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さとりくんの煩悩戦争  作者: 水色彼方
3/3

初めて

「で、僕は何をすればいいわけ?」

止まった世界。僕のほかに唯一動ける彼女に向かってそう問いかける。

「別に私は君の行動を束縛はしないよ。君の好きなように、身の欲望が赴くままに事を成せばいい」

彼女はさぞ当たり前といった感じで答える。

「そういわれてもね…」

僕はふと思いつく。

「じゃあ、早く世界を動かしてくれないかな?」

「それはだめだよ」

早い返答に思わず言葉を失う。

「というか、せっかくなんだからもっと楽しみなよ、この止まった世界を」

非難の声を浴びせられた僕は、頭をかきながら

「楽しみ方がわからないから困ってるんですよ。読書とかゲームしてればいいんですかね?それともまさか、時間を止めてまで勉強をさせたいという熱い教育者の心をお持ちなんですか?」

彼女はあきれる。はあ、と深いため息をつく。

「さっき言ったよね。私はエロいことをしてほしいがためにこの世界を止めたんだよ。つまりはそういうことだ」

エロいことをしろということか。まったく、難しい命令を下されたものだ。

「ていうか、僕に力を与えるって言ったのに全然その気配がしてないんですが」

彼女との会話を思い出してみて引っかかった部分について説明を求めた。

「…」

彼女は黙る。ふと、何かを思いついたように握った右手を左の掌にたたきつける。古典的な仕草だった。

「あーごめんごめん。説明してなかったね。君にはすでに能力は備わっているよ。ためしに指ぱっちんしてみて」

俺は言われた通り指をはじく。


ーパチンッ!


軽快な音とともに世界に光が再び差し込むような感覚にとらわれる。

「おお…」

母さんの笑い声で世界が戻ったことに気づき、僕は感嘆の声を上げる。

母さんはその声に気づき僕のほうへ振り返り、

「あれ、あんたいつ風呂あがったの?」

当然といえば当然の反応だった。僕は、母さんいやみんなと共有できない時間を少しの間だけど過ごしていたのだ。そこに対する疑問は自然なものだった。だが、僕は突然のことでうまく答えれず

「あ、え、あーと、そのさっきだよさっき」

かあさんは少し考えるようなしぐさを見せ、まあいっかといった感じでテレビの方へと視線を戻す。

「早くパンツ履きなさいよ」

僕は自分がノーパンということに気づき慌てて脱衣所へと足を運ぶ。

パンツを履いたところで


ーパチンッ


僕ではないどこからか指をはじく音がして、再び世界が止まる。待ちくたびれたように、しかし表情に少し喜色を含んだ彼女がひょこっと姿を現せる。

「どう?世界を操った感想は」

「実感はあんま湧かないけど、すこしびっくりした」

「よし合格!」

彼女は本当にうれしそうに笑顔を咲かす。

ここまでほんの少しの間だが、彼女の性格は何となくわかった気がした。おそらくだが、人の驚いたり慌てたりする仕草を見るのがたまらなく好きなんだろう。だから、自分で言うのもなんだが異性との経験皆無の僕にエッチな要求をするのだろう。すべてが納得いった。だが、一つ聞いておかなければいけないことがある。

「世界を止めるっていう力の特性とかリスクとか教えてほしい」

彼女はぺらぺらと説明を始める。癖なのだろうか、説明をするときは腰に手を当て人差し指をピーン。さっきと同じ姿勢だ。

彼女の言った内容は大まかに言えばこんな感じだ。

・開始と終了の動作はいずれも指ぱっちん。

・時間ではなく、世界が止まってる。(彼女の説明では、時間は絶対的なものだから時間を止めたとしても誰もそれを観測できないという。止まった時間の中に観測者は存在しない。言うなれば、世界を止めるということは観測者を限定するというだけだそうだ。)

・そのため観測者以外の生物はそれぞれ不足した時間を適当な記憶で補填されている。

・もちろん止まった世界の出来事は観測者以外知ることはない。

難しい話だったが彼女の具体例やジェスチャーなどを織り交ぜた説明のおかげである程度は理解できた。そして改めて彼女から僕に与えられた能力の異常さについて理解することができた。

「なんというか神になった気分だよ」

「その力を与えたのは悪魔だけどね」

彼女は小悪魔的な笑い方をする。世間の自称小悪魔系女子たちよ、これが本家だ。

「本題に戻るよ。君は見たところ何も言われなきゃ何もしない、ダメ人間だ」

「エロいことをしろって話か」

あまり戻りたくはなかったがこう切り出されては仕方ない。

「だからね、こっちで決めさせてもらうよ。こう見えて私は君たちで言うサディスティクな部類に属しているからね。バシバシいくよ」

僕は慌てながら彼女の勢いを沈めにかかる。

「ちょ、ちょっと待って。僕はそのあまり異性経験に豊かではないから、手加げn」

「最初は…そうだな。胸でも触ってみるか」

こいつ全然話聞いてねえ。僕はあわあわし始める。だがふと思う。この反応でさえ彼女のディナーでしかない。ここは落ち着くべきだ。本日二度目の、Be cool僕。

コホンと咳をして、一呼吸おいて、

「そもそも僕が君のその趣味に付き合ってあげる理由などない。でもどうしてもというなら僕だってしょうがなく付き合ってあげるだろう。さいわい僕はそんなにせっぱつまった生活をしてないしね。しかしそういうことならば話は別だ。僕はそういうことはしたくない。興味などもない。僕ごときの人間がしていいことじゃない。というか、そういうことは互いに愛し合ってる者同士がするべきことであってだな。そうとなれば思っている相手などいない僕には君の話に乗ることはできない。そもそも君の遊びは倫理的にどうなんだ。君がSだろうがMだろうがそんなの関係ない、人として良心の呵責というものはないのか!」

僕の渾身の魂からの叫びを彼女にぶちかます。届いてくれただろうか。思い切り叫んだためにつむってしまった眼をそっと開く。

「はいはい偉い偉い」

まったく耳など傾けていなかった。こいつ…。頭に血が上ってるのを感じた。

「お前―」

「なんでそんな自信ないの?」

彼女は真面目な顔で僕に問いかける。さっき母さんに助けを呼ぶとした僕を止めたときと同じ顔だ。へらへらしてる彼女からは想像できないほど冷たくて突き放すような顔。

「い、いまそんなことは関係ないだろ!」

「はは。確かにそうだね」

すると再び彼女はいつも通りへらへらした表情に戻る。その一連の流れに僕は彼女の裏を感じずにはいられなかった。

「まあ、君がどんな正論をかざそうが私には関係ないよ。だって私は悪魔だよ?私利私欲のためにどんな悪事をしたって私はこれっぽっちの悪気も感じないし、そもそも良心ってものは存在しない。というか、自分勝手ていうのは君たちの人間のことではないか?いつもは自分たちで勝手にイメージを押し付けてくるくせに、いざそのイメージ通りに振る舞われたら迷惑がる。私はただ君たちが想像した悪魔を再現してるだけだよ」

暴論を含めた反論に僕は言い返す言葉が出ない。

「まあ諦めなよ。なんと言われようとやめる気ないし」

「だったら僕だってやらないよ。その…胸をもむなんて」

彼女はニヤッと笑い

「そんなことできると思う?」

「え?」

すると彼女は考え込むためか目をつむってムムとうなる。

「そうだな。出来なかったらここはサキュバスらしくパイプカットとでもいこうかな」

「は?」

「え?」

想像の食い違いはなかった。そこにあったのは価値観、ひいては人生観のちがいなのだろうか。

「いや、本気で言ってるんですか?」

「うん」

何か不満でもといった感じだ。

「さすが悪魔ですね…。」

僕は背に大量の汗が噴き出るのを感じた。頭が急激に冷えていくのを感じた。やらない、という選択肢はないらしい。ふと、バカな僕は世界を止めればと考えたりしたがそんなの無駄だとすぐ気付く。世界の止めるという使い道は別にあるらしい。誰にも知られず誰かの胸を触るという。

「さらに付け加えるよー。もちろん触る相手は君の知り合い、うーん同じクラスの子まで絞ったほうが面白いかな」

「な…」

「それから生だ!」

「は…」

僕は話についていくことができずにいた。その間にも話はいけない方向に進んでいく。表情に生気を失っていく僕とは反対に彼女はどんどん興奮していく。いまでは顔を紅く染めてはあはあ言っている。こいつはやばい奴だ。

「絶対に無理だ。僕にそんなことなんてできるか!」

僕は耳をふさぎ目をつむり座り込む。現実逃避だ。すると体がふわりと浮いた感覚が僕を襲った。

「え?」

驚いて開いた視界には人差し指を突き立ててその指をくるくる合わす彼女の姿が。回転する彼女の指に対応して僕の体があっちへこっちへ浮遊している。

「なんで、そんなに嫌がってんのさ。別に私以外誰にも知られるわけないんだよ。そーれーにー、世の男子高校生なら胸ぐらい嬉々として揉みたがるもんだろ」

「裏でホモとして呼ばれている僕をなめるなよ」

僕はあまりの女子への興味のなさにホモと崇められている。当然そんなことないし、普段は非常に迷惑がっているが今回ばかりは利用させてもらおう。

「へ?ホモなの?」

彼女はびっくりして人差し指を下す。

ドン。

「いっ…!」

いきなり落とされた僕はお尻から激しく落ちてしまう。お尻を抱えながら激痛にもだえ苦しむ。

「べ…別に…そういうわけじゃないけども…」

痛い中、本気で誤解をされていることに対して即座に訂正を入れる。

「よかったー。びっくりしたじゃん」

彼女はほっと安堵した様子。

「だったら決定だね。ゴールは同級生の女子の胸をもむこと。失敗したらパイプカット。与えられた能力は『世界停止』。制限時間は私たちの時間で、3時間ってところかな」

俺はさっきの訂正が過ちだったことに気づく。

「いや、今のも嘘。本当は本当にホモだよ」

必死の訂正の訂正も彼女は意も介さず。

「はいはい。もう騙されないよ。」


「じゃあ、ゲームスターーーーット!」

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