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コイン・メイカー  作者: 安田勇
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九章 女神の断罪  ⑥


  六


 最後の手段に出るしかなかった。

 三人の内の一人に標的をしぼって味方に引きこむ

しかない。


 良太は最も味方になる可能性が高そうな相手――

葵に近づくと肩を両手でつかんだ。

 

 十代の少女の肩は自分と比べると、頼りなく弱々

しい感じがした。

 しかし、葵の肩を強く握りしめて激しくゆさぶり

ながら言った。


「葵ちゃんはなるみの友達だろ? なるみの大親友

だろ? 本当に何もしなくていいのか? このまま、

ほっといていいのか?」


「良太君もなるみの話を聞いたんだね?」

 葵は小さな声で尋ねてきた。葵は困ったように

笑いながら視線を下に向けていた。


 良太と視線を合わせるのを避けるように。


「聞いたよ。葵ちゃんも聞いているんだろ? 聞いて

いるのに、こういう事が起きても平気でいられるの

か?」


「……実を言うと、あたし、こういう時は何も感じ

ないの。不感症だから」


「ふざけないでくれ! オレは真剣に言ってるん

だ!」


「ふざけてないよ。あたしは一年前の戦いで六段の

念銭を八回連続で使ったことがあったの。

 その時、強すぎる念を一気に受けたせいで不感症に

なったんだよね。


 だから、七十%ぐらいまでは人の感情が分かるけど、

それをこえる怒りとか悲しみの感情は意味不明なの。


 自分の悲しみも感じないから人の悲しみも感じない。

どんな不幸なことが起きても『しょうがないね』って

いうふうに……興味がなくなるの」


 葵の顔も話し方も、いつもと同じように明るく優し

そうに見える。


 明るく優しそうに見えるが、顔にも声にもはっきり

とした感情が出ていないことに良太は気づいた。


「本当の事を言うと、今、良太君と話していても自分

が生きてる実感がないんだよね。遠くから他人を操って

動かしている感じ。


 相手を嫌な気分にさせないためには笑うのがいいって

事しか分からないから、こうやって笑っているだけ。


 だから、なるみから何百回も電話が来たけど全部

無視した。落ちこんでいるなるみに、同情する方法

が分からなかったから」


 葵は良太に目を合わせながら、恐ろしいほどの透明

な笑顔で語ってみせた。その顔は本当に不感症の人間

に見えた。


 そうでなければ、このような笑い方はできない

ように思う。前と同じだった。


 見た目は人に見えても、本当は人ではない不完全な

存在――魂の宿らない人形のように感じられた。


 良太は葵をつかんでいた手を外した。

 葵に触れることで自分が不感症になるのを本能的

に恐れたのかもしれない。


「今日、この事件がきっかけでなるみが自殺しても、

あたしは何も感じないと思う。夕ごはんには普通に

ラーメンを食べてるだろうし、普通にテレビも見る

かもしれない。

 誰かに言われなければ、なるみの事を一生思い出

さないかもしれない」


 葵は体の向きを変えると窓の外に視線を向けた。

 良太に興味をなくしたように。


『……おめえのまわりにも一人いるぜ。大事な物を

なくした状態で生きてる奴がな』


 以前、石川はそんな事を言っていた。

 良太は今になってそれが誰の事であるのか分かった

気がした。


「あたしはなるみがいなくなっても悲しいとは感

じない。自分の友達がまた一人へったなあと感じる

だけで。

 でも、悲しいとは感じられない自分が悲しいような

気がするんだよね……よく分からないけど」


 さっぱりとした明るい口調が、夏夜よりも無感情に

感じられた。


 詳しい話を聞かなくても、葵が不感症になった理由

は予想ができた。

 あまりに強すぎる刺激を継続して受ければ、刺激を

感じる機能がマヒするぐらいのことは。


 横で見ていた志歩が心配そうな顔で葵に近づくと、

葵の手をそっとにぎりしめた。


「ここではやめて。みんなが見てるから」


 葵は早口で言うと志歩の手をふり払った。

 重い沈黙が家庭科準備室を支配した。 良太はあら

ためて三人の少女達を見た。


 三人の少女達はまばたきすら忘れた様子で、良太の

顔をまっすぐに見つめている。 

 血のように赤い夕日に照らされた家庭科準備室。


 その中にいる赤く染まった三人の少女達。再び死後の

世界で、三人の女神達に断罪されている気分がしてくる。


 女神達は有罪判決を下した罪人が、罪を悔いて罰を

受け入れるのを静かに待っているように見えた。


 ――やっと分かったぜ。なるみを救おうとする人間

が日本にはいない事が。

 ――なるみのために何かをしようとする人間が地球の

どこにもいないことが……オレ以外には。


 良太は残されていた最後の手段を口にした。


「じゃあ、戦いに協力をしなくてもいい。かわりに

強い武器をくれ。五段以上の念銭をオレにくれ。

オレ一人で敵の本拠地に乗りこんでなるみの念銭を

取り返す」


 良太の言葉を聞くと、志歩と葵と夏夜は互いの顔を

見合わせた。

 志歩は目を見開いて信じられないという顔で良太に

聞き返してきた。 


「本気なのですか? 良太さんはそこまで激しくなるみ

さんの事をお思いになっているのですか?」


「本気だ。誰も手伝ってくれなくてもオレ一人でやる。

何が何でもなるみの念銭を取り返す。

 もし、強い武器がなくても手持ちの武器だけで戦って

やる」


「……念銭なんて最初からなければ良かった。なければ、

こんな事は起こらなかった」


 志歩は良太から視線を外して窓の外の夕焼けを見な

がらつぶやいた。

 志歩の心がわずかに動いているのを感じる。

 もう一押しだと分かると、とどめのつもりで自己主張

をつづけた。


「でも念銭はこの世にある。オレたちはなるみを救える

かもしれない力を持っている。でも、持っていても使わ

なければないのと同じだ」


「……分かりました。ご要望の念銭をさしあげます。

ただし、この書類にサインをしていただけませんか?」


 良太の願いが通じたのか、志歩は自分のバッグの中

から一枚の書類を机に出してきた。

 書類に目を走らせると次のように書かれていた。





 良貨連盟 処分了解書


 無関係者に危害を加えた場合、良貨連盟の構成員に

危害を加えた場合、あるいはリフォーマー側に組織を

移った場合は意識の有無に関わらず、いかなる処分も

受け入れる覚悟があります。 






「いかなる処分も受け入れるって事は、殺されるのを

受け入れるって事か?」


「……そうご理解していただいてもかまいません。

最悪の場合は誰にも行方がつかめない秘密の方法で

闇から闇へと葬られます」


 志歩は言いづらそうに目を伏せながら答える。


 良太は全身に吹雪を浴びたような寒気を覚えた。

それでもためらう気持ちは起きなかった。


 ペンで名前を書きこむと出されたインクに親指を

当てて拇印を押す。志歩はサイフを開くと一枚の念銭

を取り出して良太の手の平に乗せてきた。


 肌に触れた瞬間。電流が流れたと思うほどの刺激

を良太は感じた!


 ――なんだよ! この念の激しさは! 

 ――この強さは絶対に五段以上だ!……もしかして、

六段か? しかも、属性がわけがわからないほど重苦

しいぞ。


 その念銭は金色に輝く硬貨だった。

 片面には『大日本・明治三年・五園』と書かれており、

身をくねらせる竜の姿があった。


 裏返すと太陽を中心に二本の花と二つの旗が取り

囲む図が目に入る。


「この念銭は明治時代に作られた旧五円金貨です。

材質は金であるため、現代に流通する硬貨よりも

はるかに高い念をこめることが可能です。


 その金貨に念をこめた方は、おそらく人の生き死

にと関わる壮絶な体験をなさったのでしょう。


 属性はよく分かりませんが、今の良太さんの感情

に近いと思われます。くれぐれも乱用にはお気を

つけください」


 夏夜のような感情のない口調で志歩は説明をした。

 金の材質のせいか、こめられた念によるのかは不明

だが恐ろしく重い念銭だと良太は思った。


「良太君。これはリラックスだよ。強すぎる念を打ち

消すために使ってよ」


「……先輩。夏夜の冷静も持っていって」


 良太の意志の強さに根負けをしたのか、葵と夏夜

までが持っていた念銭をわけてくれた。

 葵の念銭は百円が四枚。属性はすべてリラックス。

強さは四枚とも二段。


 夏夜の念銭は十円が一枚。属性は冷静。

 強さは三段だった。

 良太は意外な気分だった。


 最後まで戦いに反対すると思われたハト派の少女達

が、自分が真剣に訴えたことがきっかけで、心変わり

したことが。


「良太さんの御武運をお祈りいたします。どうかもう

一度、元気なお顔をわたくし達に見せてくださいませ」


「……ありがとう。また、みんなで弁当を食おうぜ。

ここで」


 受け取った念銭を左のポケットに入れると良太は家庭

科準備室を出た。背後から声を落とした少女達の会話が

聞こえた。


「一年前に今と同じ光景を見たのを思い出したよ」


「わたくしも、まったく同じ事を思いましたわ」


「だけど……その人は二度とここには戻らなかった」


 良太は無視して廊下を走り出した。自分のするべき事

はただ一つ。

 敵の本拠地に行って念術で敵をたたきつぶし、なるみ

の念銭を取り返すこと。ただ、それだけだった。

 

 



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