一章 美少女は家には来ない、だから探しに行くんだよ ②
二
「そうか! オレにも美少女と出会えるチャンスがあるの
か! よーし、やってやる! 何とかして美少女と出会って
やるぞーっ!」
石川の話を聞いた直後。良太は全身にやる気がみなぎって
いた。
いても立ってもいられない気分だ。良太は行動を開始し
た。
屋上から下に降りて学校中をくまなく歩き出した。
石川が言うように学校中をブラブラしてみれば、自然に
女の子と話せるチャンスがあるかもしれん……という気が
していた。
音楽室、理科室、家庭科室、図書室。三年教室、二年教
室――と目玉に全力をこめて女の子を探す。
特に新一年生の女の子と出会える可能性が高い一年教室
は、全エネルギーを注ぐつもりでブラブラする。
最終的に一階の昇降口まで下りたが、出会いイベントは
発生しなかった。女の子がいなかったわけではない。好み
のタイプがいなかったわけでもない。
極めて現実的なある一つの事が原因で、良太は女の子と
出会えなかったのだ。
校舎内にチャンスはないと考えた良太は靴にはき変えて
外に出た。最初に駐輪場に向かう。下校する少女と出会う
可能性に期待していた。
ちょうど運良く一人の少女が、自転車の鍵を外している
瞬間に立ち会うことができた。髪はショートカット。真面
目そうで、かわいい部類に入る。
見なれない顔立ちであるため、新一年生らしい。彼女の
周りには誰も邪魔者はいない。話しかける最高のチャンス
だといえよう!
――よし、行け! ここで話しかければ女の子との出会
いイベントが発生するぞ! さあ、行け! 行くのだっ!
良太は自分を励ましながら少女に近づこうとしたが、足
がピクリとも動かない。
ショートカット少女が自転車に乗って良太の前を通るが
口からは一文字も言葉が出ない。忍法・金縛りの術を受け
たように固まってしまう。
十秒後、少女は学校から去って完全にチャンスを失って
いた。良太が誰一人女の子と出会うことができない最大の
理由。
それは――。
「だ、だめだ……知らない女の子に急に話しかけることな
んてできない」
……というものであった。つまり、度胸がないのである。
「イタリア人の男なら簡単にできるんだろうけど、オレは
日本人の男だからなあ。知らない女の子といきなり話すな
んて、できねえなあ。あーあ、こまったなあ」
自分の情けなさにため息が出る。だが、何とかして異性
と出会いたい気持ちには変わりはない。
十代少年を対象としたイラスト付きの娯楽小説では、家
にいる高校生の少年のもとに『あなたの命を守りに来まし
たあ!』などと言って、異世界から『美少女の団体さん』が
押しかけるストーリーが『当然のように』起きている。
しかし、自分の人生はノンフィクションであり、自分が
小説の主人公ではない事を良太は自覚していた。家で美少
女がやって来るのを待つのではなく、自力で美少女と出会
うチャンスをつかまねばならないのだ。
新しいチャンスを探すため、今度は校門前にある噴水広
場に向かう。
地面には青々とした芝生が敷かれており、今日のように
天気がいい日は昼食を食べる生徒達がいる場所だ。
道沿いに桜の木が等間隔で植えられていた。風が吹く度
にピンクの花びらがパラパラと舞い落ちる。
四月上旬に入った現在でも、七割強は桜が残っている。
桜は青空に映えてなかなか絵になる景色だ。
良太は異性の姿を探した。
天は良太を見放していなかった。
二人の新一年生が歩いてくるのが目に入る。どちらもメ
ガネ少女。おりこうそうに見えるが二人とも髪は短くて元
気そうな印象だ。
良太はメガネ少女に特別な思い入れはない。
しかし、同年代の異性ならメガネ少女だろうがコンタク
トレンズ少女だろうが、誰でも興味がある。
――さあ、行け! 今度こそ声をかけるのだ! 彼女達
に『こんにちは』のあいさつをするのだ! 会話モードに
突入するのだ! 男なら勇気を出せええっ!
拳をにぎりしめて、良太は自分に気合を入れた。
少女達に足を一歩ふみ出し、声を出すために口を開ける。
だが、それ以上足も口も一ミリも動かない。どこの忍者が
自分に術をかけたのか不明だが、またもや忍法・金縛りの術
にかかっていた!
「美術部でにがお絵を百円で書いてくれるんだってー。ちょっ
と、行ってみない?」
「いいねー。じゃあ、実物より美少女に書いてもらおうよー」
きゃはきゃはと笑いながら、立ち去るメガネ少女二人組。
口を半開き状態で良太は二人を見送った。
十代っていいなあ、若さっていいなあ……と言うような
オヤジ的な事を考えた。
つまり、愚かにもチャンスを逃した。
二度連続で声かけに失敗した良太は、重大なことに気付い
た。
――考えてみれば、理由もなく知らない女の子に話しかけ
るのって変だ。でも、待てよ。何か理由があれば知らない女
の子に話しかけてもいいんじゃないか?
――そうだ! 理由だ!
――何か理由があればいいんだよな!
良太は思わずパチンと指を鳴らした。世紀の大発見をした
科学者のような気分だ。
この問題さえクリアー出来れば、暗黒高校生活を終わらせ
ることができる。腕組みをして『理由』を考えた。
今までの高校生活の中にヒントがあるはずだった。うなり
続ける事……約十秒。
とびきりのグッド・アイデアがひらめいた。
――さっきの女の子は美術部で絵を書いてもらうって言
ってたよな? そういえば、オレの学校って、毎週月曜と木
曜はフリーマーケットをやってたじゃんか。
――学校には色々な商売人がいるし、商売をしてる女の
子なら客として自然に話せるんじゃないか? なんでこんな
簡単な事を、今まで思いつかなかったんだろう!
――よし! 商売人の女の子をターゲットにしよう!
目標が決まるとウキウキした気分になってくる。
しかし、目標の達成には軍資金が必要だ。サイフを出して
中を開く。
札はない。百円が十枚。十円が六枚。一円が四枚。
全財産は千六十四円。石川の話では二十世紀中はわずか百
円で美少女と出会えたという。
二十一世紀の今は物価が上がったとしても、五百円ぐらい
で美少女と出会えるのではないだろうか。……運さえ良け
れば。
――まず、商売人の女の子の商品を買って話をしよう。そ
の女の子と話が弾めば店じまいの片付けを手伝おう。
――何回か同じことを繰り返して仲良し度をアップさせてい
けば……オレの彼女になってくれるかもしれない。
――よし、決まりだ!
まだ、何もアクションを起こしていないが、彼女ができた
ような幸せ気分だ。
良太はサイフをしまってかわりに携帯電話を出す。
デジタル時計の時刻を見ると午後三時四十分を表示していた。
――行くなら閉店直前がベストだろうな。まだ時間が早い
し、少し寝るか。
良太は桜の木の下にある青い芝生の上に寝転がった。
芝生には桜の花びらが数え切れない程落ちて、緑とピンクが
まだら模様に染まっている。
草が首にチクチクと刺さるが、芝生は太陽で温められてい
て心地良い。
知らない女の子に話しかける努力をした事で良太は大量のエ
ネルギーを使った。
後半戦のために今はエネルギーを回復させる必要がある。
芝生で寝ていると、桜を真下から見ることができるので目
の保養になる。
風に吹かれてひらひらと舞う桜の花びらを見ながら、思い浮
かぶのは石川の話に出てきた清純派美少女と少年の姿だ。
百円がきっかけで知り合った二人。
彼らは学校でどんなデートをしたのだろう。
良太は目を閉じて想像した。西日の差し込む放課後の音
楽室。聞こえるのはグランドピアノの音。黒髪ロングヘアの
色白の美少女は少年のためにピアノを弾く。
ジャンルはクラシック音楽。たぶん、モーツァルトの何か
の曲。少年は窓際の席で何も言わず、本でも読みながら静か
にピアノの音に耳を傾けている。
少年と少女しか存在しない、二人だけの美しく心地よい時
間。男なら胸がかきむしられるようなロマンチックな体験。
良太は目を開けて思わずうめいた。
「ああ……何だかオレも恋愛がしたくてたまらなくなって
きたぞ。いいよな、清純派美少女。真面目で上品でひかえめ
な女の子と仲良くなりたいなあ。
でも、今は二十一世紀だし、そんな女の子は絶滅しただ
ろうなあ。いたとしても、オレみたいなダメ男と付き合って
くれるわけねえか」
ため息が出た。あきらめとあこがれが入り混じった重い
ため息が。
その時、サイレント・モードにしていた携帯電話が
震えた。
確認するとメールが一件来ている。差出人は知らない相手。
文面にはこのように書かれていた。
題 モテないあなたに、人生最大のチャンス!
男女共学の高校に通っているのに、彼女がいないとさびし
いですね!
彼女連れの男を見ると怒りの顔面キックをしたくなりませ
んか? その気持ちよーく分かります。そんなひがみっぽいあ
なたに人生最大のチャンスがやってきました!
今、あなたの通う富士原市立商業高校には五人だけ清く正
しい男女交際を望む美少女が存在しています。(例……放課後
の音楽室で、ピアノを一人で弾いているような清純派美少女も
存在していますよ!)
紹介料は今なら無料。しかし、美少女の数は限られているの
で先着準です。我が青春純愛サービス社はモテない少年の味方
です!
この機会にあなたも素晴らしい学園ラブコメディー・ライフ
をつかんで下さい!
読み終えた直後。思わず親指が返信ボタンに動いた。
しかし、空から落ちた一枚の桜の花びらが画面にぴたりと張
り付いた直後……。良太はボタンから指を離した。
「……どっかでオレの個人情報がもれてんのかな? なんで
オレがピアノを弾く清純派美少女が好きだって分かったん
だ? こいつ?」
このメールは、手当たり次第に送りつけたスパムメールで
はない気がする。
あまりにも自分の事を知りすぎていた。つまり、差出人は
自分と関わった誰かだという気がした。
心当たりは一人いる。
「石川のおっさんが怪しいなあ。明日聞いてみるか……ふわ
あ~」
犯人に見当をつけると急に睡魔が押しよせてきた。
メールの差出人など興味はない。自分がなりたいのは学園
ラブコメディーの主人公であり、学園ミステリーの主人公で
はない。今は謎解きよりも体力回復が大事だ。
良太は三十分後にアラームが鳴るように目覚ましをセット
すると桜の花びらを取り、電話を閉じて耳もとに置く。
本格的に昼寝をするために目を閉じた時、誰かの足音が聞
こえた。
直後、腹の中心に硬い何かが乗るのが分かった。
「ぐおっ!」
痛みを覚えてうめき声が出た。しかし、その物体は軽く
乗った後、すぐに離れたので軽いダメージですんだ。
しかし……。
「ぶへええええっー!」
良太は絶叫した! 横顔に激痛が走る! 不幸にも二度
目の攻撃は横顔に深くヒットした! 何かが自分の顔をふみ
つぶしたのだ!
見れば、女子高生がはいている靴――ローファーだと分か
った! 自分は女子高生に顔をふまれたらしい!
「やだあ! わたし『変なもの』ふんじゃったみたい!」
良太の顔面を深くふんだ少女は、気持ち悪そうな声を
出した。
「ばかっ! それは人でしょ! さっさとどきなさい!」
最初に良太の腹をふんだ少女が、顔をふんだ少女に向かっ
て怒鳴った。
どうやら良太は二人の少女から『ハードなプレイ』を受け
たようだった。
しかも、屋外で。ちなみに『屋外でのハードなプレイ』
を彼女達に注文した記憶はない。
良太はノーマルな趣味の持ち主なのだ。
――だ、誰だっ! オレの顔をふんだ女は! ここまで痛
いことをした奴は、たとえ美少女でも許さん! 世界一の美
少女でも許さんぞおおおっ!
怒り指数が一〇〇%に達した! 顔から靴が離れても怒り
と痛みは止まらない!
最初に腹をふまれたのはガマンできる。だが、二回目に顔
をふまれたのは限界をこえていた!
芝生に寝ころがった体勢で痛む顔をさすりながら、怒りを
こめて見上げる。
自分の顔を足でふみつぶした人物――新一年生と思われる
少女が膝に手を当てて腰をかがめた体勢で、良太の顔をのぞ
きこんでいる。
日本人には見えない少女だった。まず、髪の色が地毛と思
われるオレンジに近い明るい茶色であった。
頭には桜の花びらと同色のカチューシャをしていた。
髪型は顔の両サイドの髪をあごの長さでぴったり切りそ
ろえ、後ろはまっすぐに伸ばしたロングヘア――お姫様カット
と呼ばれるものだった。
目鼻立ちも肌の色も全体的に西洋人的だ。特に上向きの
長いまつ毛と、やや釣り目気味で大きな茶色の瞳は強烈な
魅力がある。
良く言えば元気なお嬢様。はっきり言えば『わがまま』
で『なまいき』な雰囲気があるお嬢様であった。
彼女はセーラー服姿だったが、外国人が日本の女子高生
のコスプレをしたような違和感がある。
百人の女子高生の中から彼女を探せと言われても、一瞬
で発見できることだろう。
「悪かったわね! あんたの顔をふんじゃって! だけど、
荷物をかかえていたから前が見えなかったのよ! わざと
じゃないから許しなさいよね!」
コスプレ外人少女は上手な日本語を使ってなまいきそう
に謝ってきた。
初対面であるのに、いきなり『あんた』呼ばわりであった。
良太が視線を動かすと、足下には彼女の物らしいダンボール
箱が芝生に落ちているのに気づく。
荷物のせいで前が見えなかったのは本当らしい。
――こ、この女って……。こ、こ、この女って……。
言いたい事は山ほどあった。富士山の高さ以上にあった。
だが、顔をふまれたおかげで口が死ぬほど痛む。
言葉が出て来なかった。
「こら。加害者なのにえらそうな顔をするんじゃないの。ち
ゃんとあやまりな」
コスプレ外人少女を後ろから叱る声と共に別の少女――
最初に良太の腹を軽くふんだ人物が前に出てくる。
彼女は日本人だった。
えりあしが見えるほどのショートヘアで、毛先は内側に
向くようにカールしていた。
彼女は健康そうな丸顔だった。
特別に大きいわけではないが素直で人が良さそうな目を
している。名前は知らないが顔に見覚えがあるため、おそら
く二年生だと思う。
彼女は制服の代わりに学校指定のジャージの上下を着てい
た。良く言えば自然体でさっぱりした少女。
悪く言えば、人をひきつける魅力に欠けた平凡少女とい
う感じであった。
そのジャージ姿のさっぱり少女は、地面に倒れた良太に両
手を合わせると頭を下げてきた。
「ごめんねー。あたしも荷物を持ってたから前が見えなか
ったよー。いやあー、本当に申し訳ない。どうかお許し
を……」
ジャージ少女は明るい口調で謝罪してくる。あまり申し
訳なさは感じないが嫌味がない口調だった。
その時、強い風が吹いた。桜並木から飛び散った桜の花び
らが、何百という欠片となって雪のように舞う。視界全体が
薄いピンク一色で染められた。
セーラー服の女子高生を背景に、桜吹雪が舞うその光景は
絵になるのかもしれない。
しかし、良太にとって最高のイベントがその瞬間発生した!
風のおかげでコスプレ外人少女のスカートがめくれたのだ!
すぐに彼女はすそを手で押さえたが、スカート内の真っ白
い下着がばっちりと良太の目に入った!
――す、すごいっ! じゅ、純白だあああっ!
真っ白い下着を目にした瞬間。信じられない事に顔に感じ
ていた痛みが急に消え去った!
数秒前は激痛の嵐だったが、今や完全なる健康体となった!
純白が持つ神秘の力には恐れ入った。
純白は偉大なり。純白を見るためなら一日に何度も礼拝を
するだろうし、聖戦を起こす気にもなるかもしれない。
――世界一の美少女でも許す気はなかったけど……今回
は特別に許してやろう。
痛みが消えると同時に良太の中でふくれ上がっていた怒
りも消えた。
反応がない良太を見て心配したのか、ジャージ少女が次々
に質問を浴びせてきた。
「あのー、顔に靴の後がついてるけど大丈夫? 保険室につ
れてってあげようか? 一人じゃ立てない? 誰か呼んだ
方がいい?」
「な、何とか大丈夫だ。おおげさな事はしないでくれよ」
良太は答えながら体を起こした。
――純白のおかげで、完全回復したからなあ。
心の中でつけ加える。コスプレ外人少女が、ぞんざいな口
調で言った。
「あんた、本当に大丈夫なの? 保健室に行かなくても平気?」
「最初は死ぬほど痛かったけど、今はどうにか良くなったぞ」
――おまえが見せてくれた純白のおかげで、痛さなんてどっ
かに吹っ飛んだよ。純白様様だよ。
心の中でさらにつけ加える。良太は携帯電話をポケットに
入れて立ち上がった。立った所で分かったが、二人の少女の
身長は百六十五センチ近かった。
比較すると自分の方が何とか……三センチぐらい高い。
こういう時、もう少し背が高い男に生まれれば良かったと
切実に思う。
良太が復活するのを見ると、コスプレ外人少女は自信あり
げに自己紹介をした。
「わたしの名前は広瀬なるみ。近いうちにこの学
校のナンバーワン・アイドルになる女の子よ。顔と名前を
ちゃんと覚えておきなさい」
「ほお~。そうかあ~。へえ~」
良太はショックでマヌケな返事しかできなかった。見た目
は外人でも名前は日本人である事が何とか分かったぐらいだ。
彼女の言葉の勢いに圧倒されたわけではない。
良太は目で見える別のものに圧倒されていた。それは……。
――この女ってものすごいスタイルがいいよなあ! 日本
人とは完全に体つきがちがうよなあ! たまんねえなあ!
つまり、良太の目は広瀬なるみという少女のボディーライ
ンに釘付けだった!
彼女は右足を斜めに開いて、左手を腰に当て斜め四十五度
の角度で良太に向いていた。
胸とお尻の大きさを強調して見せるようなポーズだ。
全身がきれいな曲線になっている。どう見ても胸とお尻が大
きい。おまけに足もけっこう長い。
顔立ちは人形のようにキュート。だが、体つきはグラビアア
イドル以上にセクシー。キュート&セクシーのおいしい所をミ
ックスした究極お嬢様であった。
文学的な表現で彼女の容姿を形容したいと良太は思ったが、
頭が悪そうな現代日本語しか出てこなかった。自分はライト
ノベル作家の才能がないかもしれない。
広瀬なるみと名乗った少女は、横にいたジャージ少女を引っ
ぱって説明をした。
「……それでこっちの女の子が大倉葵ちゃ
ん。わたしの助手。これから二人で商売をやるために準備して
たところなの」
「あたしの事は忘れてもいいけど、一応よろしくねー」
ジャージ姿の大倉葵ちゃんは人が良さそうだが、やる気がな
さそうな調子で言った。
――やっぱり、平均的な日本人はこのぐらいか。いや……比
べるのは悪いな。
良太はなるみと葵の体形を対比しながら口には出せない感
想を持った。葵はジャージ姿であるためセーラー服よりもボ
ディーラインはしっかり確認できた。
彼女の体も二次成長期を迎えた少女らしく、確かな曲線に
なっている。
並の女子高生と比べればスタイルは良い方だろう。
しかし、なるみよりも凹凸は弱い。決して悪くはないのだ
が。
良太の視線に気付いたのかどうかは不明だが、なるみは偉そ
うに質問してきた。
「あんたって何て名前なの?」
「えーと、オレは小川良太っていうもんだ」
「あんた、授業が終わってるのになんでこんな所に寝てたの?
部活に入ってもいないし、何か商売をしてるわけでもないで
しょ?」
――おおっ! これは女の子と仲良くなるチャンスだぞ!
どうする? 何かうまいこと言えば、うまいこといくかもし
れないぞ!
良太はようやく本来の目的を思い出した。自分は女の子と
話す理由を探していたのだ。
ロマンチックな出会いではないが、異性と交流を持てた事
には変わりはない。
――うーむ……成功するか分からないけど、ここは一発勝
負に出てみるか。
良太は数秒考えて思いついた言葉を口にした。
「……今、オレは金がなくて仕事を探していた所なんだ。な
んか商売を始めるんだったら雇ってくれないか? オレにで
きそうな仕事があれば何でもやるよ」
それはウソではない。金があまりないのは事実だ。
また、商売人の女の子と話が弾んだら、仲良し度をアップ
させるために仕事を手伝うつもりでもいた。
「へえー、あんた仕事を探してたのー。へえー」
なるみは両手を腰に当てると、良太にぐっと顔を近づけ
て見つめてきた。
髪にしみこんだシャンプーか、香水か知らないがなるみ
がそばに来ると甘酸っぱいオレンジの香りがする。
なるみの『わがまま』で『なまいき』な性格を、表現し
たようなにおいだと思った。
良太は思わず緊張して一歩下がった。
「あんたって何年生? 何月生まれ? 今、何歳なの?」
「三年生だ。四月八日生まれで、この前十八歳になったぞ」
「わたしは四月一日生まれ。この前十五歳になったばっかり。
学年ではあんたより二つ下だけど、年齢では三つ年下にな
るわけね」
「十五歳になったばっかり? 高校一年でかあ?」
十五歳といえば中学三年の年齢だと思っていた良太は
思わず聞き返した。
なるみはバカにされたと感じたのか、むっとした顔にな
り言い返した。
「わたしはあんたとは逆なの。あんたはすごい早く生まれ
て今の学年になったけど、わたしはすごく遅く生まれて今
の学年になったの。
でも、たった千日程度早く生まれただけで先輩ぶらない
で。あんたってわたしより三センチくらいしか背が高くな
いでしょ。
指で言えば小指一本ぐらいよ。ほら、これぐらい」
なるみはちょこんと小指を立てて見せた。良太の価値
がその程度しかないとでも言うように。
――うーむ……。この女はダメっぽいなあ。見た目はか
わいいけど下級生なのにオレをバカにしてるからなあ。
――他の女の子に声かけた方がいいかもしれない……。
良太は今後の予定について考えこんだ時。なるみは横の
友人に顔を向けて思いがけないことを口にした。
「葵ちゃん。わたし、こいつを雇うことに決めたわ」
「えぇ~。あんたさあ、本気で言ってるのお~?」
葵はあきれたような声を出した。しかし、特別におどろ
いた様子はない。
なるみは力強い声で言い切った。
「本気! だって商売には力仕事があるでしょ? 女の子
ができない仕事は全部こいつにやらせればいいじゃない。
こいつ、わたしがふんでも平気だし頭が悪そうだけど体
力はあると思うの。
それにこいつ、あんまりかっこ良くないでしょ? かっ
こ良くないって事はわたしの引き立て役にぴったりってこ
とじゃない」
――なんだああっっ! この女はっ! 『頭が悪そうだ
けど体力はある』だとお? 『あんまりかっこ良くない』
だとお? 一体、オレを何だと思ってる?
――執事かあ? 家来かあ? 奴隷かあ? ふっざける
なああっ!
なるみに向かって怒鳴り散らした。声にならないテレパ
シーで。
つまり、非音声による意志伝達手段で。
なるみは良太に向き直ると、両手を腰に当てたえらそう
なポーズで宣言した。
「顔をふんづけたおわびにあんたを雇ってあげるわ。今日
は傷をなおすために休んでいいから、仕事は明日の放課後
から来なさい。忘れるんじゃないわよ」
なるみは指を向けて言い放つと、ダンボール箱をかかえ
て歩き出した。
「ごめんねー。あの子、わがままに育っているから、いつ
もこんな感じなの。反省するように言っとくから、気を悪
くしないでねー」
葵は苦しそうに笑いながら言うと両手を合わせて謝った。
彼女は問題児の妹を世話する姉のような役割らしい。こう
した事になれている様なスマートな対応だ。
葵も自分の荷物を持ち上げると、なるみを追いかけ始め
た。
良太の思考は停止した。何とか女の子との出会いを果たし
たが喜びは少ない。
心の中では迷いとためらいが激しく戦っていた。
「こ、これで良かったんだろうか……。あの女の子達で良
かったんだろうか? オレは本当に正しい選択をしたんだ
ろうか?」
良太のつぶやきを聞いたのは、桜の花びらと春風だけ
であった。