第3章 侵食の始まり~名家の外堀を埋める時(2)~
しかしながら、父・謹一郎は慎重な姿勢を取っていた。何故なら、美咲の父親は市内の農協で代表理事専務と言う要職に就いており、謹一郎も市内の茶農業協同組合の組合長のポストにあったのだが、組織の規模から見て、到底太刀打ち出来るような相手では無かったのである。
そして、智博も市内の商工会議所の青年部に所属こそしていたものの、24歳の若さ故に、まだペーペーの部類に属しており、発言権はおろか、行事でも下働き専門のケースが大多数だったのだ。
「なぁ。父ちゃんは、この地域で1番になりたくないのかよ!!」
ここだけの話、智博の実家で製造されたお茶は、各種品評会で何度入賞経験がある上、ここ数年は何と10回も農林水産大臣賞を授かるほど、クオリティの高さが評判だったのだ。それだけに、自分の家業が製茶一本槍で今日の地位を築き上げた実績がありながら、未だに美咲の実家の後塵を拝している現状に、不条理さを感じずにはいられなかったのだ。
「そりゃあ、なりたいさ。だが、お前のやろうとしていることは、信長の精神に毒された物でしかない。」
「え?どう言うこと?」
「いいか、智博。戦国武将の性格を表した川柳に『ほととぎす』と言うものがあるのを知ってるか?」
「うん。知ってるよ。でも、それがどうかしたの?」
突如として、謹一郎の口から飛び出した、ほととぎすの話。これが一体何を示し、自分に一体何が言いたいのか、智博は半ば狐につままれたような気分になっていた。