影
見て下さり、ありがとうございます。
少々後味が悪いかと思われますので、お気をつけ下さい。楽しんで頂けたら幸いです。
特になにもする事がない。本もゲームも飽きてしまった。俺は自分のベッドにドサリと倒れ込む。何もやる気が起きない。何も楽しくない。なんだか何かに行き詰まったような気分だ。
「だりぃな……」
俺はそっと瞼を閉じた。
気が付いたら俺は真っ黒な狭い部屋にいた。床も壁も家具でさえも真っ黒で、窓とドアがない。そして何故か俺の足から伸びる影だけは真っ赤だった。
「気持ちわりぃ……」
「そんな事言うなよな」
独り言のつもりの言葉に返答が返ってくる。慌てて部屋の中を見渡すが誰もいない。狭い室内で隠れる場所もない。益々気持ちが悪い。
「ここだよ、ここ。お前の足元だ」
再び聞こえた声に誘われて俺は足元に視線を向ける。そこにあるのは赤い以外はおかしな点はない俺の影。
「だからここだって!」
また声がしたと思ったら、俺の影が右手をブンブンと振った。勿論だが、俺は腕を動かしていない。きっと見間違いだ。影が勝手に動くなんてありえないから。目をゴシゴシとよく擦ってもう一度影を見る。そしたら今度は両手と左足を高く上げる、所謂グラコのポーズをとっていた。
「は!?」
「よし、気付いたな」
影は両手と左足を下ろすと満足そうに頷いた。
「一体なんなんだよ、お前!?」
「なんなんだよ、か。そこは誰なんだよって言って欲しいな」
ちっちっちっ…………と影が立てた人差し指を左右に振る。なんだか動きが一々むかつく奴だ。思わず眉間の皺が深くなる。
「そう睨むなよ。……俺はお前だよ。それ以上でもそれ以下でもない。でもお前の事なら俺はお前より知ってるよ」
影は腰に手を当てて、少し誇らしげな声色でそう言う。シルエットで分からないが顔が判別できたとしたら、確実にドヤ顔をしていそうだ。想像したら少しむかついたから、効果はないだろうが床をいつもより強く踏みしめてみた。
「で、俺の影は俺になんの用なんだ? さっさとここから出たいんだが」
こんな現実味のない空間、絶対に夢だろうが、気持ち悪いから早く出れるにこしたことはない。
「用? 勿論あるに決まってんだろ。じゃなかったらお前なんかを俺の世界に呼んだりしないさ。……俺はさ、お前になりたいんだ」
「はい? どういう意味だよ? お前は俺なんだろ?」
さっきと言っていることがちぐはぐだ。影は自分のことを俺自身だと言った。なら俺になる事は不可能だろう。だって影はもうすでに俺になっているんだから。
「確かに俺はお前だよ。でも俺とお前は違う。俺とお前が同じなら、なんで俺はこんな風に床に張り付いているんだ? なんでお前はあんなに楽しそうな世界で仏頂面決め込んで生きているんだ?」
「お、おい……」
段々と影の声に怒気が混じり始める。ヤバい。俺は直感的にそう感じたが、相手は俺の影。距離をとることは出来ない。
「毎日毎日鬱陶しいんだよ。俯いて歩きやがって。なんで俺とお前は同じ筈なのにこんなに違うんだよ? そんなに嫌なら代われよ! どうせこれからの人生もつまんねー、だるいー、楽しくねー、とか言いながら生きるんだろ!? それなら俺の方が人生楽しめるってもんだ! 暗いお前には影がお似合いだよ!」
ハアハアと肩で息をしている影に俺は何も言い返せない。ひとしきり騒いで少し落ち着いたらしい影はぞっとするほど低い声を出した。
「……だからさ…………代われよ」
「!?」
突然、床に張り付いていた筈の影の腕が俺に向かって飛び出てくる。影の手は俺の足に絡みつき、信じられないほどの力であっという間に俺を影の中に引きずり込んだ。
うたた寝から目覚めた少年はむくりと起き上がり、大きく伸びをした。
「んー、よく寝た。よし、散歩でも行くか!」
少年はベッドから降りて出かける支度を始める。その様子はどこか楽しそうだ。蛍光灯の光で床に落ちた自身の影を彼は一瞥する。
「今日からは俺が楽しく生きてやるよ」
そう言いながらグッと影を踏みつけた少年の口元は歪に歪められていた。