7 作戦会議
「馬鹿でしょ?」
開口一番に、邦子は罵った。
場所は邦子の家のリビングルーム。江良と別れた後、丈は真っ先に邦子に連絡を取り、ここを訪れた。そして、今日勃発した諸々の問題を相談した結果、先の言葉が返ってきたのだ。
「私がせっかく親切で教えてあげたっていうのに、結局また、グリムの魔女と一戦やらかすことになったの? 信じられない」
盛大に溜息をつく邦子は、相変わらず箒に乗ってふわふわ飛んでいる。どうしようもないダメな生徒に呆れるような顔をしているが、丈にも言い分はある。
「そりゃあ、あんたの情報のおかげで助かったっていうのも事実だが、あんたが電話をくれた時にはすでに手遅れだったっていうのも事実だ」
「私が悪いって言うの?」
「そうは言わない。不可抗力ってやつだ」
「まあ、それもそうなのかしらねぇ。とにかく、今更うだうだ言っても仕方ないし、あなたはその、『ブラックボックスゲーム』とやらの問題を作るしかないんでしょ?」
「ああ」
「答えるんじゃなくて、問題を作るのかー……難しい問題を作るのと難しい問題を解くの、どっちが難しいのかって議論を聞いたことがあるけど、あれ、結局どっちって話だっけ」
「覚えてない」
ただ、江良が問題を作る役回りを押しつけてきたことを考えると、作るほうが難しいのではないか、と丈は思う。
「それに、問題を作るだけじゃなくて、物を用意しなきゃならない。ものすごく難しい問題を作れたとしても、用意できないような物体を使うような問題は駄目だ」
「ダイヤとか、ピラニアとか?」
「ツチノコとか、金塊とか」
勝負は金曜日だ。その辺にあるものを使ってできる問題でないと、用意が間に合わない。
相手はこのゲームを幾度となくこなしてきたベテランだ。それを相手に問題を用意するというのは、生徒が教師相手にその専門分野の問題を出すようなものだ。生半可なものではあっさり解かれる。
難しい問題を考えなければ、と考えるほどに思考が停滞する。丈は煩わしげに前髪をかきあげ眉を寄せる。
「煮詰まってるわねえ」
邦子は膝の上に頬杖をつき、他人事のように言う。実際他人事なのだが。
「なあ、戸隠。今までのゲームの記録とか、そういう類の情報はないのか?」
「残念ながら」
「そうか……」
「そう気を落とさないで」
がっくり肩を落とす丈だが、邦子は小さく笑って励ます。
「情報はないけど、私の個人的な意見なら言えるわよ」
「意見?」
「ちょっとしたアドバイス。あなたはこのゲームを、なぞなぞみたいなものだと言ったわね。そういう一面もあることは確かだけど、そこまで単純じゃないと思うわよ、これ」
「というと?」
「江良姫奈の出した例題……バナナはボートに、アヒルはボートに、カボチャは馬車に、だったわね。こうして言葉に出してしまうととても簡単に聞こえてしまうけれど、これはブラックボックスゲーム。紙に問題を書いて、はいどうぞ、ってやるクイズとは違う。……って説明しても解りにくいだろうから、例を出すけど」
邦子はきょろきょろと部屋を見回し、適当なものを探しているようだった。やがて邦子は、テレビ台のガラス戸を開け、いくつか本が並んでいる中から、一冊の本を引き抜いた。B5サイズの薄い本、タイトルは『美味しい洋食の本』である。
「はい、これなんだ」
「……本だろ」
あまり考えずに答えると、邦子は満足そうに笑う。
「それも正解ね。でも、『洋食の本』かもしれないし、『料理書』かもしれないし、『テキスト』かもしれないね。ブラックボックスゲームが紙に書いて出されるクイズと違うところはね、たぶん、入力する物を言葉にしなくていい点だと思う。出題者は、たとえば、黙ってこの本を入力するわけだけど、『本』としてでもいいし、『料理書』としてでもいい。答える方は、入力された物体を視覚から認識し、それを自分で言葉に直す。ここで、出題者の意図とは違う直し方をすると、答えに辿り着けない場合がある。『本』だろうが『料理書』だろうが結果は変わらないかもしれないけど、変わる場合もあるかもしれない。そういう、言葉遊びみたいな一面も含まれているんじゃない?」
「つまり……入力した物体、加えて出力した物体の解釈に幅を持たせることで、紙面上のなぞなぞよりも難易度を上げられる、ってことか」
「たぶんね。まあ、解釈に幅を持たせられるっていっても、常識的な範囲でね。『スイカ』を『果物』と解釈させるような問題はナンセンスよ」
農林水産省によれば、スイカ、ついでにイチゴやメロンなども「果物」ではなく「果実的野菜」という分類になるらしい。とはいっても、このような名称はおそらく一般には浸透していないだろう。常識的な認識としては、イチゴとメロンは「果物」で、スイカは「果物と思われがちだけど実は野菜なんだよ」だろう。
「入力する物体の解釈を、文句を言われない程度にひねって、それから、ブラックボックスに適用する規則は、発想豊かでオリジナリティのあるものにすること……これが、私からのアドバイス」
情報はないと言いながら、かなり貴重なアドバイスをくれた。馬鹿だ馬鹿だと罵っておきながらも、なんだかんだで邦子は丈を応援してくれるようで、丈にはそれが心強かった。




