一章 美少女は家には来ない、だから探しに行くんだよ ①
一章 美少女は家には来ない、だから探しに行くんだよ
一
「なんでオレには彼女がいないんだっ! なんで他のや
つには彼女がいるんだっ! ふざけるなああっ! この!
この! このおおおっ!」
小川良太は学校の屋上で怒鳴った。
怒鳴りながら手すりに本気のキックを何発も加えた。
怒りの八つ当たり攻撃だ。
良太は富士原市立商業高校に通う三年生
であった。
早生まれの良太は現在十八歳。この四月で進級に成功
して三年生になりたてホヤホヤの状態だ。
標準よりやや低い身長に標準よりやや貧弱な体。
髪は耳にかからないほど短い。顔の特徴はまゆ毛が太
いこと。男として百点満中六十点だと良太は自覚してい
た。
つまり、特別にかっこ良くはない男ということだ。
放課後の屋上で良太はツメ襟の学生服姿でたたずんで
いた。今の季節は春で、しかも四月上旬。
今日の天気は富士山がはっきり見えるほどの快晴。ぽ
かぽかと暖かい午後の時間帯であったが、良太の気分は
最悪であった。
「このままだとオレは彼女なしで卒業する事になる!
そうなったら最悪だっ! 男女共学の高校に入ったのに
三年間一度も女の子と付き合えないなんて生き地獄だ!
一体、オレは何のために高校に入ったんだ? 一体、
オレは何のために人間に生まれたんだ? うわあー!
この世に神はいるのかああっー!」
良太は頭をかきむしり激しく苦悩する。
良太の苦悩の原因は『彼女がいないこと』であった。
卒業後の進路よりも学生時代に女の子と付き合えるか
どうかの方が百万倍重要であった。
一人の女の子とも付き合えずに卒業式をむかえるこ
とを考えると寒気がする。
あまりの恐ろしさに体中がガタガタふるえてくる。
ここまで体がおかしくなるのは、二年前の冬にインフ
ルエンザにかかった時以来だろうか。
日本が中国と戦争するという大ニュースを聞いたと
しても、これほどの恐怖を感じないかもしれない。
「……おめえよう、春なのに過労死寸前のサラリーマ
ンみてえな顔してんなよ。まだ、おめえは十代だろ?
思春期だろ? 青春時代の真っ最中だろうがあ~」
ガラガラとしわがれた男の声に振り向くと、屋上に
三十代前半の男が立っていた。モジャモジャした髪型
で口のまわりには、うっすらと細かいヒゲを生やして
いる。
男は白の上下の服に白い長靴をはいていた。
良太よりも身長は頭半分ぐらい高い。肩幅も広く
首も太く、袖をまくりあげている腕は筋肉がついて毛
深い。
男性ホルモン過剰な雰囲気を持つ、たくましい野性的
な男であった。
「何だよ、石川のおっさんかあー」
良太がよく知っている人物――食堂で働いている石
川のおっさんであった。
食堂で昼食を注文する度に会話をするようになり、今
では半分兄貴的な存在だった。
石川は片手に缶コーヒー、片手に文庫本を持っていた。
仕事が終わった後に屋上で富士山を見物しながら一
休みしにきたらしい。
良太の右に陣取ると手すりに缶コーヒーを置いて読書
を始めた。
題名は不夜城。作者は馳星周。良太は基本的にライト
ノベルしか読まないので内容は分からない。
作者は中国人っぽい名前で題名に城という字が入るか
ら、中国を舞台にした歴史小説なのかもしれない。
良太は景色に視線を向けた。北には山。南には海。
人が住むのはその中間だけ。
自然が豊かな町だと言われるが長年住んだ人間には
つまらない土地だ。
良太が住む富士原市は東京から鈍行電車で東に二時間
半以上離れた距離――トレードマークが富士山の県内
の中部にある。
人口はぎりぎり十万人。主な産業は漁業ぐらいで何も
ない。
東京のような大都会と比べれば、ど田舎であった。
しかし、自分はど田舎にある高校の中で、理想の女の
子を見つけて恋愛をしなければならないのだ。
残り一年という期間内に。
良太はつまらない景色を見ながら、うんざりした口調
でぼやいた。
「今、オレは悩んでるんだよ。他の男には彼女がいるの
に、どうして自分には彼女がいないんだろうってさ」
「彼女が欲しけりゃ、ジャンジャン自分から声をかけな。
今は四月だし新入生のお嬢さんがたくさん来ただろ。
チャンスじゃねえか。
こんな所でくすぶってたら、他の野郎にいい娘っ子は
とられちまうぞ」
石川は本から目を離さず、口だけで助言をしてきた。
「でもなあ、知らない女の子に話しかけられないんだ
よ。緊張してうまく声が出ないんだ。大人の男として何
か助言してくれよ、石川のおっさん」
女の子と仲良くなりたいと願いながら、できない最大
の理由――良太の度胸のなさが原因だった。自分に自信
がないため、異性に積極的になれないのだ。
「……しょうがねえなあ。俺が良く知っている実話を話
してやるか」
石川は文庫本を閉じると、缶コーヒーを飲みながら話
し出した。
荒くれ者のような体格をしている石川は見かけによら
ず読書家で、それだけに多くの面白い話を知っている男
でもあった。
「その話が起きた時代は二十世紀の終わりだった。この
話は二十世紀だから成立した話で二十一世紀の今では絶
対にありえない話だと思って聞けよ。今ではファンタジー
だと思ってもいい」
「よし、分かった。ファンタジーだと思って聞いてやる」
「ある高校に一人の美少女がいた。二十一世紀の今では
絶滅した清純派美少女だ。勉強と運動はそこそこできる。
家もそこそこ金持ち。
髪が長くて色白で制服のセーラー服もバッチリにあっ
ている。放課後の音楽室でピアノを一人でひいてるよう
な女の子だ。まあ、外見は勝手に想像しろや」
「じゃあ、勝手に想像させてもらおう……おおーっ!
けっこういいじゃないか! ありがちな設定だけどぐっと
くるものがあるぞー!」
良太は目を閉じた。夕日が差し込む放課後の音楽室。
黒髪ロングヘアの美少女。彼女がグランドピアノを
弾く音だけが聞こえるロマンチックな時間……。
理想の光景はすぐに思い浮かぶ。
自分の妄想力のすごさに頭がグラグラしてしまう。
もしかしたら、自分はライトノベル作家に向いているの
かもしれない。
「ついでに、その美少女は真面目で上品でひかえめな性
格だった事にしておこうか」
「いいねえ。ますますグッドな感じだ」
「美少女は電車通学だった。学校がある町から五つ駅が
離れた町から通学していた。だが、前日に定期の期限が
切れたせいでその日は金を払って電車に乗った。
放課後。美少女はいつものようにピアノの練習をした
後、遅い時間に音楽室を出た。
美少女は自分のサイフの中を見ておどろく。なんと
帰りの電車代が百円たりなかったわけだ」
「なんかマヌケな女の子だなあ。定期が切れてるなら
電車代ぐらいしっかり用意して家を出てくるもんじゃな
いか」
「まあ……誰にでもミスはあるって事で、そのへんは
突っこむなよ。美少女は電車代が百円足りないことで
パニックになった。
俺なら反則を使って電車に乗るが、彼女は最初に言
ったように真面目な性格だからそんな事はできなかっ
た。友達がいれば金を借りただろうが、あいにくその
時間に友達はいなかった。
学校内に人は残っていただろうが、知らない奴から
金をかりるほど美少女はずうずうしい性格でもなかっ
た。つまり、音楽室の前で一人オロオロするだけだ
った。
そこへうまい具合に一人の少年が通りかかって美少
女に声をかけた。
『お嬢さん、もう学校が閉まるぜ。こんな遅くまで何
してんだい?』美少女は泣きそうな声で答えた。『帰り
の電車代がなくてこまってるんですうー』」
石川は美少女のセリフを言う時、気持ちが悪いオカ
マ声を出した。
「うげえー。なんだよ、その声は。美少女がそんな声
を出すとイメージが崩れるぞ」
「分かった、分かった。じゃあ、おめえが勝手に好きな
声を想像しろや」
「じゃあ、勝手に好きな声を想像させてもらおう。清純
派美少女だから……よし! あの声優で決まりだ!」
良太はお気に入りのアニメ声優の声を想像した。優し
くて甘い声が特徴であり、正統派ヒロインを演じること
が多い有名声優の声を。
「まあ、とにかく少年は『この金を使って電車に乗り
な』と言って、困っていた美少女に百円をプレゼントし
た。彼女は『明日、必ずお金を返します』と礼を言って
無事に家に帰った。
翌日の朝、美少女は校門の前で少年を待っていた。
彼女は少年に頭を下げて『昨日は本当にありがとうござ
いました』と言って百円を出してきた。
しかし、少年は答えた。『男が一度、人様にあげた物
を受け取るわけにはいかねえよ。その金はお嬢さんが持
ってな。自分と同じように金に困っている誰かを見つけた
時に、おごってやればいい』」
「おーっ! その男、なんかカッコイイぞ! 昭和時代
のヤクザみたいだけど!」
「でも、美少女は『ただでお金をもらうわけにはいけ
ません。何かお礼をさせて下さい』と、言って引き下が
らなかった。少年は言い返した。
『じゃあ良かったら俺と友達になってくれよ。一度でい
いからお嬢さんみたいな美人と仲良くなりたかったんだ』。
美少女は困ったように笑って言った。
『私でよければ』と。この話はここで終わる。その後
二人がどうなったかは知らねえ。勝手に想像しな」
良太は胸がなんだか熱くなるのを感じた。自分が美少
女に親切にした少年になった気分だった。つまらない自
分の現実世界を、忘れさせてくれる話だった。
興奮して手をたたきながら感想を伝えた。
「おっさん! 今のいい話だったぞー! 二十一世紀の
今では、そんな清純派美少女は絶対にいないだろうけど
いい話だった!」
「この話には一つ大事な教訓がある。何だと思う?」
「うーん、分からないな。ただ、その男はうまい事を
やって、うらやましいと思った」
「おめえ、十八歳にしては頭がわりいな。この話の大
事な部分はこれだよ、これ」
石川はポケットから一枚の百円を取り出して見せた。
「今のは百円の話なんだ。この話に出てきた少年はたっ
た百円で、美少女と出会うチャンスをつかんだ。人生って
奴は選択と行動の連続だぜ。
今まで口を聞いた事もない美少女に、声をかけて金を
あげるという選択と行動をした事で、そいつは自分の人
生を変えた。たった百円でも、百円で買える以上の幸せ
をつかんだってわけだ」
「ほおー。言われてみれば、すごい話だよなあ」
「こんな話がゴロゴロ転がってたら、日本中の男が美少
女と恋愛してるって言う奴もいるだろうな。
けどよ、一%以下の低確率かもしれねえが、どの男に
も美少女と出会うチャンスはある。もちろん、チャンス
はおめえにもある。
もしかしたら、今から五分後に何か行動した事がきっか
けで、美少女と出会えるかもしれねえぜ」
「ほ、本当か? オレにも美少女と出会うチャンスがあ
るのか?」
「あるだろうよ。だから、良太。一回ぐらい全力を出し
てやってみろ。学校中をブラブラしてみれば、自然に女
の子と話せるチャンスがあるかもしれん。
どうしてもだめなら、また俺んところに相談に来い。
グッド・ラック!」
石川はニヤリと笑いながら、良太に親指を立てて見せた。