四章 自己中なお嬢さんは好きですか? ①
第四章 自己中なお嬢さんは好きですか?
一
「昨日、小川が言ってた美少女を見たんだけどさあ、
あれってやばくねえかあ~? 俺はおもらししそう
なほど、びびったぞお~」
デブ男の岡口が笑いながら言った。
「小川先輩って女の子の趣味が悪いですねえ~。あん
なの選ぶなんて、どういうセンスしてるんですか
あ~?」
チャラチャラ男の三津山も半分笑っていた。
二人の顔を見ていると、良太は今すぐ志保の
ように目つぶし攻撃をしたい気持ちがわきあがってく
る。
良貨連盟に入った翌日。良太はいつもの連中と学校
の食堂で昼食を食べていた。昨日と同じように厨房か
ら一番近い席を陣取り、岡口と三津山と向き合うよう
に良太は座っていた。
岡口は牛丼と炭酸飲料の肥満セット。三津山は炭酸
飲料とスナック菓子の骨ボロボロセット。
ちなみに良太は親子丼とサラダとお茶の健康セット
を食べている。
自分をコケにする口調に腹を立てながら、良太は箸
の先を二人に向けて聞き返した。
「一体、オレの美少女のどこが悪いんだ? 言ってみ
ろ」
「外見はいい。外見はアイドル級にかわいいと認めよ
う。でも、あの外人はおまえの教室に来て奴隷宣言を
したんだろ? おまえを超バカにしてるってウワサだ
ぞ~」
「それって、やばくないですかあ~。いくら外見は最
高でも男を超バカにしてる相手と、よくつきあえます
ねえ~。俺なら死んでも嫌ですよお~」
二人はなるみの話をしているらしかった。奴隷宣言
というのは、昨日の昼になるみが良太の教室に来た事
件のことだろう。
――クラスの奴らが面白がって言いふらしたんだ
な。ちくしょう……。
親子丼を食べる手を止めて、良太は頭をかかえた。
わずか一日であの事件が知れわたるとは、この高校
の連中はよほどヒマ人が多いらしい。
「よう、おめえら。学園ラブコメディーは楽しんでる
か?」
良太がストレスをためこんでいると、食堂の制服で
ある白の上下を着た姿で、石川が出てきた。
石川は岡口の横の席に腰を下ろすと文庫本を開く。
題名は無間地獄。作者は新堂冬樹。題名から推測
すると宗教関係の本か、昔の日本を舞台にした歴史
小説なのだろう。
「石川さん、聞いて下さいよ。小川が知り合った女の
子って、すっげえやばい女の子だったんですよお~」
「見た目はいいんですけど性格が最悪なんですよお~。
小川先輩の将来を思うと、もう俺はかわいそうで泣け
てきちゃいますう~」
岡口と三津山は口をそろえてなるみの悪口を言いま
くった。なるみの悪口を言うことで良太を不愉快にさ
せる作戦なのだろう。
いつものパターンだ。
――こいつら泣かすっ! いつか絶対に泣かすっ!
涙ボロボロにさせた後、セットでおもらしをさせてや
るっ!
良太はテーブルの下で拳をにぎりしめて誓った。
デブ少年とチャラチャラ男への復讐を。卒業式まで
に、必ずその誓いを果たすことを。
石川は本から目を離さず口だけで尋ねてきた。
「へえー。良太が自力で知り合ったお嬢さんの話か。
俺はまだ実物を見ちゃいねえが、そんなにまずい相
手なのか?」
「誤解だぜ、石川のおっさん。あいつの性格に多少の
問題はあるけど、そこまで悪いってことはないと思
う……ぞ」
良太は石川に言い返したが、後半は自分でも自信が
なくなるのが分かった。なるみがした善行と悪行を
秤にかけると、悪行が圧倒的に多い気がする。
良太の自信のなさにつけこむように、岡口が意地
悪くけなしてきた。
「なあ、小川。冷静に考えてみろよ。お前の美少女
って超都会人じゃん? こんなド田舎高校にいるの
が信じられない、スーパーアイドルじゃん?
身分違いの恋だって分かんねえの?」
「岡口先輩の言うとおりですよ。いくら日本が平等
な国でも、裏では身分制度がある事は知ってますよ
ねえ? 俺達が彼女にできるレベルじゃないですよ、
あれは」
三津山も調子に乗って、より激しい『けなしモー
ド』に入っていた。
「見た目だけで女を選ぶようじゃ、小川はガキだな
あ。人生経験がたりねえぞお~」
「小川先輩も俺達みたいに普通の女の子を選べば良か
ったのにねえ~。あんな女の子を選ぶとは、人生捨て
てるとしか思えませんよお~」
岡口と三津山は顔を見合わせてゲラゲラ笑い出す。
二人は良太を心配するのではなく、確実に笑い者に
していた。
石川はガキの色恋には興味がないという顔で本を読
み続けている。
自分を助けてくれそうにはない。
良太はついに怒りの限界に達して、テーブルを拳で
打った。岡口と三津山がショックでだまると、二人の
顔に指を向けながら怒鳴った。
「じゃあ、もしオレがその美少女とうまくいったらど
うする? お前ら百万払うか?」
「ひゃ……百万は無理だけど一万だったら払ってやる」
「う……うん。一万ぐらいなら俺も払えますよ」
一瞬、二人は良太の要求におびえた表情を見せたが
値切り交渉をしてきた。
勝てる勝負だと思ったのだろう。
「よし! じゃあ、一万払え! 絶対に忘れんなよ!」
良太は二人に釘を差すと、ストレスを解消するよう
に丼をつかんで親子丼をむさぼり食いはじめた。
――でも、本当になるみとうまくいくかな? それに
なるみを彼女にすると決めたわけじゃないし。ああ……
オレってバカな約束をしちゃったなあ。
口では強気な発言をしたものの、良太は心の中でしっ
かりと後悔をしていた。
突然、食堂内にリンリンリンと涼しげな鈴の音が響い
た。どうして食堂で鈴を鳴らすのだろう?
誰が? 何のために?
多くの人間がしたように良太は疑問を感じながら音
の方向を見た。
残念なことに……お姫様カットの外国人少女がえらそ
うな顔で食堂の出入口に立って鈴を鳴らす姿が目に入っ
た。
彼女の茶色の瞳はまっすぐに良太を向いている。
「良太! 鈴が鳴ったらすぐ来るって約束してたでしょ!
ほら、かけ足!」
なまいきな口調で命令してきたのは広瀬なるみであっ
た。良太と目が合うと、鈴をより激しく鳴らし出す。
――ふ、ふざけるな! そんな約束してねえよ!
大体、鈴で人を呼びつけるって何様のつもりだ?
こ、この巨乳女!
心の中で不平不満をもらしながら、良太は席を立って
なるみに近づく。無視すればもっとムチャな行動をしそ
うなため、一応従うことにした。
ぶははっ。ぐほほっ……後方で男達の笑い声が聞こえ
る。岡口と三津山の声だろう。 この時点では勝負は
自分の負けであった。完敗だ。
良太となるみは周囲の人間の視線を集めまくってい
た。良太は顔が熱くなるのを感じた。恥しさと情けなさ
で死にそうな気分になる。
なるみの後ろには見た事がない新一年生の少女達の顔
が多数あった。数は二十人近い。
一クラスの女子生徒が全員集合した人数だが、なるみ
はその中で最高に目立っていた。
――確かにこいつは岡口の言うとおり、超都会人だ。
こんなド田舎高校に来るのが、信じられないスーパー
アイドルだな……。
平均より背が高い事。髪や肌の色が日本人と異なる事。
並の少女と比べて顔立ちやスタイルがけた外れに良い事。
声の大きさや自信満々な態度等、総合的に見てなるみに
は一般の少女にはない特別なカリスマ性が感じられた。
こういう言い方は悪いが、まわりの少女達はなるみの
引き立て役になってしまう。
なるみの外見に圧倒されたが、良太は本人の前に来る
と言うべき事を口にした。
「お、おまえな! な、何考えてるんだよ!……いでえ
ええっ!」
最後まで言い終わる前に、良太はなるみに耳たぶを思
い切り引っぱられた。
「……わたしの話に合わせて。おねがいだから」
なるみが良太の耳元でそっとささやく。右目でウイン
クをしながら。
なるみのウインク攻撃を受けると、条件反射のように
良太の心臓がずきんと高鳴った。無意識に『執事モー
ド』に入っていた。
「この子達はわたしのクラスメイト。ちゃんとごあいさ
つなさい」
「……自分は小川良太という者でして、なるみお嬢様の
執事兼マネージャーをしております。なるみお嬢様の手
となり足となり、命さえ捨てる覚悟で働く所存でありま
す。どうか、皆様。お見知りおきを」
なるみに命令されると同時に、良太はわざとらしいほ
ど真面目な顔と声をつくり、自己紹介をした。
右手を九十度に曲げて腹に当て、左手を背中に回し舞
台に上がった役者がするような気取ったあいさつをして
みせる。
自分よりも二つも年下の新一年生の少女に。
「わあー。なるみちゃんって一年生なのに三年生を調教
してるうー!」
「すごい! すごいっ! なるみちゃんて貴族みたー
いっ!」
「さっすがー! なるみお嬢様っ! いや、なるみ女王
様っ!」
わき起こる黄色い歓声。やかましい拍手の音。
はしゃぎまくる新一年生の女子生徒達。
『どう? すごいでしょ?』と自信に満ちた笑顔で腰に
手をあて、いばりまくるなるみ。もり上がるギャラリー
に対して盛り下がる良太の心理状態。
――オレは何をやってるんだ? どうして、こんな女
の奴隷になってしまったのだ?
男のプライド。人間のプライド。
いや、一生命体としてのプライドが完全崩壊した……。
ああ、神よ。我に基本的人権をあたえたまえ。
情けないとか恥しいというレベルを通りこしていた。
今は涙すら出てこない。出るのは、己のふがいなさにあ
きれる苦笑いのみ。
「じゃあ、良太。放課後は必ず部室に来なさいよ。たく
さん、仕事があるんだから」
なるみは良太の肩を軽くたたくと、背を向けて立ち去
った。
なるみの退場に合わせてその引き立て役……クラスメ
イトの少女達も後を追いかけてゆく。
「こいつはぶったまげたぜ。二十一世紀には、ああいう
お嬢さんもいるのかー。いやあー。まいった、まいった」
良太がふり返るとニヤけている石川の顔があった。
色々と言いたい事をガマンしている顔だ。
石川は良太の手をつかむと、いきなり十枚の十円を乗せ
て来た。
「これは、すげえもんを見せてもらった礼だ。受けとんな」
「これって……あれだよな?」
石川の目を見て聞き返すと、石川は笑いながらうなずい
て見せた。
「そうあれだ。でも、昨日のやつより倍の刺激があるから
連続で使うなよ」
「分かった。気をつけて使うよ」
良太は念銭を制服のポケットに入れた。石川はポケット
の中の小銭をゆらしながら聞いてきた。
その仕草で良太は念術のことを言っていると分かった。
「こっちの方はどうだ? 少しは成果があったか?」
「何もないぞ。長時間やるなって言われたから、昨日は
三十分しかやってない」
「ほほー。言いつけを守るとは感心だねえ。まあ、継続
は力なりだ。地道にやんな。近いうちにお楽しみ会に連
れて行ってやるから、楽しみに待ってろ」
「お楽しみ会って何だよ?」
良太が聞き返した直後。恐ろしい中年男の怒鳴り声が
聞こえた。
「うらあああっ! 石川っ! また、てめえ油売ってん
のかああっ! お客を待たせるんじゃねえっ! 本当に
クビにするぞお! ドアホウがああっ!」
石川の上司に当たる男――山口が厨房で怒鳴っていた。
手に包丁を持っているのが迫力を増している。
山口が数秒声を上げただけで、明るく和やかなムード
の高校の食堂がぶちこわされて、危険で凶暴な暗黒ムー
ドに支配された。
「おっと、やべえ。おやじさんが怒りやがった……じゃ
あ、また後でな」
石川は別れを告げると食堂のカウンターを、ジャンプ
で軽く乗りこえて厨房に戻ってゆく。
念術で脚力をアップさせているのかもしれないと良太
は思った。




