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コイン・メイカー  作者: 安田勇
21/55

五章  魔界都市〈進出〉  ②


   二


「良太くーん。この前はなるみと二人っきりで大変

だったみたいだねー」

 駄菓子屋おおくらに到着して良太が自転車のカギ

をかけている時、葵が声をかけてきた。


 今日は志歩と約束をした日曜の夜だった。


 時間は午後六時過ぎ。太陽は九割以上沈んで夜

と言ってもいい時間だ。


 葵は以前出会った時と同じように自動販売機前で

ウーロン茶を飲んでいる。

 休日であるため、葵は無地のトレーナーにスリム

なジーンズの私服姿だ。


 遠目で見れば少年と間違えられる可能性が高いだ

ろう。良太は今まで私服制服問わず、一度も葵のス

カート姿を見た事がない事に気づいた。


「あの後、なるみから電話があって部室で起きたこ

とを全部聞かされたよ。何だか興奮状態で『良太

が、良太が、良太があ~』って一時間ぐらい良太

君の話ばっかり。同じ事を何度も言うから、いやん

なっちゃった」


「どんな事を言ってたんだ? あいつ?」


「『あんな男に好かれてもうれしくない』とか

『もっとかっこいい人と仲良くなりたかった』とか

『かわいそうだから特別に相手をしてやってる』と

か……でも、あたしが言ったんじゃなくて全部なる

みが言ったことだからねー」


 葵は弁解をしながら、なるみの口マネをして再現

してくれた。

 ――あいつ……オレのいない所でもオレをバカに

してたのかよ。

 ――しかし、女の子の情報伝達速度は早いなあ。

こんなに早くオレの話が広まるとは思わなかった。


というより……なるみが人一倍おしゃべりなんだろ

うけどな。


 良太が女の子と情報伝達速度について考えをめぐ

らせていると、葵が尋ねてきた。


「良太君はどう思った? なるみのこと?」

「わがままで疲れた。なまいきで腹が立った。だけ

ど、女の子と二人きりになるのは初めての体験だっ

たし新鮮で楽しかった……気がする」


「わがままでなまいきなのは、あたしも同感。でも、

楽しめたなら良かったじゃん」


「葵ちゃんはなるみがアイドルになる事をどう思っ

てんだ? 学校中の奴らを全員自分のファンにする

って言ってたけど、できると思うか?」


「さあ、どうだろうね」

 葵は良太から視線をそらし、透明感のただよう奇

妙な笑顔を見せた。その瞬間、葵からすべての感情

が消えたような気がした。


 見た目は人に見えても人ではない不完全な存在

――魂の宿らない人形のように感じられた。


「どうだろうねって、そんな無責任な事を言うな

よ。あいつとは友達だろう?」


 良太が問いつめると、葵は魂を取り戻したように

人間らしい顔になった。先ほどの人形状態が嘘であ

ったように。


「あたしはなるみの成功を願ってるよ。でも、失敗

する場合もあるかもね。どちらにせよ、なるみが納

得できる結果が出ればいいと思うよ。


 うまくいけば一緒に喜んであげるし、ダメだった

ら慰めてあげる。あたしができるのは、それだけだ

ね」


「なんか、葵ちゃんてお母さんみたいだな」




「んー。お母さんかー。でも、なるみのお母さん役

ができるのは七十%までかなー。あたしにも限界が

あるし」


「葵ちゃんでもあいつのわがままには、付き合い切

れないってわけだ?」


「なるみの問題というよりあたし自身の問題かなー。

この前も話したけど、あたしって不感症みたいだか

らねー」


 葵は急に難しそうな顔をすると腕組みをして、夜

空を見上げながら考えていた。


 ――うげっ! また不感症の話かよ! カンベン

してくれ!


 苦手な話題が出たため良太はコメントに困り、げ

んなりした気分になった。


 良太を救うようなタイミングで、駄菓子屋のガラ

スの引き戸が開いて夏夜が出てきた。


 夏夜は真っ白なブラウス、黒のタックつきスカー

ト、白のハイソックスの衣装だ。

 良家のお嬢さんが、よそ行きに着る服みたいだと

良太は思った。


 夏夜は無表情でやってくると、いきなり良太の腕

を両手でつかんだ! 夏夜は無言で良太の手をにぎ

りしめて見つめている! 


 ――な、なんだ? もしかして、この女の子はオ

レの事が好きだったのか? だから、こんな事をす

るのか? 


 良太は夏夜の大胆で意味不明な行動に衝撃を受け

た!

 今まで異性から強引に腕をつかまれた経験など一

度もない! 


 少女と肌と肌が接触する体験は、喜びより緊張の

方が上だった! 

 これはうまく感情表現ができない夏夜なりの愛の

伝え方なのかもしれない!

 良太が期待に胸を弾ませていると、夏夜の口から

信じられない言葉が出た!


「……良かった。肉も骨も腐っていない」

「夏夜お嬢様。冗談でも、そういう悪ふざけはおや

め下さい」


 良太は反射的に『執事モード』になり、夏夜につ

かまれた腕を振り払った。

 希望は一瞬で失望に変わった。

 夏夜が腕をつかんだのは、愛でなく単に毒の状態

確認だったのだ。


 一瞬でも期待した自分の愚かさを呪いたくなる。

 葵は何かを思い出したように手をたたくと大きな

声を上げた。


「それって夏夜の毒の話かー。あたしも前にかまれ

た時はひどい目にあったなー」


「あの時の夏夜は毒を出す量をコントロールできな

かった。でも、今は自分で毒の出す量をコントロー

ルできるから」


「おー。よしよし、あんたも成長してるんだねー」


 葵は妹をほめる姉の口調で言うと、夏夜の頭をこ

するようになでた。普段は無表情な夏夜も今は目を

細めてうれしそうな顔をしている。


――この二人の関係って何だろう? いや、この二

人の思考回路って何だろう? 二十一世紀の女子高

生はこれが普通なのか? 

 だとしたら、もうオレは……時代の速さについて

いけない。


 良太が軽いパニック状態に入っていると、夏夜が

手招きしていた。


「先輩。志歩ちゃんが呼んでる。早く中に入って」

良太達が店に入ると、志歩がにこやかな笑顔で迎え

てくれた。


「……いらっしゃいませ、良太さん。お茶をご用意

いたしましたので、おかけになってください」


 良太は志歩の姿を見て思わず息を飲み、固まって

しまった。


 今日の志歩はドレッシーでお嬢様然とした装いだ

った。髪は深緑のリボンでとめており上着に白のブ

ラウスを着ている。


 リボンと同色の深緑をしたジャンパースカートを

着て、足下もまた深緑のハイソックスをはいていた。


 志歩の全身は緑で統一されており森の精を連想さ

せるような装いだ。本人も意識してやっているのか

もしれないが。


 ただし、どれだけ華やかな衣装でもここはド田舎

にある駄菓子屋の店内。ファッションショーの会場

ではない。

 地味な場所と派手な服のギャップのせいで何だか

志歩がマヌケな少女に見える気もするが、そこがま

た親しみを感じさせる。


 ――うぬ~。こ、これが志歩との初めての出会い

なら一〇〇%完全に一目ぼれしていた。


 ――オレはこういう髪が長くて色白で、スタイル

がいい女の子に弱いのかもしれない……。 

 ――そういえば、なるみも同じ条件に当てはまっ

たな。


 良太は志歩の全身をまじまじと見つめながら脳内

でなるみの容姿と対比した。志歩となるみの外見上

の大きな違いは二つある。


 一つは人種が違うため、髪や肌や目の色が異なる

こと。

 もう一つはなるみよりも志歩の方が背が高いこと。

 だが、その部分をのぞけば二人に共通点は多いよ

うに思えた。

 特に胸はどちらの少女も甲乙つけがたい大きさが

ある……気がする。


 全員が席につくと志歩も空いた席に腰を下ろし、

じっと良太の顔を見ながら口を開いた。


「あれから色々と考えたのですけれど、わたくし、

良太さんとは何か不思議なご縁があると思いまし

たの」


「へ? どういう意味だ?」

「良太さんと初めてお会いした時に、わたくしと

頭をごっつんこしたことや、良貨連盟にお入りに

なったこと。


 それから、先日の念銭に良太さんが現れたこと

など、すべては偶然とは思えません……良太さん

とは運命的なつながりがあるのではないかと、わ

たくしは確信いたしました!」


 志歩は両手の指をからめるように握り合わせて

天井を見上げながら、上気した顔で熱く語った。


 こういうポーズでこういう話し方をする人物を

前に一人だけ見たことがある……広瀬なるみとい

う名の少女である。


 ――言ってる事はよく分からないがオレが好き

って事か? だとしたら……すげえ! 

 ――この女の子がオレの彼女になってくれたら

、すごいぞおおっ! 


 ――顔もスタイルもいいし、おしゃれだし、上

品だし、おまけに性格もどっかのアイドル志望少

女よりまともそうだ!

 ――言っている事はおかしいけど、頭が悪そう

な部分もかわいい気がするぞおおっ!


 良太の中でむくむくと希望がわきあがってきた!

 この数秒で大倉志歩の株が急上昇している!


 好景気のはじまりだ! 数日前に彼女をニセ清

純派と呼んだ事や、夜のお嬢様と呼んだ事は脳内

から消えかかっていた! 

 今の良太は志歩の魅力のとりこだった!


「志歩ちゃんの話は意味不明だから夏夜が教えて

あげる。この前、志歩ちゃんは愛情属性の念銭を

使った時、先輩にそっくりな男の子を回想で見た

みたい。

 

 その男の子が何か親切な事をしてくれたらしく

て、志保ちゃんは一目ぼれをしたんだと思う」


 夏夜の解説で良太はようやくおおよその状況を

理解した。

 志歩は一段と熱をこめて、早口かつ大声でしゃ

べり出した。瞳をキラキラさせて。頬をピンクに

染めながら。

 夢見る少女としか言いようがない超・興奮状態

で。


「そう、夏夜ちゃんのおっしゃる通り! あの回

想を見た時から、わたくしの男性観は百八十度変

わりました! 

 今までわたくしは自分と同じほど外見のすばら

しい男性と恋することを望んでおりましたが、間

違いだと悟ったのです!


 自分より身長の低い方でも自分より外見が劣る

方でも、すばらしい部分はあるのです! わたく

し、今まで様々な念銭の回想を見てまいりました

が、今回は恋することのすばらしさを再確認させ

ていただきましたわ! 


 今までタイプでなかった方が突然、理想のタイ

プであると気づく胸のときめき! あの素敵な気

持ちは何と言ってお伝えすれば良いのか分かりま

せん!」


「これは先輩があんまりかっこ良くないけど、他

にいい部分があればいいな……という希望を言っ

てる」


「そういう事は言うんじゃないの。聞けば分かる

んだから」


 不要な解説した夏夜の頭を、葵は指でつついて

注意する。志歩は涙でうるんだ両目になり、良太

をこがしそうなほどの熱っぽい視線で見ながら言

った。


「前置きが長くなりましたが、わたくしは良太さ

んの外見ではなく内面でのご活躍に期待しており

ます。

 例え外見に長所がなくても、それを上回る内面

の長所があれば挽回の機会はございますので、ご

自分に自信を持ってくださいね。

 わたくしも早くそれに気づけるように、二人き

りでお話する時間を作っていただければうれしい

ですわ」


「うう……ああ……そうだな。まあ……何とか……

努力しよう」


 良太は急激に力が抜けて無気力な気分になった。

 だが、気合で何とか答えた。


 ――言い方は優しいけど志歩ってオレをバカに

してないか? なるみほどじゃないけど自分の美

しさに強い自信を持っている気がする。

  ――見た目がいい女って、みんなこんな感じ

なのか……? 


 ――志歩は現実にいるオレが好きじゃなくて、

頭の中で美化されているオレが好きみたいだな。

 ――彼女になってくれても後で問題が起こりそ

うだぞ。これじゃあ……。


 急上昇していた志歩の株が急下落した。短い

好景気であった。


 今やバブルが崩壊して長い不景気の時代が始

まった。もう二度と好景気は来ないかもしれな

い。

 このままだと、自分が何のためにこの店に来た

のか分からなくなるので、良太は本題を切り出し

た。


「この前の話の続きだけど、なるみが念銭の作者

である事を石川のおっさんに話すなって言ってた

だろう? くわしい理由を教えてくれよ」


 念銭の質問を口にした直後、志歩の表情が一瞬

で切り変わった。恋する乙女から、自分の死や敵

の死を覚悟した戦乙女のような表情に。


 テレビで言えば、バラエティー番組の軽いノリ

から、社会問題を扱うドキュメンタリー番組の重

いノリに変わったような急激な変化。


 その変化は数分前に見た事があった。

 店の前で葵と話をした時が同じだった。


「その前に申し上げますと、わたくし達はなるみ

さんの念銭をいただく気はございませんし、なる

みさんを良貨連盟にスカウトする気もございませ

ん」


「え? ちょっと待ってくれ。なるみが最強クラス

の念銭の作者だと分かってるのに、使わないのか?

 あいつをうまく使えば戦いも有利になるだろう?」


 志歩の答えは信じられなかった。自分の予測が外

れた不満も加わって、鋭く質問していた。


「念銭を悪用してはならない掟が良貨連盟にあるの

を、良太さんはご存知ですよね?」


「覚えてる。掟破りをすると破門にされて島流しの

刑になるんだよな?」


「ええ、おっしゃる通り。なるみさんの念銭は一般

では最強クラスではありますが、力のコントロール

が難しいという欠点もあります。

 場合によっては多くの無関係者に被害が出るかも

しれません。

 つまり、念銭を悪用する確率が高いため、戦いに

は使えないのです」


「じゃあ、どうしてなるみの仕事を手伝うんだ? 

まさか単純に金が欲しいわけじゃないだろ?」


「なるみさんの監視と保護のためです。こちらがな

るみさんを戦力に加える気がなくても、リフォーマー

側がなるみさんの念銭を奪うか、本人を戦力に加えよ

うとするかもしれません。


 敵の戦力増強を阻止するために、なるみさんのお

手伝いをするのが本当の理由です。これは良貨連盟

の代表であるわたくしの命令だと思って、従ってい

ただければうれしいですわ」

 

 優しい表情と優しい口調で志歩は『命令』した。

厳しい言い方をしないのは、いざとなれば良太を念

術でたたきつぶす事が可能だからだろう。

 自分が志歩に念術を使われるのを想像すると、嫌な

気分になったので別の質問をした。


「なるみが念銭の作者でも、戦力に加える気がないの

はよーく分かった。じゃあ、最初の質問にもどるけど、

それを石川のおっさんに話しちゃいけないのはどうし

てだ?」


 答えたのは、今まで黙ってお茶を飲んでいた夏夜

だった。


「……良貨連盟にもなるべく争いを控えて敵との和

解を目指そうとするハト派と積極的に敵を攻撃して

滅ぼそうとするタカ派の二つがある。

 志歩ちゃんはハト派のトップで、石川さんはタカ

派のトップ。 


 石川さんになるみが五段の念銭の作者であること

を教えれば、念銭を奪って悪用するかもしれない。

ちなみに夏夜たちは全員ハト派」


「そこで良太さんに一つお願いがあるのですが、石

川さんが妙な動きをした時にわたくし達に教えてい

ただけないでしょうか?」


 志歩は気軽に頼んできたが、良太にとっては気軽

な問題ではなかった。思わず、興奮した声で問い返

した。


「それはオレに味方のスパイをしろって事か?」


「そうご理解していただいても構いません。良太さ

んは石川さんとお仲がよろしいようですし、男性同

士であるため警戒される事も少ないでしょう。良太

さんほど適任の方はおられないと思うのですけれど」



「でも、スパイをするなら葵ちゃんの方がいいんじ

ゃないか? 念術で人の心を読むのは得意だろう?」


 良太が葵に視線を向けると、両手でバツの形を作

って苦笑いをして見せた。


「だめだめ。一般人なら念術で心を読んでもばれな

いけど、念術師の心を調べるのは難しいよ。

 すぐに逆探知されるからね。特に石川さんほどの

達人になると、あたしでも三回に一回ぐらいしか成

功する自信はないなー」


 良太は腕組みをして考えた。

 三人の少女の視線が自分に向いているのがつらく

て、机の上に置かれた自分の湯のみに注目した。


 ――これは石川のおっさんか、志歩かどっちかを

選べってことか? つまり、男の友情か、女の愛情

か二つに一つってことだよな……? 


 判断に迷っていると、志歩はせかすように言葉

を重ねた。

「石川さんが確実に裏切り者だと決まったわけで

はありません。ただ、万が一の事が起きた時の備

えが必要なのです。良太さん。どうか、ご協力を

願えないでしょうか? 


 良貨連盟の代表として、わたくしは何としてで

も念銭の悪用を食い止めなければなりません。

 できれば敵と戦わずにすむ道を選びたい。それ

が無理ならば一度でもいいから無用な戦いの数を

減らしたいと思うのです」


「……心がけは立派だが、残念ながらそれはファ

ンタジーだと思うぜ」

 駄菓子屋の出入口から、聞き覚えのある男の声

がした。


 チンピラファッションに身を包んだ石川だった。

志歩は体を震わせて口をつぐんだ。

 どこから話を聞いていたか不明だが、石川は

人を食ったようなニヤニヤ笑いをして良太達の

そばへ歩いて来る。


「代表ならこの戦いがきつい状況になっている

事は、よーく分かってるんじゃねえか? 


 敵の戦力増強に合わせて、こっちも同じ事を

しなきゃならねえ事もよーく分かってるんじゃ

ねえか? それなのに今さら戦いの回数をへら

したいとはねえ……」


「それはその通りですけれど、戦況の悪化が念

銭を悪用しても良い理由にはなりませんわ。

念銭の使用は掟の範囲内で行うべきです」


 言い返す志歩はあきらかに冷静さを失っていた。

真実をつかれた怒りなのか、石川に対する恐怖な

のか不明だが、顔に赤みが増して肩も小刻みにふ

るえている。


 石川は机に置かれた湯のみを見回すと、お茶の

量が一番多い夏夜の湯のみを奪い取って、一気飲

みした。


「あっ……夏夜のお茶をとった。十代の女の子

と間接キスした」


 夏夜の非難を無視して石川はカラにした湯のみ

を机に置いた。

 さらに、まだお茶が残っていた良太の湯のみ

と志歩の湯のみも連続でつかんで一気飲みをする。

よほど喉が渇いていたらしい。

 石川は満足すると再び口を開いた。


「そうだな。確かに念銭を悪用する理由にはなら

ねえな。でもよう、敵が先に悪用した場合はどう

すんだ? 

 俺達だけクソ真面目にルールを守って戦ってて

いいのかね? そんな甘ったるいやり方で勝てる

戦いなのかねえ?」


「何をおっしゃりたいのですか! 念銭を悪用す

る危険性はリフォーマー側も十分心得ているはず

です! 石川さんが望むような大戦争が起こるは

ずがありませんわ!」


 痛い所をつかれたのか、志歩は立ち上がり叫んだ。

穏やかで優しそうな志歩が、ここまで大声を出す事

があるのが信じられない思いがした。


「人間の良心を信じるのはいいと思うぜ。でも、

信じすぎたことが命取りになる場合もある。

今は二十一世紀だ。人類の歴史で最も善人の数が

すくねえ時代だ。

 そんな時代でも善人を信じて生きるのはすばらし

い事かもしれん。だが、俺達を裏切って敵になった

リフォーマーの連中に、何人そういう善人がいるの

かねえ?」


 石川は年上の余裕なのか、笑みを浮かべて楽しげ

に志歩を責めていた。志歩は何も言わず立ったまま

肩をふるわせているだけだった。


 怒っているようにも困っているようにも見える

表情だ。志歩は念術の達人であるのかもしれないが、

肉体と精神は十代の少女なのだと良太は思い知らさ

れた。


 葵は立ち上がると志歩の頭を抱えて自分の肩に乗

せてやり、よしよし……と言いながら頭をなでてい

た。

 姉が自分の妹にするように自然に見えるのが不思

議だった。


「あのさー、石川さん。自分が志歩よりも十歳以上

年上だって分かってるー? 年下の女の子をいじめ

て楽しい?」


「別に俺はいじめてるつもりはねえよ。ただ、事実

を伝えてやっただけだぜ。へへへ」

 葵に攻められてさすがに居心地が悪くなったの

か、石川は苦笑いを浮かべて良太に向き直った。


「良太。今からおめえをお楽しみ会に連れてってや

るぞ。俺についてこい」

「おお、分かった。分かった」


 良太は喜んで立ち上がった。この駄菓子屋の中には

毒ガスをまいたような息苦しい空気が漂っている。

 外に出て新鮮な空気を吸いたかった。


 女の子とばかり話したので男と話をして気分転換を

したい気持ちもあった。


 出入口に向かって石川が歩き出したため良太も席を

立つ。後を追おうとした時、志歩に腕をつかまれた。


「……良太さん、約束の件をどうかお願いしますね。

これはささやかですけれどお礼です。どうかお受け

取りになってください」


 十秒前まで泣きそうな顔をしていた志歩であった

が、今はどうにか冷静さを取り戻して『乙女チック』

な笑顔で良太に声をかけてきた。


 良太は合計十枚の百円――千円分の小銭を志歩か

らわたされた。触れただけで念銭だと分かる。

 全体的に初段が多いが二段の念銭も少数含まれて

いた。


 ――約束ってデートの方なのか、それとも石川の

おっさんのスパイをする方なのか、どっちなんだろ

うな……?


 疑問を感じながら念銭をジーンズのポケットに押

し込み、良太は店の外に出た。 


 




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