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さとりくんの煩悩戦争  作者: 水色彼方
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不意の出会い

ぼくがそいつと出会ったのは特に何のイベントもなかった1日の帰り道だった。その日は本当に何もなく、ただ授業を受け、いつも通りに平と他愛のない会話をし、いつも通り女子との接触など存在しない。そんな日だった。きっと、それが起きなかったら絶え間ない日常の流れにいつしか流されてしまっていただろう。


「あのー、すいません。僕になんか用ですか?」

僕は目の前の女性に話しかける。家まであと少し。すぐそこの曲がり角を右に曲がれば家が見えるというところで僕は思わぬ障害に直面してしまった。

僕の問いかけに彼女は「何のことやら」といった顔を向ける。僕の勘違いだったのだろうか。

「いや、なんでもないです」

僕はそういって去ろうとする。僕の勘違いだったのだろう。遠目では、曲がり角手前の塀に寄りかかっていた彼女が、僕が近くを通った瞬間に体を起こしたものだからつい何かあるのかと思ってしまった。変な人だと思われてしまっただろうか。まあそれでもいいか。


「ただいまー」

台所からいいにおいが立ち込めている。こう見えて一応、クラブをしているので帰ると7時過ぎといったところになる。なので、いつも帰るとこうして食卓からの魅惑の香りが僕の食欲を刺激してくる。ちなみに、今日はおそらく僕の大好物であるクリームコロッケと推測した。実際、嗅覚からは揚げ物であるということしか分からなかったので99パーセントが勘であるが。


今日も1日疲れたなーというのを全身で表現しながら、重苦しい足取りで2階にある自分の部屋へと足をのばす。まだ17歳だがそういった1つ1つの作法はおじさんのそれに近い。部屋についた僕は制服を脱いで、箪笥からパンツにパジャマを引っ張り出すとそのまま風呂場へと直行した。帰ったらすぐ風呂。学生、特に運動部に入ってる者にとっては当たり前のことだろう。


ガララ。

浴室へ突入。無意識にも足取りは軽くなっていた。

浴槽のふたを開けると、もくもくとそれはそれは積乱雲のように湯気が形を成していく。うずうずする体が欲するままに僕は浴槽に飛び込む、前にしっかりと体を洗わないとね。

「ふーーっ…」

体を洗い終えた俺は浴室にどっぷりと我が物顔でくつろいでいる。天井を仰ぎ見る。なんと心地いいことだろう。体がとろけてしまいそうだ。

「極楽、極楽」

僕調べによると、このセリフだけで気持ちよさは25%くらいは上昇する。その効果からかつい目がかすんできてしまった。やばい、眠たい。僕の体感ではまだ風呂に入って2分も経ってないのに。自分の体の敏感さに苦笑しつつ、どこまでも欲望に忠実な僕は意識を閉ざした。


「―――っ!」

ザバッ。

突然身を起こしたせいで水があちらこちらへと暴れている。寝てしまった。寝る前にはあんなに素直に受け入れてしまったのに、起きた後は何となく後味が悪い。以前、風呂の中で寝てしまいそのまま2時間ほどそのままだった僕は、お小遣いダウンという罰をくらってしまったのだ。そのことを忘れてまた寝るなんて僕は愚か者だ。

「あはははは!」

僕の冷静な自分に対する叱責を遮るようにどこからか笑い声がした。どこから、というよりこの浴室の中から。すると、いきなり空間に少しだけひずみが生まれる。

「契約せーこーう!あははっ!」

するとそこに突如、女性が姿を現した。

「あなた、さっきの…」

さっきというのは何時間前のことなのか、今の時間がよくわかっていない僕には曖昧な時間表現になるがその彼女は家の前の通路で出会った女性とそっくりだった。しかし、あの時とは違い彼女の背中には見ているだけで背中から冷や汗が出るような禍々しい翼が生えていた。何よりも、その、恰好がとてもいやらしかった。肌の露出度が高いなんて言うものじゃなかった。ほとんど出てる、うん逆に何も隠されてないといっても過言ではない。役目をはたしていない服を着た彼女はそっと囁くようにしゃべる。さっきまでのはつらつな笑い声とは打って変わってエロティックに。

「私はサキュバス。どう?嬉しい?」

かなり上から目線の言葉に俺は眉を寄せる。なんだ、こいつ。さすがの僕だって、こいつが人外ということは理解している。どう見てもこの翼は作り物じゃない、本物だ。しかし、自分でもびっくりなことにあまり驚きはない。そりゃ、多少は驚いてるし一瞬言葉を失ったが、それだけだ。Be cool僕。

「おかあs――」

冷静に大きな声で助けを求める。知らない人に話しかけられたら「いかのおすし」だ。そのなかでも「お」にあたる部分を実行しようとした僕だが、不意に声が出なくなる。振り向くと彼女はやれやれといった顔で僕に語りかける。

「少しは人の話を聞け」

一瞬、彼女の表情が変貌した。

ぼくはすぐにこくこくとうなずく。声が戻ったことを確認した僕は、彼女の姿をまじまじと見る。相手が危険かどうか判断を開始する。うむ、どうやら大丈夫。

というか、人外相手でも対して恐怖心というのがないのには理由がある。

「あの、服にタグ付いてますよ。あとサキュバスってなんです?」

1つ。彼女がタグを取り忘れるようなお茶目さんであったこと。

2つ。サキュバスってなんですか?

僕の言葉にはっとした彼女は一生懸命に背中に手を伸ばす。首の裏、一番手が届きにくい場所だ。手を後ろへ伸ばすせいで彼女の体のラインがよりくっきり現れる。タグをやっとの思いで引きちぎった彼女は物申すように一言。

「本当に知らないの?エロアニメ見てるならそれぐらい分かるでしょ?」

そんなこと言われても。なんで見てる前提で話してるんですか。

「いや、わかんないです。見たところ悪魔とか妖怪とか、そういった類ですか?」

もちろんこの予測の根拠は彼女の翼だ。

「そうだけど、てか怖くないの?悪魔だよ?」

いまさらそんな疑問を問いかける。

「だってほとんど人間みたいなもんですし。なんとなくバカそうですし」

馬鹿なのは僕だった。僕は無意識ながら悪魔を挑発してしまった。もちろん彼女も少しずつ表情に怒りの色が付き始めた。

「分かった。百聞は一見にしかずというしね。私がどういったやつかその目で見せてあげようじゃない」

彼女はそういうと僕の胸のあたりに人差し指を突きつける。僕はその光景に何の反応を示すこともできずマジマジと見つめているだけだった。

死ぬのだろうか。

自分が悪魔を不機嫌にさせてしまったせいで。

死ぬのは怖い。

いろいろな思い出がこみあげてくる。

それは家族のことを抜くとほとんどが平との思い出だった。

あまりの異性との思い出の少なさに思わず苦笑する。

僕は本当はホモなのかもしれないな。

そんな少し残酷な走馬灯に思いをはせる。

自分の中に何か熱いものが入ってくる感覚を感じながら、僕は目を閉じた。


ふと、視界に再び光が差し込む。死んだと思ってたがどうやら大丈夫だったのだろうか。

浴室にはサキュバスと自己紹介した彼女はいなかった。そのことが、もしかしたらここはあの世なのかも、という残酷な予測を結びつけてしまう。

僕は慌てて浴槽を飛び出す。生まれたままの姿で居間へと駆け込む。格好のことなど気にしてる暇はなかった。すると、そこには異変はあった。


笑い声が漏れるテレビ。

今も秒針を忙しく動かす時計。

そろそろ寿命なのか、少しチカチカしている蛍光灯。

そんな日常風景の中に、それはあった。

今しがた全裸で駆け込んできた僕には目もくれず、テレビを見ていた横顔には表情がなかった。瞬きひとつない。

「母さん、ねえ、母さん」

肩を揺する。が、反応はない。見た瞬間わかった。あんな表情豊かな母さんがこんな顔するはずがない。

「どうなってんだよ…」

それは悲しみというより、驚きだった。驚きというよりも何が起こっているのか分からなかった。

「あはははははははっ!傑作!傑作!」

すると、先ほど聞いたばかりの笑い声がこだました。僕は、振り向く。何をしたんだという感情を視線に含めて。

「だいじょーぶだよ。君の想像してるようなことはしてないし、起きてない。」

「死んでないのか?」

「うん、死んでない」

僕はほっと安堵する。だが、また視線を向ける。

「じゃあこれはどういうことだ、かあ。まあ、簡単に言うならば時間…というよりは世界か。それを止めたんだよ」

説明不足だ。僕が未だ理解に困っているという態度をすると、彼女は腰に手を当て人差し指を立てる。

「私の能力は、エッチな事に使える魔法なら何でも使うことができて、そして誰かに与えることもできるんだよ」

こほんと彼女は咳をして、

「つまりだ、今この世界を止めているのは君であり、君はこれからも好きな時に好きな場所で世界を止めれる。その間自覚を保っていられるのは私と君だけ。どうだい?エロチックだろー?」

彼女の言葉を何度も咀嚼して頭に入れ込む。あり得ないことだが、現在の状況が決定的な証拠を突きつけてくる。

「分かった。信じれないが信じるよ。だけど、1つだけ質問してもいいかな。どうして時間を止めることがエロチックなんだ?」

そう言うと、彼女はニヤリと笑いながら、

「時を止める系のAVは鉄板だろ?」

僕は肩をすくめる。

「さっぱり分からないよ」


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