第5章 侵食の終焉~2つの秋川家に訪れた明暗(1)~
それは4月のこと。例年、この時期になると、一番茶の茶摘みが始まる頃であり、智博の所も例外無く、その作業でてんてこ舞いの様子だった。
そんな中、遠くから智博を呼ぶ、黄色い声がした。
「伊藤先輩~!!聞こえますか~?」
声の主は、何と咲希だった。
「どうしたんだよ?急に。」
「実は、先輩に聞きたいことがあって・・・。」
「何だ、先輩なんてやめてくれよ!!俺ら、小さい頃から交流があるんだから!!」
忙しい最中に、多少迷惑を感じながらも、智博は咲希の話に耳を傾けていた。
「そっか。じゃあ、智博さんでいい?」
「いいけど、一体何なんだい?聞きたいことって?」
「え、それは・・・。」
急に顔を赤らめる咲希に、智博は怪訝な顔をするが・・・、
「今、智博さんには、彼女とか居るんですか?」
「えっ?何だよ!!いきなりそんなこと・・・。」
咲希の突拍子もない発言に、智博は一瞬戸惑いを見せたが・・・、
「いや、別に居ないけど・・・。」
と返したのだった。
日々の農作業に追われることが常だった智博にとって、恋愛等二の次に等しい状態だっただけに、この咲希の告白とも受け取れる質問に、智博の心は驚きと恥ずかしさが同居する妙な気持ちに支配されていた。