第3章 侵食の始まり~名家の外堀を埋める時(4)~
「おい、智博。お前、それ以外にもう1つ、どうにかしたいことがあったよな?」
「うん。ひょっとして、あのこと?」
あのこととは、ただ単に、家業の内容がほぼ同じで、フルネームも美咲のそれと酷似していた為に、言われなき誹謗中傷の矢面に立たされていた咲希の名誉を回復することであった。
ほぼリンチ同然だった批判こそ止みはしたものの、それによる後遺症が相当酷く、かつて通っていた製菓の専門学校も「人の眼が怖い」と言うことを理由に、未だに休んだままの状態に陥っていたのだった。
日頃から可愛がっている後輩・翔太の妹でもあり、少々おてんばながらも、活発で明るく、時にはお手製のクッキーをくれたりと、女の子らしい一面を持っていたことを思うと、どうにか立ち直ってほしい気持ちが、美咲への対抗心と共に、智博の心の中に根付いていたのだ。
そして幼少時代、近くの茶畑や公園で3人一緒に遊んだ楽しい日々の存在。それもまた、咲希の名誉回復を行う為の大きな理由の1つとなっているのだった。
「ただ人を恨むだけじゃなく、何か困っている人がいたら、いっそ力になってみるのも、将来自分の株を上げる最善の手段の1つじゃないかとも思うんだ。どうだ?」
「うん、分かった。もう少し、考えてみるよ。」
こうした父の忠言により、幾分落ち着きを取り戻した智博は、如何にして、自分の思い描く野望をいい形で叶えられるのか、再び思案の時を過ごすのであった。