それが限界だった。



「っっぎゃああああお化けぇぇぇぇぇ!!」



……あんまりにもテンプレートな反応だったと、後になって思った。


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